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勇者とラスボスの協奏曲  作者: 魔王ドラグーン
7/11

絶対を越えろ

何!?ヴァルガが戦闘だと!?遅かったか!

何だと!?ローレンスと勇者もだと!?バカな!

どうも魔王ドラグーンです

前回にもまして戦闘が激化してる……

誰ダヨ前々章ノ後書キデ戦闘ガヤヤ落チ着キソウソウトカ言ッタ奴

ああ、自分k(以下略)

なんかこの前章も見たような会話はさておいて(ネタ切れかな?(汗))、本編へどうぞ

間章  邂逅

 暇だ

 そう一人、かわり映えしない闇の中で思いつつ、自分に迫る弾丸を躱す

 実際暇なのだからそうとしか言いようがないだろう

 逃亡を始めてからは、今までの苦戦が嘘のように静かになり、さっき俺に迫ってきたような魔法もほとんど飛んでこない

 まあ、当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが

 今の俺は一人抜き身で飛んでいる訳じゃない、巨大な漆黒の球体の形を取っているのだ

 巨大とはどれくらいかと言うと、俺よりはるかに大きい、ぐらいだ

 それに俺もその球体の中央にいる訳じゃない、その中を絶えず動き回っている

 だが、下から見上げる兵共にはそんなことは分かるはずもない

 球体のどこに俺がいるのか、はたまた球体自体が俺なのか、それどころか球体が何なのかすらも分かっていないのだ

 だが何もしない訳にはいかず、とりあえず撃ち落とそうと下から魔法を山のように浴びせかけている訳なのだが、いかんせん的が大きすぎる

 敵からの射撃が球全体に拡散してしまい、本命の俺に当たらないのだ

 一応囮として中央に傀儡を置いているのだが、そちらもほとんど被弾はなく、包囲部隊からの射撃がどれだけ分散してしまっているかが分かる

 まあ、それこそが俺の狙いなのだが

 それにこれにはもう一つの狙いもある

 闇の球体の表面がさざ波立ち、その中央に切れ込みが入る

 さざ波が収まると同時にその切れ込みが開き、その奥の真っ黒い巨大な眼球があらわになる

 その瞬間、そこに下からの魔法が集中する

 が、もちろんそこに俺はいない、従って俺へのダメージは無い

 それにこの眼球は闇の球体が形を変えただけであり、実体はないに等しい

 この形さえも俺がこの霧と感覚を一体化させた際に、俺の”見る”イメージに引かれて闇が勝手に形を変えただけに過ぎない

 そんな兵共の徒労の象徴のような眼球に映る下の映像

 その中、【透視】を通して見られた裏路地で、己の腹心たるローレンスが群がる槍兵を蹴散らしている様が映った

 あいつも派手にやってるな、外側の兵によくバレないもんだ

 まあ、もしバレていたら俺の狙いが外れていたという事なのだが

 そう、もう一つの狙いとはまさにこれ、兵共の気を引いてローレンス達の行動を楽にするためなのだ

 今のところどちらもうまく行っている様でよかった

 だが作戦上、どう足掻いても暇なのは否めんが

 ひたすら闇の中で飛び回りつつ闇そのものをゆっくり前進させるだけだからな、暇だ

 そんな暇な中、また飛んできた魔法を余裕を持って躱しつつ、ローレンス達の戦いを見守る

 予想通りというか、当たり前というか、つつがなく襲ってきた兵の殲滅は終わった

 それに俺が出した、殺すな、死ぬな、という指令も守れているようで重畳

 あれは最悪守れないかもしれないと思っていたのだが、予想外にローレンスが有能で驚いた

 が、周囲の警戒がなっていないのは頂けないな

 その戦いがあった路地、それを構成する建物の一つ、人は一人もいないそれの屋根の上に立つ、高度に隠蔽が掛けられたそれ

 恐らくあいつがこの部隊の総司令官だな

 理由は簡単、これまでの兵の中で一番強いからだ

 基本的に強い奴はそれに見合った役職を得ている場合が多い

 そしてあいつ、今ローレンスに飛びかかった奴のステータスはざっと万を超えている

 それほどのステータスがあれば一般兵であるとは考えづらい

 ローレンスのステータスは総合して八千前後であり、あいつを相手取るには少し心許ない

 勇者と太陽神は……良く見て戦力外だな

 確かにあいつらの、スキルを含む総合的な戦闘能力は高い、俺も実際に助けられたから分かる

 が、しかし、そもそものステータスがなっていなければこのような近接戦では使い物にならない

 まして相手はかなりの猛者、あいつらの攻撃が通るとは思えん

 足手まといにはならないかもしれないが、良くてその程度

 その予想に違わない形で勇者が総司令官の連撃に押し切られそうになり、寸前でローレンスに助けられる

 まずいな、これはあいつらが負けるかもしれん

 ここでローレンスを失うのはあまりにも惜しいし、俺が参戦すればすぐあの程度の奴はすぐ倒せるだろう

 だが、ここで心配なことがある、俺が参戦することによって俺を攻撃していた兵まであの路地に集中した場合、あの路地を中央とした乱戦になってしまう可能性がある

 上手くやれば何とかなるかもしれんが、何とかならなかった場合が心配だ

 まして俺がいるのははるか上空、兵にバレずにあそこにたどり着くのは至難の業だし、もしたどり着けても俺が今入っている球体の維持が出来ない

 囮なら……否、傀儡ではあいつには勝てない、球体そのものを近づければ……否、それで矛先があいつらに変われば本末転倒だ、いっそこの付近一帯を真っ暗にするか……否、魔力が足りない

 それにいつまでも悩んでいる訳にはいかない、さっさと退避して安全地帯でルーンの治療もしなければならないし、そのためにここからの脱出もしなければならん、それにこのまま放って置いたらローレンスがいつまで持つかも分からない

