蠢動する未来
第三章 異世界フォルトゥーナ
まあその後一悶着あった後ヴァルガがこっちに来た理由が話された
「俺がこっちに来た理由は、おまえを一時的にフォルトゥーナに連れ帰るためだ」
それを聞いてルーンが問い返す
「なぜ?」
それを聞いてヴァルガが続ける
「おまえがこっちにきて早14年、それほど経ったのに未だ何の成果も上げられていないからだ」
それを聞いてルーンが慌てた様子で言いつのる
「でっ、でもこっちの人たちをむげにできないじゃんか」
そういうルーンを見ながらヴァルガは静かに言った
「俺は最悪の場合それもやむなしと考えていたが…まあいい、このことの担当はおまえだ、おまえの判断に任せる、だがフォルトゥーナには来てもらうぞ、この事は譲れん」
ルーンはヴァルガの不退転の覚悟を感じ取ったのか、しばらく考えたのちこう言った
「出発の日は?」
それにヴァルガは即答した
「一週間以内だ、その期間内ならいつでも良い」
ルーンは少し考えたのち顔を上げ、答えた
「分かった、じゃあ転生者二人もつれて行くよ」
うん?俺たちも行くのか?
ああ、そういえばルーンが確か、いずれフォルトゥーナにつれて行くとか何とか言ってたな
その予定をくり上げると言っているのか
そのことはもう決まった話だ
てかさっきその話してたんだった
まださっきの戦闘の驚きの余韻が残ってるな
ルーンがそのことをヴァルガに説明し、その後俺にそれでいいか聞いてくる
「ということなんだけど、いいかな?」
それに関しては問題ない
「OK、何も問題ないよ」
だが一つ気になることがある
「佐野さんは大丈夫なのか?」
それを聞いて、ルーンは思い出したようにこう言った
「佐野さんにこの話は昨日してる、そしてOKももらったよ、君が太陽神様だとは言ってないけど」
うん?なぜ言っていないんだ?
「明かしていない理由は、無駄なプレッシャーをかけたくないからだよ」
なるほど、ルーンが考えそうなことだ
短時間ではあるがルーンの人となりもなんとなくつかめてきた
調子に乗りやすく、感情的だが、すさまじいお人好しでもあり、自分が犠牲になるのはいいが、他 人の犠牲は意地でも止める、まさに聖人のような奴だ
…少々元気すぎるのが玉にきずだが
そう見ると佐々木の性格とあまり変わらないな
「じゃあ2日後の放課後に迎えに来てもらえるらしいから、一応知っといて」
おう、俺が失礼なことを考えている間に話がまとまったようだ
あっ、でもこれは聞かないと
「2日後はどこで集合なんだ?」
それを聞いてルーンはこう答えた
「集合はまたここでいいよ、お兄ちゃんとの待ち合わせ場所にはボクが連れて行くから」
ふむふむ、よく分かった
「では、今日はこれくらいにした方がいいな、では2日後迎えに来る」
ヴァルガがそう言うとこっちに来るときに使用した空間の穴に入っていき、黒いローブをまとっていた男もそれに続こうとして寸前で口を開いた
「ルーン様、では失礼致します、もう会うこともないでしょうが」
それを聞いてルーンはまた不敵な笑みを浮かべながら答えた
「うん、今度会うとしたらお互い丸腰で、がいいな」
そう言った後に空間の穴から、早く来い、と言う声が聞こえ、男は一礼して穴に消えた
その後穴は音もなく消え去り、元の空間に戻った
その後真っ先にルーンが口を開いた
「ボクはまた佐々木祐二に戻って二日間過ごすけど、この事は誰にも話さないでね、じゃあ解散!」
それを聞いて、じゃあ、また、と言いながら帰る、気づけば空は暁に染まっている、早く帰らなければ
2日後
俺は2日前のようにプール裏へとつながる道を歩いていた
だが2日前とは違い俺の隣には佐野さんがいる
だべりながらプール裏に行くと、先に来ていたらしく、ルーンが待っていた
俺たちが来たことを見て、乗っていた氷のいすから飛び降りるルーン
おいおい、さらっと何すごいもの作ってるんだよ
全員そろったことを確認したルーンが氷のいすを壊しながらこう言う
っていうかあれ壊すんか
「全員そろったね、じゃあ行こうか、準備はいい?」
おう、問題ないぜ
「全然オッケーだ、コンディションオールグリーン」
「私もオッケー、早く行こう」
荷物などは先にルーンに持って行ってもらってるため、あとは俺たちが行けばいいだけだ
それを聞いてルーンは無言でうなずくと地面に巨大で複雑な魔方陣を作り上げる
そして俺たちを呼ぶ
「みんな真ん中付近に来て、跳ぶよ」
それに従い、真ん中に集まる
跳ぶ、って言い得て妙だよな
それを見届けてルーンが魔法を発動させる
「じゃあ、いくよ、範囲空間跳躍!」
ルーンがそう叫ぶと、魔方陣がひときわ強く輝いた
次の瞬間、俺は一瞬めまいのような感覚に襲われた
光とめまいに俺は思わず目を閉じ、目を開けた時、俺は学校の裏山にいた
ボーっとする俺を見てルーンが話しかけてきた
「どうだった?初めての空間跳躍は?」
うーんあんまし実感がないな
「こんなに簡単に跳べるんだな、もっと時間がかかる物だと思ってたんだが」
それにルーンは笑いながら答えた
「あれはあの時すぐ作った訳じゃないよ、君たちを待っているときにずっと準備していたから」
なるほど、あの時間は無駄ではなかったのか
そんな話をしていると、後ろの方から声が聞こえてきた
「あっ、もしかしてあれ?ルーンちゃんのお兄ちゃんって?」
その言葉につられて上を見ると、2日前見た物の数倍はあるだろうと思われる空間の穴が空いていた
そこから一つの人影が現れる
ヴァルガだ
それを見てルーンがハイテンション気味に叫ぶ
「お兄ちゃーーん、ここだよー!!」
てか、2日前会っただろ、そんなに喜ぶことか?
