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勇者とラスボスの協奏曲  作者: 魔王ドラグーン
4/11

動乱の戦技大会

新年、あけましておめでとうございます!!

2020年だー!令和2年だー!新しいスタートだー!

どうも魔王ドラグーンです

うだうだしていて投稿に四ヶ月ほどかかってしまいました、申し訳ないです

ただそのせいか本編の内容が恐ろしく長くなりました

あー、この際だしいっそ新年スペシャルってことにしときますか

ではそんな本編へどうぞ


        第六章  七種族合同戦技大会、本戦

 にぎやかで活気があるのにそれらをひっくるめた上で洗練された美しさを感じる町並み

 そこを行き来する人々は人のようで人でない

 皆耳が長く、先端が尖っている

 ここは真正妖精領の首都、クラティアン

 ついに来たかー、何の思い入れもないけど

 いや前世ではあったのかもしれんけど

「どう?大丈夫そう?ばれてない?」

「ああ、うん、見た感じ大丈夫そう」

「そう、よかったー」

 え?お前の隣にいる奴は誰だって?

 ルーンですよ

 コソコソしてる、ルーンですよ

 ルーンは今なんか厚ぼったいローブを着てる

 似合ってないけど

 なんか自分がフェイン家の者だってばれるとまずいらしい

 もちろんヴァルガもコソコソしてる、はずですよ

 知らんけど

 なぜならヴァルガは今ここにはいない

 なんか用事があるとか何とか言って今はいない

 あとで合流するらしい

 なにやってんだろ

 なんか急ぎ気味だったから重要なことなのかもしれないけど

 まああのヴァルガなら何やってても不思議じゃないし、何かやってるって思っとけばいいだろ

「ここだ、着いたよ、ここが本戦会場だね」

 でけー

 俺の目の前には大きなコロシアムみたいな建物が堂々とそびえ立っている

 大きさは大体…東京ドームくらいかな

 まあ正確な大きさは知らんけど

 俺たちは人混みをぬうように進み、裏口のような所からコロシアムの中に入る

 そこに1人の女性が立っていた

 その女性が近づきながら口を開く

「こんにちは、フェイン・レイ・ルーン様ですねお話は伺っております、こちらへ」

 その言葉を聞いてルーンがフードを取る

 すると女性はルーンを一瞥すると何も言わず廊下を歩いて行く

 その足取りはどこかルーンに合わせていないように見える

 そのあとをルーンも何も言わずついて行く

 素人目に見ても分かる

 明らかに女性はルーンのことを良く思っていない

 穿った見方かもしれないけど、案内にしては態度が失礼な気がする

 するとその女性が口を開く

「お連れ様はこちらから特別席にどうぞ」

 女性が横にある上へ向かう階段を指し示す

「はい」

「分かった」

 二人で返事をしてその階段を上る

 すると足音が遠ざかって行く

 ルーンたちが行ったんだろう

 あの女性と何かあったのかな?

 まあ世界一の大会だし、あれくらいシビアじゃないとやっていけないのかもしれないけど

 それに何かあってもルーンなら何とかしてくれるでしょう

 俺らに出来ることはただ黙って観戦すること、そのはずだから

 椅子に座り、下で開かれている開会式を眺める

 開会式はすぐ終わり、本戦がすぐ始まった

 会場に魔法が吹き荒れ、時折戦闘の余波で衝撃がここまで伝わってくる

 会場を囲む結界が無かったらここまで被害が及びそうな気さえする

 やはり攻撃の威力、技量、規模、速度、どれを取っても予選を遙かに超えている

 おそらく俺一人はおろか佐野さんと一緒に参戦してもすぐやられるだろう

 ちなみに対戦者はメイスを持ったいかつい男と短刀を操るほっそりした男

 戦況は一進一退、しかし男の短刀が届く前にメイスが襲ってくるためほっそりした男の方は攻めあぐねているようだ

 ほっそりした男の魔法もメイスで一蹴されている

 これはほっそりした男が不利かな

 するとついにメイスの直撃がほっそりした男を襲う

 たまらず吹き飛ばされ一気に倒れ込むほっそりした男

 すると次の瞬間、驚きの光景が目に飛び込んできた

 血飛沫が舞う

 男の首が飛んだ

 いかつい男が放った風刃が男の首を捉え、何の抵抗もなく吹き飛ばしたのだ

 思わず言葉を失う

 佐野さんに至ってはその惨状を見たくないと言うように目をそらしている

 そしてそんな俺たちとは真逆に会場はワアアアアと沸く

 そして司会がテンション高めに勝者を宣告する

 まるでさっき一つ命が消えたことなどなかったかのように

 なるほどな

 不思議だったんだ、なぜルーンがあれほどにこの大会を嫌がるのか

 いくらいわく付きでも普通の競技ならあれほど嫌がることもないだろう

 でもこれを見ればその気持ちが良く分かる

 だけど、おそらくこの世界ではこれが“普通”なんだろう

 そのことに冷たい恐怖を感じる

 すると、俺にふと影が落ちる

 気配を感じてふりむくとそこには風に翻る黒いマント

 ヴァルガだ

「すまない、遅れた、開会式までには来るつもりだったんだが」

 するとヴァルガは下の会場を見て苦い顔をする

 そして口を開く

「初戦からこれか、先が思いやられるな」

 聞かざるを得ない

「いつもこんな感じなのか?」

「いや、普段は初戦から人が死ぬことはない」

「じゃあなんで!?」

「さあな」

 そうそっけなく言って俺の隣に座る

「次はルーンだったはずだ、どんな戦いを見せてくれるかな」

 ヴァルガはそう言って下に視線を向ける

 下ではルーンの対戦相手の選手が紹介されているところだった

 ルーンの対戦相手は円形盾(バックラー)と長剣を装備した男だった

 ワアアアアという多重奏が響き渡り、観客席が沸いてるのがよく分かる

 そして説明を終えた司会が声高らかに宣言する

「さあ次は対戦相手の紹介です、あの伝説の一族、フェイン家の長女、フェイン・レイ・ルーン!!」

 自分は拍手しようと手を上げる

 その瞬間、凄まじいブーイングがルーンを襲った

 会場にいるほとんど全員がブーイングしている

 !?!?

 どういうことだ!?

 思わず隣のヴァルガを見る

 ヴァルガは腕を組んで無表情でルーンを眺めている

 これは聞かないと

「どういうことだ?」

 するとヴァルガは視線だけこちらに向けて静かに答えた

「どうもこうも無い、こういうことだ」

「なんでルーンが…」

 すると俺の言葉を遮ってヴァルガが言う

「ただ一つ言える事は、いつの世も絶大な力を持つ独り者は恐れられるということだ」

「つまり…ルーンは力を持ちすぎているだけで何もしていないのにこんな扱いを受けているってことか?」

「そうだ、ここにいるほとんどの奴はルーンのことをほとんど知らない、だが文献で伝わる四大天災の恐ろしさやそれを収める存在を知らないということを恐れ、それがルーンを遠ざけたいという排斥心と憎悪になっているんだ」

「でも、……そういうものなのか」

「認められないだろうが、認めてくれ」

「分かった」

 ヴァルガが、まあ、それだけではないのだが……とつぶやいている

 なるほどな

 なぜあんなことをしてルーンが自分だと分からないようにしていたのか、それが良く分かった

 俺はあいつが正体を現すことで大会に影響が出ることを防ごうとしたんだと思っていた

 でも違った

 あいつは自分と俺たちの命を守ろうとしたんだ

 見ていれば分かる、ブーイングを飛ばしている観客から面白がっている感じはない

 むしろ、憎しみや恐怖といった負の感情を感じる

 それどころか狂気だ

 市井とほとんど交流がないことで間違った理解が広がることはなんとなく理解できる

 でもただ知らないだけでこんなことになってしまうものだろうか

「それではお互い位置について、ゲーーム、スターート!!」

 そんなことを考えている間に戦いが始まったようだ

 とっさに駆け出すルーン

 走りながら刀を抜く

 そして走る勢いを利用して流れるように上から刀を振り下ろす

 それを男は円形盾で受け流し、長剣で斬りかかる

 それをルーンは刀を地面すれすれで跳ね上げて下側からはじき上げる

 とっさに二人が弾かれたように後ろに跳ぶ

 間髪入れずにルーンが魔法を放つ

堅氷矢雨(けんぴょうしう)っ」

 するとルーンの目の前にルーンより大きい魔法陣が現れ、そこから無数の氷の矢が放たれる

 【氷結魔法LV26 堅氷矢雨】見ての通り無数の氷で出来た矢を発射する魔法だ

 うん?でもあんな魔法陣だっけ?

