第3話 小物の習性
「ありえない」
七人が座る席で、誰かが呟いた。しかし、その言葉を否定する者はいない。
今までどうにも出来なかったあの不死の概念を持つオビゲウスが、ぽっと出の、戦いに従事したことも無いような一般人に対処されたのだから。
捕らえようともした。殺せないならと、今の地球では及びも付かない科学力で。それでもあの巨体と能力、不死性。そして、繁殖力には敵わなかった。
繁殖力。正確には、分裂。
もう既に数えるのも馬鹿らしい数が宇宙で悠々と生きている。更に厄介な事に、分裂した個体は特殊なネットワークで繋がりを持ち、体験した事をそのまま全てのオビゲウスという種に伝達される。
アルカインの書を作成した本人、アルカイン・メズレデフは三つ、勘違いをしていた。
災厄に見舞われた彼が見たオビゲウスは、その人智を超える体躯と、見られたら死ぬという強烈な所しか特筆していないが、真に恐ろしいのはあと三つの能力。
死なず、学習し、増える。
そこに際限など無く、まさに無敵と言っても過言では無い。
ーーはずだった。
「ア、アルブ様! 大変です!」
暗闇の中、光を背に小間使いのような男が両膝を折り、アルブ・ギギに傅く。
「何事ですか?」
「監視下に置いていた全てのオビゲウス種が、しょ、消滅、致しました」
もはや開いた口が塞がらなかった。口しかない子供の姿だが、もし目があったなら大きく見開いていることだろう。
「これは……」
「すげぇじゃんアイツ。まさか本当に第八位になるなんてな!」
アルブ・ギギが思考に入り込む直前に、多腕の男が不自然な程の大声で叫んだ。
これだけで、七人全員が男の意図を察する。
ーー不味い!
それに焦るのは第一位のアルブ・ギギ。彼女の種族は、オビゲウスの特性と類似する能力が備えられている。
だからこそ第一位の座に居続けられているのだ。しかし、今回はそれが致命的な弱点となった。
「ええ、本当にね。こんな事は前例が無いわ」
「あの地球人の種族特性は肉体面ではなく、精神面に強い影響を受けていると見る。第七位の貴様と少し似ているな」
「はい、そのようですね」
ところで、
「アルブ・ギギさん。高賀 人間さんを試すのは賛成でしたが、少々強引だったのではないでしょうか?」
「確かにそうかも」「俺はもっと慎重な方が」「下の気持ちをわかっているのか」
等々、好き放題に言い始めた。
やはりこうなったかと、唇を噛むのを必死に堪える。
銀河連合も一枚岩ではない。順位が上なほど発言権は強く、資源を豊富に貰えるなどの恩恵がある。ならば、より良い待遇を求めるのは必然であり、一つの種を背負う代表なら尚更だ。
「オゴロギアム。これ以上の問答は不要と判断します。次の議題に移行してください」
『検討中……了承されました。代表七名は現時点での討論を中断し、次の議題を提示してください』
故に、アルブ・ギギはこの不利な状況を早々に断ち切った。彼、高賀 人間を敵に回すのは不確定要素が多過ぎて得策ではない。多少強引であったとしても、流れを止める必要があった。
こういう強権を使えるのも、第一位だからこそ。
全てはオゴロギアムというシステムが全種族を縛り、個人を保証し、守っているが為に。
「……そうですわね。それよりも話すべき事が、ありましたわね。ではーー」
ピンクの肉塊の姿をした女が話題を変え、それが起点となり会議は続く。
アルブ・ギギだけが最後まで笑う事はなかった。
◆○◆
「さて」
俺、どうすればいいのん?