あ、でも14年間会ってなかったんだったけ
ヴァルガがゆっくりと羽ばたきながら降りてきながら言った
「こいつには後で情緒という言葉を教えておく、そうそう、そこのサノとかいう者は俺と会うのは初めてだったか、初めまして、それの兄でフェイン・レイ・ヴァルガと言う、以後よろしく」
そう言ってヴァルガが軽く会釈する
そう言えば佐野さんは2日前いなかったから、ヴァルガのこと知らないんだったな
その会話を聞いて、軽く頬を膨らませながらルーンが言う
「もう、それ呼ばわりはひどくない?」
なんだ?こいつこんなキャラだったか?
それを聞いて、すかさずヴァルガが切り返す
「2日前あれほど言ったのに、そのことをケロッと忘れているような奴はそれで十分だ」
それを聞いてテへッ、とルーンが自分の頭を軽くたたく
それを見てヴァルガがため息をはく
なんか二人が漫才はじめた
ルーンのことはまだすべて分かった訳ではないけど、ヴァルガといると感情が豊かになるらしい
やはり実の兄というのは違うのかな?
そのへんは長男の俺には専門外だな
俺の思考が終わると同時にルーンがしゃべり出した
「それじゃあ早速、向こうにいこうか」
うん、ついに、か
前から分かっていたのに、いざ行くとなると変な感傷のような物があるな
俺と同じ事を考えてるのか佐野さんも微妙な顔だ
するとルーンが言う
「ねえ、聞いてる?」
おお、完全に忘れてたぜ
肯定の意味を含めてうなずく
おそらく佐野さんも同じようにしたのだろう
ルーンもうなずく
「じゃあ跳ぼうか、向こう、いや、フォルトゥーナに、ということでよろしく、お兄ちゃん」
呼ばれたヴァルガは無言でうなずくと、手のひらに魔方陣を作り出す
すると上に空いていた空間の穴がゆらめき、消える
すると、あたかもそれから力を得たかのごとく手のひらサイズの魔方陣が巨大化していく
俺たち全員を飲み込んだところで巨大化は止まり、その代わりまばゆく発光する
そして真剣な顔のままヴァルガが叫ぶ
「跳ぶぞ、越境空間跳躍!」
そういうと同時に視界が閃光に包まれ、めまいのような感覚ののち、まぶたを開けた俺の視界に 真っ先に入ったのは、中世ヨーロッパのような街並みだった
次にそこを歩く種族に目が行った
なぜなら、街を歩く人々は基本的には人型だが、どこかが微妙に違っている
例えば、あそこで雑談しながら歩いている青年には猛禽の翼が生えていたり
あと、あそこの酒場で昼間なのに酒を飲んでいる中年のおじさんの背中にはカメの甲羅が乗っている
てかおっさん、昼間から酒飲むなよ
じゃなくてあれ、そういうファッション、じゃないよなー、あれ
なぜなら、街ゆく人々全員が何かしら人にはないものが付いている
だが俺にあんまり驚きはなかった
むしろここまでなら予想内だ
なぜなら、もうすでに俺たちはそんな〈人みたいだけど人じゃない〉奴をすでに見ているからだ
そんな〈人みたいだけど人じゃない〉奴、ことルーンとヴァルガが前に立って話しかけてくる
「驚いた?ここは獣妖精領の首都のシェフィーレンという街だよ、みんなは街を歩く人々が人型ではないことに驚いたんじゃないかな」
なるほど、ルーンのちょっとしたサプライズのようなものか
その後ヴァルガが注釈を入れる
「シェフィーレンは四方20kmの大きいと言えば大きい街だ、首都とは言っても戦が絶えなかった頃の軍事都市が発展しただけだからな、街の規模では南西にあるクレイアに遠く及ばない、ちなみに街を歩く人々が人型ではないのはケットシーの能力のような物で、生まれつき部族によって様々な動物の特徴が付いているんだ」
ほほう、やはり人型ではないのはケットシーだからなのか
そういやフォルトゥーナには着いたけどこの後どうするんだ
「ところで、これからはどうするんだ?」
その問いに答えたのはルーンではなくヴァルガだった
「この後はすぐに家に帰り、明日真正妖精領に向かう、そして」
その後続けられた一言は全く予想外のものだった
「七種族合同戦技大会に参加するぞ」
なんだそれ
はい、どういうことですか!分かりません
第四章 出場!七種族合同戦技大会!
「七種族合同戦技大会に参加するぞ」
ヴァルガから伝えられた今後の予定がそれだ
ん?
うん?
なに?そのいかにもヤバそうな大会
ていうか誰が参加すんの?少なくとも地球の物じゃないだろうし
俺が予想外の展開に盛大に混乱していると、隣から俺以上に混乱していそうな声が横から聞こえた
「もっ、もしかしてボクをここに連れてきた理由って…それもある?」
その問いに対してヴァルガは何を当然と言わんばかりにうなずいてみせた
「というかそれがメインだ」
あー、まあそうか、よく考えてみたらヴァルガは俺たちのことは全部ルーンに任せるって言ったわけだし俺たちが参加するわけないか
ヴァルガは自分の言ったことを忘れるような奴じゃなさそうだしな
え、でもルーンって今までのことからして、絶対人を切りたくない奴だよな
以前、俺たちを襲った黒ローブの男も殺そうとしなかったし
そんなルーンを七種族合同戦技大会なんて字面的にヤバそうな物に参加させていいのか?