 ふむむむむむむ

 一向に策が思いつかない中、時間だけが過ぎていく

 俺が行くしかない、という判断を下そうとした直前、球体の表面に放置していた眼球に妙な光が映る

 それは黄金色の光、俺の球を真正面から迎え撃つように飛んでくる鳥

 あり得ないその鳥、それを俺が怪訝に思い、それに呼応して勝手に闇の一つ目のまぶたが細められる

 と、その光の鳥から一陣の閃光が放たれたかと思うと、それは今までの兵士の魔法を遙かに超える威力の巨大な魔力の固まりとなって飛んでくる

 咄嗟に闇の中で横に避け、真横を通り過ぎるところを至近距離で眺めたその魔法の構成に、凄まじい既視感を覚える

 魔法の進撃に巻き込まれた闇がごっそり無くなり、再び球体に戻っても一回り小さくなってしまった

 しかし、俺はかえって安心した

 挨拶されたんだ、返してやらなきゃ失礼だよな

 手元に軽く魔力を集め、それと周囲の闇を混ぜ、遠隔通信の魔法陣を込めてまばゆい黄金色の鳥に向けて放つ

 高速で飛ぶお互いの距離がどんどん縮まっていき、黄金色の鳥がそれを迎撃しようとしたところで、密かに闇の塊を操る

 黄金色の鳥の全身に迎撃用の力が(みなぎ)り、その力を目の前に現れた物を見て霧散させる

 その様を見て、俺は呆れと同時に一つの作戦を思いつく

 俺が放った魔力が形を変え、そこに現れた物は、俺の傀儡

 右腕に遠隔通信の魔法陣を巻いた俺の生き写しだった

 その魔法陣越しに素っ頓狂な声が俺の耳に届く

「っな!?ヴァルガ!?お前ヴァルガじゃったのか!?」

 誰かも分からずに魔法ぶっ放したのか、お前は

 いつまで経っても治らないこいつの思考より行動が先行する癖に嘆息しつつ、遠隔通信の魔法陣越しに声をかける

「言いたい文句や質問は山ほどあるが、今は許す、許すから逃げるのを手伝ってくれないか」

 それを聞いた、黄金色の閃光に包まれる鳥、こと、背中から猛禽の翼を生やした獣妖精(ケットシー)族長ガーネット・ラー・レジーナは言った

「まあそれは構わんのじゃが……一体これはどういう状況じゃ?」

 それを知らずに何しに来たんだ、こいつは

 レジーナはついさっきルーンが暴走した時、すぐ会場から脱出していた

 つまりこいつは折角逃げたのにわざわざまた戻ってきた訳なのだ、本人の言葉を信じるなら何が起きているのかすらも知らずに

 俺があれほど来るなと言っていたにも関わらず

 バカかよ……

 昔から変わらないレジーナの暴走しがちな真っ直ぐさに呆れつつ、レジーナの質問に答える

「端的に言えば、俺がここから逃げようとして、それを許さない連中が俺の邪魔をしているという状況だ」

 それで納得出来たのか出来なかったのかは知らないが、レジーナが軽くうなずくと、また問いかけてくる

「そうか、それで下の奴らはどうするつもりなのじゃ?」

「それがな、あいつらもかなり苦戦している様子だが、今の俺が助けに行けば俺に当たる戦力までもがあそこに集中して逆効果となりかねない、ちょうど悩んでいたところだ」

「そうなのか、で、我はどうすれば良い?」

 そのレジーナの問いに答えを返し、それを受けてレジーナが自分がどういう状況か理解出来ていなさそうな問いを返す

 その俺に都合の良い問いを聞いて、闇の中にいる俺だけで笑うと、傀儡の行動を操る

「それは自分で考えてくれ……よ!!」

 そう言って、傀儡の手元に槍を作り出すと、一気に振るう

「な!?」

 レジーナが驚いたように声を上げ、しかしそれしか出来ずに振るわれた槍に吹き飛ばされ、はるか下のレンガ造りの建物の間に突っ込む

 それと同時に傀儡を拡散、無数の魔法に変えて下の兵士を蹂躙する

 もちろん麻痺付きでな

 それと同時に俺が居る球体からも無数の魔法を放つ

 こっちももちろん麻痺付きだ、そうだ、ついでに麻酔属性も乗せるか

 幾分か軽くなったように感じる槍を振るって空中に一気に大量の魔法陣を作り出す

 そう感じるようになったのは、我ながら現金な事にもレジーナの乱入……もとい救援で悩みがことごとく一気に解決したことにより、少し気が楽になったからかもな

 レジーナもたまには良い仕事をしてくれるじゃないか

 そうだな、礼と言っては何だが、下の兵士共が、路地に突っ込んだレジーナのことが気にしていられなくなるほどに、暴れてやる事としよう

 そう、レジーナが突っ込んだのは路地だ、それも俺のほぼ真下のな

 もっと具体的に言えば、ローレンスや勇者、太陽神が闘っているまさにそこ

 これで、俺が下に行く必要は無くなった

 まあ、根本的な問題は何も解決していないのだが

 

 

       第十二章  まさかの乱入者

 濛々たる砂埃

 そのあり得ない状況を見て、さっきまで激戦を繰り広げていたお互いが動きを止め唖然とする

 まあ、何て言うか

 苦戦してたら上からなんか降ってきた

 ん?

 んん?

 んんん?

 一体何事?

 予期せぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)、それが己の巻き起こした砂埃の内でゆっくり立ち上がり、怒気もあらわに天に向かって咆吼する

「ヴァ~ル~ガ~ァ~~よ~く~もォ~!!」

 全身から覇気と、怖気の迸る魔力をまき散らしながら、その闖入者、レジーナさんが憤然と猛禽の翼を広げる

 その存在、いまだ敵なのか味方なのかすらも分からないそれの肩を、誰かが叩く

「レジーナ様、一体何をしに来られたのですか?」

 もうなんか全てを察した様子のローレンスである

「何を、とは何じゃ?我がここに来て都合でも悪いのか?」

 あ、機嫌が悪いんですね、分かります

「いえいえ、そんな訳ではございません、ただ、敵か味方かだけは、ハッキリさせておきたかったもので」

「お前から見て我はどう見える?」

「とても無様です」

「ぶっ殺しちゃろうか」

 ……なんだろう、レジーナさんって行く先々で漫才やってんのかな

 とまあ、そんな漫才を横目に見ながら、俺たちも何もしていない訳じゃない

 俺たちの手元、そこに魔法陣が多重に展開され、その内の一つが拡張し、降り注ぐ魔法を防ぐ

 それと同時にそれ以外の多数の魔法陣が一気に発動、反撃の魔法を撃ち込む

 そうして出来上がった魔法の弾幕の中を、男は憎たらしいほど見事に躱していく

 普段だったら感心する所なんだろうけど、今回はそれどころじゃない

「それでどういう了見で来られたのですか?」

「ヴァルガを助けに来たのじゃが、この通りなぜか叩き落とされてしもうてな」

「そうですか、なれば味方ですな、こちらも見ての通りちょうど苦戦しておりました所でして、良ければ助太刀しては頂けないでしょうか」

「……なるほど、我が叩き落とされた理由がなんとなく分かった」

 察して頂けたみたいですね

 俺もヴァルガが大体何をやったのか察した

 ヴァルガ、レジーナさんって一応女子だよ?

 流石に叩き落とすのはちょっと……

 まあレジーナさんには傷一つないけども、ねえ?