 まあいいや

 放たれた無数の矢を必死で長剣を振るって叩き落とす男

 しかし、防戦一方に回る気はないらしく、男の周囲に五つの魔法陣が現れる

 そこに宿る闇

 それは瞬時に球の形を取り、ルーンに向けて発射される

 あれは【暗黒魔法LV13 漆黒弾】だな

 地球で襲って来た暗殺者に使った暗黒弾の下位魔法で、効果もほぼ暗黒弾の下位互換だ

 迫る魔法

 それを迎え撃つようにルーンが少し魔力のこもった刀を無造作に振るう

 しかしまだ魔法は刀の間合いの外、もちろん当たらない

 と、思った瞬間、刀の魔力が動き、まるで刀の軌道が拡張されたかのように三日月型の光の斬撃となって飛んでいく

 なんだあれ?

 あんなスキル俺は知らんぞ?

 あ、まさか

 ルーンの持つスキルの一つに心当たりを感じ、ルーンのスキルを詳しく閲覧し直す

 あった、やっぱりこれか

 ユニークスキル、【明鏡止水】、効果:自分のありとあらゆる行動を拡張する

 これを使って刀の斬撃を拡張したのだろう

 てか便利だな、このスキル

 しかしユニークスキルはその人個人しか所有できず、俺がどれだけ頑張ってもこのスキルを覚える事はできない

 真正面から衝突する、闇と光

 光が闇を切り裂き、瘴気が輝きに吹き払われる

 それだけでは終わらず、ルーンが刀を一降りすると、そのうちの一つが男に向けて軌道を変える

 男はそれを長剣で受け止める

 しかし、拡張されたとはいえ、元はルーンの斬撃、弱いはずもなく、男はそれを受け止めるのに精一杯になる

 そこに無数の氷の矢が殺到する

 それは男の結界に突き刺さる

 それと同時にルーンの斬撃が消滅する

 さっきまで氷の矢を吐き出していた魔法陣も、もう効果時間を終え、消滅している

 一息つく男

 正面にいたはずの存在がいないことに気づかずに

 そんな男の背後で蒼い閃光が瞬く

 魔法陣は一度出現すると魔法の効果が切れるまでその場に存在する

 その効果を使い、男が魔法と斬撃に意識を割かれている隙に自慢の速度で背後に回ったのだ

 ようやく気づき、避けようとする男に蒼い閃光をまといながら【剣技LV23 トライサイクロン】が襲いかかる

 上段を切り裂く水平斬りを男はのけぞってかわす

 しかしそれで終わりじゃない

 その勢いのまま一回転し二発目が中段を水平に切り裂く

 それを男は円形盾でかろうじて受けるが、円形盾は激しく弾かれ、男は衝撃でバランスを崩す

 そこに体勢を低くした三発目の下段斬りが男の足を直撃する

 その刀には濃密な魔力がまとわり付いており、棍棒のようになった刀は斬撃ではなく打撃を発生させ、男の足を砕く

 もろに食らって男が吹っ飛んでいく

 剣技で足を砕いたとは言っても本気で振り抜いたわけではないのだろう、打撃は骨までは届かず、男はまだ立つぐらいは出来るだろう

 まあ、機動力の要である足がやられたからもうルーンのスピードにはついて行けないだろうが

 こんな時でも敵に不要な傷は負わせたくなかったんだろう、どこまでもお人好しだな

 ああ、そうそう【剣技LV23 トライサイクロン】は剣を持ったまま自分を軸にして三回転し、まず上段、次に中段、最後に下段を水平に切り裂く技だ

 

 食らいそうならすぐにバックステップして距離を取ればどうということもないが、初撃を受けてしまうと三発全部食らうことになる厄介な技だ

 【トライサイクロン】は普通に撃てばちゃんとした斬撃技なのだが、ルーンはそれに魔力を纏わせることで打撃技へと変えた訳だ

 それを食らってしまった男は打撃の衝撃で会場の中央付近で倒れ込んでいる

 その男の首に刀が突きつけられる

 そして一言

「降参しろ、君ではボクに勝てない」

 拡声の魔道具で増幅された声が俺たちの耳を打つ

 それは予選の時と同じ降伏勧告

「フッ、断る!」

 しかし返答は予選とは真逆

 それと同時に長剣で斬りかかる

 立つこともままならないのに勝てると思ってるんだろうか?

 ルーンはそれを難なく弾く

 その瞬間男の顔に酷薄な笑みが浮かんだ

 それと同時にルーンの首筋に小さな魔法陣が現れる

 そこから放たれた紫電がルーンを襲う

 不意を打たれ、痙攣して仰向けに倒れるルーン

 そこに男の剣が迫る

「死ねえッ」

 ルーンの青い瞳に驚きが映る

 刹那

 空気が禍々しく変質した

 それと同時にその瞳が瞬時に漆黒に染まる

 そしてルーンの顔に壮絶な笑みが浮かび、凄まじい存在感が会場全体に膨らむ

 それと同時に跳ね上がるルーンの右手

 そこに握られている刀が男の腕を肩から切り飛ばした

 うん?

 おかしい

 この動きはルーンの動きじゃない

 ルーンはトライサイクロンを放った時も敵を斬らなかった

 それに斬ろうと思えばいつでも斬れたはず

 それにあのルーンが腕を切り飛ばす?

 何かが違う、違和感がする

 何かが、おかしい気がする

 これは理屈じゃない

 背中を冷たい汗が伝う

 ルーンがユラリと立ち上がる

 チラリと見えたその顔には凄絶な笑み

 ルーンが左腕を振る

 それと同時にルーンの周囲に無数の小型の魔法陣が現れる

 そしてその魔法陣それぞれに漆黒の球が宿る

 【暗黒魔法LV23 暗黒弾】文字通りの漆黒の球を発射する魔法だ

 一度、地球で俺たちの前でも使った

 でもそれに込められた魔力はあの時を遙かに凌駕する

 一撃必殺、正真正銘『殺す』ための魔法になっている

 しかもそれが何十と、無数に

 放たれる死の弾幕

 それに対して男は結界を張って防御しようとする

 しかしその結界もルーンの弾幕の前には意味をなさなかった

 結界にルーンの弾幕が突き刺さる

 それと同時に二人の間を隔てていた結界はまるでシャボン玉のように消えてなくなった

 もはや男は防御することすらままならない

 苦し紛れに円形盾で防ごうとするが、暗黒弾はそれすらもただの木片へと変える

 轟音、爆煙、巻き起こる砂埃

 それを舌なめずりしながら睥睨するルーン

 さっきとは真逆の苛烈な攻め

 どう見ても普段のルーンではない

 砂埃が晴れる

 そこにはボロボロになった男の姿

 剣にも暗黒弾が直撃したのだろう、途中からへし折れた刀身には無数のヒビが入り、もう使えそうにない

 男自身も服はボロボロ、下の軽金属鎧もボロボロで、あと一撃も耐えられないだろう

 その男にルーンがゆっくりと近づいていく

 男を見る目は明らかにそんな男を見て楽しんでおり、まるで鼠をいたぶって殺す猫のようだ

 このままだと男は、殺される

 男の前に立ったルーンが男を蹴り倒す

 倒れ込む男を冷たく見下ろすルーン

 そしてルーンの右手が閃き、刀を逆手持ちに変える

 そして男のそばで片膝立ちになる

 そして刀を振りかぶり、全くためらわずに振り下ろす

 舞う血飛沫

 男がのけぞる

 男の腹に刀が深々と突き刺さった

 顔に返り血を浴びるルーン

 頬の血を舐め取り、陶酔したような笑みを浮かべる

 俺はその光景をどこか現実味がなく眺めていた

 それでもルーンは止まらない、止まろうとしない

 左手に魔力を集める

 その量は残りわずかな男のHPを簡単に消し飛ばすほどだ

 俺の頭の中でガンガンと警鐘が鳴る

 殺す気だ

 そして何もしなければその予感は現実のものとなる

 思わず立ち上がる

 ルーンが真っ黒い魔力をまとった手を振り上げる

 まずい

 まずい、まずい!まずい!!