最悪、対戦相手を切るのを躊躇して、その隙にバッサリ、なんてことにならないのか?
ルーンに限ってそんなことはないだろう、と信じたい
でもあり得るんじゃね
そんなことを考えながらルーンを見るとかなり驚いているらしく、全力でヴァルガに抗議していた
「どうして?なんであれに参加しなきゃいけないの?あれには一生参加しないだろうって思ってたのに」
「おまえがなんと言おうとこれは決定事項だ、これが動くことはない」
「でも~~~~っ」
なおも言いつのるルーンの言葉を
ヴァルガが吐き出した言葉が止めた
「ラスタル様の指令だ、と言えば?」
その言葉を聞いたルーンは驚きの顔を作ったまま硬直した
「!!!、それはホントのこと?」
ルーンは聞き返した後深くうつむいてしまった
???ラスタル様って誰だ?
まあ後でルーンに聞くか
するとうつむいたルーンが少し落としたトーンで言った
「分かった、参加するよ、そのかわり指令の内容も詳しく教えて」
「もちろんだ、言われなくても話すとも、ここでではないがな」
うん?急にOKした?なぜだ?
ま、いいかルーンが謎いのは佐々木だった頃からだし
いずれ、しっかりと説明してくれるだろ
あいつはそういう奴だった気がする
するとヴァルガが俺たちに向き直って言った
「予戦は明日、今日はシェフィーレンにある俺たちの家に泊まってもらう予定だ」
ほえー、こっちの人からすれば俺たちはお尋ね者なわけだし、その辺大丈夫なのかな~、とか思っていたわけだけど、よくよく考えたらルーンたちにも家はあるわな
てか全員泊れんのか、俺たちがくることが分かったのは2日前だから、準備も2日でやったのか、 そう考えたらすごいな、ヴァルガ
俺が緊張感のない事考えながらヴァルガの後ろについて行くと、ヴァルガは人通りの多い方とは逆に進んでいき、街の周囲を覆う堅牢そうな砦からも出て行き、申し訳程度に舗装されている苔むした道をたどり、森の中を抜けていくが、どれだけ目を凝らしても家らしき物は見られない
家を見つけようと二人できょろきょろしていると、ルーンが、佐々木だったころに時々やっていた意地の悪そうな笑みと共に言った
「ふふふ、ちょっとやそっと目を凝らしたくらいじゃボクの家は見つからないよ」
…一体どんなとこに行こうとしているんだ?
するとヴァルガが立ち止まると、おもむろに空中を手探りする
すると一見何もないように見えた空中に波紋が起き、少しずつ広がっていく
また魔術か?ルーンとあってから魔術と出会うことが増えたな
そんなこと考えている間も波紋は広がり続け、俺たちの前を覆っていた
次の瞬間、波紋の中心がひときわ強く揺れたかと思うと、中心から光りながら溶け崩れていく
溶け崩れていく波紋、その奥に俺はチラリと揺らめくスカートを見たような気がした
そしてじわじわと空間を浸食していた光は唐突に閃光を放ち拡散する
あまりの眩しさに俺たち二人が思わず目を背けてしまうほどの閃光が周囲を灼き、その光が晴れたときには、その場に10秒前まで存在していなかった物がどっしりと鎮座していた
いや、正しくは、10秒前まで見ることができなかった物、か
そう、さっきまで森を貫く道だったところに、森の中にぽっかりと空いた円形の草地ができ、その真ん中に白い塀で囲まれた教会のような建物が建っていた
ヴァルガはその建物を一瞥すると口を開いた
「着いたぞ、ここが俺たちの家だ」
ほえーこれがねー
なんて所にあるんだか、もっと街に近いところに建てればいいのに
するとここまで森の中の道で多少疲れたらしい佐野さんがあきれたように口を開いた
「なんでこんな森の中に建ててあるの?不便じゃないの?」
その問いに対してヴァルガは少し考えてから言った
「そのことは俺たち兄妹に大いに関わることだ、家に入ってからゆっくり話そう」
ふーん、ルーンたちのことはまだ多くは知らないから何とも言えないけど、こんな森の中に魔術で家を隠さないといけない理由ってなんだ?
まあこの世界の重要人物であることは良く分かったけどな
それにルーンも見た目通りの年齢じゃないだろうしな
なにせ地球に来て14年経っているんだろ?じゃあこっちで何年ほど経ってから来たのか知らないけど0歳の時に地球に来たとは考えられないしな
なのにルーンってどう贔屓目に見ても俺たちと同年齢かそれ以下だろ
そんなことを考えながら、金属製の門をくぐるヴァルガとルーンの後を追って、門をくぐろうとした、
刹那
門の上で剣光が瞬いた
ふむ、そこに何かが隠れているのは分かっていた、しかしまさか斬りかかってくるとは
だが、俺も伊達に地球で天才と呼ばれていたわけじゃないっっ!!
どんな奇策も読まれた瞬間にただの茶番と大差ないんだよ!!
目の前に迫る刃
しかし俺はあくまでも落ち着いていた
なぜなら…
目の前で金属が砕ける硬質音とともに真っ二つになる長剣、さらに爆風によって相手を吹き飛ばす
こうなるからな
ふっふっふ、効かないねぇ
どうやったかだって?