見渡す限りの赤茶げた光景。
時々炎が地面から漏れ出ては消えている。
上を見れば、月よりも大きく見える惑星が複数、キラキラと光っていた。
「おーい!」
なんとはなしに、空に向けて叫ぶ。耳に手を添えて返事を待った。
「……って、返ってくるわけないじゃーん。もー何やってんだよ俺ー。馬鹿だなぁ」
はははは。
…………
「おい! 終わったぞ!! さっさと家に帰せやボケナスがぁ!! いつまで待たせとんのじゃワレェコラ! ぇえ!? こちとらな! いきなり拉致されてなぁ! 死にそうになったんだぞ! あー痛い! まだ痛いよぉおい! どうしてくれんだよこれよぉ! もしこれでなんかの病気とかになったら責任取ってくれるんだよなぁ!? 慰謝料百万円出せよ百万円! こんな目に合わされたんだから当然だよなぁ! だいたいよぉーー」
「お待たせしました」
「あっ、いえいえ。お気になさらず。ちょうど終わったところでした」
急に地面から生えて来るのはやめてほしい。
そして、体の中から呆れたような感情を感じた気がするが、きっと気のせいだろう。
「ここだとなんですし、これからの事は場所を変えて話しましょう」
そう言って口しかない子供ーーアルブ・ギギさんは俺の服の袖を掴み、一瞬にしてまたあの暗闇の中へと連れて来た。
アルブさんを含めた七名が、変わらずそこに居る。
あれ? こんな直ぐに来れるなら、地面から生えてくる必要って……。
「まず、高賀人間さん。今回の件、誠に有難う御座いました。貴方のお陰で宇宙がまた、更に良い方向に傾くことでしょう」
「それは良かったです」
だからなんだって話だけどな。
「つきましては、高賀人間さんの今後についてを話させて頂こうと思います」
「今後?」
「はい。高賀人間さんの私生活の時間と、掃除の時間の擦り合わせを」
え、もしかして次なんてあるの?
嫌だなぁ。強くなったとは言え、もう一人の俺の知識によれば俺より強い奴はゴロゴロいるみたいだし、別の俺ならまあ何とか渡り合えそうだけど、もういないし。
オビゲウスだって、相性が良かっただけだし。
そもそも、今の俺は能力による戦いの『た』の字も知らない素人。別の俺の知識だけあってもあまり意味は無さそうだ。
というか掃除って、ああいった化け物とかを退治する事で合ってるよね?
「あの、もう戦わないというのは出来ないのですか?」
「無理ですね」
だからさっ! どーしてなのー? どーして断言出来るのー?
表情を読み取ったのか「そういえば、詳しく説明出来ていませんでしたね」と前置きをして、アルブ・ギギさんは語る。
「オゴロギアム、というのを転送する前に少し話したと思います」
話してねーよ。単語だけだよ。
「そのオゴロギアムは、端的に言えば膨大な強制力の塊、と言えば良いでしょうか。契約の範囲を文字通り全宇宙にまで及ぼし、強固にしたもの。それがオゴロギアムと考えて貰っても結構です。高賀人間さんはその強制力により、地球の代表と決定されています。代表者は掃除の義務が発生するのです。変更は第一位の私でも無理かと」
「……何故、そのようなものが?」
「仕方がなかった、とは言いたくありませんが、やはり、口に出すならばその言葉以外思い付きません。私のずっと前の、それこそこの銀河連合を創り上げた方々が施した祝福であり、呪いなのです」
なんとも煮え切らない答えというか。
聞かれたくない事、なんだろうな。
じゃあ聞こっと!!
「いやいやアルブ・ギギさん。答えになっていませんよ。僕はですね、何故そのような危険なものが作られたのかを聞いているんですが。銀河連合を創り上げた方々の話とか、祝福や呪いとか、僕、興味あります!」
コイツマジか、という視線が全方位から突き刺さる。
空気読めよと無言で言っている。
だがなぁ! お前らだって人の事言えないんだぞ!
俺が気持ち良く「やったー! 超能力が使える! やったやった!」ってはしゃいでいる時にいきなりこんな戦場に放り込んで、今じゃもう「どれくらい出力を上げられるかな。待てよ、こんな力持ってたらまた厄介事に巻き込まれるんじゃ?」って、思うようになっちゃってるんだよ。
もっと! 俺に! 感動を味わわせて欲しかった!
「あの、それはーー」
「いいじゃねーか兄ちゃんよ。それより、喉乾いてるか? 戦ったばっかだからよ、疲れに効く飲み物があるぜ」
多腕の男はその獣じみた顔を緩ませ、パンパンと手を叩いた。
途端に入ってくるそれぞれの代表に似た姿の……屈強な戦士達。
コイツ! 俺を脅しにきてやがる!