 そんなことを思った瞬間、無意識のうちに叫んでいた

「やめろッ、ルーーーーンッ!!」

 俺の声が会場にこだまする

 とっさに驚いたように動きを止めるルーン

 観客のざわめきもなくなり、静寂に包まれる会場

 誰も動かない

 時が止まったかのようになる会場

 そんな中最初に動いたのはルーンだった

 震えている

 血にまみれた手

 そんな自分の手を見て震えているのだ

 そんなルーンを見ながら理由もなくこう思った

 ようやく暴走が止まった

 理由はないが、そう思えた事に意味があると思った

 すると、ゆっくりとルーンの瞳が元の青色に戻っていく

 そんな中司会がいつも通り勝者を宣言する

「勝者、フェイン・レイ・ルーン」

 でもそれにルーンは反応しない

 自分の下で失神した男を呆然と見つめている

 まるで目の前の自分がしてしまったことが理解出来ないかのように

 いや、理解したくないかのように

 動かないルーンに司会が近づいていく

 するとルーンがもう見たくないと言うかのように男から目をそらすと、会場から走り出ていった

 不意を突かれた司会が呆然としている

 何だったんだ、今の

 ゆっくりと椅子に座り直しながら考える

 どういう訳か分からないが、ルーンの目が黒くなっていた間はルーンの意思を感じなかった

 それにルーンの目が黒くなった瞬間、何というかルーンを中心に空気が変質したように感じた

 殺気のこもった、絡みつくような禍々しい空気に

 それに、ルーンを見ていてもいつものルーンと違う気がした

 まるで見た目がルーンのまま中身だけ違うナニカに変わってしまったかのように

 ただ肝心のルーンの身に何が起きたのかが分からない

 ただ、分からなくてもこれだけは言える

 ルーンに何が起きたのかは分からないが、何かが起きたのは分かる、と

 あいつは何か隠している

 …………

 ハァ

 水くさいな

 友達に隠し事するなんて水くさい、一言相談してくればいいのに

 ヴァルガは何か知ってるんだろうか

 そう思い隣を見ると、そこにヴァルガはいなかった

 あれ?どこ行ったんだ?

「あれ?ヴァルガは?」

 俺につられて見たのだろう、佐野さんもヴァルガがいないことに気づいたようだ

 ほんとどこ行ったんだろう

 困惑したような顔で佐野さんが聞いてくる

「どうする?」

 俺は難しい顔して考える

 そう言われてもな

 ヴァルガいないし、どうすればいいのか俺にも見当が付かないんだが

 まあ、でも動かない方が良いか

 昔からよく、迷子になったときに動いたらもっと迷子になるって言うしな

 迷子っていうかどちらかというと置いてけぼりなんだがな

 そういうわけで佐野さんに答える

「とりあえず待っておこう、いずれ帰って来るだろうし」

 そうとも思わなきゃやってらんないよ

 佐野さんはそれでも心配そうだったが、何も言わなかった

 

 

 俺は後にこのときの真実を知ることになる

 しかし、それでもこのときの俺の判断が正しかったのかは答えが出ない

 動くことで何かが為せたのか、為せたとしてそれが状況をよい方に向かわせることができたのか

 そして、それを考えた上でなお動くべきだったのか

 ただこの瞬間、俺はこういう判断をした

 何も考えなかった上に動かないという、判断を

 


幕間  蒼い少女の恐怖

 手を開く

 手を閉じる

 そんな何の意味もない行動にすら安心感を覚える

 自分の体が自分の意思で動く、という当たり前のことにこれほど安心感を感じたのはこれが初めてだ

 何だったんだろう、あれは

 頭に浮かぶのはさっきの出来事

 相手の魔法に不意を突かれ、倒れ込んだ瞬間、内側から襲って来た凄まじい殺意

 そのことに違和感を感じたのは一瞬

 次の瞬間に残っていたのは、ただ殺したいという破壊衝動

 他人をいたぶり、殺すことに快楽を覚える狂気

 あまりの快感にそのことを楽しいと思ってしまった

 もしあの時杉本君が止めてくれなかったら……

 そのことを想像すると、今でも恐怖に身がすくむ

 思い出すのは血にまみれた手

 それが元々流れていた体は自分の足の下で白目をむいて倒れている

 それが途方もなく怖いナニカに見えた

 あの時のように

 ッ…………

 ………………

 ハッ

 まただ

 またこれだ

 ああもう、こんな事考えるからネガティブな思考になるんだ

 思わず頭をかきむしる

 よし、ちょっと外の空気を吸ってリフレッシュしてこよう

 そう思い、扉を開ける

 外へ続く廊下を通り、外の光が見え始めたところで脇道に逸れ、その先の階段を上る

 階段を上りきった先にはここの建物の二階の外縁をぐるりと一周する吹きさらしの渡り廊下があった

 すー、はー

 ふう

 少しスッキリした気がする

 目の前の手すりに体を預ける

 何の意味もなく眼下の街を見下ろす

 こうして見るとここの町並みは本当に美しいのだと再認識する

 特に何があるわけでもないのに下の街を眺める

 しばらくそうしていると、ふと声を聞いた気がした

 誰!?

 驚いて勢いよく振り返る

 しかし視界の中には誰もいない

 でも自分の【察知】には反応がある

 円形の建物なので壁の反りのせいで死角が出来ていたのだ

 そっとその反応に近づく

 自分でもなんでこんな事をしているのか分からない

 でも、頭が考える前に体が動いていた

 そういう場合はその通りにした方がいい

 そっとのぞく

 そこには二人の男がいた

 一人は全身をローブで覆った怪しい風体の男

 もう一人は壁にもたれかかっているため位置的に見えづらいのでマントを羽織っていることしか分からない

 誰だろう

 二人ともどこかで会った気がするけど、思い出せない

 すると壁にもたれかかっている方の男が話しかける

「で、作戦の方だがそれに大きな変更はない、だが、さっきの戦い振りを見る限り万が一が無いとは言い切れない、だからお前にはその時のために外で待機していてもらう、それで行くぞ」

「承知しました」

「いくらお前らでも相手はあいつらだ、くれぐれも無理はするな」

「はい、精進させて頂きます」

 うーん、遠くて聞き取れない

 何の話をしているんだろう

 読唇術を習っていれば分かったかな?

 そんなことを考えていると、話が終わったのかローブを着ている男が立ち去っていく

 マントの男はそれを見届けると一つため息をつき、数歩外に出る

 そのことによって今まで見えなかった顔が見える

 その顔にボクは言葉を失った

 風が吹き、マントの下に隠れた物があらわになる

 マントの下から現れる龍の翼

 全身をくまなく覆う全身鎧

 黒い髪、黒い瞳、右目を縦断する黒い傷、額から生える二本の細い角、そして、見慣れた無愛想な顔

 ……お兄ちゃん……

 そこにはボクの兄、フェイン・レイ・ヴァルガが立っていた

 お兄ちゃんっ、なんでここに?

 はっ、違う

 会えたことを喜ぶ前にこんな所で何をしていたのか聞かなきゃ

 そう頭では理解しているものの、なぜか体が動かない

 何で?

 何も危険は無いはず

 なのに何で足がすくんでいるの?

 それと共に脳が少しずつ冷静さを取り戻していく

 お兄ちゃんは観客席で試合を観戦しているはず

 なのに何でこんなところで誰かも定かじゃない奴と会ってるの?

 それにそもそもここは試合参加者しか入れないはず

 どうしてこんな所にいるの?

 おかしい

 何かがおかしい

 そこまで考えたところで急にお兄ちゃんがボクの名を呼んだ

「ルーン、隠れてないで出てこい、バレてるぞ」

「ひゃうっ!?」

 ひゃっ

 ビックリした

 急に話しかけられたせいで変な声が出てしまった

 え?バレてたの?

 どういうこと?

 全く状況が分からない

 まあでも隠れてても仕方ないのは分かったので出て行くけど

「なぜ隠れていた?」

「なぜっていう訳じゃないけど……」

「……まあいい、さっさと部屋に戻って休んでおけ、あいつらのためにもラスタル様に認められてやらなければならないのだからな」

「うん、分かった、すぐ戻る」

「そうしておけ」

「でもその前に教えて、なんでここにいたの?」

「俺がここで言わなくてもすぐに分かることだ、お前は今やれることをやれ」

「つまりどういうことなの?」

「待っておけと言っているだろう、それともそんなにこの兄が信用できないか?」

 お兄ちゃんが少し悪そうな笑みを浮かべながらながらそう言う

 ううっ、それは卑怯だよ……

 おそらくお兄ちゃんは信用できないとボクが言えないって分かっていた上で退路を断つように言って来たのだろう

 これじゃ問い詰められない

 仕方ない、諦めるしかないか

 お兄ちゃんが、待てば分かるって言ってるしそれを信じるしかないかな

 少しふてくされたような顔で答える

「もう、分かったよ」

「ああ、いい子だ」

 お兄ちゃんがそういいながら頭をなでてくる

 えへへ

 うまくはぐらかされちゃったな

「さあ、部屋に戻っておけ」

「うん」

 階段を下り、来た道を戻る

 自分の控え室に着いて、ドアノブを持った時ふと思い出す

 ……結局あの狂気は何だったんだろう……



       第七章  天災

 ヴァルガはその後すぐ戻ってきた

 何してたんだろう?