簡単な話だ、俺はいつも自分の周りに攻撃にだけ反応する結界を張り巡らしている
その結界に長剣が衝突する瞬間にありったけの魔力を込めて【スキル付与】を使い【疾風魔法LV24 黒風刃】を付与し、さらに【斬撃属性付与】を使って斬撃属性を強化した物を発動時間と発動範囲を犠牲に威力を最大にしてぶつけ、それと同時に疾風属性を乗せた魔力を放出した
これが俺の十八番のカウンターだ
だがそれだけで相手を無力化できるとは考えてはいない
しかしな、俺1人ではないのだよ、貴様の敵は
俺がそう考えると同時に後ろの佐野さんが魔法を発射する
魔方陣を見る限り【閃光魔法LV28 光芒熱線】だ
これは高速で相手を貫く事ができる優秀な技だ
そして、なにより俺が作った隙を最大限利用できる
佐野さんも誰かが隠れているのを知っていて、万が一の時魔法で攻撃できるよう準備していたのだろう
さすがにこれを食らって無事ではいられないだろう
敵に迫る魔法
刹那、強大な魔力が渦巻く
そして、佐野さんの魔法が、横合いから襲いかかった暗黒の奔流によって跡形も無く消し飛んだ
んんん?何が起こった?
あの魔法を一撃で消し飛ばすとは
いや、考えている場合じゃないな
どうやったか知らないが、分かったところでやることは変わらないだろうからな
俺は一瞬の間にそう結論づける
そしてまだ暗黒の残滓が漂う中を突っ切ろうと体勢を整えた、刹那
再度、強大な魔力が渦巻く
今度は凄まじい冷気をまとった純白の奔流が俺たち二人を襲い、抵抗する間も与えず氷漬けにした
くっ、しまった、攻撃に集中しすぎて結界がおろそかになっていたか
そう思って反射的に敵の姿を見る
そして見えたのは、再度長剣を振りかぶる敵……ではなかった
敵は替えの長剣を背中の鞘から抜き放ったところで静止していた
俺たち同様に首から下をくまなく氷に覆われて
うん?じゃあ、さっき俺たちを氷漬けにした純白の奔流はあいつが撃った訳じゃないのか?
自分の放った魔法で行動不能になるなんて、魔法初心者でもしないほど、初歩的な上致命的なミスだが
なら誰が?
そもそもあの魔法はどこから飛んできた?
そういえば、あの魔法はあいつがいた正面ではなく、塀の向こう側から飛んできた
俺が戦闘中もやもやと感じていた違和感、それを脳がクールダウンすると同時に形になり始めたと き、その塀の向こう側から現れた人物が呆れさえ感じさせる声音で語りかけてきた
「はあー、4人ともピリピリしすぎだよ、本気で殺り会うことはないでしょ」
そう、ルーンだ
うん、そういやルーンの強さはこっちに来る前の戦いでよく見て、知っていた
何だよ、移動速度能力26000越えって
今思えば、あの時は目の前で超高速戦闘が起きた衝撃で驚かずにすんでいたけど、普通あんなステ見せられたら驚きすぎて失神するぞ
俺なんかついこの前ようやく魔法攻撃能力が2500超えたのに
あいつはその十倍近いステを持ってるんだよな~
まったく、とんだチートだよ、どーなってんだ、まったく
おっと、思考がそれた、今一応戦闘中なんだよな
まあできる事なんてほとんどないんだがな、氷漬けにされてるから
それに、ルーンが俺たちを助け(?)てくれたおかげで、今は相手も行動不能だからな
そしてそのルーンは、なんと俺たちと戦っていた相手と会話していた
その間にヴァルガが話しかけてくる
「すまなかったな、こうするしか無かったんだ、これは完全にこっちの管理不足だ、今更かもしれんが謝らせてくれ、すまなかった」
お、おう、なんか良く分からん
さらにヴァルガが続ける
「この事とあのメイドの話も入ってから詳しく話そう、こんどこそ、ようこそ、だ」
え、え?メイド
そうおもって見てみると、たしかに戦闘中、脳がヒートアップして気づかなかったが、俺たちと戦っていた相手はメイド服を着ていた
うん、分からん!!
いろんな事が同時に起こりすぎて、マジで訳分からん
あー、もう理解するのは諦めて、ヴァルガに説明してもらおう
丸投げだな、丸投げ
そのためにも、とりあえず家に入ろう
あ、ルーンはどうなったんだろ、あのメイドと話してたけど
「やー、ごめんごめん、まさか斬りかかるとは思ってなかったからさ、反応が遅れた」
そのルーンがちょうどよく話が終わったらしく、話しかけてきた
え?てか、あれで反応遅れてんの?