 それでも叩き落とすのはちょっと……

「それは助太刀して頂けるということですかな?」

「旧友からの頼みじゃ、これは断れんのう」

「ありがとうございます」

 そしてそんなヴァルガにも慈悲を与えるレジーナさんマジ神

 と、瞬時にレジーナさんがその場から消える

 それが、レジーナさんが急に高速で動いたために目が追いついていないのだと俺が気づく前に、その標的となった男が動く

 目の前には双剣を振りかざして俺に迫る男

 って、そっちの標的は俺かよ!?

 レジーナさんが男を狙い、その男が俺を狙うというよく分からない状況

 その状況に食物連鎖という言葉がふと頭に浮かび、同時に俺はその最下層である事に気づく

 俺はさっき危うく斬り殺されそうになったので十分だっつーの!

 その叫びが男には届いていないことを理解しつつも、そう心の中だけで叫び、剣を構え直す

 その時にはもうすでに剣が目と鼻の先にいる件

 ダメ元で剣をかざして防ごうとするが、男の剣はそれを巧みに避けるように振り込まれる

 ちょ、早すぎ

 まずい、受けきれない

 死の覚悟も、そんなもの全く出来ていない

 無意味だということにすら気づかず目を固く閉じ

 瞬間、横から襲った爆風が容赦なく俺をさらった

 抵抗すら出来ずにゴロゴロと地面を転がり、何とか止まったと一息ついた所に上から何かが落ちてくる

「うぇ!?」

「ひゃ!?」

「む!?」

 生物的な重みと暖かさ、そして柔らかさ(その時の俺がその柔らかさが何か気づいていなかったのは全く幸運としか言いようがないだろう)を感じつつ、上を見る

 それは佐野さんとローレンスだった

 と、間髪入れずに、折り重なる俺たちの周囲を囲むように魔法陣が発生する

 その魔法陣は俺に驚く暇さえ与えずに発動、薄い黄色の結界が俺たちの周囲を覆う

 攻撃じゃなかったことに一息つく俺、その上、半球状の結界の上部に何かが乱暴に着地する

 驚いてうつぶせの体勢のまま首だけで上を見ると、それは鉤爪と鱗を備えた猛禽の足

 それを両足として結界の上に立つのは重そうなマントを背に纏ったレジーナさん

 そして俺たちに目を向けると、いたずらっぽい笑みを浮かべて俺たちに話しかける

「少し狭いじゃろうが我慢してくれ、じゃがお前たちがおると本気で暴れられんのじゃ、すぐ終わらせるからの」

 そう言い置くと俺たちの返事を待たず結界の表面を蹴り、地面スレスレを一気に飛ぶ

 全て事態が終わってからようやく、さっきの俺を逃がすための爆発は自分が闘いやすくするためのレジーナさんの布石でもあった事に気づき、どこかヴァルガに通じる戦闘様式に舌を巻きつつ、しかしそれだけではなかった事にすぐ気づく

 だが、さっきの爆風で吹き飛ばされたのは俺だけではない、俺を斬ろうと目の前に迫っていた男もそれは同じ

 その爆風で吹き飛ばされ、立ち上がったばかりの男にレジーナさんの右の蹴りが襲う

 俺が見た時のままの猛禽の足、爪を備え、相手を瞬時に引き裂く凶悪な蹴り、それを男は何とか剣を交差させて防ぐ

 しかし、空中にいて軸足を必要としないレジーナさんが使える足は当然、一本だけではない

 己の足の内にある、蹴るのに邪魔な二本の剣を右足でまとめて掴む、と

 気合い一閃、そのまま左足で回し蹴りを放つ

 ひとたまりもなく吹き飛ばされる男、一直線に飛んでいく()()()()()()()()()()()()()

 男のその目、それが自分が飛ばされるその先で移動の残滓にマントを流すあり得ない物に見開かれる

 何のことはない、ただ男が吹き飛ばされる速度を超える速度で男の軌道に先回りしただけのことだ

 それはこの上なく単純だが、それゆえに回避も妨害も不可能

 レジーナさんが腕を素早く掻い込み、そこで右腕が波打つように変形、一瞬で黒い骸甲に包まれた異形の腕へと変貌を遂げる

 そして八方塞がりで飛んで行く男の背中に、その異形の腕と化した拳が叩き込まれる

 男が冗談のように今までと反対方向に吹き飛び、激しく地面に叩きつけられる

 それに追撃は入れず、その代わりに蹴り飛ばした時に男から奪い、まだ右足の内にある二本の剣に一瞥もやらず、わずかに足を鳴らすだけで粉々に踏み砕く

 と、素早く起き上がった男が片膝立ちの体勢のまま魔法を多数放つ

 男が吹き飛びながらも必死で構築したそれを、まるで枯れ葉を薙ぐように右腕で一息に薙ぎ払い、直後に人間のそれに戻した右腕を横に軽く振ると、指の間に四本のナイフがどこからともなく現れる

 それを確認すらせず、右に振り抜いた体勢になっている腕をもう一度左に振り戻す動作で、その指のナイフを全て男に放つ

 それは男の回避速度を大きく上回っており、剣を失っている男にそれを防ぐ(すべ)はない、はずだった

 男の右の手のひらに張り付く魔法陣、それが輝きつつ拡張、円形の盾となる

 その表面に四本のナイフが突き刺さり、しかし貫通まではできずにそこで止まる

 それと同時に男の左手に銀色の輝き、それは先の二本がそうだったように、またもどこからともなく現れた三本目の剣

 双剣士から片手剣士に変わった男がレジーナさんに飛びかかろうとして

 右手が爆発した

 いや、正確に言えば、右手にあった円形の結界、それに刺さっていたナイフが爆発した

 走り出そうとしていた男は唐突な横殴りの衝撃に吹き飛ばされ、横のレンガ造りの壁に突っ込む

 そこに容赦ないレジーナさんの膝蹴りが入り、男がくの字に体を折りつつ苦しそうにうめく

「かッ」

「む、これで昏倒せんのか、中々しぶといのう」

 衝撃で背後のレンガの壁がきしみ、それほどの衝撃をもろに受けた男が血を吐き、それを見たレジーナさんが冷たく感想を漏らす

 お互い下手に動けないために起こる静寂、そのために少し冷静さを取り戻した俺は今更に気づく

 あれ?これマズくね?