 ちょっと気になる

 けどヴァルガが帰って来たこと以外にこれといったこともなく、大会も順調に進んでいった

 ルーンも危なげなく勝ち上がり、次に戦うのは準決勝だ

 で、今その準決勝

 なんだけど、見る前から勝てそう

 ルーンの対戦相手は男三人組のチーム

 でも準決勝だからと言って特筆するほど強いかというとそういうわけでもない

 ステータスも4千を少し超えたくらい

 彼らは準決勝に来るまでかなり苦戦してたし、今までの対戦相手を苦もなく薙ぎ倒してきたルーンに敵うとは思えない

 一つだけ懸念は相手の数が多い事かな

 でもこれまで見てきて気づいたけどこの大会では公正を保つために三人いても一人が倒されれば負けみたいだし、この戦いはルーンが勝つと思う

 まあ、総合すると、今までの対戦相手に比べたら苦戦するかもしれないが、最後はルーンが勝つだろう

 まあ、相手が今まで通り戦ってくれたなら、だけど

「それではお互い位置について、ゲーーム、スターート!!」

 司会がテンション高めに宣言する

 刀を手に駆け出すルーン

 向かうは三角形の陣をくんだ三人組、その先頭の男

 その勢いのままに刀を振り下ろす

 対する先頭の男は剣でその斬撃を受け止める

 だが、受け止めきれず少し後ろに押しやられてしまう

 何とか踏みとどまった男はそのまま鍔迫り合いに移行する

 だがそれさえも男が押され気味みたいだ

 このままならルーンがあっさり相手を倒して終わるだろう

 そう、このまま、なら

 後ろの二人が参戦すればこの膠着状態は崩せる

 それなのに後ろの二人は微動だにしない

 それどころか微笑さえ浮かべて鍔迫り合いをしている二人を眺めている

 そう、この状況からしてみればかなり異様だ

 まるで何かを待っているかのようだ

 もしや本当に何かを待っているのか?

 いやそれにしては何も反応がなさすぎる

 普通なら魔力の動きなどに何かしら反応があるはず

 駄目だ、後ろの二人の考えが見えない

 でもこれだけは分かる

 あいつらは策を持っている

 圧倒的な力を持つルーンにさえ勝てるような何かしらの秘策が

 じゃなきゃあんな余裕綽々の態度はとれないはずだ

 早く倒さないと手遅れになる

 嫌な予感がする

 ルーンと鍔迫り合いをしている男が口を開く

「さすがは魔物の手先、人間じゃないみたいなパワーだなぁ」

「オイオイ、レギン“みたい”じゃなくてそのものだろうがよ」

「ハハハハ、そういやそーだなぁ、うっかり間違えちまったぜ」

 ギャハハハハと下品に笑う三人

 それを見て顔をしかめたルーンがレギンと呼ばれた男に一気に力を加え、吹き飛ばす

 不意を突かれた男が「うおっ」と言って吹き飛んでいく

 それを見て他の男二人がまた笑う

 まるでルーンが眼中にないかのようだ

 それより気になるのがさっきの“魔物の手先”という言葉だ

 一体どういう意味なのだろうか、気にかかる

 吹き飛ばされた男が立ち上がり、少し不機嫌そうにぼやく

「おいおい、オリバーもアレイも受け止めてくれよぉ、痛てえじゃねえか」

「ハハハハ、そんくらいじゃ死なねえだろ」

「悪かったなぁ、受け止める気にならんかった」

「オイオイひでえなぁ」

「ハハハハ、それよりどうだ、そろそろやるか?」

「おう、やろうじゃねえか」

「うっしゃ、いっちょやるか」

 どうやらあの三人組のレギン以外のもう二人はオリバーとアレイというらしい

 その三人が何かをやろうとしているようだ

 もしかしなくてもそれがおそらく奥の手か何かなのだろう

 レギンがルーンに話しかける

「なあ、知ってたか?俺たちはな、お前がこの大会に参加することを知ってたんだぜ」

「ほかの参加者連中は知らなかったらしいがな」

「そう、だからどうしたの?」

 そっけなく返すルーン

「そんな俺たちがおまえに何も対策してないとでも思うか?」

 その言葉にルーンが少し反応する

「対策?」

「切り札だよ、切り札」

「語るより見せた方が早ええな」

 オリバーが軽く肩を回しながら補完するように言う

 レギンは会話を切るようにそう言い、何かを取り出す

 他の二人も同じように懐から何かを取り出す

 すると、それと同時に三人の周りにとんでもない量の魔力が渦巻く

 魔力があまりに濃密過ぎて黒いオーラとなって結界の中を霧がかったような状態にしている

 あまりの魔力にとっさに後ろに飛びすさり、距離を取るルーン

 何をするつもりだ?何かの魔法か?

 いや、でもいくらなんでもあいつらにこんなに大量の魔力を同時には操りきるのは無理があると思うが

 その証拠に魔力を【察知】で見てみると今でさえ暴走寸前の危うい均衡状態だ

 それにもし操れたとしても一発の魔法に使える魔力の量ある程度限られている

 こんな量使ってもステータスが低いなら魔法の威力は大して変わらない、むしろ余分な魔力が暴走したりしたら自分が危険だ

 魔法の数を増やすにしても、魔法を発動すると今より遙かに操作が難しくなる

 こんなに魔力を使っても何も利点はない

 はず……だ

 今、自分の記憶はあいつらにそんなことはできないと伝えている

 でも何かが引っかかる

 何か、見落としているような気がする

 うん?そういえば、魔法にはスキルを使用する以外に発動方法があった気がする

 例えば、地球での授業のようにスキルを持っていないのに魔法が使えていた場合だ

 確かあれって……

 はっ!そうか!一つあった、あんなに大量の魔力を無駄なく使用する方法が!

 魔道具だ!