万全の状態で戦闘したらどうなるんだか、気になるけど知りたくないな
俺の理解を超える現象を起こしそうで
ま、いい、ちょっといろいろあったけど、被害もなかったし
と思ったら氷漬けなんだった、どうしよう
とは言ってもどうしようもないけどな
ヴァルガの話を聞きながら脱出する方法はことごとく失敗している
具体的に言えば【火炎魔法】で溶かすことと、【斬撃属性付与】で砕くことだ
ちなみに【火炎魔法】は自分と氷の間に発動したが、見た感じ少しも効いてなさそうだし、【斬撃属性付与】が効いていないからスキルレベルの低い【打撃、刺突属性付与】は効かない
つまり何が言いたいかというと”詰んだ!”って事だ
この状態にしたルーンか、ヴァルガにどうにかしてもらうしかない
「あのさー、この氷、何とかしてくれないかなー、動けないんだけども」
俺のぼやきを聞いて、ルーンが近づいてくる
そして俺を包む氷に手を当てる、そして少し指先に力を入れる
それだけであれだけ硬かった氷が一瞬にして砕け散った
うん、チートだな
あ、でも、あの氷作ったのルーンなんだから、その辺をあれこれすれば簡単に壊せるのかもな
後でそれとなく聞いてみよう
ルーンが同じように佐野さんの氷も壊していく
ふー、やっと自由になれた
よく考えたら相手を氷漬けにするのもかなりチートだよな
普通の氷ならまだしも、あんな超強度を誇る氷に閉じ込められたらどうしようもないし
「おーい?入らないのー?結界張り直したいんだけど」
入ります、入りますのでもうちょっと待って下さい
二人で駆け足気味に門をくぐる
すると、ルーンが門のそばに置いてある石板に手を当てる
すると、複雑な魔方陣が現れ、発光する
五感すべてに変化はない
しかし一つだけ変化した物があった
【察知】に映る魔力反応がルーンの家の周囲から完全に消滅した
さっきまでかなりの反応があったのに、ルーンの家を包む円の外の反応が全くない
おそらく、この家を包む結界とやらが張られたことでに魔力が阻害されたんだろう
おそらく、俺たちが来たときにルーンの家が見えなかったのもその結界の効果なのだろう
色々考えながら玄関をくぐる
その家の内装を一言で表すなら”流麗”かな
不必要な物は置かれていないのに、なぜか気品を感じさせる
一目見ただけでこの家がただの家ではない事がよく分かる
この家をレイアウトした人絶対天才だ
先に家に入っていたヴァルガがソファーに座って言った
「おまえたちだけ立たせているわけにはいかない、座ってくれ」
あ、じゃあ遠慮なく
二人でテーブルを挟んでヴァルガとルーンの反対側のソファーに座る
「さて、色々話したいことはあるが何から話す?」
こっちもいろいろ聞きたいが、まずはあれからかな
なにせ実際に攻撃されたわけだし
「さっきあったことから頼む」
「分かった、エレン!」
ヴァルガがうなずいた後、誰かを呼ぶ
するとヴァルガの斜め後ろに空間からにじみ出すようにさっきのメイドが現れる
「はい、何でしょうか」
かっけー、これが本物のメイドか
「こいつはエレン、フェイン・レイ・エレンだ、この家のたった1人のメイドだ」
「先程は失礼致しました」
え?フェイン・レイが付くって事はこいつも…
「そいつもルーンの家族なのか?」
俺の問いに答えたのはルーンだった
「エレンはボクのスキルで生み出された分身体なんだ、いわば弱体化したボクだね」
あー、だから同じ名字なのか
そう言えばルーンのステータスを【閲覧】したときにそんなスキルがあったような
よく見ると、髪の色を黒くして長髪にしてること以外はルーンそっくりだな
「【閲覧】を使用してステータスを見てもいいかな?」
「ええ、構いません、どうぞ」
という訳で、【閲覧】、発動
《結果報告》
〔種族、名前、LV〕 分身体、 フェイン・レイ・エレン、 (分身体なので存在しません)
〔ステータス〕
【HP】 最大 1749 現在 1749
【MP】 最大 2392 現在 2392
【AP】 最大 2581 現在 2581
【物理攻撃能力】 2024 【物理防御能力】 1184
【魔法攻撃能力】 2141 【魔法防御能力】 1268
【移動速度能力】 2454
〔称号〕
(分身体なので存在しません)
〔スキル〕
・ユニークスキル
【天上天下LV30】
・デフォルトスキル
【HP回復能力上昇LV11】【MP回復能力上昇LV20】【AP回復能力上昇LV9】
【思考能力上昇LV23】【魔力撃LV19】【身体強化LV27】【攻撃強化LV26】
【刺突強化LV26】【魔法強化LV21】【疾風強化LV9】【迅雷強化LV10】
【氷結強化LV30】【空間強化LV30】【支援強化LV18】【回復強化LV17】
【防護強化LV19】【魔法発動速度LV14】【魔法威力LV23】【疾風魔法LV8】
【迅雷魔法LV7】【氷結魔法LV30】【空間魔法LV30】【回復魔法LV18】
【支援魔法LV16】【防護魔法LV21】【疾風耐性LV9】【迅雷耐性LV8】
【氷結耐性LV30】【弓技lv26】【刃術LV12】【閲覧】【三次元機動LV30】
【察知LV16】【透視LV11】【五感強化LV18】【調理LV26】【家事LV30】
【製作LV25】【修繕LV23】【浄化LV27】【忠誠LV30】【学習LV21】
【付与強化LV16】
〔状態異常〕
なし
〔魔力解放技〕
《ディストーションホロウ》
弱っ!!
あー、でも言うて、今の俺よりちょっと弱いぐらいだし、そうでもないか
各能力はルーンの十分の一くらいだし
分身体だったらそんくらいかな
称号とレベルもないのか、へー
「もういいかな、話しても」
あ、そうだった
「ああいいぞ、話してくれ」
「じゃあ、なんであんな事が起きたかというと、お兄ちゃんだけが帰ってきた時に、家に君たちが来ることをエレンに話していなかったんだ、だからエレンは君たちのことを敵かもしれないと勘違いしたんだ」
なるほー、完全に理解した
確かに俺でも自分の家に見知らぬ人間が二人も予告もなしに入ってきたら、驚くな
そこから攻撃するかは別として
あれはエレンなりの忠誠だったんだろうな
親同然の存在であるルーンを意地でも守ろうとしたと
かなーり早とちりだったけど
「話は変わるが、この家の立地の話だ」
おー、それは気になる
「まあ見れば分かるだろう、この家は無数の防壁に守られている、さっき俺が解除した空間歪曲式特殊結界以外にも無数の結界が張ってある、全て事前に切っておいたがな、お前たちだけではここまでたどり着くことは難しかっただろう、そうまでして隠さなければいけない物がここにあるということだ」
ふむふむ
けどこの付近に張ってある結界ってほとんど永続式だな
それもかなり昔からあるみたいだし
となると代々ここには結界があるんだろうな
なら、この土地か、ここに住んでいる者を守ろうとしたんだろうな
でもここの土地になんかあるような反応はないしな
ルーンも十分強いんだから守る必要もないだろ
「お前も不思議に思ったんじゃないのか?俺たち兄妹の異常な強さに」
確かに、よくよく考えると、あの見た目と25000超えのステって普通両立できないよな
ルーンってぱっと見じゃ髪が青くて犬耳が生えてるだけの女子だしな
間違ってもあんなバカみたいに強いとは思わんだろ
まあ髪が青くて犬耳が生えてる女子もなかなかいないけどな
「俺たち兄妹の強さの秘密は魂にある、ルーンの魂には二体の厄災級の魔物の魂が封印されている、魂の力とはステータスの力、二体の厄災級を閉じ込めているルーンのステータスは通常ならあり得ないほどの数値を示しているわけだ」
は?厄災級?