 俺がそう気づくと同時に、それを肯定するようにレジーナさんが懐からナイフを取り出す

 まずいって、レジーナさん明らかに殺しに行ってるって

 本来ここでこの男を殺すつもりじゃなかった

 今までの兵士はそういう風にしてきたし、ローレンスにはヴァルガからの指令もある

 でも今そのローレンスはレジーナさんが張った結界の中だし、恐らくヴァルガはそんなことをレジーナさんに話してない

 そして恐らくレジーナさんは何の疑問も持たずこの男を殺そうとするだろう

 それはまずい、大いにまずい

 どうにかしてレジーナさんを止められないか?

 普段ならそう思えばいくつか案が浮かぶ

 しかし、今回に至ってはそうではなかった

 なにせ今の俺はほとんど身動きもとれないような状況なのだ

 声が届くかは微妙なところだが、恐らく俺が声をかけてもレジーナさんが反応するのは男を殺した後だろう

 もし聞いてくれたとしても、ルーンのためというのは俺たちの身勝手な事情、レジーナさんが聞く保証はどこにもない

 まずい、まずい!まずい!!

 焦る、焦る、焦る

 俺が今更な危機に頭を抱え、その俺をサッと影が覆い

 

 その瞬間、世界が暗転した

 

 いや、違う

 違う、のか?

 夜のような透明感のある暗さとは違う、目の前が急に墨で塗りつぶされたかのような重苦しい重量感を持った暗さが、周囲を覆っていた

 まるでそれは真っ黒な液体に完全に飲み込まれたかのよう

 俺が唐突に訪れた不可解な状況に目を細め、しかし当然ながら何も見えない

 その中、意味のなくした視界に代わって鋭敏になった聴覚に、轟音だけが響く

 轟音、その後乱闘するような音が数秒響き、急に静かになる

 その静寂の中で、物音一つ立てず闇が流れていく

 模様も、色すらもないのに、なぜか流れていると思えるその流れは数秒続く

 現れた時と同時に唐突に闇が途切れ、急に視界に戻った光に目を細めて、その眩む視界に映るものに再度目を見開かされる

 はためくマント、広がる龍翼、二本の角、光背のように巨大で精緻な魔法陣を背負う兜のない銀の鎧、そして、その後ろに控える統一された黒いローブに身を包んだ多数の黒い影

 その鎧に覆われた右腕に暴れるレジーナさんを抱え、右腕には気を失ったルーンを抱いて、再び俺たちの前に文字通り舞い戻ってきたヴァルガは、魔法一発で俺たちを包み込む結界を破壊すると、悠々、口を開く

「何をしている、準備はもう終わったぞ」

 

 

 

 

 

       第十三章  絶対を越えろ

「…………っ」

 ローブの黒と鎧の銀、二つの勢力がぶつかる境目

 ヴァルガの目の前、鎧の勢力を統べる、全身に傷を負った男が息をのむ

 その音すらも聞こえるほどの静寂に包まれたそこに少しずつ、しかし鋭く殺気が満ちる

 片方はルーンと暴れるレジーナさんを抱えたヴァルガ

 もう片方は盾を消し、再び双剣士になった男

 その男が静寂に耐えかねたかのように、しかし平常を装って口を開く

「戻ってきたか、バカが、自ら虎口に飛び込んだことに気づいていないのか」

 と、男の声に呼応するように男の後ろに一斉に兵が現れ、一糸乱れぬ動きで路地を埋め尽くした槍が槍衾を形作る

 その殺気に()てられたヴァルガの後ろの黒ローブの部隊が一気に殺気立ち、すぐにでも飛びかかりそうなそれをヴァルガが片手で制する

 そしてあくまで余裕のまま、言葉を返す

「愚かな、このような隘路で俺たちと闘うということがどういうことか、気付いていないのはお前の方ではないか」

「ふ、愚か、とはな、敵に一片の被害を与える勇気すら持てない者に言われるとはな」

 そしてそれを挑発するように男が返し、両者の間に物騒な気配が満ちていく

「貴様ら如きに鮮血で街を汚すのも惜しい」

「ふ、粋がるな、お前までもが妹の平和主義に傾倒したか?」

 そして男の挑発をまたも挑発で返したヴァルガが、その男が唐突に出した自分の妹の話題にわずかに眉を動かす

「フン、俺は横着者だ、面倒事は極力避ける主義でな」

「ほう、それは面白い事を聞いた、もっと面白いことを言ってみたらその命乞いを受けるかもな?」

 男が小馬鹿にするようにヴァルガを煽り、それを聞いたヴァルガがわずかに表情を強ばらせる

「勘違いするな、俺の最優先事項はお前らを生かすことではない、邪魔な奴らをなぎ倒してここから脱出することだ、まだ俺は選択肢を与えてやっているのだ、俺の気が変わらないうちに引いておいた方が得だぞ?」

