伸るか反るか
今章は戦いが収まるらしいねー
って思っていた皆さん、申し訳ない!
自分の戦闘意欲を押さえきれなかった、魔王ドラグーンです
誰だよ前章の後書きで戦闘がやや落ち着きそうとかいった奴
ああ、自分か
うん、まあとにかく百聞は一見にしかず、本編にどうぞ
第十章 再会
光芒が目の前を貫いた
血煙が宙に一線描いた
空中の鎧がよろめいた
必死な形相が俺を見た
ヴァルガが撃たれた
入口から入ってきた、兵士のような服を着た男たちが、撃った
何のためらいもなく、その手から放たれた光線が、撃ち抜いた
それをボロボロのヴァルガはどうすることもできず、撃たれた
それを、俺はどうすることもできず眺めていた
「ッ――だあぁッ!!」
ヴァルガが苛立ちを表すかのように吠え、胸の傷など無いかのように真上に飛ぶ
それと同時に魔法を多数発動、一つは下で散会する男たちに下方に無差別にばらまかれる破壊となって、一つは己の胸に空いた穴に癒やしとなって
そしてもう一つの魔法が三発の弾丸となって俺たちに迫る
あまりに多くのことが同時に起きすぎて呆然とした俺は、その内一発をもろに食らう
同じような状況に陥っていた佐野さんもまた同じく
瞬間、なぜかダメージは無く、代わりに二つの魔法陣が俺たちを取り巻くように展開される
そこでようやく我に返り、自分の状況を理解する
と思った時には、後ろからの唐突な爆風に揉まれ、吹き飛ばされていた
驚いて振り返ると、弾丸を受けたのだろう、観客席の一部が崩落していた
俺がそれに気づくと同時にかなり焦った様子の念話が俺に届く
『そこの穴から外に逃げろ!すぐにだ!俺は後で合流する!!』
全く余裕を感じないその声から危機感がヒシヒシと伝わってくる
『待ってくれ!一体どういう……』
『言ってるヒマは無い!俺の部下にでも聞け!!』
その声色は出て行かないのなら叩き出すとでも言外に言っているかのよう
流石にただならぬ雰囲気を感じ取り、俺たちが動き出すと同時に後ろから再度轟音が響き、爆風が背を押す
崩れた瓦礫とひしゃげた鉄のドアを飛び超え、駆け込んだのは細いが綺麗に整備された下り階段、俺たちが来た時にルーンと別れ、観客席へと登ったその階段だった
石の壁越しに伝わる轟音と衝撃がやはり少し気にかかるが、その気にされている本人が行けと言ったのだからと思い直し、細く急な階段を一気に駆け下りる
階段はすぐに細い廊下へ、細い廊下は広い廊下へと繋がり、そうして開けた視界についさっき見たかのような既視感を覚える
ルーンと別れた場所に着いた事を認識すると、ついさっき通ったばかりの道をさっきとは逆方向に走る
明かりの消えたそこを一心不乱に走り、その奥を睨む俺の目に半開きになった大きなドアとそこから差し込む光が映る
一旦のゴールが見えたように感じ、そこまで走るやいなや何も考えずに開ける
周囲の警戒すらせずに
「誰だ!!」
大きな両開きのドアが大きな音を立て開け放たれ、俺の目に不気味なまでに静かな町並みと、叫ぶ三人の兵士、そして俺に向けて突き出される槍の穂先が同時に映る
思わず飛び出そうとしていた足を止め、その場でとっさに戦闘態勢を取る
後ろから追ってきた佐野さんが何事かと俺の横に出、予想外、しかし少し頭を使えば予想できた事態に驚き、後ずさり、同じく戦闘態勢を固める
あまりにも一方的な膠着状態、距離を取ろうと少し後ずされば、その分槍が迫る
その中、槍を持った兵士が厳しく語気を荒げて問い詰めて来る
「何者だ、もう既にこの付近には避難勧告が出ている、まして封鎖が完了し、もう誰もいないはずのこの通路になぜ居た、言え!」
もう誰もいない?封鎖が完了した?なら何でここを見張っていたんだよ!
状況と矛盾する発言に憤りを覚えながら、それでも冷静に今の状況を分析する
こいつらの服装から推測すると、こいつらはヴァルガを撃った集団の仲間だろう、ならそいつらが俺たちの逃げるのを警戒して全員突入させずに外に何人か残していたのなら辻褄が合う
結果、その警戒が見事に的を射ていたワケだ
あまりにも皮肉なその的中を笑う余裕もなく、しかし思考は止めず巡らせる
もしもその予想が合っていた場合、間違いなくここでハイさよならとはならないだろうし、最悪ここで始末される可能性もある
そんなの絶対にゴメンだが、だからといってここから逃げ出せる策がある訳でもない
一向に話そうとしない俺たちに怒気をはらんだ声がぶつけられる
「言えと言っている!」
それに対して俺はかすれる声でかろうじて口調だけは余裕を装って答える
「ぃ、嫌だね」
体を冷や汗が流れ落ちるのを感じながらさらなる兵士たちの怒号を受ける
「ならば捕縛する!大人しくしろ!」
一人がそう言ったかと思うと二人が槍を向けつつさっき捕縛を宣言した真ん中の一人が縄を取り出す
思ったより早い破局に内心歯ぎしりしながら無理して不敵な笑みを作り、少量回復したばかりの魔力で魔法を構築しようとする
瞬間
あからさまな気配が上から迫る
それに気づいた兵士たちが上を向き、そして槍を持った二人の体から急に力が抜け、倒れ込む
そして真ん中の一人の目の前に音もなく黒い雫のように降り立ったのはつや消しの黒いローブ
フードを被り、顔の下半分しか露出させないそれの右腕が閃き、最後の一人が半歩下がることしかできず倒れる
一瞬の静寂
音のない時間が訪れる
俺が全員制圧された事をようやく理解するのと同時に黒ローブがゆっくりこちらを向き、それを見て思わずさらに一歩後ずさる
まだ敵か味方かも分からないんだから危機から脱させてもらったとは言え油断するにはまだ早い
そう思い、身構えた俺の前でローブの男が無造作にフードを取り、顔があらわになる
その顔に俺は見覚えがあった
「お前……」
「久しぶりですな、もう会うことも無いと言ったのはついこの前だと言うのにこんなにすぐに出会うことになるとは、いやはや、因果とはまことに異なものですな」
オールバックにされた白髪交じりの頭、その下のしわの刻まれた顔に不敵な笑みを浮かべ、地球でルーンを襲った暗殺者は長広舌を披露する
なぜ今になって俺たちに話しかけるのか、疑問が沸き
出会ったその時の事を思い出し、ヴァルガと一緒に現れた事から疑問が氷解する
今更ながら行動や態度から推測するとヴァルガの部下か、それに準ずるものであることはほぼ確か
そしてヴァルガは俺たちを逃がす時に俺からのどういうことかという問いにこう答えた
――言ってるヒマは無い!俺の部下にでも聞け!!――と
そしてそれらから導き出されたこいつはヴァルガの言っていた部下なんじゃないか?
