第2話 日常から戦場へ
5話目以降は書き溜めが無いので仕事の都合上遅れてしまうと思います。
遍く流星が宇宙を照らし、砕けた星屑が明滅する。地は怒りの如く真っ赤に燃え上がり、一切合切を飲み込んだ。全てが泡沫のように産まれては壊れ、しかして、確固たる存在を保持して聳える生き物が一匹、天に向かい吠えた。
地の怒りを押さえつけ、頭上に流れる星を一声で消し飛ばした其の者の名を、銀河連合大図書館アルカインの書にてこう書かれている。
憂鬱な死を抱く者[オビゲウス]と。
どこまでも伸びる首と、熊のような身体。ビルを簡単に押し潰せる体躯はそれだけでも脅威だ。そして何より、唸りを上げる首の先、その頭。彼の者に睨まれたが最後。気力を絞り尽くされ、ただただ憂鬱に、無情な死を受け入れることだろう。
………………
…………
……
無理だー。無謀だー。
どこかに転送されて早々、あの化け物を見た俺は物陰に隠れて体育座りをしていた。
いやだってこれだって、無理じゃん。何? あれを倒せって? 無理無理、無理っすわ〜。こんなちょっと念力使えるだけの糞虫が、あんなのに勝てるわけないだろ。
そもそも誰だよさっきの奴ら、宇宙人とか? 本当にそんなのいるんかね。見た目的にはそれっぽいけど、嘘臭いっていうか……やっぱりドッキリなのかなぁ。
……んー、あー、うん。やっぱドッキリだろ。冷静に考えるとこんな状況あり得ないし、きっとどっかにカメラを仕掛けて俺の様子を笑ってるに違いない。
悩んでるのが馬鹿らしくなってきた。
そうと決まればこんな茶番に付き合う必要も無いだろう。潔くここから出してくれと頼むとしよう。相手側からしたら美味しくない展開かもしれないが、いきなりこんな事されてもこっちは困るんだよな。
溜息を吐き、俺は物陰から出た。
「おーい! ここから出してくれー!」
……
という、何回目かの想像を終えて、俺は膝に埋めていた顔を上げた。
ドッキリ? ははっ、んなわけない。あの化け物を見た時。陳腐な表現だけど、本能が死の気配を感じたのだ。野生を根こそぎ捨てた現代人に、本能や死の気配がどうのとか、笑える。
無表情で俺はそう思った。
けど、じゃあどうすれば良い? 逃げるのも倒すのも、結局何かしらの力がなければ無理だ。
力、力か。
自分の手のひらを見つめ、その辺に転がっている赤褐色の石ころに向けて手を出し、念じる。
ポンッと石ころは数メートルを飛んでいき、ポテリと地面に落ちた。何処と無く哀愁が漂うその光景は、俺に一つの確信へと導いた。
無理! 絶対に、無理!
確かに力だけど! 望んでいた力だけど!
ウゴゴゴゴゴゴゴ
まさに絶望しかないこの状況、打つ手なし。
と、この現状を嘆いていた俺はある違和感に気付く。さっきまでの地鳴りや、熱気。それらが息を潜めたように聞こえないのだ。その代わりか妙に風が強く、生暖かい。
背筋に悪寒が通り抜ける。口を手で押さえ、なるべく音が出ないように身を丸めた。
風が強くなる。いや、これはーー
鼻、息?
錆び付いた人形のように首を横に向ければ、自分の身体の何倍もある目玉がこちらをジッと、見ていた。
途端に身体から力が抜けていき、再び膝に顔が埋まる。すると俺の頭にこれまでの苦い記憶が沸々と湧き上がり、その苦味が全身に巡っていく。
気味が悪いと言われた小学生時代。
目を逸らされ続けた中学生時代。
波風立たないように過ごした高校生時代。
大学を卒業して、無理に笑顔を作って。趣味とか、楽しい事を探そうともしない自分が嫌になって。
なんで、生きてんだろう。
無視していた苦悩が、痛みが、一気に押し寄せる。
押し寄せて、押し寄せて、揉みくちゃになる頭の中の何かが、小さく弾けた。
あぁ、もう無理だ。こんなの絶対に死ぬって。勝てるわけない。いきなり連れて来られて、戦えなんて。
そもそもなんで俺がこんな目に会わなきゃならないんだ。ちょっと超能力が出来て、浮かれてたからか? この力を使って、好き放題やろうと思ったからか?