「フン、勘違いだと?お前が言うか、俺たちはお前を倒すためにここに来ている、よもやお前とその烏合の衆ごときで勝てるなどと勘違いしてはいないだろうな」

 そしてヴァルガが挑発的な言葉を返せば男がそれをまた挑発で返すという挑発の無限ループ

 永遠に続くかに思えたそれにあっさり終止符を打ったのは、ヴァルガから膨れあがった覇気だった

「ほう、貴様、言わせてやってみれば、それほどまでにこの路地を鮮血で染めたいか」

 ヴァルガはそう言うと、レジーナさんをやや乱暴に降ろす(落とす?)と、これ見よがしに背中の巨大な魔法陣に魔力を漲らせる

 その背中から溢れ出す威圧は、直接向けられていない俺でさえ背中に冷たい汗が伝うほど

 が、それすらも男は鼻で笑う

「ふ、自殺したいならばそう言えばいい、もっとも俺にそれを頼んだこと、五体が泣き別れてから後悔するなよ」

 むしろ結構とばかりに、ヴァルガのその覇気を受け止め、より苛烈な挑発を返す

 そう言うと、男も魔法陣を手元に作り出し、場の空気が一気に張り詰め、さっきまでを超えた、完全な戦場の雰囲気に包まれる

 そして、それを助長するかのようにレジーナさんが憤懣もあらわにヴァルガに向けて声援を送る

「ヴァルガ!なにをそいつに慈悲をかける必要がある!!貴様がやらんなら我がやるぞ!!」

 それを聞いたヴァルガは、しかし無言、が、背中から溢れ出す覇気が無言のままに余計なことを言うなと雄弁に語っている

 うっ、と言って沈黙するレジーナさん

 そのままレジーナさんの発言は完全に黙殺したまま、その上でゆっくりと男に向かって歩きつつ問い掛ける

「最後にもう一度聞いておいてやろう、本当にそれで良いのか?」

 それを迎え撃つように男もゆっくりとヴァルガに向かって歩みつつ、それに答える

「ふ、今更の命乞いか?悪いが、それは面白くないな、受けてはやらん」

 そして男が宣戦、両者の間に緊張が走り、お互いの魔力がぶつかり合う事で発生した火花が暗い路地とお互いの顔を照らし出し、その顔からお互い笑みが消えた、瞬間

 その間に割り込む影、真っ黒いそれがヴァルガに背を向けるように立ちふさがり、大声を張り上げる

「止められよ!!私の命は差し出す、生憎それしかやれんが、それで手を引かれよ!!」

 ヴァルガを庇うかのように立ちふさがるそれを見たヴァルガが、思わずと言った様子で声を上げる

「ローレンス……」

 そう、そこに立ちふさがった存在、黒い外套に身を包んだそれはローレンス

 庇っているのだ、ヴァルガを

 そう、もはや、隠すまでもないだろう

 ヴァルガに、闘う気はない

 何しろ、ヴァルガがその気になれば、男をひねり潰し、そして自分の部隊をけしかけて乱戦にすることで簡単に脱出することができるはずだ

 レジーナさんもいる今、負ける道理はない

 しかし、その戦術ではどう考えても敵味方双方に甚大な被害が出る、だからヴァルガはこの戦術をとろうとしない

 今まで散々煽り続けているのも、おそらくはこちらに戦意がある、と()()()()()相手に無駄な戦いを避けたいと思わせることが目的なのだろう

 その証拠に、さっきからヴァルガが背負っている魔法陣は攻撃用のそれではない

 男側、つまりヴァルガの正面から見れば体や翼などが邪魔で大部分が見えないが、俺たち側、ヴァルガの後ろ側から見れば、ヴァルガがさっきから(かか)げているのは攻撃用などではなく、むしろ真逆の転移魔法だと分かる

 つまりペテンだな、あれほど掲げれば相手の大部分は勝手に攻撃魔法だと勘違いしてくれるだろう、もっとも、男には通用していない様子だが

 それらからヴァルガの思惑を察するに、相手が被害を気にして撤退すればそれで良し、攻めてくれば、ヴァルガが迎え撃ち、隙を見て転移で強行突破、という物だろう

 あまりにも相手頼りの作戦だが、それも仕方ない、転移魔法は発動に時間が掛かるため、問答無用で撤退しようとすれば発動する間に無防備な背中を突きまくられるのは目に見えている

 ローレンスも、その事を理解していたのだろう

 しかし、やろうとしていることは真逆

 ヴァルガは、何とかして自分が闘うことで道を開こうとし、逆にローレンスはそのヴァルガの選ぶ道の果てに高確率で在る、ヴァルガの死、という未来を回避しようとしているのだろう

 男があれほど自信満々で挑発してきているのだ、何か策がある可能性の方が高い

 それも、ヴァルガを倒せると確信できるほどの策が

 フードすら被らず、男との戦いで受けた傷も癒やしきらぬまま、必死の形相で男に詰め寄るように、また、懇願するように声を張り上げているローレンスからは、そんな意思がくみ取れる

 美しい主従愛だ、が、ここにはそれを見て()()()感動できる者だけがいる訳ではない

 それを見た男が怒りもあらわに不快そうな表情を歪める

「ローレンス……!!」

 と、同時に男の全身から怒りを含んだ覇気が溢れ出し、それを見たヴァルガが一転、驚きと怯えを混ぜたような表情を浮かべ、ローレンスに駆け寄り肩を掴む

「おい止めろ、お前が死んだら意味がない!」

 そしてそれを聞いてか聞かずか、怒りの形相の男が激しい怒気を封じ込めた声を漏らす

「たまたまの乱入で命が助かったからと調子に乗っているか、ああいいとも、お前は殺す、なんとしてても殺す、言われずとも殺してやる」

 さっきまでの余裕に満ちていた男の発言とは思えない、極大の怨嗟が込められたそれを聞いたローレンスがヴァルガの制止も聞かずに戦闘態勢を固め、それを見て、制止されていた黒ローブの部隊までがローレンスの後ろに一気に並び、各々の手に持つ得物を突き出し、戦闘体勢を固める

「隊長、我々も御一緒させて下さい」「ヴァルガ様のために共に逝きましょう」「冥府のお供ならお任せを」「共にヴァルガ様の退路を」「隊長」「隊長」「隊長」…………

 ローレンスとヴァルガを慕う声が溢れ出し、それに対抗するように、動いていなかった敵の兵士達も男の後ろまで一気に前進し、槍を突き出し、迎撃の態勢を固める

 完全な全面衝突の構え、その中、唯一戦局に付いて行けていないヴァルガが慌てて声を上げる

「お、おい、止めろ!止めるんだ!!」

「どうした?今までの威勢はどこに行った?安心しろ、胸糞悪い裏切り者を含めて全員残さず殺してやる、お前が後の心配をする必要はないぞ」

 ヴァルガが慌てて自分の部下達を止めようとし、それに男が怨嗟と憤怒によって震える声で挑発と宣戦をぶつける

 その声を聞き、突撃を開始する兵士、迎え撃つ黒ローブの部隊

 そのお互いの先頭が絶対の殺意をぶつけ合おうとした

 その熱気、殺気、狂気、全てを


 刹那

 

 空気を読もうともしていない一つの声が跡形もなくブチ壊した

「いやはや皆さん、名も知らない(たみ)達どころかヴァルガまで、ずいぶんと不毛な会話がお好きなのですね、私には理解出来ない行動原理です、一種興味深いほどに」

 全員に平等に響く綺麗な女性の笑いを含んだ声、実際に響くのとは違う、頭の中に響くような不思議な感触、声と同時に心中に凄まじい”居る”という生理的な怖気を沸き上がらせる感触、初めてではないその感触

「ラスタル……様…………?」

 その不思議な感触を唯一味わった相手、その名をつぶやいたのは、こちらの人物ではない(、、、、)