その仮説、まだ仮説でしかないそれにわずかな安心を覚え、しかし顔だけは硬く問いかける
「何しに来た?」
後々思えばずいぶん陳腐なセリフだと思うが、緊張していたその時の俺はそれしか思いつかなかったのだ
その俺の問いに、笑って暗殺者は答える
「もちろんヴァルガ様の命を果たすため、もっと言えば、貴方方を安全にヴァルガ様と合流させるためですよ」
その言葉を聞き、本当にヴァルガから指令を受けなければ言えないセリフだと判断し、何とかなるだろうと思う
しかし佐野さんはまだ信頼していない様子で問いかける
「信頼しきれない、その言葉を証明できるの?」
すると暗殺者は困ったような顔をした後、軽く首をかしげ、本当に困った様子で言う
「困りましたな、幾分急なことでして、そのような場合への対処はどうすれば良いか分からないのですが……では、こういうのはどうでしょうか?」
そう言って暗殺者は二振りの剣を懐から取り出す
俺たちが慌てて身構えると、暗殺者は笑って剣の刀身を持ち、柄をこちらに差し出してくる
その剣を恐る恐る俺たちが受け取ると、腰に下げていた二つの鎌が巻かれた鎖により繋がったもの……確かルーンが【魔鎌ファルクス】と言っていた……を地面に置き、膝を突き、切腹する武士のような体勢を取ると、堂々、言い放つ
「これが私からの誠意です、これでも信頼できぬと仰るのならば、どうぞ、その剣で私を斬って下さって構いません」
は?い?
一瞬意味が分からなかった俺は悪くないと思う
言ってることの意味を計り損ねて一秒無駄にしたあと、それをもう一度脳が深く反芻してその意味を理解するのに一秒、それに呆然としてさらに一秒無駄にした頃、いち早く正気に返ったらしい佐野さんが驚きの抜けきっていない様子で一言
「主従って似るものなのかな」
いや、知らん、だがこれだけは言える
「似てるか?ヴァルガに?」
「うん、なんか相手ができないと分かっていることをあえて選択肢に中に入れるところとか、ヴァルガならやりそう」
……否定できない
なんだか俺たちが微妙な雰囲気に包まれたのを見ながら、暗殺者が立ち上がりつつややほっとした様子で言う
「どうやら私への嫌疑は晴れたようですね、無駄に命を散らさずに済んで本当に良かった」
それを聞いて俺は言葉とは逆に笑みを浮かべながら言う
「そうなるような聞き方しときながら何言ってんのさ、誘導尋問だろ」
すると暗殺者はまた不敵に笑いながら答える
「申し訳有りません、幾分、元よりこういう質でして」
その暗殺者の言葉に軽く肩をすくめて俺は話題を変える
「それよりここから早く退散した方がいいんじゃないか?いくら何でもさっきまで俺たちが包囲されていたような場所にいつまでもいるのは危険すぎるだろうし」
「うん、私もそう思う、正直言って今もメッチャヒヤヒヤしてるところ」
しかし暗殺者は困ったような……今度はさっきとは違い本当に困ったように……問いかけてくる
「それなのですが……この付近一帯はもう既に奴らに包囲されておりまして、どの方向に向かうか決めあぐねておりまして……お二人に選んでいたただきたいのですが」
「選択肢は?」
「包囲が最も薄いとの報告を受けております北側、逆に最も包囲が厚いとの報告を受けております南側、その中間の東側、どれになさいます?」
そんなレストランのオーダー取るみたいに言わないでくれるかな……
いや、でもこの場合はディナーを注文するよりも簡単か
「じゃあ北側だろ、一番敵が少ないのなら」
「私もそう思う、わざわざ敵にぶつかる意味もない訳だし」
しかしそれを聞いてもなお暗殺者は悩む
「しかし奴らがそんなヘマを犯すとは思えません、北側に敵が少ないのは高確率で罠でしょう、それでもですか?」
ああ、そうか、先手を打ったのはあっちなんだし、確かにそんな穴をわざわざ残す訳も無いか
それにわざわざ俺たちの逃亡対策に裏口に兵を置くような奴らだし、何か思惑があるって思った方がいいか
しばしの黙考
しかし、それをかんがみても俺は北側を推す事を選んだ
「それでも俺は北がいいと思う」
それを聞いて暗殺者は怪訝な表情を、佐野さんは疑うような表情を浮かべる
「ほう、なぜそうお思いですかな」
「正気?罠にわざと掛かりに行くって言うの?」
もちろん正気だとも
「ああ、もちろん」
「わざわざ敵の術中に嵌まるって言うの!?」
「嵌まる気はない、北側を通るってだけさ」
「でも危ない!」
それくらい分かってるって
「俺だって危険なことは承知だって、でも、今一番重要な事は何?」
「一番重要な事?」
「俺はヴァルガと合流してここから逃げ切ることだと思う、そのためには何が何でもこの包囲の外に出る必要がある、いくらヴァルガでもただでさえシュマルゴア戦でボロボロなのにさらに俺たちを連れて弾幕の中を突っ切るのは無理があると思うし」
「…………」
「だからこそ、今はいち早く外に出たい、そのためには包囲が薄い北側を一点突破で抜けるのがいいと思う」
「でも罠があるのでは?罠の種類にもよりますが、かなり時間を取られると思われますが」
罠ね、でも大体見当は付いているんだな、これが
「罠って言うけどこの短時間じゃあまり大仰な物は仕掛けられないと思う、それに北側は真っ直ぐな大通りと住宅街で出来てる、って事はおそらくそんな地形を利用して闘いやすい大通りに防衛線を敷くか、もしくは同じく大通りを突出した一戦力で防衛することしかできないと思う」
「なるほど」
「でもそれならどちらも大通りを通ってくることを大前提なわけだし、それに早く脱出したい俺たちがわざわざ進みにくい裏路地を進むことは予測してないはず」
「ふむ……!」
「……!」
「だからその裏をかいて裏路地を見つからないように一気に進んで、敵がいたとしても囲まれにくい地形を利用して各個撃破、離脱してからヴァルガと合流っていうのがいいと思う」
「お見事」
「凄い、十分な作戦だと思う」
ふふふ、そうだろう、そうだろう
でもどんな作戦も完璧じゃないのが世の常なんだよなー
「でも一つ心配なことがある、相手に包囲されにくいって事は逆に俺たちも包囲しづらいって事でもある、敵に出会った時単身でも敵を倒せるだけの戦力が俺たちにあるか……」