 魔道具とはスキルを付与した道具のことで、その多くは魔力を込めると自動的に付与されたスキルが発動するようになっている

 俺たちが地球で授業に使っていたのも魔法のスキルが付与された魔道具だ

 あれは魔力を込めれば自動的に発動してくれる上に、付与されている術式が魔法の発動を手助けしてくれるから操作も簡単になる

 それに、オリバーは切り札とも言っていた

 そんな言い方も魔道具だったら辻褄が合う

 おそらく、さっき魔力を集める前に三人が取り出した何かが魔道具なんだろう

 だが、俺がそれを理解した時には既に手遅れだったようだ

 会場を覆う結界の中にとんでもなく濃密な魔力が渦巻く

 それが渦を巻きながら三人の手元に集まっていく

 ルーンは動かない、いや、動けない

 下手に動いて安定している術式を乱せば魔力が暴走してしまうかもしれないからだ

 そうなれば暴走した魔力で何もかも吹っ飛ぶ

 そうなることは避けたい

 渦を巻く魔力が少しずつ薄くなっていき、やがて完全に三人の手元に収まる

 俺がそれを確認すると同時にルーンが駆け出す

 走りながら抜き斬りの体勢に入る

 魔力が集まり切ってから魔道具が発動するまでのわずかな時間差を利用してせめて一撃でも与えておきたいのだろう

 標的に向けた最後の跳躍をしようとルーンが足に力を込める

 そのために突撃の速度が緩んだ

 それはほんの一瞬

 その一瞬で、三人が動いた

 何の前触れもなく地面に衝撃が走る

 不意を突かれ、たたらを踏み、立ち止まるルーン

 と、再度走る衝撃

 さっきの揺れより、強い

 足を取られ膝を突くルーン

 それを微笑と共に眺める三人

 三人の周りだけは魔法の効果なのか揺れていない

 すると三人が同時に動く

 拳を振り上げると、一気に叩きつけ、手の中にある物を地面に抉り込む

 それと同時にさっきの揺れが軽い微震かと思えるほどの凄まじい揺れが観客席を含む会場全体を襲う

 それでは終わらず三人それぞれを中心とした巨大で歪な積層型魔法陣が現れる

 その大きさは三人が戦っている会場のほとんどを飲み込むほどだ

 あまりの揺れに観客席から悲鳴が上がる

 ルーンがそれにはさすがに立っていられないと思ったのか大きく上に飛ぶ

 そのまま真下に円形の小さな結界を張り、その上に着地する

 位置的にルーンが見下ろす形になり、そのまま対峙する両者

 その間もずっと地面は揺れ続けている

 そんな一時の小康状態を破るように一際強い衝撃が走る

 それと同時に三人の周囲の地面から巨大な岩隗が隆起し、三人をそれぞれ包み込むように変形する

 それを切っ掛けに地面が揺れと共に隆起し続け、包み込まれた三人はみるみるうちに巨大な三つの岩隗と化し、それに飽き足らずさらに隆起する岩隗を飲み込み巨大化していく

 ルーンでもあまりの超現象に驚き、空中で呆然としている

 佐野さんも驚いて動きを止めている

 それに対し俺の隣に座るヴァルガは無表情で見つめている

 何かを見定めるように

 ルーンが驚き、何もできないでいる間も三人を包む岩隗は変形を続けていく

 すると岩隗から二本の荒い岩の柱が伸び、途中で地面に向けて折れ曲がると、先端に五本ずつさっき伸びた柱より細い岩の柱…とは言っても十分に太いのだが…が生え、地面を掴む

 それはまるで腕と手のように

 その二本の腕のような物に力が込められ、体のような岩隗を持ち上げていく

 すると、体が持ち上がると共に腕よりさらに太い、折り曲げられた二本の荒い岩の柱が砂埃とともに引き抜かれ、折り曲げられていたそれが伸ばされると共に荒々しく地面を踏みしめ、地響きの三重奏が会場全体を揺らす

 それはまるで足のように

 最後に完全に立ち上がると同時に体の頂上の荒削りな岩隗に赤い二つの輝きがともる

 それはまるで目のように

「なっ、あ……」

 これは……

「ゴーレム……」

 佐野さんの呆然としたつぶやきがその姿をよく現していた

 三体の巨大なゴーレムがその場に姿を現していた

 その巨体の威容はもちろん、(ほとばし)らせる地響きから感じられる質量感はまるで、動く要塞

 それにこのゴーレム、見かけ倒しじゃない、単純な巨体はもちろんステータスも1万を超えている強者だ

 三人の総合ステータスではルーンを超えた

 そんなのがこの場に三体

 これはいくらルーンでも危ないかもしれない

 ゆっくりとルーンに一歩を踏み出す先頭のレギンだったゴーレム

 その姿を見てようやく意識が追いついてきたのか、迎え撃つため刀を構え直すルーン

 静寂は一瞬、先頭のゴーレムが力強く一歩を踏み出し、巨大な拳を振り上げ、覇気と共に振り下ろす

 それを大きくサイドステップして避けるルーン

 そこを狙って巨大な風と魔力の塊が飛んでくる

 奥のオリバーだったゴーレムが放った魔法だ

 ゴーレムの支援を受けているからか、恐ろしく大きく、また強力だ

 それすらも咄嗟に空中を蹴って避けるルーン

 おそらく、空中を蹴ったのはスキル【三次元機動】だろう、名前の通りに空間を蹴って移動できるようになるスキルだ

 しかしそのスキルでも着弾時の衝撃波まで避けられはしない

 魔法が結界に着弾し、激しく爆発

 走る衝撃波を防御するために足を止めるルーン

 そこを狙ってアレイだったゴーレムが岩でできた巨大な剣を振り下ろす

 轟音、巻き起こる粉塵

 間髪入れずに砂埃を切り裂き、アレイに向かって蒼い閃光と共に跳躍するルーン

 しかし、その切っ先が届く前に巨大な岩の拳に殴り飛ばされた

 レギンだ

 錐揉みしながら吹っ飛んでいくルーン

 何とか空中で体勢を立て直し静止するが、さらにオリバーの魔法の連射が襲いかかってくる

 その魔法を躱してもそこに絶妙なタイミングで岩の拳と剣が襲いかかってくるため、まったく反撃できていない

 一応ルーンも反撃の魔法は撃っているが、オリバーが張った結界に阻まれ、全く届いていない

 これはまずいかもな

 最初の推測に反してルーンが押されている

 おそらく原因は三人の連携の前にルーンが攻めあぐねているからだろう

 すぐにでも攻めかかりたいところだが、ルーンは回避に徹しなければならない理由がある

 普段ルーンは敵の攻撃をスレスレで避けるか、受け流すことで敵の攻撃を防いでいる

 そのためには敵の攻撃を完全に見切り、かつ、その軌道スレスレで交錯しなければならない

 しかし、今回の相手にはそれが通用しない

 ゴーレムの巨体が相手では受け流すのはおろか、スレスレで躱すことも不可能に近い

 ゴーレムの攻撃は一撃一撃があまりに巨大すぎて軽く躱すという訳にはいかない

 全力で回避し続けるしかないのだ

 受け止めるという手段もあるが、それをしてしまうとかなりの隙が生まれる

 女子として輪を掛けても見ても小柄な上、鎧も体を覆う部分と手甲と脚甲しか付けていないためとても軽い(と思う)ルーンはゴーレムの攻撃を受ければ簡単に吹き飛んでしまう

 まあルーンのステータスなら一撃や二撃食らったところで致命傷にはならないだろうが、吹き飛ばされた隙でさらに攻撃を受けてしまう可能性が高い

 今でさえ回避で精一杯なのだから、攻撃に転じれば手痛い反撃を受けるだろう

 一応ルーンには狭い会場というアドバンテージがあるが、その差も三人の完璧な連携のせいで完全に埋められている

 まあ要するに今のルーンは半分詰んでいるという状況だ

 それに今のまま戦い続けていれば回避し続けなればいけない分消耗の多いルーンは本当に詰んでしまう

 ルーンもそのことに気づいていたのだろう、回避をやめ、空中で静止し、迫る魔法と二人の攻撃を見極めるルーン

 それを好機と見たのか、地響きと共にルーンに迫り、拳を振り上げるレギン

 迫る拳

 それでもルーンは動かない

 これ以上近づけば躱せなくなる、というギリギリまで拳を引き寄せる

 動かず、怯まず、ただ構えて、視る

 そして迫る拳がその持ち主からルーンを追い隠した

 瞬間、全力で空中を蹴り、横に跳ぶ

 当たっていればルーンの体など簡単に吹き飛ばしていただろう巨大な岩隗が足下数㎝をかすめていき、標的を失った拳が虚しく空を切り、風切り音だけがその威力を伝える

 そのまま振り抜いて硬直した腕の上を一気に駆け上がるルーン

 目指すはゴーレムの頭

 ゴーレムの体がどういう構造なのかは知らないが、何か逆転のとっかかりが摑めるかもしれない

 もし上手く行けばこれで逆転できる

 しかし、俺のその予感はオリバーの次の行動で完全に打ち砕かれた

 収束した後、一塊になって放たれる魔力の塊

 舞い散る粉塵、まき散らされる岩隗

 錐揉みしながら吹き飛ぶルーン

 結界を通り抜けた爆風が俺の顔を打ち、前髪が風になびく

 な、なんだ?