だったらこんな力、いらなかった。
ーーいらないのか?
蹲っていた俺に、聞き覚えのある声がかけられる。馬鹿にしたような、ヘラヘラした声。
顔を上げると、声のイメージ通りの薄ら笑いをした男が俺を見下ろしていた。ボサッとしたヒジキみたいな髪に、挑発するような眼。ガタイの良いその身体は周囲を威圧するには充分だが、しかしその纏う雰囲気が小物臭漂う……。
というか、俺だった。スーツ姿の、記者風の俺。
今朝のやつは幻覚、じゃないのか?
ーー今回の俺は何というか、残念というか。けど今迄で一番期待できる俺だな。その力、要らないんなら俺にくれよ。
え、なんか嫌だ。
ーー出た出た、やれと言われたらやりたくなくなるやつね。流石俺、行動パターンは一緒だな。
イラッときた。なんだよその、自分は何でも知ってますみたいな顔は。格好良くて頭も身体も最高に良いからって調子に乗るなよぁあん!?
ーーこの状況でよく巫山戯た事を言えるな。そこも流石俺だ。
この状況と聞いて、ふと、横を見る。
相変わらず巨大な目玉はこちらを向いているが、それ以外の動きは特に無く。視線はもう一人の俺に向いたまま停止していた。
ーーあまり時間は無い。強引だが、貰ってくぞ。継承とかで邪魔になるしな。他にもやるべき事は色々あるが、まぁ今回の俺ならぶっつけ本番でもいけるだろ。
そう言った俺は俺の前に来て、手を頭に乗ーーせずに眉間を摘み、カニの中身を取り出すかのような手際でガパァと頭を開いた。
……え?
ーーおっ、綺麗な脳味噌じゃねーか。赤ちゃんの柔肌みたいな艶と弾力があって、なかなかに触り心地が良いな。手入れとかでもしてんの?
え……え? いや、ああ、えっと。
ーー冗談だよ、冗談。そんじゃまぁ、じゃーな。やっと俺も終われそうだ。どんな俺になるかわからないが、新しい俺は大切にしろよ。
頭が揺れると、何かが抜き取られたような感覚。それと同時に別の何かが頭に入り、脳をかき混ぜる。
変わる。変わっていく。具体性のないあやふやな、そして、大切だったものが。
「GYAOOOOO!!」
化け物が動き出した。けど、それどころじゃない。立っているのが辛いほどの目眩と吐き気、全身を炙られるような熱が身体を襲っている。
目と鼻と口から体液を垂れ流して、今にも飛びそうな意識を無理矢理繫ぎ止めた。
だがそれだけ。動く事も出来ない俺には、迫り来る視界いっぱいの壁を避ける事は出来なかった。
のし掛かる重圧、骨という骨が軋みを上げている。
もう、だ、めーー
◆○◆
『なんで怒ってるのー?』
『怒ってないよ。悲しいだけ』
『おい高賀! お前もっと笑えよ』
『わかった。次からはそうするよ』
『高賀くん、なんで君はいつも笑ってるの?』
『え? そりゃ楽しいからですよぉ。いやー、人生って素晴らしいなって、常に思ってるだけです』
高賀! おいタカ 人間! 高賀くん
なんで、つまらなさそうにしてるんだよ。
……五月蠅いな。どうだっていいだろ、そんな事。それより、早くこの茶番を終わらせてくれないか。なぁ?
振り向くと、何かがいた。透明なシャボン玉みたいな球体。ユラユラと、どこか悲し気に見える。
もう一人の俺のせいか、知らない知識が中で混ざっていくのがわかった。そして、力も。
凄いぞ。あいつ、こんな力持ってたのか。これがあれば、あんな化け物簡単に倒せる。それだけじゃない。あの面倒な上司も、気にくわない親も、煩わしい社会も捨てて、俺は自由になれる。
自由に。自由、に……。
何かに包まれた。
暖かく、心地良い。見れば、さっきの透明な球体がーーいや、球体だったものが。徐々に形や、色が、変化していく。
俺は知っている。コイツは俺自身の過去なんだと、もう一人の俺の知識にある。コイツが、本当の意味で俺自身の、俺だけの、力だ。
けど、何故か。その力を使いたくないと思ってしまった。なんで、だろうなぁ。
ポンと、頭に手を乗せられ、撫でられる。
怖がらなくても大丈夫だよ。そんな事を、言われた気がした。
◆○◆
「キューオ!」
死んだ、と思ってたけど、存外に俺はしぶといらしい。怪我もいつの間にか治っていた。
急速に戻る感覚と共に、知らない声が俺を呼びかける。
見れば、あの化け物はかなり遠い所に居て、側にはーーなんか、ヘンテコな生き物が此方を心配そうに見ていた。
蛇だ。見た感じでは蛇。ただ、蛇にしてはどうにも神々しい。
白い靄がそのまま蛇の形になったような、捉えどころの無い身体だ。試しに触ってみれば、おお!