「その点においてはお任せを、何のために私がここに参ったとお思いですか」
「全部任せていいってこと?」
「多少の敵ならば任せて下さい、それに大物が出てきた場合も接敵する前に逃げますのでご安心を」
いや、逃げるって……安心できねぇ……
「では、方針は固まりましたな、参りましょう、お二人様」
「え?この剣は?」
「貴方方に差し上げますのでどうぞお使い下さい、戦いに臨むのですし持っていた方が良いでしょう」
「良いのか?貰っちゃって」
「もちろんですとも、なにせそれはヴァルガ様の命で貴方方へと支給された物ですし、こうならなくともいずれ渡すつもりでした」
いや、それって
「結局あんたの思い通りって事か」
「こういう質でして」
……やっぱり主従って似るのかもしれない
俺が心中で佐野さんの発言に納得していると、轟音が響き、背後のコロシアムの中から立ち上った闇色の柱が天を貫く
それと共に北側、大通りの方向へと漆黒の球体が薄い闇の帯を引きつつ飛び去っていく
誰かは問うまでもないだろう
佐野さんが見上げていた顔を下ろしながら問う
「北側に飛んで行ったのはマグレ?」
「いえ、方針が決まったので私が誘導しました、私達はあれを追いかけて行けば良いでしょう」
「え?それって私達がここでグダグダしてた間ヴァルガはひたすらあの中で闘いながら待ってたって事?」
「そうなりますね、まあ大丈夫でしょう、ヴァルガ様ですし」
「雑すぎる……」
頑張ってくれたヴァルガに心から、でも聞こえる訳ないから心の中だけで全力で謝り倒し、目の前に立つ家々の間、暗い路地を見据える
「では、参りますかな」
そう言って暗殺者が走り出し、俺たちが続く
抜き身の剣から伝わる冷たさが、俺を妙に緊張させた
間章 逃亡
迫る魔法
それを腕の薙ぎ払いで払いのけ、さらにその腕から滲み出た闇が弾丸の形を取り、下方の敵兵を吹き飛ばす
闇の内に混じっていた麻痺毒を食らって痙攣する敵兵
無防備に倒れ込むそれにトドメは刺さず、追加の麻痺付き暗黒弾を、後方の矢を雨霰と浴びせかけてくる弓兵共に撃ち込む
咄嗟に回避した弓兵が直後に拡散した黒い霧に飲まれ、後列の兵士のステータスの状態異常の欄に[麻痺]が追加される
大半が麻痺したことにより後方が崩壊し、それを見かねた隊長格とおぼしき人物が撤退命令を出す
展開していた敵部隊が、半数以上が麻痺で行動不能になっているとは思えない速度で撤退していき、俺は思わず一息つく
亜空間から魔力回復の魔法薬を取り出し、一気に口に流し込むのと同時に入れ替わりで現れた新たな部隊が瞬時に戦闘態勢を整え、俺が空になった魔法薬の瓶を捨てる頃にはもう既に弾幕が展開されている
心の中ではいつ見ても変わらず異常な兵の練度と展開速度を見て苦笑しつつ、体はほぼ自動的にその弾幕の中をスレスレで避け、躱していく
と、大規模な魔法陣の気配、多少の弾幕が体を掠るのは気にせず真上に方向転換、直後に真下に巨大な魔法陣が展開、直後に大爆発を起こす
余波だけでHPが削られるほどの威力に内心肝を冷やしながら、手元で魔法を構築していく
あれはいくら俺でも巻き込まれたらタダじゃ済まないな、感知できて良かった
爆発によって起こった爆風に逆らわず、逆に追い風にしつつ魔法を発動、沸き上がった闇の霧が空中を覆う
一気に視界が塞がれ、途端に飛んでくる弾幕から精度が失われる
面で潰すように飛んでくる弾幕の位置を【察知】を使って把握し、当たらないと踏んだ位置で静止、魔法を構築、同時に傀儡を一体闇の霧から生成し、身代わりにする
【隠密】を発動させるのと同時に霧を無数の弾幕に変え、下方の地上を蹂躙、直後に展開された魔法陣が直後の地面を隆起させ、岩山を作り出す
これで多少は進軍が遅れるはずだ、あいつらが相手では気休めにしかならないが
予想に違わず、目の前の岩山が爆砕、それを貫き飛んできた光の槍を錐揉みして避ける
一撃、許したが、これでそちらの位置も分かった
横っ飛びに跳ねながら暗黒弾を数発狙撃位置に発射、さっきと同じ麻痺霧戦術をぶつける
しかし二度も同じ戦術は食らわないということだろう、応じて展開された結界で防がれ、拡散した黒い霧も結界を突破できないまま表面に掛かる【支援魔法LV13 浄化光】で大半が消滅する
それを越え、わずかに残った麻痺毒も、事前に掛けられていたのだろう【支援魔法LV22 状態異常耐性上昇】と自前の抵抗力でレジストされてしまう
やはり対策を講じてきていたか、だが、それでも構わん
俺の魔法を防いだ魔術師団、結界を維持するそのすまし顔を下から光が照らす
そこには込められた魔力により煌々と輝く魔法陣があった
ようやく気づき、慌ててその魔法陣の構成に干渉しようとするが、残念、もう遅い
溢れ出す霧、それは瞬時に上にいた部隊を飲み込み、無力化していく
部隊員の一部がしぶとく耐えながら魔法を俺に放つが、すかさず割り込んだ傀儡が不完全なそれを防ぐ
さして時間も空けず耐えようとしていた者たちも容赦ない麻痺霧によって無力化され、魔術師団による制御が無くなった結界が砕け散る
そこに事前に放っておいた暗黒弾が炸裂、黒い霧に包まれる
下を覆う霧がじわじわと薄まっていき、完全に消えると同時に後続の部隊によって麻痺した部隊が運び出されていく
その無防備な背中をなんとなく眺めながら、追撃はしない
追撃すれば無防備なあの部隊なら相当な被害を出す事が出来るだろうし、ともすれば殲滅することもさして難しくないだろう
しかしそれでも、追撃はしない
そんなことをすれば俺の左腕の中にいる奴が、悲しむから
過度な疲労に衰弱し、気を失っているそれは俺の妹、ルーン
このような状況を招いたのはこいつ自身なのだが、それはまだ計らずのことであり情状酌量の余地がある
いや、違うな、この状況を引き起こしたのは、俺か
それでも、目を覚ました時、こいつが全てを知って悲しむその顔を俺は見たくない
それ以外にも兵員を無駄に殺すとやっぱり戦後処理が厄介だったりするのもあり、俺はこの戦いでは死者を出さないと決めた
これはどちらも単なる俺のエゴであり、命懸けで掛かってくる敵兵からすれば俺がそんな不純な動機で動いていると知れば憤慨するだろうが、それでも強者故の余裕として敵兵は生かしておく