 どこからか槍を取り落とす硬い音が聞こえ、しかしそれにも気付かないほどに呆然としているそれは

 今まさに俺たちの目の前でぶつかろうとしていた敵兵、それの内から響いていた

「ラスタル様?」「まさか、そんなはずは」「ここで御声を拝することが出来るとは……」「一体何が起きているって言うんだ……?」「まさか」「どうして」…………

 今まで感情のかけらも見せなかった兵士達、その内に動揺が広がっていた

 その原因は歓喜、困惑、恐怖、猜疑、など無数にある、が、唯一統一されている事は、ついさっき聞こえてきた声がそれら全てをまとめて生み出したということ

 その喜怒哀楽が混沌と混じり合った感情の坩堝(るつぼ)、それを

 再び響いた声が一つの感情に纏め上げた

「私を崇める者たちよ、今すぐその剣を収め、争いを終えなさい、天は争いを望みません」

 簡潔な戦闘の制止、それは簡単だが、動揺し切った兵士たちの心を打ち砕くにはそれだけでも十分すぎるほどだった

「っ…………うわあああああぁぁぁぁ!?」

 どこかで声が響く

 それが壊滅の合図となった

 今までの整然さはどこへやら、ある者は何かに追われるかのようには逃げ散り、ある者は我武者羅な突撃に走り、ある者は呆然と天を見上げる

 混沌という言葉がこの上なく似合う空間がそこには出来上がっていた

 しかし、その先頭で、ただ一人別の動きをしている者がいた

 それは、狙い澄ましたかのような兵士達の壊滅、それに頭が付いて行っていないのか、呆然と辺りを見回す男

 ついさっきまでは部隊の形を成していた、しかし今はその面影すらもない、ただの恐慌した群衆を見ゆり、ただ一言

「バカな……………」

 どうしようもない隙をさらす男

 その隙を、理解が追いついていない黒ローブの部隊はもちろん、ごく一部の向こう見ずな突撃を掛けてくる兵の対処に忙しいローレンス、それどころかあのレジーナさんですらも無茶苦茶に飛び交う魔法を防ぐので手一杯で、そんな些細なことには気づけなかった

 しかし、唯一、元より戦いに参加していなかった者だけは気づいていた

 それが曲がりなりにも最初から自分が求めていた物だと、気づいていた

 必死の形相のヴァルガが背中の魔法陣を一気に展開、すぐさま手に移し、展開されて自分よりも巨大になった魔法陣を地面に叩きつける

 それと同時に体の中の魔力を全て投入、周囲がまばゆい閃光に包まれ、混沌とした場が下からの光に照らされ、もはや幻想的な光景を描き出す

 しかし、男が呆然としていたのはその隙だけだった

 すぐさま正気に戻った男が半秒その光景に驚愕、単身なのも構わず突撃する

 それの向かう先は、もちろん魔法陣の発動に全力を傾注しているヴァルガ

 多数の視線がすれ違い、そして一つに収束する

 誰もが理解していた、視線の中にこもる声なき声が、火花を散らす、意思を込めて

 ここが正念場だ、と

 それ故に、跳び、駆ける

 男が、ヴァルガに必殺の意思を込めて

 レジーナさんが、阻止の意思を込めて

 ローレンスが、驚愕した意思を込めて

 そして、もう一人が、全てを理解して

 そして、もう一人が、それを助けんと

 その全員が、ぶつかり会う意思を孕み

 示し合わせたかのように一つの言葉を

「「「「「させるかァアアアアッ!!!」」」」」

 吠えた

 そして同時に、動き出す

 ローレンスが身を持って男の右の剣を防ぐ

 飛び散る鮮血、ローレンスの腹に突き立つ剣

 しかしこの暗殺者はこの程度では止まらない、同時に放たれた捨て身の反撃が男の首を狙い、惜しくも避けられ、男の左肩を抉るにとどまる

 二条の赤い線が空中に描かれ、ローレンスがぐらりと倒れ、その後ろから(ほとばし)る光芒

 一撃必殺、レジーナさんの手元から放たれたそれが、ローレンスを目隠しに、男に迫り、走る閃光

 砕けるのは剣、舞い散るのは鎧だった物、焼き焦がされた衣服が宙を舞い、突きを放った体勢を大きく崩しつつ、しかし男は倒れない

 ヴァルガに向けて走りつつローレンスの腹から剣を引き抜き、その動きのまま振りかぶる

 左腕を無残に焼け爛れさせながら、しかし、裂帛の気合いを込めて無事な右腕だけで剣を振るい

 見ればヴァルガは既に間合いの内

 片手を地面に着け、待ち受けるヴァルガが懐の短剣に手を伸ばし

 男の裂帛の振り下ろしが迫り

 決死の表情のヴァルガ、その短剣が空に一閃し

 火花

 男の剣が二つに分かれ

 ヴァルガが手元を素早く返し、反撃を放とうとし

 男の顔に場違いな笑みが浮かび

 男の満身創痍な左手が閃き

 そこに握られた短剣がヴァルガに迫り

「美味しいところッ!!貰ってくぜッ!!!」

 場違いな叫びが響き渡った

 そして男のそれではない、ヴァルガのそれでもない、第三の剣が走る

 全身の輪郭から光の粒を溢す、()()その剣を閃かせる

「ッッ嗚呼あああああああアアアアアアア!!」

 男の顔を思わぬ乱入者への驚愕が彩り

 半分の長さになった剣でかろうじて俺の剣を受ける

 激しい火花が路地の中を一瞬照らす

 誰が止まるか、その程度で!!

 突き込む剣、走る火花、交わされる殺意と熱気

 打て、躱せ、避けろ、斬れェッ!!

 打つ、躱す、避ける、斬るッ!!

 ついさっきまでなら軽々と受けられた()()の無茶苦茶な連撃、型も何も無いそれが着実に男の命に迫る

 俺が半分無意識の内に吠える、体内に駆け巡る灼熱を吐き出すように

「ッッ雄々おおおおおおおオオオオオオオ!!」

 ッ … … … … ! !

 痛い、熱い、体が弾け飛びそうだ

 だが、ここで止まる訳には行かない!!

 全身が燃えるかのように熱い

 ただの踏み込みですら意識が飛びそうだ

 それもそのはず、今の俺は許容量を遙かに超える魔力を体の内に込めている

 全身から立ち上る魔力の蒸気が、その体の中で何が起きているか、それを如実に表している

 それは薄紙の筒に超音速のマグマを流す行為に等しい

 今俺の体が持ちこたえているのがそもそも奇跡

 その奇跡もほんの僅かな油断で灰燼に帰す

 俺が今まで自重していたのもそのため

 来ると分かっていたこの瞬間に、この一秒に、一瞬に全力を注ぐため

「ッッだああああああああ!!」

 男が剣を振るう

 が、遅いな!!

