第1話 超能力発現
よろしくお願いします。
「だからさぁ〜、そうじゃないって俺何回も言ってるよね? なんでわからないかなあ。頭の病院行くか?」
「はぁ、すみません」
二十歳になってわかったことがある。なんとなくで生きて来た俺は、これからもなんとなく流されるままに生きるんだろう、と。
二十歳になれば何かが変わるだとか、そんな事は無い。お酒も飲めるしタバコも吸える。パチンコとかも出来る。けど、それだけだ。
空から少女は降ってこないし、ある日突然超能力に目覚める事もない。まぁ、当然だけど。
だけどつい、想像してしまうのだ。
小さい頃からの癖なのか、嫌な事があれば超能力とか魔法とかを使って問題を解決する自分の姿を妄想する。
もし俺に念力があれば、このハゲオヤジを電車の前に突き落とせるのにと。そうすればまずバレることはない。超能力だからな。
しかし勿論そんな事が出来るわけもなくーー
「ちゃんと覚えてもらわないと困るよ〜。無理だろうけどさ、次からは気をつけてね」
「すみませんでした」
そう言葉だけの謝罪を済ませた俺は自分の椅子へと戻り、呟く。
「……うっせーんだよクソ野朗が」
二十歳なんて、こんなものだ。
◆
サラリーマンというのはとかく暇である。いや、忙しい所もあるんだろうけど、うちの会社では暇だ。
サラリーマンと一口に言っても会社や部署が違えば業務も違う。パソコンに齧り付く人もいれば、外に出て自分の会社を売り込みに行く人もいる。
俺の場合はパソコンに齧り付く方で、その仕事は単調だ。ある程度の書類を作成して、その他の雑務をチマチマこなせばそれで終了。
これは所謂、あれだ、社内ニートというやつだろう。
労働者ではあるが仕事が無く、ほとんど働いてないやつ。それが社内ニート。
ニートと付いているが、俺と普通のニートとでは格が違う。なんせ俺は働いている。他とは少し仕事量が少ないだけで。
……そろそろ定時か。だが帰らない。入社直後の俺はその時帰ろうとしたが、恨まし気というか、なんで新人のお前が先に帰るんだよみたいな視線を感じたので、ギリギリ踏み止まり事なきを得た、と思う。
こういう気付きは大事だ。よくテレビやネットとかで労働法がどうたらと得意げに語るやつがいるが、そんなの大半の人は知ってるんだよ。
人間関係を考慮しなければ誰だって定時に帰りたいさ。給料が教えられたものと違うなら上司に文句の一つでも言うさ。
「荒井くん! ちょっと! まーたミスが出ちゃってるよぉ! 困るんだよね、君。本当に大学卒業したのかね? えぇ!?」
今注意されている同期の荒井くんも、こんな八つ当たりにふざけるなと返してやりたいだろうさ。
そう、八つ当たり。
あのハゲデブもなかなかに苦労しているようで、あいつのそのまた上司によく叱責されているのを見かける。最近では嫁さんに逃げられたとかいう噂もあるが、あの様子だと本当っぽい。
大変なんだなぁ。けどさ、俺らに当たるのはやめてほしい。さっきのだって別に俺はミスなんてしていなかった。
やれ文字の間隔が違うだの、大きさが違うだの。先輩方のパソコンを確認させてもらって比べてみても、設定はまったく同じだった。
その他にも服装がだらしないだとか、もっと早く会社に来て仕事をしろだとか。
自分に出来ていない事を他人に押し付けるな!
言いたいだろうなぁ、荒井くん。
あのハゲデブの机のコーヒーをぶっかける事が出来たなら、いいのになー。
周りに見られていないのを確認し、手のひらをコーヒーカップに向けてフンッ! と力んでみる。
「あっづぅあああ!!」
……え?
え、今倒れ……え?
いや、うん。気のせいだろ、これは。
チラリと自分の手のひらを見つめ、今度は机の上の紙束に向ける。
ふーーー、よし。
フンッ!!
「うぉっ! は?」
宙を舞う紙束にオフィスにいる全員が釘付けになる中、俺の中の記者がマイクを突き出してきた。
……えー、今のお気持ちをお答えください。
そうですね、まさか本当に念力が使えるとは思ってもいませんでした。正直ビックリしてます。小さい頃から無駄だと思いつつもやってきた事ですが、いざ使えるようになるとどう反応すればいいかわからないです。
なるほど。小さい頃というと、具体的に何歳ごろから続けていましたか?
何歳かはわかりませんが、だいたい小学生の時、でしょうか。漫画やアニメが好きで、自分も魔法や超能力を使いたいと思ったのがきっかけだと思います。
そうでしたか。最後に、この超能力を使って何をしたいですか?