厄災級っていったら、一体で一つの星を滅ぼすって言われている奴らだろ?
そんなのが、二体?
鼻歌まじりで世界征服できるぞ?
「もちろん力の全てをルーンに預けているわけではない、そんなことをしたら自分の力に耐えきれず肉体が崩壊してしまう、だから力の半分以上は俺が持っている」
器用だな、魂と力を分けたりできるのか
「そして封印されている厄災級の魔物というのは〔闇龍シュマルゴア〕と〔神狼フェンリル〕という魔物で、どちらも四大天災の一つだ」
四大天災って、何?
名前からして四体の厄災級ってことかな?
じゃああと二体もいるのか!?
大丈夫かな、この世界
「あ、ちなみに四大天災っていうのはこの世界に存在する四体の特に強い厄災級の魔物のことでね、すでに三体が撃破されてる、そのうちの二体はこうして封印されただけなんだけどね」
おー、ルーン、ナイス説明
つまり、四大天災はあと一体しかいないと
いや、あと一体もいるのか
いつか戦う羽目になったときのためにもっと強くならないとな
何せ今の俺は魂だけなら勇者(笑)だからな
さらにヴァルガが続ける
「この力は俺たちの一流の巫女だった先祖が、四大天災との戦いの時にどうしても倒せなかった厄災を己の身に封印したのが始まりで、代々その力は受け継がれていったっていうのが俺たちの強さの秘密だ」
ふむふむ、すごい歴史があるんだな
てかそんな圧倒的な力を持っているんだったら、味方した軍は連戦連勝だな
あ、もしかしてそこにつながるのか?
この家の立地の話は
「お前たちも気づいただろう、俺たちの一族がどこかの国家に味方すればその国家に勝つことはほぼ不可能、そのため俺たちには各国家のどこにも所属しないという条約が闇龍シュマルゴアが封印された頃からある、それでも裏で利用されないようせめてもの防備として、この《レイラック森林》の中に凄まじい防備が施された家が建てられた、それがこの家の始まりだ、まあ、建てられた当時から内装はかなり変わったらしいがな」
うん、大体想像通りかな
つまりここはルーンの一族を守るための砦みたいなものか
どう見ても普通の家じゃないしな
自宅の隣にこんな家があったら全力で引っ越すな
十重二十重に戦略級の結界が張ってある民家って何だよ、冗談じゃねえ
と、ここで俺の質問をぶつけてみる
「おまえの話では今のお前たちに勝てる奴はほとんどいないのは分かった、じゃあ、”ラスタル”って誰なんだ? おまえを超える上位者なんてそうそういないだろ」
その問いを聞いたルーンとヴァルガは困惑したように顔を見合わせた
しばらく沈黙した後、渋々といったような顔でヴァルガが口を開く
「そのことは今から適当にごまかそうかと思っていたんだが……まあいい、お前たち相手だとごまかすのは逆に下策か、分かった、ラスタル様というのは…」
「その説明は私がしましょう」
ヴァルガが説明を始めようとした瞬間、俺たちの頭の中に声が響いた
うん?誰だ?
口調からしてエレンか?敬語だし
いや、違うか、声が響いているのはこの部屋ではなく、俺たちの頭の中だ
エレンはスキル【念話】を持ってなかったはず
てかこの部屋の中にいるのなら念話を使う必要なんてないはず
そして何より聞こえてきた声はこの部屋にいる誰の声でもなかった
いつの間にか自分が戦闘態勢になっている事にも気づかず思考を続ける
この部屋の誰かではないのなら、誰だ?
「おやおや、警戒させてしまったようですね、大丈夫ですよ、あなた方に対しての悪意はありませんから、あなた方が悪意を向けてこない限りは、ね」
その前におまえは誰なんだよ
「それはですね」
「!? 待って下さいラスタル様、初対面の者たちに【天言】を使用されるなどっ!」
「何がいけないのですか?」
「いけないに決まっているでしょう、アレは信頼できる部下にしか使わないとあなた自身が言っていたではないですか」
「そもそも勇者とは真っ直ぐな性根を持つ者がなる物です、なのに信頼できないと?」
「そ、それは…」
あのヴァルガが完全に言いくるめられている、だと?