これが俺のやった事に対する最大限の贖罪だ
そんなことをしても何の意味もないとは分かっていても、それでもやらずにはいられない
大体俺のエゴに付き合わされる敵兵も可愛そうだが
俺のそんな皮肉な哀れみをを知ってか知らずか、これまでとは違う大型の魔法の気配
さっき俺を襲った爆発魔法より大きい、しかし殺傷用ではない魔法の気配が俺を包み込む
あれは無理だな、避けられない
人事のように考える俺
微動だにしない俺を中心に置き、発動する魔法
文字通りに巻き起こり、俺を包み込んだのは結界、球形の透明な障壁が俺を完全に中に封じ込める
そして隠すことすらなく魔法陣が俺の周りに構築され、本命の一撃たる獄炎が周囲の空間ごと俺を焼き尽くす
結界が熱を内部に閉じ込め、巨大な溶鉱炉と化したそれの中で瞬時に灰に成り果てるそれは、しかし傀儡
俺は先の戦いで作り出した尖塔状の岩山の一つに身を隠している
その俺を真下からの打突が襲う
土砂魔法による隆起、それの応用の打突だ
やれやれ、休む暇さえくれないか、最も、攻撃を仕掛けている俺が言うのもおかしな話だが
的確に俺の顎を狙ってくるそれを仰け反って躱すと、その勢いを無駄にせずバック転、着地と同時に真上に飛ぶ
それを見るやいなや狙っていたかのように濃密な弾幕が展開されるが、複雑な軌道で空を駆け、弾幕の隙間をすり抜け、飛翔し続けながら躱していく
しかし、さっきまでの勢いはその飛翔にはない、俺も自覚している
錐揉みして挟み込むような魔法の狙撃を避けた後、あまりに濃密な弾幕におかしいと思い下を確認すれば、そこにはさっきの倍以上の数に膨れあがった魔術師たちの布陣があった
やれやれ、どうやら敵さんは本気で俺を撃ち落としに来たらしいな
圧倒的な物量に裏打ちされた容赦ない弾幕、そして俺の疲労が流石に隠しきれなくなったこのタイミングを見逃さず確実にトドメを刺しに来るその炯眼、そして何より俺に気づかれずのこれほどの部隊を動かすその手腕、さぞかしこの部隊を率いている将は有能なのだろう
己の疲労と窮地の裏返しに、敵将の憎たらしいほどの有能さを認め、それに対しそんなことを考えるようになったのだから俺もよほど追い詰められたらしい、と自嘲する
と、いらないことを考える俺を戒めるように火球が俺の翼を襲い、普段なら何の問題も無いはずのそんな一撃に大きく軌道を歪められる
まずい、そう考えるのも集中力が切れている証拠、全く対処できないまま壁に突っ込み、何とか受け身は取るものの、疲労で思うように動かない俺の腕では釣瓶打ちに撃ち込まれる無数の魔法を捌ききることが出来ない
全身に断続的に走る衝撃、思わず右腕を掲げ、顔面への直撃は避ける
避けた、が、それがまずかった
魔法の内の一発が俺の腕に触れると同時に糸玉がほどけるかのように展開、魔法陣へと変化し、風の縛鎖と化して俺を身じろぎも叶わないほどに硬く縛り上げる
せめてもの強がりと自分への嘲笑に強烈に笑うと、一直線に地面へと落ちる
何とか空中で自分の周囲の風を操ってルーンを庇うように背中から落ち、俺を大きな円を描いて取り囲む敵兵を目だけで見回す
絶体絶命
だが、そこで笑う
己の形を成さない感覚に伝わる理不尽極まりないそれを、笑う
普段なら自嘲の笑みを浮かべるところを、今回に限って福音として、笑う
瞬間、周囲が爆ぜる
これだけ苦労してようやく俺を縛り上げたところ悪いが、少し時間を与えすぎたな
慎重なのは良いことだが、時には蛮勇が必要になることもある
爆風に乗り、一度は落とされた空に再び文字通り舞い戻る
さっき爆ぜたのは俺を縛っていた風の縛鎖、それの成れの果て
俺に制御を奪われ、【変幻自在】により内側から自壊させられた哀れな魔法だ
折角俺を縛ったのだから、無駄に警戒しすぎずにタコ殴りにすればいいものを
勿体ない、と人事のように考えつつ、再び俺が上を取り、しかしやることは同じと、魔術師団はさっきと同じ弾幕を容赦なくぶつけてくる
それを俺は余裕の表情と共に迎え入れ、都合良しと俺に殺到する弾丸、しかしそれは無防備な俺に触れる前に不可視の壁に阻まれ、何もできず消滅していく
壁状に広がる弾幕の第一陣がその中央に弾丸の無い円形の穴を開けられて通り過ぎ、第二陣も何もできず俺の周囲で消滅していく
これはわざわざ語る必要もあるまい、何のひねりも無いただの結界だ
それに許される限りの魔力を込めた物だ
とはいえ、今の俺は度重なる戦いで魔力切れ直前のギリギリの状況、許される限りの魔力を込めたとは言えたかが知れている、今まで結界を使わなかったのもそれが理由
密度より威力重視に切り替えたらしい弾幕が閃光と共に爆発し、早くも結界にヒビが入る
しかしそれでも俺の顔から笑みは消えない
結界にヒビが入ったのは魔力が早くも枯渇し始めた証、魔力切れ間近のこのタイミングでなぜ使ったのか
それはさっき俺に伝わった一つの念話
『北へ、彼らはそう選びました』
やれやれ、これほど時間が掛かると分かっていたのならば奴らに選択を預けなかったというのに
その奴らはおろか、それを伝えた自分の腹心さえもそもそもヴァルガがこれほどの激戦を繰り広げているとはつゆほども思っていないが、そんな事は少しも知らず、ヴァルガはようやく無意味な戦いから抜け出ることが出来ることに鮮烈に笑う
ついに自分を守る不可視の障壁が砕け散る
しかし、それらは往々にして理に従うことを拒否する
空中で静止する砕けたガラス片のようなそれらが俺の周囲を取り囲み、唐突に蒸発する
そして陽炎のようなそれが、複雑な幾何学模様を描き、そこから一気に、しかし静かに闇が溢れ出す
旋風のように巻き上がるそれが柱となって立ち上り、その中心を一線に貫く空洞を一気に昇る俺
昇る、敵兵の弾幕の外に出ても、昇る、今まで闘っていた闘技場の外に出ても、昇る
周囲に広がる町並みを、荒れ狂う闇越しに見渡せる高度まで達した瞬間、空中で制動を掛け、止まる
その瞬間、闇が動きを止める
否、動きを変える
回転する動きはそのままに闇が迫り、数秒の内に闇が、旋風のような柱から、乱回転する漆黒の球にその姿を変容させる
その球の中央で俺は瞳を閉じる、視界が暗闇に閉ざされ、感じるのは周囲の闇が荒れ狂う感覚