 その折れた剣を受け止めるどころか、ただの移動だけで避け、そのまま男の胴を薙ぐ

 それを後ろ飛びで躱した男、その顔面に向けて、光線が走る

 男は剣で防ぐのは無理と見たか、小さな結界でピンポイントでそれを防ぐ

 しかし、それは一発だけでは終わらない、次から次へとマシンガンのような乱射となって男を襲い、無理矢理魔法陣の外へ押し出していく

 逃がしはしない

 地面を蹴る、距離を詰めて、斬る、斬る、斬る

 俺の必死の斬撃、さらに光線の援護により、ついに攻守が逆転する

 さらに光線の発射地点は少しずつ男に近づいていき、それに応じて光線もより正確に、より苛烈に撃ち込まれていく

 男の反撃を警戒し、後ろに飛んだ俺が、ついにそれを撃つ術者と並ぶ

 見慣れた真面目そうな顔を必死の形相で固め、その上に一筋の汗を流し、佐野さんが光線を放つ

 背後で膨大な魔力が一つに纏め上げられる気配

 ヴァルガの転移魔法だ

 そうはさせじと光線を押し返して男が踏み込む

 邪魔させるかよ

 俺も応じて踏み込む

 一瞬で距離を詰め、放つ斬撃、防戦する男、そこに別方面からの光線が追い打ちを掛ける

 レジーナさんの魔法だろうが、確認しているヒマは無い

 いくら男でも、片方の剣を失い、さらにもう片方の剣も半分しか残っていないのではこれだけの集中砲火には対処しきれない

 ローレンスに与えられた傷からの出血も今や相当な量に達している、もちろんそんな状態で全力を尽くせるはずはない

 今なら、勝てる

 剣が手の内で嫌な音を立てるほどに握りしめ、自分の体が許す限りに振るう

 だが、足りない

 男をこの場に食い止めることはできても、押し返せていない

 このままでは、まずい

 だが、させない

 まだ、いけるはずだ

 後のことなんか考えるな、今が終わらなきゃ、先はない

 いける、いかなければならないんだよ

 体の中に巡る魔力が加速する

 全身に激痛が走る

 その魔力の激流に巻き込まれた剣が赤熱する

 後ろで魔力がまた強く脈動、ヴァルガか

 絶えず剣を振るいつつ、耐え、力を増幅していく

 応じて振るう剣がまた鋭く、速く男に向けて振るわれる

 男がそれを受け、鍔迫り合いに持ち込まれる

 お互いの必死の形相が目と鼻の先で突き合わされ

 そして、俺から溢れ出す全ての魔力が急に静かになること、一秒

「ぁぁぁぁぁぁあぁああぁああああアアアアアアアアア!!!!」

 俺の目から真っ赤な血が一筋流れ出し

 全身に力が満ちる

 全身から溢れ出す魔力は紫電となり

 体捌きはより速く

 体の限界を超えた負荷が全身の燃えるような激痛となり

 体のあちこちで嫌な音が響き

 男の顔に驚愕が浮かび

 俺を押し返す男の力を、真正面から相殺し、それを上回る力で押し潰す

 受けきれなくなった男がこれまでの一時的な後退とは明らかに違い、大幅に後ろに飛ぶ

 そして、男の足が地面に貼り付けられた魔法陣の縁に触れる

 その事に気付いた男が焦りを顔に浮かべ、驚きに刹那、動きを止める

 しかし、俺はその刹那を見逃してやるほど甘くない

 容赦ない追撃、横真一文字の閃光が一瞬、中段に走る

 受けきれず、よろめいた男はすでに魔法陣の外

「行けえええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 魔法陣がまばゆく発光

 視界が真っ白に塗りつぶされ

 全てが歪む感覚

 視界が揺らめく

 白く明滅する視界が、陽炎のように揺れ

 何かが急速に塗り替えられていく感覚

 と、全身から感覚が消え去り

 何かが見えた

 ような

 気がして

 その

 結果を

 見る

 前に

 純白の

 光景

 が

 …

 

 暗闇に呑まれた

 

 