「お前、触り心地良いな」
触れた事に一瞬気付かないほど滑らかな毛だ。まるで空気を撫でたかのように、それでいてしっかりとした感触。
「キュオ! キューア!」
非難がましい声を送るこの蛇は化け物と俺を交互に見て、そんな事言ってる場合じゃないでしょ! って言ってるみたいだ。
「まぁまぁ、いーじゃないか」
気にせず撫でる。
撫で撫で、撫で撫で。ん?
よく見ると、真紅の眼が三つあった。左右の目の他に、人間で言う額のところに付いている。
更に蛇の頭上では黄金の円環がゆっくりと回り、光の粒を周囲に漂わせていた。
「すげー」
不思議と恐怖は感じなかった。まぁ、俺の過去だし。
「GUOOO、GYAOOOOO!!」
漸く化け物がこっち気付いたのか、長い首を伸ばして大口を開けた。
食べる気だろう。けど、もうこんな図体だけの雑魚なんて怖くない。
もう一人の俺の知識によれば、あいつはオビゲウスと呼ばれている災獣らしい。災獣と言っても、一般人から見ればではあるが。
手の平をオビゲウスへと向け、握る。その動作だけでスカイツリー以上もある巨大な化け物の首は捻じ切れ、轟音を立てながら崩れ落ちた。
死んだ、かに見える。貰った知識が無ければそう思っても仕方がない。が、
「やっぱ無理か」
捻じ切れた首元からは肉が盛り上がり、数秒で元通りに再生されている。
じゃあ肉片一つも残さず消滅させればいいとそれを実際に試した奴もいたらしいが、結果は失敗。殺すとか、消滅とか、そうじゃない。
アレはもう概念的な不死なのだ。だから何をしようと倒せないし、殺せない。
気力を絞る特性と、不死の概念。
本当、面倒臭い相手だ。
こいつを倒せと言ったあの宇宙人どもは、最初から俺を第八位とやらの椅子に座らせる気がないらしい。
普通なら無理なんだろうな。もう一人の俺でも無理だった。こんな力を持っていても、もう一つの異能を持ってしても殺す事は出来なかったようだ。
しかし、俺自身の異能ならば。
「あー、そこの蛇くん。ちょっと力を貸してくれないかね」
「キュオ?」
円な瞳で見つめてくるこの白蛇に手を伸ばし、乗るように招く。
常に揺れる靄のような毛をまた撫でたい誘惑に駆られるが、グッと我慢する。
暫く戸惑った様子の蛇は、恐る恐る腕を伝って登ってきた。
フォオオオオオオ!
可愛ええんじゃあああ!
もーふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふーー
「キューア!?」
はっ! いかん。理性が飛んでいた。
「ごめんごめん、今度は真面目にやるからさ」
怯えた目で見てくる蛇をなんとか落ち着かせて、今度こそ異能を行使する。
行使っていうか、お願いかな。
「んじゃあ蛇くん。あいつ飲んじゃってよ」
俺の異能、その力は強くない。速くも、硬くもない。けど、自分の力ながらこれを敵に回すと思うと寒気がする。そう思える力。
《廻廊》の異能。
これから行うのは、その力の一端。
俺の言葉を聞いて蛇くんはチロリと細長い舌を出した。瞬間。靄の形が崩れ、オビゲウスの頭上に新たな靄が出現する。
たぶん俺が押し潰されそうになった時も、これで助けてくれたんだろう。
しっかし、でけぇなぁ。最初は片手で支えられるくらいの大きさだったのに。一瞬であの、見上げると首が痛くなる化け物よりも大きくなってる。
空中でとぐろを巻く姿は空に点在する星と相まって、とても綺麗だ。
化け物はそれでもなお呑気に蛇を見ている。殺せるはずがないと、高を括っている。その余裕面に蛇くんは大きく口を開け、化け物を飲み込んだ。