 思わず立ち上がり、手すりに駆け寄って下を見る

 しかしその時には全て終わっていた

 これは……

 散乱する岩隗、倒れ込んだルーン、そして隻腕となったレギン

 それらの符号が頭の中で合致し、一つの事実を導き出す

 オリバーがレギンを撃ったのだ、その上を走っていたルーンもろとも

 倒れ込んだルーンがわずかに身じろぎすると、右手を押さえながら立ち上がる

 刀を構え直そうと顔をしかめながら右手に力を込めるも、ピクリとも動かない

 おそらく魔法か、岩隗か何かに当たったかして折れてしまったのだろう

 むしろ腕が動かせないくらいに折れているのなら、刀を握れているのが逆に不思議なくらいだ

 仕方なく刀を左手に持ち直し、構え直すルーン

 そこに容赦なく土砂属性の魔法が襲いかかる

 降り注ぐ無数の岩弾、岩柱

 突きだした左手を起点に球形の結界がルーンを包み込み、飛んでくる巨大な岩隗を防ぐ

 しかし、その魔法は目眩ましだった

 ルーンの背後に魔法陣が発生する

 驚いて振り向くルーン

 しかしそれだけしかできず、その体勢のまま魔法陣から伸びてきた鎖に絡め取られる

 よろめいて倒れ込むルーン

 動きを封じられ、魔法も効かず、絶体絶命

 そんな中、ゴーレムから馬鹿にしたようなくぐもった声が響く

「フッ、ハハハハ、無様だなあ、魔物が一丁前に情けなんかかけるからこうなるんだぜ」

「ほんとだな、魔物なら魔物らしく暴れときゃいいものをなあ」

 その声を聞いて叫ぶルーン

「どういうことって聞いてるじゃん、魔物って何のこと!?」

 それを聞いてレギンが小馬鹿にしたような声で答える

「決まってんだろ、お前のことさ」

「ボクは魔物なんかじゃない」

「と、思ってるだけってか、ハハハハッ」

「お前が魔物じゃなかったら、何なんだよ、魔物の王か?」

「それでも魔物に変わりはねえだろ」

「「「ハハハハッ」」」

 悲壮なまでに真剣に叫ぶルーンに対して正反対に嗤って答える三人

 それを見てイライラしたように叫ぶルーン

「何が言いたいの!?」

「うん?お前に言う事なんて無えよ、強いて言うならさっさと死んでくれってことぐれえだな」

「……まだ負ける訳には行かない」

「うるせーよ魔物が、どうせ何の理由もなくそんなこと言ってんだろうが」

「そんなことない!」

「どうせここで戦う理由も、意味もなくただ戦いたいから戦ってる、そうなんだろ?まさに魔物じゃねえか、そうだろ?魔物なら魔物らしくおとなしく狩られろ」

「ボクは、そんなことのために戦ってない!」

「お前は何だ?自分では人間だと思ってるかもしれねえがな、傍か見りゃあお前は人間じゃないんだよ、自分が知らないだけでな」

「……それでもボクには信念がある、自分の考えの下に動いてる、魔物とは違う」

「信念?ハッ、笑わせるな、自分の信じることのために動いてるってか?その信じる物ってのが自分勝手な恣意じゃないとどうして言い切れる?」

「っ!?…………」

「それにな、誰もお前なんか必要としてねえんだよ、生きる意味も何も無い魔物が、それにどうせ魔物をけしかけてんのもお前らだろうが、害悪が」

 少し気圧されると、すぐに言い返すルーン

「ちっ、違う!魔物は僕たちとは関係ない!」

 しかしそれをレギンは取り合わない

「魔物の言うことを誰が信じるか」

「っ!………………」

 うつむくルーン

 表情は顔にかかった髪の毛で見えないが怒りで歯を食いしばっているのは容易に想像できる

「ほら、見ろよ、もう何も言えなくなった、信念だの何だのとか抜かしやがって、結局は苦しみなんて何も知らずに生きてきたただのお嬢様だったってワケだ」

 レギンの言葉にルーンは反応しない

 ただうつむいて肩をふるわせるだけ

「お前らに生きてる価値なんて無い、魔物らしく狩られろ」

「………………」

 ルーンが言い返さないことをいいことに勝ち誇ったように死刑宣告するレギン

 それにルーンが大きく反応する

 それに気づかずにレギンはルーンにゆっくり近づいていく

 刹那

 空気が禍々しく変質した

 ッ!?初戦の時より、でかい!?

 またこれだ、初戦の時の禍々しい気配

 アレがまた来たのだ、しかも大きくなって

 まずいな、また来たってことはってことはまたルーンが……

 顔を上げるルーン

 その瞳の色は凄まじい怒りと一抹の悲しみに彩られた、深淵の暗黒

 それと同時に、流れてきた雷雲が太陽を隠し、会場がやや暗くなる

 凄まじい存在感を放つルーンがレギンに怒気をはらんだ声で話しかける

「なんだって聞いてるの、もう一回言ってみなよ」

「何度でも言ってやるよ、お前らに生きてる価値は無い――」

「お前らだって?」

「お前ら一族はただの害悪なんだよ」

 その言葉を聞いてさらに気配が大きくなる

 そしてルーンがらしくもなく怒声を張り上げる

 目尻から一筋の涙をこぼしながら

「何も知らないくせに、偉そうな口を叩くなアアッッ!!!」

 その大きく、力強い声に気圧されたかのようにレギンが一歩下がる

 しかし、また一歩踏み出し、荒い息を吐いているルーンに向けてこちらも叫ぶ

「俺たちの邪魔をするなッ!!何も知らないのはどっちだッ!!恣意の魔物がっ!!」

 それを聞いたルーンの口から言葉とも咆吼とも慟哭ともとれるモノがあふれ出す

「うううっ……五月蠅あああああああああああ嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」

 凄まじい叫びが会場内にこだまする

 しかし“それ”は叫びだけでは終わらなかった

 まるでその叫び自体が威力を持ったかのごとく空間を揺らし、ゴーレムたちを紙細工のごとく吹き飛ばし、会場を包む結界に衝撃を走らせる

 結界をすり抜けた爆風が俺たちに迫ってくる

 爆風、衝撃

 恐る恐る目を開ける俺

 その俺の目の前で、叫ぶルーンの全身から真っ黒い瘴気が吹き出す

 それはまるで意思を宿したかのごとくルーンに纏わり付いていき、瞬く間に黒い球体に変える

 それでもなお吹き出し続ける瘴気はどんどん球を巨大化させていく

 それに伴い、中のルーンだと思われる気配の大きさも増していく

 その気配が一瞬、破裂するように球内部に拡散したかと思うと、みるみるうちに人の形を取り戻していく

 そして完全に人の形になると、瘴気の流出が止み、一瞬の静寂

 と、思う間もなく球が瞬時に収縮

 そして、溜まった圧力を解放するように、爆散

 瘴気が周囲に振りまかれ、周囲が黒い霧に包まれる

 その霧を会場に吹くよどんだ風が晴らしていく

 中央にあった気配だけを残して

 そして完全に霧が晴らされ、気配の正体があらわになった時、球があったところに残された“それ”をみた俺は驚愕した

 俺はてっきりそこにはそうなる前そうだったように、変わらずルーンがいるものだと思っていた

 しかしそこにいたのは、俺たちの知る”ルーン“は、ではなかった

 ざんばらの黒髪、線の太い黒眼、全身から鱗粉の如く瘴気を振りまき、背には黒い一対の龍の翼、ケモ耳のあった所には、醜く拗くれた悪魔のような角

 下からあった鎧の下、太ももや二の腕を黒い鱗で包み、悪魔の笑みを浮かべて屹立する少女

 全く訳が分からない、どうしてこんな姿になってしまったのか、それ以前にあの瘴気は、あの行動はなんだったのか

 しかし、これだけは混乱した俺の頭でもなんとなく理解することができた

 あれはもうルーンではない

 理屈や見た目じゃない、もっとルーンの核心に迫る物が変わってしまったような、そんな気がした

 そして、よろめきながら己の前で起き上がろうとする三体の獲物を見据えると、ゾロリとその口から尖った舌をのぞかせ、笑みを深めながら舌なめずりする

 そして、黒く染まった鱗に包まれた体を仰け反らせ、その姿になる直前にしたように、しかし、中に込められた意思は全く違う咆哮を上げ、空間を震わせる

 それはまるで、怒号のように、遠吠えのように、慟哭のように

「ッッガアアアアアアアァ嗚呼アアアアアアァァアアアァアアアァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」

 

 