その無秩序な感覚を足がかりに闇と己の感覚を同調させていき、ゆっくりと瞳を開く
再び俺の目の前に広がる町並み、しかしそれは闇を挟んだ仮初めの物ではなく、直に眺め、感じる、直接の物、闇と一体化した俺の瞳に映る物
今や闇から流れは消え、水鏡のような乱れの無い黒光りする球は、今だしぶとく己にぶつかり続ける魔法から逃れるように大通りに向けて、つまり北に向けて唐突に動き始める
その中央で翼をはためかせる龍騎士は、己の腕の中で眠る少女を抱きしめ、ただ、飛ぶ
その真下、黒い球を追うように、まず艶消しの黒が、少し後ろを二人の異邦人が、駆け抜けていった
第十一章 己の選択を確かめるために
建物と建物の暗い狭間
表のきらびやかさとは対照的なそこ、ゴミや何が入っていたのか定かではない木箱、果てはもはや何なのか一目見た限りでは分からない物らの散乱するそこに、一つの水たまりが横たわっている
上からしたたってくる水滴を受け、同心円状の波紋を広げるそこが
唐突な、水滴とは比べものにならない上からの質量に、静かだったその水面を千々に乱れさせた
それをなした張本人は水たまりから急いで足を引き抜き、顔を歪めながら驚いたようにつぶやく
「うわ、ビックリした、水たまりか……」
その後ろから慌てず立ち止まった一人の少女の影が迷惑そうにそのつぶやきに返事を返す
「ビックリしたのはいいけど足を止めないでよ、追い抜かそうにもそうできないから」
それに少し申し訳なさそうに答えるのは、足から水滴をしたたらせる少年の影
「ゴメンって、唐突に下に水たまりがあるんだからビックリもするだろ」
そう答えながら少年の影は前を向き直し、強く地面を蹴って走り出す
それを見て軽く肩をすくめ少女の影もその後に続く
その向かう先を見れば、足を止めて二人の到着を待つローブを纏った老人の影
初老の見た目に反して背筋の伸びたその姿勢や、二人の到着を見て再び走り出すその動きには全く衰えを感じない
そのローブの男、暗殺者を名乗る影は、被り直したフードから覗く口を少し緩ませて問いかける
「仲がよろしいのですね、そういえば出発前に聞きそびれてしまいましたがお二人の名をお教え願えますか?」
それに対して少年はやや怪訝な表情で質問を返す
「ヴァルガは俺たちの護衛を任せたのに名前は教えなかったのか?」
それに対して暗殺者はやや申し訳なさそうに言葉を返す
「申し訳有りません、ここに来る直前まで別件で炎妖精領に伺っておりまして、帰って来るやいなやすぐさまこちらの指令を賜りましたので、ヴァルガ様からは最小限の情報しか伺っておりませんもので」
少年はなかなかのハードスケジュールに呆れながらも思う
ヴァルガ……人員はもっと大事に扱おうぜ……
まあヴァルガも忙しかったんだろうけど……
あれ?ってかその別件からこちらに来なければいけなくなった理由って俺たちなんだから原因は俺たちにあるんじゃ……?
よし、忘れよう
俺が一つの気づかない方がいい真実にたどり着いた所で、そんなことなど何も知らずに暗殺者は続きを語る
「そんな理由でお二人の名前を存じ上げませんので、それもどうかと思い、今ここで問うた所存です」
「なるほどね、今思い返せばあなたの前で名前を言ったことも誰かに言われたこともなかった」
「そういえばそうだっけ、まあ、お互い面と向かって会うのはこれでようやく二回目だから名前ぐらい知らなくても仕方ないのかもしれないけど……どっちから自己紹介する?」
「お先にどうぞ、私は後でいいよ」
「りょ」
とはいえ自己紹介することなんか何もないような気がしなくもないけども、まあそれは置いといて
「俺は杉本恭也、聞いたところによると一応勇者らしいが、こんな状況になってまで何が勇者だって言いたいのが本音だ」
「はい、なるほど、杉本様ですか、承知いたしました」
俺が自己紹介し終わり、それに暗殺者が首肯した後、やや間を開けて佐野さんが口を開く
「私は佐野天音、私は転生者だって話をされただけで詳しいことは知らない、でも何かあるんだろうなーっていうのは薄々感じ取ってる」
「ふむ、なるほど、佐野様、ですね、承知いたしました」
佐野さんの自己紹介を聞き終わった俺が、それで終わりかと思い、さっきみたいな事にならないために警戒しながら走り出そうとした時
「それでは今度は私の番ですね、役職柄自己紹介をすることなどほとんどありません故不相応に緊張致します」
当然のように暗殺者が始めた自己紹介に不意を突かれた
てっきりお前は自己紹介をしない物だと思っていたのに、何て言うかこう、暗殺者らしく
見た目に似合わず初々しいことを言う暗殺者に、佐野さんも驚いたようにツッコむ
「いや、暗殺者ってそんな軽々しく個人情報明かしていいものなの?なんかもっとこう……黒幕っぽいっていうか……そんな感じなものなんじゃないの?」
佐野さんの至極当然のツッコミ、しかし暗殺者はそれを笑って受ける
「ハハハ、暗殺者、暗殺者と言いますが、暗殺者は暗殺をするもの、こうしてお二人と談笑するような事はしませんよ」
「???」
「ルーン様は確かに私のことを暗殺者と仰いました、そして私もまたそれを肯定致しました、確かにそれも私の一面、が、しかし紙に表と裏があるように、私もまた一面だけで出来ている訳ではありません」
「……」
「私はここで貴方方と出会った時なんと言いましたかな?私はただ、ヴァルガ様の命であなたたちを助けに来た、としか言っておりません、私は暗殺者であるとは言っていないのですよ」
「って事は……ルーンと会った時は暗殺者で、今は別の一面を出している、と?」
「然り、それでは自己紹介致します、フェイン・レイ・ヴァルガ様旗下直属部隊部隊長ローレンス・オーウェンと申します、以後お見知りおきを」
そう言って、後ろ向きに走りながら器用に空中で一礼する暗殺者ことローレンス
つられて礼を返しそうになり、すぐ止めた
俺の実力じゃ走りながら礼らしい礼は返せんのだよ
というかローレンスが息一つ乱してないから分からないかもしれないけど、こちとら結構頑張りながら全速力で走ってるからね?
っと、まあそれは置いといて、ヴァルガ直属部隊だって?