てかヴァルガが口滑らせちゃったからさー、あの【天言】とか言うのを使ったのが誰か分かるんだよなー
十中八九、ラスタルって人だな、人かどうかは知らんけどさ
「…どうやら私が正解発表をする前に気づいてしまったようですね、面白くない」
「唐突に現れて勝手なことをするからです、まったく…」
ヴァルガが額に軽く手を当ててぼやく
苦労性な感じになってる
ていうかそうなんだろうな、実際
俺は何も言っていないのに会話ができているって事は心が読めるんだろ
古今東西心が読める奴を相手に優位に立つのは至難の業と決まっているからなー
がんばれー、ヴァルガ、きみならできるできる
っと、思考がそれた
たしかにこの人ならルーンやヴァルガより強いと言われても納得出来るな
なにせ勝てる気がしないからな
ルーンも戦闘中は大概だったが、この人は無理だ
そこに、居るだけで、全てを屈服させる、そんな覇気を【天言】越しに感じる
【天言】越しじゃなかったら、あまりの覇気に立ちすくんでいたかもしれない
そんなことを俺が考えていたら、その本人から話しかけられた
「改めて自己紹介をしましょう、私の名はラスタル、この世界の理を管理する神の一人です、その二人は私の配下のような物ですね、以後よろしくお願いします」
丁寧な言葉遣いで挨拶してくるラスタルさん
は、はい、よろしくお願いします
すげー、何ていうか、気品があるのに無邪気なような 何とも言えん“何か”がある
まあ、神だし、仕方ないか
俺のような下の下の連中には、疑う事も許されない高みなんだろうし
考えるだけ無駄だろ
あー、てか今更だけど、この世界インフレしすぎじゃね?
それとも俺が会った奴だけがことごとくインフレしてる系?
そっちだったらどんだけ運悪いんだよ、俺
俺は決して、『強そうな奴に出会ったら「オラワクワクしてきたぞ!」系』じゃないから自分の周りに強い奴がワラワラいても嬉しくないんだっつーの!
むしろ逆に、腕試しとか何とか言って喧嘩売られてぶっ飛ばされそうだな
それはホントに止めて頂きたい
俺、勇者とか何とか言ってるけど、実力的にはそこらの村人よりやや強いぐらいだからね?
ルーンみたいな超ステしてないからね?
まあその辺は考えても仕方ないか、分かるわけないし
「と、まあこの人が俺たちの上司のラスタル様だ、ちょっと色々とアレだがまあ、気にせず付き合ってくれ、さて次は――」
「アレとは何ですか、アレとは」
ヴァルガがなんか言ってるラスタル様を黙殺し、次の話題に移ろうとする
これは乗ってやるしかなさそうだ
「次はヴァルガが言っていた、七種族合同戦技大会とやらについて教えてくれ」
「私の抗議は無視ですか!?」
ラスタルさんがなんか騒いでいるけど、無視だ無視
「ああ、それか、七種族合同戦技大会というのは真正妖精政府主催の戦闘大会で、その名の通りこの世界に住む妖精七種族が全て参加する、勝ち抜き制の大会で毎年予選の時点で1千人強の参加者がいる、世界最大級の大会と言っても過言ではないな」
ほー、1千かー
すげー、なんでそんなに参加するんだろ
「なんでそんなに大量の人が参加するんですか?何か利点でもあるんですか?」
佐野さんが気になることを聞いてくれた
会話代行サービスかな?
やったぞー!
……いいのか?これで
ま、いいか、心が通じ合ってるってことだろ
あ、あーゆー意味では無いからね、友人としてって事ね?
「それはな、かなり巧妙な仕組みになっているんだ、どういうことかというと…」
ヴァルガはそこで一拍おくとゆっくりと語り始めた
「まず、真正妖精領の首都、クラティアンはこの世界でもトップクラスで治安が良い、街の中が50個の区域に分けられていて、一つの区域につき一個中隊分の兵士が駐留している、つまり少しでも犯罪が起こればその瞬間に一個中隊に逮捕、連行されるわけだ、だがクラティアンは世界最大の人口密集地でもある、もちろんその中にはまともではないものもいる」
え?
ちょちょちょっと、ストーップ!
「ちょっと待ってくれ、クラティアンでは犯罪は起こせないんだろ?」
「さっき言ったとおりだ、実質的には起こせないと言っても過言ではない、しかし、それは、クラティアンの中では、だ、つまり大規模な犯罪組織を作り上げ、他国で暗躍すれば何の問題もない、実際にこの世界の中の犯罪組織の半分以上がクラティアンに本部を置いている、なにせクラティアンで一般人が下手に組織潰しをすれば、街の秩序を乱すことになり、結果的には軍が動く、たとえその潰そうとした組織が世界中に根を張る犯罪組織だったとしても、だ」
うわーなんか、すごく違う気がする
何なんだろ、軍の関係者が脳筋なのか?
いや、何か目的があってそうしているんだろ、じゃないとクラティアンの市民の人たちが哀れすぎる
「おまえも思っただろう、なぜそんなガバガバな警備なのか、だが、逆、なんだ」
うん?逆
逆とは?
「さっきも言ったようにクラティアンでは犯罪が起こせない、しかし犯罪組織はある、そして犯罪を起こすのであれば他の国で起こさせなければいけない、すると真正妖精のお偉いさん方からみると自分の軍を動かさずして敵国を攻撃できるわけだ、しかも誰の差し金か分からないというおまけ付きでな」
感情を出さず淡々と語るヴァルガ
だがその中にこの世界の闇を見続けた者にのみ宿る複雑な感情がある気がした
うーんそれは良いのか悪いのか
政策としてはこの上ないほど良いんだろうけどなー
そこに住んでる人たちからしてみれば迷惑この上ないんだろうしなー
お隣さんがマフィアのドン
俺だったら真っ先に逃げ出してるね
「そこで七種族合同戦技大会だ」
え?
すごい特殊な街なのはわかったけどそこでそれ?