        幕間  蒼い少女の憤怒

 空を切り、迫る拳

 自分もまたそれを空を蹴り、避ける

 そこに迫る魔法

 これもまた空を蹴り、スレスレで避けようとする

 しかし避けきれず僅かに掠めてしまい、僅かにHPが減る

 反撃で苦し紛れに撃った氷結魔法も途中で結界に阻まれ虚しく砕け散る

 極限の集中によりスローになった世界の中、開戦してからひたすらこんなことを続けている

 侮っていた、忘れていた

 相手も、この大会も、何より、自分を取り巻くこの世界を

 自分がしようとしている行動は全て監視されていることを忘れていた

 久しぶりにここに帰って来て、いくら自分でも勝てない物があるということを忘れていた

 自分の仲間が一番大事だということを忘れていた

 お兄ちゃんの忠告通り斬る覚悟を決めることを忘れていた

 戦いのなんたるかを忘れていた

 何よりとんでもない魔力が渦巻いた時、魔法の発動を止められなかった、いや、止めなかったのか

 あんな魔力を食らえばいくらボクでも消し飛ぶと分かっていたのに

 この状況は完全に自分の慢心と油断による失敗、自業自得だ

 自分が負けるのは、まだいい

 でもここで自分が負ければラスタル様から二人の面倒を見る役を罷免させられてしまう

 そうなればボクに付いてきてくれた二人を裏切ることになる

 それだけは何が何でも嫌だ

 勝つんだ、二人のために、今を変えるために

 目の前を魔法が通り過ぎ、纏う風が顔を撫でる

 それを合図に戦闘に関係ない思考を切り上げ、戦闘に意識を集中させる

 そしてそれを放った相手、自分の敵をもう一度しっかり見据える

 もはやこうなってしまった以上なりふり構っていられない

 ゴーレムになった時点で三人総合のステータスでは相手の方が上、ボクが雑念にとらわれている状態じゃ勝てる相手じゃないのは今までの交戦で痛いほど分かった

 勝つためにはまず今の一方的に攻撃されている状況を打開する術を見つけ出さなければならない

 普通こういう大きい敵に対してのセオリーは速度で翻弄すると決まっている、実際その方法も試した、しかしこの三人の連携が良すぎてそれは通用しなかった

 となるとそれ以外の方法を試すしかない

 そしてそのための策も、ある

 となればあとは実践あるのみ

 魔法が弾幕となって押し寄せる中、その軌道を読み切り、当たらないと読んだ位置で静止し、目当ての物を待ち受ける

 無数の魔法はボクに殺到するように、しかし僅かに軌道を外して殺到する

 吹きすさぶ風に弄ばれる髪が魔法に触れ、シュッという微かな断末魔と共に瞬時に蒸発する

 しかしそれには目もやらない、やってるヒマなんてない、ただ前を見つめろ

 そこには魔法の間隙から迫る目当ての物、巨大なゴーレムの拳がある

 まだだ、まだ引き寄せろ

 唸りを上げながら着実に拳はボクを叩き潰さんと迫ってくる

 まだだ、まだいけるはず

 極限の集中で視界の端が引き延ばされ、狭くなった視界が敵の拳で一杯になる

 太陽の輝きが拳に隠され、影がボクの全身を覆う

 そして、時は満ちる

 瞬間、今だと思うが早いか、虚空を踏み抜かんばかりに蹴り、最低限の距離真横に跳ぶ

 空を引き裂く拳が足下数㎝を掠めていき、勢いのまま地面にぶつかり、衝撃が走る

 そして刹那の硬直

 三次元機動を駆使し体を支えながら薄く笑みを浮かべる

 それを待っていた

 ボクにかかれば硬直しているゴーレムの腕なんて地面と大して変わらない

 軽く曲げていた足を伸ばし、靴の裏が軽い音を立てる隙すら与えず走り出す

 目指すはゴーレムの頭

 お兄ちゃんから聞いたことがある、ゴーレムの中には召還主自身が内部に搭乗し、操縦するタイプの物があると

 レギン、オリバー、アレイと名乗っていた三人の反応はあの中にあることから推察すると、おそらくこれもそういう型のゴーレムなのだろう

 そしてそういうタイプのゴーレムの頭には目の働きをする魔法陣が搭載されており、内部の搭乗者はその画像を見て操縦するのだ、と

 それが頭についている理由は搭乗者と体感のギャップを少しでも減らすため

 裏を返せばそれだけ視覚が重要な感覚だということ

 実際、あんな岩の塊の中にいれば五感はほとんど意味をなさないだろう

 ならば、その唯一の感覚である視覚を奪ってしまえばこのゴーレムはほぼ確実に行動不能に追い込める

 それにもし頭を再生させられるのだとしても隙は作れるはず

 その僅かな隙があれば、レギンという男の反応があるゴーレムの胸の中央に切り込んで試合を終わらせることができる

 それこそがボクの策

 そして、その達成はもう目前

 走りながら刀をいつでも中段薙ぎ払いが撃てる位置に構える

 そして無防備な敵の首を薙ぎ払うために跳躍をしようとして――


 寸前

 

 訳も分からないうちに

 世界が回った

 訳も分からないうちに

 岩が宙を舞った

 訳も分からないうちに

 衝撃を受けた

 訳も分からないうちに

 小石が顔を叩いた

 

 はっと気がつくと

 倒れていた

 鎧越しに背中に感じる地面の感触

 一…体……な……に…が……?

 ど…う……なっ…て…?

 何………を……?…誰……が…?

 したたかに背中を打ったためろくに息もできない状況の中、無数の疑問符が脳内を飛び交う

 そして呆然としそうな頭を動かし、のろのろとさっきあったことを思い出していく

 そしてその内容を結び合わせ今あったことの答えを出そうとする

 しかし、その必要は無かった

 その答え自身が自分から近づいてきたからだ

 隻腕となったレギンだ

 まさか……

 そういうこと…か

 ボクはあいつの腕にはいっさい攻撃をしていない、強いて言えばあの上を走ったが、その程度で壊れる物でもないだろう

 となると可能性はあと二つしかない

 自壊させた、か、ボクとレギン以外の選手…つまりオリバーかアレイが破壊したか

 そして、レギンに魔力の反応はなかった

 不自然なまでに、まるでボクを誘い込むように

 ボクは、味方を撃つ、という可能性を完全に考えていなかった

 彼らはそんなボクの先入観を逆手にとってボクを誘い込み、そして避けられない状態にして牙をむいたんだ

 くっそ、嵌められた

 こちらの策に嵌めたはずが逆に嵌められていたたなんて

 今更ながら、侮っていた

 本当にボクの先入観を知っていてこの策を使ったのかは分からない

 でもその策に嵌まったのはボクの油断が原因

 でも今度はそれさえ分かればもううだうだ悩まない

 だって勝つって、そう決めたから

 迷わず立ち上がる

 そして刀を構え直そうとして、気づいた

 右手が動かない

 驚愕する

 やけになって力を込めると鋭い鈍痛が体を貫く

 おそらく折れた、たぶんもう右手は使えない

 仕方ない、あまりやった事はないけど、このままじゃ負けるしかないんだから

 右手から左手に刀を持ち代え、もう一度構え直し、前を見直す

 その視界に映ったのは降り注ぐ巨大な岩隗

 でもそれは分かっていた

 しかし、予想外のことが二つ

 弾幕の密度と、威力だ

 これじゃ地面にいるまま避けたら生き埋めにされちゃう

 それにこの密度じゃそもそも避けることすら困難

 なら、防ぐしかない

 刀を持った左手を突き出し、決死の覚悟で結界を張る

 その表面には濃密な魔力を纏わせておき、触れる物全てを粉砕する構えだ

 衝撃、粉塵

 結界に次々と巨大な岩隗が着弾していき、その衝撃が結界を震わせる

 くっ、分かってたけど、強い

 これがどれだけ続くのか分からないけど……耐えきれるかな……

 そんな不安はしかしあっけなく裏切られた

 永遠に続くかと思った弾幕があっけなく終わる

 あれ?これで終わり?

 てっきり相手の魔力が尽きるまで続くと思ったのに

 ああ、もう嫌だ、三度目だ

 弾幕があっけなく終わったからもあり、また油断していた

 気づいた時にはもう手遅れだった

 急に背後で魔法が発生する感触

 !?!?

 はっ!?しまっ…

 とっさに背後を振り返る

 そんなボクの体に巻き付く冷たい硬質な感触

 魔法!?拘束系!?

 よろめいて倒れるボク

 倒れ込みながら思いつく限りの方法を試して脱出を試みる

 しかし、絡みつく鎖は激しく音を立てただけで小揺るぎもしない

 くそ、硬い

 なんで魔法なのに斬撃を纏っても何してもびくともしないのさ

 侮ってないつもりだったけど、それでもまだどこかに慢心があったってことか……

 全身から力が抜ける

 別にそんな術式が込められてたとかじゃなくて、ただ諦めと呆れで力が抜けただけ

 もうダメだ

 もうどうしようもないという諦めが心の中に巣くう

 この鎖が破れないのならどうしようもないのは事実だし

 しかしこの鎖を放った本人はなぜか動かない

 あれ?この状態は絶好のチャンスなのになんで攻撃しないの?