あいつ部下がいるとは言ってたけど、まさか直属部隊までいるとは……
ますますヴァルガって何者なんだか分からなくなった
しかもその部隊長を名乗る奴……俺の目の前で走ってる奴……ローレンスは暗殺者も私の一面と臆面もなく言ってのけたし
一体お前ら何者だよ、まったく
どこまでも底の知れないヴァルガに俺が少し呆れを表した時、佐野さんが話を変える
「そういえばずっと聞こうと思ってたんだけど、一体ルーンはどうなったの?ローレンスさんの視点から見て何か分かることはある?」
確かに、あの時は何が何でも止めなきゃならなかったから深く考えなかったけど、よくよく考えるとあの出来事については何一つ分かってないんだよな
ルーンがシュマルゴアになって我を失って、ヴァルガがそれを止めた、今分かってるのはそれだけ
こうじゃないか、っていう推測すらない、聞こうにも聞く相手がいない文字通りの八方塞がり
これまたヴァルガなら何か分かってるかもしれないけど、今はいないし、しょうがない
いや、居るには居るか、はるか上空に浮かぶ漆黒の球体として
ヴァルガは星になったのか……
佐野さんのあれを見た者として至極当然の問い、それを受け取ったローレンスは少し考え込むようなそぶりを見せた後、あくまで推測ですが、と前置きして語る
「おそらく、あれはルーン様の本当のお気持ちだったのでしょう」
「え?」
「あの出来事はルーン様が一時的とはいえシュマルゴアに乗っ取られ、暴走した、それだけのこと、それだけのことですが、フェイン家が今まであの二柱の天災を縛ってきた封印をシュマルゴア単体だけで破ったということはかなりの一大事です、何しろ場合によってはあの狂華龍と言われる天災が復活していたかもしれないのですから」
「そんなに一大事なの?厄災級とはいえたかが一魔物に?」
「もちろんですとも、一説によればシュマルゴアとの戦いによって一国が丸々焦土に帰したとも言われているほどですから、簡単に封印と言われるのでよく勘違いされがちですが、シュマルゴアが弱いのではありません、それを封印するほどの力を発揮するあの【封印】というユニークスキルが強すぎるのです」
「でも、今回はそのユニークスキルさえも破られたって訳か」
「然り、正直な所、シュマルゴアが一度解放されてしまえば、止めることはほぼ不可能かと」
「今回はそれが起こりそうになってたわけか」
「ええ、しかし、いくらヴァルガ様とは言え、あれほど余裕を持って対処できたのはちゃんと理由があります」
「?」
「実はこの様な事は初めてでは無いのですよ、長いフェイン家の歴史を見れば」
「え?ダメじゃん」
「戦いを見ておられたのならばおわかりになると思いますが、シュマルゴアには普通の魔物には無い特徴があります、普通の魔物ならば、相手を捕食するため、または縄張りに入った者を追い出すため、といったちゃんとした行動理由があります」
そうだよな、無意味に闘ってもただ体力を消耗するだけのことだし
うん?待てよ?じゃあ、なぜシュマルゴアはあそこまで戦いに執着したんだ?勝ってもシュマルゴアには何の利点もないのに
俺がふと思った疑問をローレンスが肯定する
「しかし、シュマルゴアは違います、あの魔物にはそれが一切ありません、駄々っ子よろしく暴れ回る、それしかしない、逆に言えばそれしかできることが無いのです」
ローレンスがさらっと言い切った言葉、その恐ろしさが俺の脳に浸透するのに数秒を要した
そしてその浸透し、意味をもったその言葉は俺に少なくない衝撃を与えた
シュマルゴアには、行動理由がない?
つまりそれって意味も理由もなく暴れているってことか?
それしか知らない、それしか出来ない、だからそれしかしない
……つまりはそういうことなんだろうな
目の前にいる奴が目障りだから殺す、いや、それは違うんだろう、シュマルゴアの中では人がいるっていうことはそれらを殺すっていうことと直結するんだろうな
つまり、いるから殺す、あるから壊す、全て無くなるまで、何も考えずに
まるで、殺すことを、ひいては嫌われること、果ては殺されることまでが全てプログラムされているかのように
しかもその本人は一欠片の悪意すらも持っていないのに
何だろう、ルーン、ひいてはフェイン家が忌み嫌われている理由が分かった気がする
俺がその事実に気づき、密かな哀れみを覚えている所、ローレンスはまだ話を続ける
「それ故に、なのかは存じませんが、シュマルゴアは怒りという感情に特に敏感です、
いや、こう言いましょうか、怒りそのものである、と、そのような性質を持つシュマルゴアの魂が、それを入れている入れ物が、怒りという感情を覚えたらどうなるか?」
一旦ローレンスが言葉を切る
「答えは簡単、引かれるのです、その怒りに、そして、その体を怒りという感情を足がかりに乗っ取る、ということを今までの歴史が物語っています」
怒りを元に、封印者を乗っ取る
なるほど、だから”本当の気持ち”なのか
それにしても、歴史が物語っている、って事は
「それは、その乗っ取りっていうのが過去にもあったってことか?」
「いかにも然り、あのシュマルゴアは幾度となくフェイン家の封印を破ろうとしてきました、しかし、それはどれも不完全なまま終わってきました、あくまで不完全に」
「なら今回はかなり異常だろ、どう見てもルーンは完全にシュマルゴアに乗っ取られていた」
「そういうことです、これほどまで完全に封印が破られたという事例となると、過去の事例には見受けられません」
「それって……」
「今までには無かった何か、があったと言うことでしょうな、シュマルゴアを完全に外に引きずり出すほどの何かが」
シュマルゴアを、引きずり出すほどの何か…
ローレンスの言葉を脳内で復唱し、俺は一人密かに戦慄する
気づいてしまったのだ、何かとは一体何か
まさか、その何か、とは、俺たちなのではないか?
考えるまでもないことだ、今まで無くて、今ここにあるモノは何か?
それは俺たち、そばにいて何が何でも守らないとならない、モノ
それは俺たち、今まではない、本来は無いイレギュラーな、モノ
それは俺たち、勇者と太陽神という、魂をその身に宿した、モノ
まさか俺たちのためにあいつは……?
もしそうなら
そんなわけない
そうかもしれない
そうだったなら……
「俺のせい、か……」
場が沈黙に包まれたにも気づかないほどに、俺が蒼白な顔で恐ろしい考えをつぶやき、その様をわずかに微笑を浮かべながら見つめるローレンス
俺は最初ローレンスがなぜ笑っているのか分からなかった
そのわずかな笑みを崩さぬままローレンスはふとつぶやく
「今貴方が、私の言葉を聞いて自分のせいかもしれないとでも思ったのであれば、それはあり得ませんのでご安心を、言ってしまえば、貴方などたかがその程度、フェイン家三千年の歴史を崩すにはあまりにも、小さすぎる」
そしてようやく俺はその笑みの意味を理解した
その溶岩をその内に封じ込めた巨岩のような言葉を聞いて、理解した
激怒しているのだ、俺の驕りに
途方も無い年月を掛けて作り上げられたフェイン家の歴史、それをたかが友人、たかが一個人の分際で変えられると思うな、と
今俺が考えていたことの傲慢さに今更ながら気づき、遅れながら沸いてくる自己嫌悪に落ち込みながら、言わなければならない言葉を口に出す
「ごめん」
すると軽く首を振ってローレンスが返す
「いえ、こちらも思わずカッとして言い過ぎました、申し訳有りません」
そしてまた器用にも空中で一礼
そして顔を上げ様に鉄串ほどの鉄針を上空に三発放り投げる
唐突な攻撃と直前のまでの場の雰囲気があいまってビックリした俺を尻目に、上から二人の兵士が落ちてくる
思わず剣を抜くが、それは徒労に終わった
倒れた兵士たちが起き上がらないのだ
何事かと思い、兵士の首元をのぞき込む俺、その目に映る異質な輝き
鉄針の表面に塗られた緑色の液体、麻痺毒だ
剣を振るう必要がないと気づく俺の目の前で、脇道から飛び出す三人目の兵士
その兵士が剣を振り上げる
ローレンスは動かない
響く二重の風切り音
三人目の兵士の首筋に遅れて降ってきた三本目の鉄針が突き立つ
兵士が持つ剣は狙っていたローレンスの首筋を大きく外し、横の石畳を抉るだけだった
痙攣して倒れる兵士
うわ、今顔面から行ったよ、痛そー
とはいえ、この兵士は死んでいない
首筋に鉄針が突き立ったとは言っても急所からは外れているし、顔面から行ったとは言ってもそれだけでHPが尽きることはない
絶対痛いけど
今動けていないのも麻痺毒で全身が麻痺しているからであり、死んでいる訳ではない
絶対痛いけど
そんな兵士の様を一瞥すると、ローレンスは身を翻して俺たちを促し、何もなかったかのように走り出す
追いつきながら問う俺
「トドメは刺さなくていいのか?」
「この状況では時間が惜しいですし、何よりヴァルガ様の命令がありますから」
ヴァルガの命令?