       幕間  黒い龍騎士は己を恨む

 永遠のような数秒が過ぎ去り、俺の視界に見慣れた、この上なく安心感を沸き起こさせる景色が飛び込んでくる

 そこは森の中にぽつりと立つ教会のような白い建物、外側とは釣り合わないほどの量のモノを秘める、森の中の要塞

 一日も経っていないとは思えないほどに懐かしく感じるその景色、それを見た気の緩みで思わずくずおれそうになる両足を気力だけで支えつつ、無理した馬鹿野郎の元に走る

 急な展開についていけずに多少混乱している人混みをかき分け、そこだけ人が寄りつかず、やや開けたようになったそこを目指す

 そこまでたどり着くのに掛かる時間がもどかしく思いつつもたどり着き、そこに横たわるモノを、信じてくれなかった悲しみと共に見下ろす

「馬鹿野郎が、もっと他人を信じたらどうだ」

 返事はない

 そんなこと、見る前から分かっていた

 それでも、俺の口は、勝手に言葉を紡ぐ

「お前たちはいつでもそうだ、他人に任せる事を怠惰として認めず、己の分を越える物をも受け止めようとし、その果てに傷つくのはお前ら自身のみ」

 このような事は俺には似合わないとは、分かっている

 それでも、後悔と、それに倍する安心と、それによる虚しさ故に、言ってしまう

「俺たちは、どうすれば良い?どうすれば、お前に、笑って生きろと、そう言える?」

 それによって生まれた、己が、最後に犯した失敗への、怒りから、言ってしまう

「勇者よ、頼む、死ぬことだけは、それだけはしないでくれ、俺は、もう二度と、目の前で倒れる、大事な人の骸も、それを見る者の涙も、見たくない」

 最後はもはや懇願の形に成り果ててしまった言葉をかけ、しかしそれでも反応はない

 己の前で力なく横たわるそれ、勇者の称号を冠するそいつ

 そいつを抱える少女が荒れ狂う内心を必死で隠そうとしたかのような顔で一言、問いかけてくる

「……助かる、よね?」

 その今にも泣き出しそうな表情を見て、覚悟を、己の心中だけで、固く固め、そしてそれを静かに言葉に込めて、一言

「任せろ」

 そして、身を翻し、傍らで(ひざまず)くローレンスに指令を下す

「転移に巻き込まれた敵兵がいないか確認しろ、すぐに二度目の転移を行う、確認が終わり次第兵卒を集めろ……エレン!」

「ここに」

 俺の呼びにどこからともなく応じたエレンが、一拍遅れて俺の後ろの空間を揺らして滲み出るように現れる

「しばらく戻っては来られないだろう、結界の自立防衛機構を発動させろ」

「御意」

「転移する、転移門の展開準備をしろ、座標は……言うまでもないな」

「仰せのままに」

 俺の矢継ぎ早の命令にも、粛々と従うエレン

 その姿に少し安心感を得つつ、しかし、顔だけは硬く周囲を見回す

 さっきまで混乱して乱れていた隊列も今やほぼ元に戻っている、さすがは俺の部隊、いや、ローレンスの部隊と言うべきか

 まあ、その中には完全に状況に置いて行かれている黄色い奴の姿もあったが

 そういえばいたな……完全に忘れていた……が、それはいい

 太陽神……佐野とか言ったな、そいつが語りかけてきたからな

「転移って言ってたけど、一体どこへ行くつもりなの?」

「転移準備、完了しました」

 佐野の問いかけ、同時にどこからともなく聞こえた転位準備完了の報告、それにうなずきながら、佐野の方向は見ず、ルーンの手首から脈を測りつつ語る

「ルーンも、勇者も、現段階の技術では治癒が難しい状態までに衰弱している」

「…………!!」

 背後で佐野が驚きに身を固くするのを気配で感じながら、ルーンの手首から手を離し、立ち上がりつつ、目は合わせずに言葉を続ける

「全力を尽くしたとしても、意識を取り戻すかどうかさえ怪しい、まして完全な治癒は絶望的だろう」

「…………」

 立ち尽くす佐野

 その顔を出来るだけ見ないように心掛けながら振り向き、すぐそばに跪くローレンスを見る

「終わったか」

「はい、確認は終了、軽傷者少数、重傷者ゼロ、死亡者ゼロ、行方不明者ゼロ、敵兵ゼロ、転移門の中への誘導も完了しました」

「分かった、エレン」

「ここに」

 俺の声を聞きつけ、エレンがまたどこからともなく俺の背後に現れる

「転移門を起動、跳べ」

「は」

 ローレンスは跪いたまま、エレンは立ったまま一礼し、ローレンスは部隊に戻り、エレンは空間に溶け込むように消える

 それを見送ると、また佐野の方に向き直り、うつむいたそれに向けて口を開く

「二人を完全に治癒させるのは、確かにこの地上の技術力では不可能かもしれない、だが、それは()()()()()()、の話だ、ちゃんと行く当てはある」

「ぇ…………」

 転移門が起動したのだろう、地面に走る魔力で出来た幾何学模様が静かな輝きを帯びる

 俺の言葉を聞いて、勢いよく顔を上げる佐野

 その目を真正面から見返し、そして顔を上げ、これから俺たちが行くことになる、雲一つ無い空を見上げ、言い放つ

「行くぞ、神々の住まうところ、神界へ」

 俺の言葉

 それと同時に視界が閃光に包まれ

 一拍後

 その場には誰もいなかった


       ◇


「なんか、我だけいろんな物に置いて行かれておるように感じるのは気のせいかのう」

「その気持ち、分かります、とても」

「…………ハァ、お互い頑張ろうぞ」

「そうですね、頑張りましょう」

 

 

       間章  野心の邂逅

「…………以上が今回の作戦の成果です」

「ほとんど被害だけだな」

「申し訳ありません」

「いや、おまえは全力を尽くした、それを越えてきたヴァルガが異常なのであり、おまえに罪はない」

「御温情、深く感謝致します」

「それより、だ、最後にお前を足止めしたこの少年少女、誰だか見当は付くか?」

「いえ、あのような少年の報告はありません」

「何か気付いたことは?」

「最初に闘った時はどちらも、剣技は稚拙、それと対照的に魔法はそこそこ、と言ったところで、典型的な魔道士タイプでしたが、二度目の時の少年はむしろ完全なパワータイプ、少女はそのまま強化されたような魔道士、という対照的な戦法、しかしどちらも共通点として技術は稚拙、自棄になった素人のような形の戦い方でした」

「順当に考えれば、ヴァルガが連れてきた新しい戦力だな」

「はい、しかし奇妙な点がありまして、少年少女を連れていた裏切り者は、彼らを守るような素振(そぶ)りを見せており、使い捨てにできるただの戦力(コマ)ではないものと見られます」

「そのくせ、少年が放つのは、強大な力を発揮する代わりに、それなりの代償を求められる技、か、ここぞと言った時に使う切り札……にしてはあまりにも弱いか」

「私が言うのもおかしい話ですが、彼らが二人して出来たのは私を魔法陣内から追い出すことのみ、それに対して少年も重大なダメージを負っておりますし、あのヴァルガが使う戦力にしてはあまりにもコストパフォーマンスが悪すぎます」

「戦力ではないなら……そういうことになるな」

「ええ、どこかより預かったそこそこの身分の者の子息か、それに準ずる身分の死なせてはならない者、ではないかと思います」

「ふ、ヴァルガもヤキが回ったか、なぜ今更護衛など」

「護衛対象の割には容赦なく戦力として使用されておりますが」

「あいつの性格ならば、死にさえしなければどうとでも使いそうだな」

「それは、そうですね」

「それに、頼まれた相手が神ならば、尚更だ」

「はい…………此度のことで我らの信仰への弱さが露見しました、信仰によって成立しているとは言え、それによってヴァルガとあの裏切り者を逃がしている事を考えれば、何らかの対策が必要な物と見られます」

「ふ」

「何か?」

「お前も饒舌になったな」

「そうですか」

「過去への恨みのせいか?」

「…………」

「そうか、それにしても、だ、あの少年少女、面白そうだ」

「調査を続けておきます、もし次彼らと会うことがあれば、逃がしは、しません」

「ふ、そうだな、出来れば、()()()()、我らの陣営に組み込みたいものだ」

 

 

 

 因果は停滞を許さない

 因果が許すのはただ、前へ

 押し進めることのみ

 正解など無い、まして善悪など、そのような甘えの余地は何処にも無い

 ただ、ただただ、前へ

 悲しみと、苦しみと、それらさえ踏みにじる事を()とする信念をはらんだ

 前進のみ

本編はどうでしたか?

ピー(ネタバレ対策)さんだーー(歓喜)

個人的にキャラの構築に一番苦労した族長さんが再登場、ビックリ

前々章で小さく小さく書いてあった黄金の猛獣さんですね

すごい人なんだけど…今見返せば、うん、やっぱりちょっと残念な感じがぬぐえない

ふぇ?意図的だろって?

ごもっとも

それじゃ次回予告!!

次章『神々の住まう所』

次章こそは己の戦闘意欲を押さえて見せます、はい

ふぇ?信用できない?

ごもっとも

何とか謎の部隊の追撃を振り切り、離脱に成功した勇者達

しかしその代償に勇者までもが重体に陥ってしまった

それを見たヴァルガは一つの決断を下す

神界、そこへと向かう決断を

果たして神界で待ち受ける物とは!?

こうご期待!

さて、次章はあの人が出るね、今までセリフだけしか出てないちょっと可哀想な人が、出てくるフラグすら立ててもらえていないちょっと可哀想な人が

完全にセリフしか登場していないのはあの人だけなんじゃないでしょうか

良かったね!ようやくまともに登場するよ!

よければ評価、コメント等もお願いします

ではまたの機会に


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