「七種族合同戦技大会で上位入賞すると真正妖精政府の武官に任ぜられる栄誉を得る、そしてクラティアンで腕利きといえばやはり犯罪組織の人間だ、つまりさっき言った不確定な策略より確実に犯罪組織の人間を味方にできるわけだ、そして富と名声を手に入れたい連中がそれに乗る、こうして七種族合同戦技大会は世界最大の大会になった」
「つまり、七種族合同戦技大会の裏には優秀な人間を配下に加えたいっていう真正妖精政府の思惑が隠れてるってことだよ」
おお、またきな臭い話だよ
どんどん俺の中での七種族合同戦技大会やばいLVが凄い勢いで上昇していく!
いいのかよ、ルーンをこんな大会に参加させて
「まーでもそれが全て成功してるってことはそれだけ治安が良いってことだし、ボクたちにとっちゃ何の問題もないんだけどね」
その心配されている本人はとても楽観的だ
あ、でも、ちょっと質問いいか?
「なぜ七種族合同戦技大会にそんなに人が参加するのかは分かった、だがそれにルーンを参加させたら上位入賞間違いなしだろ?それって真正妖精側に付くって事で各国家のどこにも所属しないという条約に違反することになるんじゃないのか?」
うん、そうだろ
それともこの世界の悪党はルーンでも歯が立たないぐらい強いのか?
もしそうだとしたらこの世界には厄災級がわんさかいることになるけど
それはないと信じたい
主に俺たちの安全が保証されないって意味で
するとヴァルガが“いい質問だ”みたいな感じで答えた
「普通に考えればそうだな、だが、こうも考えられないか?その条約があるからたとえ上位入賞しても真正妖精の配下になる必要はない、と」
まさか…
「ルーンが戻ってくる前に事前に真正妖精の方には伝えておいた、ルーンは上位入賞しても真正妖精の配下に加わらないということをな、どの国家の下にも付かないという条約を盾に取れば説得するのはとてもたやすかった」
おお、なるほど!
てか案外ヴァルガって腹黒いんだな
あ、あとこれ聞かせて
「そうか、でもなんでそうまでして七種族合同戦技大会に参加する必要があるんだ?」
「言っただろう、『指令の内容は詳しく教える』と、指令を最後まで聞けば分かる」
え?
あ、ああ、あれか
ルーンが唐突に黙ったあの事件か
あのときはラスタル様が誰だか知らなかったから何が何やらだったけど上司の命令なら聞くしかないわな
で、どんな指令?
「指令の内容というのは大きく分けて二つある、一つはルーンに君たちを任せられるか確かめること、もう一つはルーンの意識を変えさせるためだ」
ん?
一つ目はいいとして二つ目は何だ?
するとヴァルガがルーンに視線を向けて諭すように言った
「そろそろ分かったらどうだ、誰も犠牲にせずに生きていくなんて事は一般人ならまだしも俺たちには無理なんだ」
それを聞いてルーンがうつむく
ああ
うん、今の言葉で察してしまった
つまりアレだろ、覚悟を決めろと言ってるんだろ
ルーンが人を斬れないのはお人好しでも何でもなく元々だったのか
うん、いるよね、そういう人
てかそれが普通なんだろうけどルーンたちはそれじゃだめなんだろうな
この際もういっそのこと覚悟を決めてしまえってことか
てかそのためにこんな難題を出したんだろうな
するとルーンがうつむいたまま消え入りそうな声で言った
「……りだよ」
「何だと?」
「…無理だって」
「……そう言うとは思っていた、だがこれは早く覚悟を決めないとどんどんつらくなる、無理だというのは自由だがな」
「…………」
うん、これはかなり重症だな
たしかにヴァルガが言ってるのは間違いなく正論なんだよ
力には責任が伴う
でもこんなのって正論って分かっていてもはいそうですかってそうそう言えないんだよな
人を斬るのはかなり覚悟がいることだろうしな
うん、がんばれ、ルーン
「と、いったところかな、俺から話すことは」
あ、うん、終わりか
「お前たちの部屋に案内する、付いてきてくれ」
「おう、分かった」
「わかったよ」
それぞれソファーから立ち上がりヴァルガに付いていく
ふと後ろを見ると、まだうつむいているルーンが一人ソファーに座っていた
その姿が今まで見た中で一番弱々しく見えた気がした
幕間 碧い少女の独り言
「さっき言ったことは今すぐ決めるべき事じゃない、よく考えて結論を下せ」
お兄ちゃんの声を聞いてのろのろとソファーから立ち上がり、歩きながら考える
覚悟、か
確かに今までは武力は使っても他人を殺すほどじゃなかった
その必要がなかったって言うのもある
けどそれ以上にボクがそうならないように調節していたっていうのが大きい
それでどんなことが起こるのか、予想もせずに
その結果が今だ
実際フェイン家は形だけになってしまって、フェイン家を警戒していた奴らも動き出した
なら次起こるのは戦争だ
ボクができることをしなかったがために
だがだからといって今までやってきたことが間違いかというと…違う気がする
今まで敵対した連中を徹底的にたたきのめすことはなかった
ましてや人を斬り殺すことは徹底的に避けてきた
だって、そんなことをしたら『あの時』を思い出してしまうから
そうなったらまともに立っていられる自信すらない
『あの時』の光景がフラッシュバックし、あの瞬間の悔しさ、怒り、悲しみなどが混ざった激情を思い出す
ハッ!!
いけない、いけない
まただ
またこれだ
もういい、寝よう
部屋に入りドアを閉めてベッドに倒れ込む
とたんに今日一日の疲れが襲って来てまぶたが重くなる
もう、いいや
明日も明後日も全力で相手をする、それに尽きる
おやすみ