「それってあの” 死ぬな、殺すな、それだけは守れ“っていうやつか?」
それは俺たちがシュマルゴア戦への参戦をヴァルガに了承させた直後、ヴァルガがどこへともなく発した念話
あの時は何言ってんのか意味が分からなかったが、今思い出してみればこの事だったのかもしれない
そしてどうやら俺のその推測は当たっていたようだ
「はい、その通りです、いやはやあれには、ヴァルガ様とはいえどさらっと無茶なことを……と、驚かされました」
予想が当たっていたことになんとなく嬉しいような感覚を抱きつつ、頭の冷静な部分がそれはまずくないかと問いかけてくる
それは佐野さんも同じだったようで、疑うような顔で問いかける
「さっきローレンスさんは部隊長って言ったよね?って事は部下たちも同じように敵を殺しちゃいけない上自分たちも死んだらいけないって事?」
佐野さんによる、流石にそれはないでしょとでも言いたげな視線を受けて、ローレンスは堂々とそれを肯定する
「ええ、もちろんですとも、やることは徹底的にやるのがあのお方のやり方ですので、私だけに命令して部下たちはそのままという事はあり得ません」
「え?」
「この命令もおそらくはルーン様を気遣ってのことなのでしょう、意識を失っていた間に自分のせいで死者が多数出ていた!となればあのお方はかなり落ち込むでしょうし」
「いやいや、流石にそれはいくら何でも無理があるだろ」
「無理?ですか?」
心底不思議そうに首をかしげるローレンス
いやいや、いくら何でも殺すなでも死ぬなは鬼畜の所行じゃないか
通常ならば考えるまでもなく不可能だと分かるその指令、しかしローレンスはそれを疑う事もなく出来ると言い切る
「いえ、無理と言う訳ではないでしょう、むしろこの作戦において一番危険なのは我々ですし、我々が死んでいないのですから部下達も死ぬことは無いと思われますが」
「いや、でも斥候とかに出してるんだろ?一体どれだけの数が出てるのかは知らないけど、相手が殺す気で来てるのに反撃できないんじゃいくら何でも酷すぎるだろ」
俺の常識に照らし合わせた反論、それを聞いて少し考え込んだ後、ローレンスはそれに笑って答える
「ははは、確かにごもっとも、通常の部隊ならば、殺すな、だが死ぬな、などという指令は正気を疑われるところでしょうな」
俺の反論をひとまず笑って肯定するローレンス、しかしその口調は明らかにその行為を不可能とは思っていない者の口調だ
その口調のまま、フードから見える口元で不敵に笑ってローレンスは続ける
「しかし、お忘れではありませんかな、それはあくまで、通常ならば、です、よもやかのフェイン・レイ・ヴァルガ様の下に詰める兵が通常だとは、まさかお思いではありますまい……って!!」
ローレンスがそう言い切ると同時に俺の眼前からかき消える、語尾はその時の物だ
いや、違う、消えたんじゃない、跳んだんだ
一瞬遅れて気づく俺、その眼前、さっきまでローレンスがいたまさにその場所に、横の脇道から突き出された槍が多数交差する
俺は流石にそんな場所に突っ込む訳にはいかず足を止め、その代わりとばかりに剣を抜く
素早く引き戻される槍、その内の一本が上から降ってきた黒い影に踏みつけられる
降ってきたのが誰かは言うまでもない、ローレンスだ
その右手に光る得物、さっき三人の兵士を瞬時に無力化させたその鉄針が宙に一線を描き、引かれていた槍から力が抜ける
ローレンスがその槍を奪い取ると同時に、他の槍が左右から挟みこむように迫る
跳躍は不可能、そう読んだ俺の眼前でまたもローレンスが消える
一陣の風が俺の横をすり抜け、その目の前でまたも獲物を逃して複雑に噛み合う槍、その隙間に残された一つの小瓶、周囲の状況に噛み合わないそれが
刹那の間を開けた後
盛大に爆散した
膨大な量の霧がまき散らされ、それに呑まれた向こうから重い物が地面に倒れ込む音が響く
それと同時に俺の体が後ろに強く引き戻される
何事かと思った次の瞬間には、ついさっきまで俺がいたところが霧に呑まれていた
驚いて横を見ればさっきと変わらぬローレンスの顔
全く緊張というものをしていないその横顔を見てわずかに安心しつつ、どれだけの死線をくぐってきたのかと戦慄する俺
その俺の耳が、霧を切り裂いて迫る兵の足音を捉える
驚いて剣を構え直す俺の目の前、そこにはすでに槍の穂先が迫っていた
やられる、そう感じて目をそらす俺
その俺の耳に肉が切り裂かれるものとは全く違う、硬質な音が響く
起こりえない音に驚いて前を見た俺の、鼻先スレスレで交錯する槍の穂先
俺の頭の上から俺の鼻先を掠め、斜めに差し込まれた槍が、俺を突き刺す直前の槍とぶつかり合う
そう、つまり俺の眼前で槍の穂先と穂先が交差しているのだ
その絶技に驚愕したか、槍兵は素早く槍を引くとローレンスの守りがない佐野さんの方に文字通り矛先を変える
俺のすぐ横を走り抜けようとする槍兵、しかし、それは実現しなかった
ローレンスの手が再び閃き、槍兵が倒れる
それを一瞥し、奪い取った槍を捨てると、ローレンスは何事もなかったかのように歩き出す
文字通りの瞬殺、蹂躙とは違う圧倒的な実力に、一体今日何度目か分からない感嘆と呆れを感じる
その呆れられた張本人、ローレンスが何もなかったかのように話し出す
「どうやらここで待ち伏せしていた兵はこれだけのようですね、どうですか?これでも我々の事を”通常の部隊“と言えますか?」
何を言い出すかと思えば、そんなこと
そういえば襲撃を受ける直前までそんな話をしてたな
あの程度ではローレンスに会話を止めさせることすら出来ないって事か
もはや呆れを通り越したかのような感覚を覚えながら、降参を表すように苦笑する
それをローレンスは満足げに眺めながら――フードに隠れて目は見えないが――続ける
「いやはや、杉本様のご慧眼には感服ですよ、どうやら本当に敵の裏をかくことに成功したようですから」
ローレンスがどこに目を付けたのか、のんびりそんなことをのたまい、よく分からない俺が首をかしげる
佐野さんに軽く視線を向けたところ、同じく分からないらしく肩をすくめられた