つーかあんたらが一番強いんじゃないのかよ! いや、よくよく考えてみれば一番強い奴が偉いって誰が決めたのか。クソッ、これだから二次元に入り浸る日本人は。
コイツらが強さの最高値だと思ったから強気に出てたのに、こんな奴らがいるなんて。
二、三人は道連れに出来そうだけど、今の俺じゃ全員に勝つのは無理っぽい。
「どうぞ、アルレルリロです」
「ど、どうも」
怖い! 圧が怖いよ! この人はアルブさんと同じ顔に口しかないグイス・ギギの人だろう。ただなんというか、怒ってる雰囲気を感じる。
あれかな、アルブさんを困らせたからかな。側から見れば幼女を責めてるみたいだったろうし。
これには俺も、今持ってるジュースの名前と同じく呂律がおかしくなりそうだ。
グラスに口を付け、飲むフリをしながらツバを飲み込んだ。こんな得体の知れないもの誰が飲むかよ。
警戒していると、意外にもアッサリ帰って行った。まだ結構残ってるのにグラスも返すよう促されたし、そういう風習なのかね。
まっ、いないならいないで好都合だ。
「それでさっきの続きなのですがーー」
『高賀人間の体液を獲得しました。これより高賀人間は銀河連合代百九十四条の法により、第八位としてオゴロギアムに仮登録されました。正式に登録される場合は、代表七名の内の過半数の可決と、本人の許可が必要となります』
おぃぃいぃいいいいいい!!
鬼か! お前ら!!
「あのすみません、これって……」
「オゴロギアム。銀河連合の過去についての話題を、今回の会議では持ち出さないようにしてください」
『検討中……了承されました』
もう隠す気ゼロじゃん! そんなに過去に触れて欲しくないのかよ。
「だいぶ話しが脱線しましたね。では、こ・ん・ご・について、話し合いましょう」
「あ、はい」
もういいっス。仮登録しちゃったせいで更にオゴロギアムとやらの影響が強くされるし、逃げれないじゃん。
項垂れる俺を見て、アルブさんはクスリと笑って言う。
「そんな落ち込まないでください。縛られるとはいえ、悪い事ばかりじゃないんですよ。仮登録ですが身分も保障されますし、宇宙全体で行ける所も出来る事も増えます」
妙にフランクになった態度に、戸惑いながら俺も自然と笑みを作る。
「そう、なんですね。ははは」
それと、と言いながら俺の手を取り、何かを握らせる。
「百万円もあげますし、ね」
……やっぱり聞いてたんじゃん。
◆○◆
はぁ〜、と大きなため息を吐いて、自室のベッドに倒れこむ。
長かった。マジで疲れた。
超能力に目覚めて、宇宙人に拉致されて、化け物と戦わされて、挙句にこれからも戦えと言われて。
こんなに密度の高い一日を過ごしたのは初めてだ。
けど……ワクワクもした。大人になって、これからクソつまんない人生を送るんだろうなぁと思っていた矢先にこの大冒険。
超能力も大幅に強化されたし。強化というか、継承、だったっけ? もう一人の俺が最後に言ってた。
もう一人の俺か。本当、突拍子の無い話ではあるが、超能力が使える時点でもうね。驚きはない。
まさか、並行世界の俺だったなんてなぁ。
百や千じゃ足りないほどの並行世界を渡り歩いて、愛する女性の死の運命から逃そうと必死に足掻いて、けど、結果は変わらず。心が擦り切れた俺は、力だけを別の俺。つまり『俺』に渡してこの世を去った。
泣けるじゃないか。感動するじゃないか。
主人公してるよ、俺。
……まぁ、俺には関係ないけど。
俺は俺だ。並行世界とか、愛する女性とか、正直どうでもいい。だって俺にはーー
「キュオ?」
この可愛らしい蛇くんがいるのだから。
よーしよしよしよしよしよしよしよし。
もーふもふもふもふもふもふもふもふ。
「キュ、キュオゥ!」
俺の中に潜む事が出来ると判明した蛇くんは、宇宙人がいる所では出さなかった。なにされるかわかんなかったし。
そうだ、名前決めなきゃな。いつまでも蛇くんて言うのもなんかね。
目立つ特徴といえばやっぱりこの黄金に輝く円環、赤い三つ目、煙のような白い毛、の三点だろう。
……よし、決めた。
お前の名前はーー