 しかしその疑問はすぐに晴らされることとなった

「フッ、ハハハハ、無様だなあ、魔物が一丁前に情けなんかかけるからこうなるんだぜ」

「ほんとだな、魔物なら魔物らしく暴れときゃいいものをなあ」

 小馬鹿にしたような声でそうのたまうレギンとオリバー

 何をしてきたかは問うまでもない、戦闘中にもかかわらず話しかけてきたのだ

 腹立たしい事にも

 それだけ余裕ってこと?

 それに二人の言葉の中に一つだけ聞き捨てならない単語があった

「どういうことって聞いてるじゃん、魔物って何のこと!?」

 すると即答するレギン

「決まってんだろ、お前のことさ」

 ますます訳が分からない

「ボクは魔物なんかじゃない」

 それを聞いたレギンがまた馬鹿にするような表情をし、冗談めかして言う

「と、思ってるだけってか、ハハハハッ」

「お前が魔物じゃなかったら、何なんだよ、魔物の王か?」

「それでも魔物に変わりはねえだろ」

「「「ハハハハッ」」」

 この場所に不釣り合いなほど小馬鹿にした声で笑う三人

 それに思わずしびれを斬らして叫んでしまう

「何が言いたいの!?」

 しかしボクのその叫びを聞いてなお嘲笑うように真面目さの欠けた声でレギンは返す

「うん?お前に言う事なんて無えよ、強いて言うならさっさと死んでくれってことぐれえだな」

 真面目に返されなかったことに焦燥に似た苛立ちがこみ上げる

 その怒りに対してできるだけ冷静を心掛けつつ言葉を返す

「……まだ負ける訳には行かない」

「うるせーよ魔物が、どうせ何の理由もなくそんなこと言ってんだろうが」

「そんなことない!」

 思わず反射的に叫び返してしまう

 そんなボクに対するレギンの言葉は冷ややかだった

「どうせここで戦う理由も、意味もなくただ戦いたいから戦ってる、そうなんだろ?まさに魔物じゃねえか、そうだろ?魔物なら魔物らしくおとなしく狩られろ」

 ボクが戦う意味?

 決まってる、ボクを信じてくれる友達やお兄ちゃんのためだ!

 断じてお前が言ってるような理由じゃない!

「ボクは、そんなことのために戦ってない!」

 信念を込めたボクの叫びを、しかしレギンは受け流した

「お前は何だ?自分では人間だと思ってるかもしれねえがな、傍か見りゃあお前は人間じゃないんだよ、自分が知らないだけでな」

 自分の叫びが受け流されたボクの頭の中にレギンの冷たい言葉が入り込んでくる

 その冷ややかな響きが脳の中で意味を持つのにつれて自分の叫びに自信が持てなくなる

 そのせいで返す言葉にも力がこもらない

「……それでもボクには信念がある、自分の考えの下に動いてる、魔物とは違う」

「信念?ハッ、笑わせるな、自分の信じることのために動いてるってか?その信じる物ってのが自分勝手な恣意じゃないとどうして言い切れる?」

 そんな言ってる内容とは真逆の信念のこもらない言葉を容赦なくレギンが一刀両断にする

 信念

 今まで頼もしく見えていたその言葉が急に頼りなく見える

 じゃあ、じゃあ何を信じればいいの?

 今までボクがすがっていた物はなんだったの?

 そんな考えが頭の中を駆け巡り、反応できなくなる

「っ!?…………」

「それにな、誰もお前なんか必要としてねえんだよ、生きる意味も何も無い魔物が、それにどうせ魔物をけしかけてんのもお前らだろうが、害悪が」

 魔物!?

 そういう意味だったのかと今更ながら気づく

 彼らはボクが魔物を率いているものだと言っているんだ

 おそらくレギンたち三人は実力などから見積もっても冒険者か、それに準ずる戦闘職だろう

 そう、魔物を狩る職業だ

 そしてそんな職業に就いていると確実に仲間を失う

 魔物のせいで

 それならこれほどまでにボクを敵対視するのも分かる

 嫌われてるって自覚はあるけど、レギンたちのボクを排除しようとする思いは異常だった

 でもこれだけがレギンたちがこれほどまでにボクに殺意を向ける理由なのかと言われるとまだ疑問が残る

 でも重大な勘違いをされていることは分かった

 それに気づかなかったことに思わず焦る

「ちっ、違う!魔物は僕たちとは関係ない!」

「魔物の言うことを誰が信じるか」

 そう思い、否定したボクの言葉を容赦なく切り捨てるレギン

 その言葉でどう言ってももう手遅れなのだということが分かった

 分かってしまった

 絶望によく似た、自分だけ置き去りにされてしまったかのような感情が沸き起こる

「っ!………………」

 そして絶句したボクを容赦なくレギンは嘲笑う

「ほら、見ろよ、もう何も言えなくなった、信念だの何だのとか抜かしやがって、結局は苦しみなんて何も知らずに生きてきたただのお嬢様だったってワケだ」

 苦しみを、知らずにだって?

 お前が言うな、何も知らない、お前が言うな

 何も苦しんでないなんて、何もかも知ってるみたいに言うな

 ボクのあの時の悔しさを、怒りを、悲しみを、知る訳がないお前が言うな

 お前たちにボクの何が分かる!!

 レギンの言葉をうけて、消えかかっていた怒りが再燃するのが感じられた

 しかし今度の怒りは最初に浮かべていたイライラするたぐいの物ではない

 意識を塗りつぶす業火のような怒り

 ボクのその激情を知ってか知らずか、レギンがこれで終わりだと言わんばかりに口を開く

「お前らに生きてる価値なんて無い、魔物らしく狩られろ」

 その一言は傍から見れば普通の宣戦布告だった

「なんだって?」

 しかし、その言葉で怒りを抑えていた理性が一気に消し飛んだのをボクははっきりと自覚した

お前”ら“だって?

「なんだって聞いてるの、もう一回言ってみなよ」

「何度でも言ってやるよ、お前らに生きてる価値は無い――」

「お前らだって?」

「お前ら一族はただの害悪なんだよ」

 ボク一人を侮辱するのなら、いい

 ボクのことを勝手に決めつけるのも、まだ、いい

 ボクだけが苦しむことなら、耐えてやる

 でも、あいつらははっきりとこう言い放った

 『お前ら』と

 ボク一人ならボクが傷つくだけだからいい

 でも、ボクが大事だと思ってる人たちを侮辱するのは絶対に許さない!!

 お兄ちゃんも!杉本君も!佐野さんも!エレンも!

 ルナも

 みんなみんなボクの大事な人なんだ!

 ボクの想いが!お前らごときに!侮辱できるものかァッ!!

「何も知らないくせに、偉そうな口を叩くなアアッッ!!!」

 凄まじい怒りが心を染め上げ、それと同時に初戦の時の違和感がまたやってくる

 しかし、理性が吹っ切れているため、気にならない

 むしろボクの中に入り込んでくるような感覚を感じる

 まだ僅かに残る理性的な思考の破片はそれをおぞましい物と捉える

 しかし、体の主導権を握っている怒りがそれが入り込んでくるのを良しとする

「俺たちの邪魔をするなッ!!何も知らないのはどっちだッ!!恣意の魔物がっ!!」

 レギンが叫んでいるのがどこか遠くに聞こえる

 五月蠅い

 黙れ

 殺す

 殺してやる

 そして、怒りとソレが最高潮に達し、意識が真っ赤に染まる

 そして、力と凄まじい高揚感と快感が一緒くたになった物がわき上がる

 もう我慢出来ない、思わず叫ぶ

「うううっ……五月蠅あああああああああああ嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」

 怖気をたたえた叫び、それを自覚しながらわずかに残っていた理性が闇に沈んでいった

 やってしまった、そんな気がした

 視界が闇に染まっていく

 それと対比するように真っ赤に染まる意識の中、なぜかレギンの『俺たちの邪魔をするな』と言う声だけが耳に残っていた


本編はどうでしたか?

今章も戦いですね

まあほぼほぼ、っていうか全部あの妹のですけどね

こんなに戦ってばかりいて大丈夫なんだろうか

作者なら絶対に筋肉痛で力尽きます

まあいいか、あいつらけっこう丈夫だし、それじゃ次回予告!!

次章、『混沌』

ヴァルガの策により暴走するルーン

その中で勇者と太陽神はどのような決断をするのか!?

そして混沌に陥る戦技大会の行方は!?

こうご期待!

さて、レジーナさんどこ行った?

てかエレンどこ行った?

……キャラが失踪している、だと…?

神隠しだ!神(作者)隠しだ!

よーするに自分のせいか

あとよければ評価、コメント等もお願いします

ではまたの機会に


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