ほめられているんだろうけど自覚がないので聞いてみる
「……そうなのか?」
「ええ、もちろんですとも、今ここで襲って来たこの兵達を見れば一目瞭然です」
そう言って自分の足下で麻痺している兵を、正確には兵が持っている槍を指さす
そしてそのまま語り出す
「通常、このような場所での戦いには槍は使用しません、小回りが効きづらいため懐に潜られる可能性が高く、攻撃範囲が広すぎるため同士討ちの可能性さえありますから」
ふむふむ
戦術の基本を語るローレンス、一本のナイフを懐から取り出しつつ続ける
「このような狭い場所での戦いはむしろこういった殺界の小さい武器が基本、それに対して槍が向いている地形は、むしろここの外、大通りです」
そこまで聞いたところで本当に俺の予想が正鵠を射ていたことに気づく
「これはあくまで推測ですが……」
「お前たちが予想外の動きをしたために大通りに配置していた兵を、武器の交換すらさせずに慌てて路地に配置する羽目になったということだ、無駄に足掻くな雑魚共が」
説明をしようとしたローレンスの言葉を、上から聞こえてきた声が引き継ぐ
その存在に今まで気づけていなかったのだろう、ローレンスが跳ねるように上を向く
そして向いた先にいたモノに苦々しい表情を浮かべる
その様々な感情が入り交じる視線の先、家の屋根の上、太陽を背に立つソレは、人だった
その服は今まで散々出てきた兵士に似ているが、それよりもどこか優雅な雰囲気をかもし出しており、明らかに今までの兵士より格上の存在だと一目で分かる
兜の代わりに帽子を被り、光背のように太陽を背負い、その男は静かに、しかし威厳を持って屋根の上から俺たちに声をかける
「雑魚共、大人しく武器を捨て、投降しろ、この勧告に従わない場合……」
そこで男は一旦言葉を切る
そして俺たちを威圧するように、または説き伏せるように
「……武力を以て制圧する!」
押し潰すような言葉をかけた
その様をじっと見ていたローレンスが、何を当然の選択を、と言わんばかりに腰の【ファルクス】に手を伸ばし、取り外す
まさか、投降する気か!?
そんな予想が脳裏を閃き、背筋に悪寒が走る
瞬間、ローレンスが二つの鎌の内一つを一気に投擲する
空中を回転する円盤と化した鎌が駆け抜け、男の首を断ち切る直前、どこからともなく振ってきた剣に跳ね返される
家屋の天井に刺さったその剣を左手で引き抜いた男が、もう一つの剣を腰から抜き放ち、悠然と飛び降りる
双剣士となった男、その二本の剣が男と共に屋根の上から降り注ぎ、ローレンスの元へ
それをローレンスがファルクスで受け止める
体重の乗った一…いや二撃がローレンスを襲い、しかしそれを攻撃自体の重みを利用して後ろに流す
それを男は無理に体制を整えようとせず、距離を取る
そこに後ろから迫る二つの魔法
閃光と雷撃が男に迫り、触れる直前、双剣の振り向き様の一撃がそれを打ち払う
走る閃光、それを貫いて男に迫る二発の弾丸
剣を振り切った男にそれを防ぐ手段はない
爆音、衝撃、路地全体にに長年溜まったり続けていた埃が巻き上げられ視界を塞ぐ
その魔法を放った本人こと、俺と佐野さんが走りながら前へ出る
ようやく俺たちの役目が来たぜ!!
今まで出会った瞬間にローレンスが倒してたし、手を出したら逆に迷惑になりそうだったから手を出さなかったけど、今度は違うぜ!
決して何が起きてるのかよく分からなくて手を出せなかった訳ではない
そんな訳ではない、決して
まあ、実際の所、今回はローレンスに分が悪そうだったから参戦しただけなんだけど
おそらくローレンスもこの戦いは分が悪いと思っているはず
ローレンスが、今回の戦いでは一度も抜かなかったファルクスを抜いたのがいい証拠
舞い上がった埃に視界を奪われつつ、油断せず魔法を構築
と、その奥から迫る一つの気配
咄嗟に剣を攻撃を防ぐように構え、そこに間髪入れず二発の強烈な衝撃が走る
無理矢理踏みとどまったら連撃を食らう!
そんな予感に従い、衝撃を利用して真後ろに跳ぶ
そこに迫る無数の魔法
避ける隙を与えないようにまき散らされたそれを、俺は対抗属性を纏わせた斬撃で切り伏せる
その瞬間、迫る剣
顔面を狙った刺突を咄嗟に首を横に傾けて避け、そこに追撃として撃ち込まれる横薙ぎの斬撃を剣で受け止める
そこに引き戻した剣による再度の刺突が放たれようとして
真横からの衝撃でお互いが引き放された
誰かに抱えられ、砂埃の中、一気に路地を駆け抜ける
立ち止まったところで横を見れば、今までの余裕を完全に消したローレンスの顔
そこに佐野さんが駆け寄り、ローレンスがほとんど無くなった砂埃の中に立つ男に向けて鎌を向ける
開戦だった
その時俺はローレンスがいれば勝てると思っていた
しかし、違った
誰よりも、ローレンスが余裕を失っていることに気づいていなかった
否、気づいているのに、無視していた
つまり、舐めていた
俺がその驕りに気づくのは、いや、気づかされるのは、もう少し後のことだ
本編はどうでしたか?
暗殺者ことあのハイパーじっちゃんが一年ぶりの登場、ビックリ
前章の後書きで、戦闘が落ち着きそうっていう所は思いっきり破ってしまいましたが、登場最初して以来ずーっと役目がなかった人が登場するって言うところは守れました
あのじっちゃんの事よ、アレ
まあ、前章の最後の最後で墨色の暗殺者っていう発言があったので薄々気づいていた方もいらしたのではないでしょうか
てかいろんなキャラが登場以来眠りっぱなしじゃん、しっかりしなよ、作者
ああ、自分か
それじゃ次回予告!!
次章『絶対を越えろ』
いやー、次章も収まらんねー、戦闘
申し訳ありません
離脱しようと孤軍奮闘するヴァルガ達、そしてそれを阻む謎の兵士達
そして勇者達の前に立ちはだかった男は一体?
動き出した世界の行く末は!?
こうご期待!
さて、次章はあの人が出るね、これまたあまり登場していないあの人が
あの人も結構重要人物だけど……やっぱりあまり登場してないですね
よければ評価、コメント等もお願いします
ではまたの機会に