笑顔で聞いてくる記者に、俺も笑顔で応える。
その前に、風呂入って寝たいです。
………………
…………
……
さあ家だ。
ご飯だ。
風呂だ。
いつもより忙しなく動く足を落ち着かせ、やるべき事を全て終わった俺は寝室のドアを開き、勢いよく閉めた。
カーテンが開いてない事を確認し、監視カメラや盗聴器が無いかを探す。
無い。
知ってた。
ティッシュを一枚床に置き、手のひらを向ける。身体がゾワゾワする。心臓の音が鮮明に聞こえる。手から変な汗が出た。
よし、やるぞっ。やるぞっ!
フンッ!
ティッシュは不自然なほどに飛び、部屋の天井に届いてからフワリフワリと床に落ちた。
お、おお、おぉおぉおおおおおお!!!
いや! いやいやいや、もしかしたら手汗で飛んだのかもしれない。
その辺のハンカチで手汗を拭い、再度ティッシュに手のひらを向けて力む。
飛んだ。飛んだ!!
「飛んだぞ!! 飛んだ!」
これ! 超能力だよな!? そうだよな!?
部屋を見渡す。どこからか“ドッキリ大成功〜”とか出て来ないよな!?
クローゼットの中、タンスの上、部屋の隅、家の外を窓から確認。それを四往復し、今度は近くにあったシャーペンでもう一度力む。
向けた方向とは少し斜めに逸れたが、兼ね飛ばしたいように飛ばせた。
「ひょえ〜、なんじゃこりゃ。僕! 超能力者に、なーりまーした〜。この力で人類を救おうと思いまーす」
口角が上がる。身体が回る。
ずっと思ってた。俺に超能力があれば、魔法があればどれだけ楽しいだろうかと。気にくわない奴を倒したり、女の子の裸を見たり、ギャンブルでぼろ儲けしたり。そんな非日常を、俺は願っていた。
まさかこんな日が来ようとは。
笑いが止まらない。
あはははは。
あはははは。
あはははは、はは、は。
は?
なんだろう、あまりの嬉しさに視界が真っ暗になったゾイ?
『惑星[地球]に発現者を観測しました。
文明レベルの最低条件を満たしました。
地球が銀河連合第八位に登録されました。
高賀 人間が惑星の代表として選出されました』
…………
何も言えなかった。
ポカーンって、間抜けな顔で俺は唐突に現れたこの光る文字を、ただただ見ていた。
そうして暫くすると、七つ、俺の周りに上からスポットライトが降り、俺にも降った。
子供だ。白髪の能面な、というより、口しかない顔した子供。それから頭に牛のようなツノを生やした筋骨隆々な巨漢。木彫りの身体と頭に双葉を生やした人形。獣のような顔した多腕のやつ。メカメカしい身体に馬鹿でかいコンセントのような尻尾を持つやつ。脂肪の塊かと思うほど肉々しいピンクのやつ。カーテンのような布を着た幽霊みたいなやつ。
時計回りにそれぞれ見て、思う。
なんぞ? これ。
白髪の口しかない子供が口を開いた。
「¥々○*◆■◇☆?」
「……え、なんて?」
俺が喋った途端、全員が全員、腕や身体に付いている機械のような物を弄り、こちらを見る。
「◆▽☆€〆、♯○$、ア、アアあ、アあああー、んん……どうですか? 聞こえますか?」
「あ、はい」
「そうですか、それは良かった」
「…………」
いや、だからなんなん?
「私は種族、グイス・ギギ代表のアルブ・ギギと言います。よろしくお願いいたします」
「……どうも」
周りを見るが、あの白髪の子供以外は喋らないようだ。
「さて、貴方は今混乱しているでしょうが、時間がありません。貴方の力を貸してもらえないでしょうか? いきなりである事は重々にして承知していますが、今はもう本当に時間が無いのです。このままでは宇宙は滅びます。なのでどうか、お願いします」
え、えぇ?
確かに人類救っちゃおうかなーとか言った気がするけど、宇宙を救えって、飛躍し過ぎじゃない?
「あの、すみません。自分にそんな宇宙を救う力があるとは思えないのですが……」
「それはあり得ません」
どうして断言しちゃうのー? どうしてー? どうしてー?
「貴方の母星地球を調べたところ、力を持つのは今のところ貴方ただ一人だけです。しかし、それでもオゴロギアムが地球を登録したという事は、奴らに充分立ち向かえる戦士がいる証拠となります。つまり、貴方は地球上にいる人類全てに匹敵する力を持っているという事です」
オゴロギアムってなに?
奴らってなに?
わからない事は数あれど、こういう場合は一言、こう言っておけば大丈夫。
「成る程」
「わかって頂けたのですね。ありがとうございます。では、戦場に転送させますので、共に戦いましょう」
全然ダイジョウブじゃないぃぃいぃい。
「ちょっ、あのーー」
言い終わる前に、俺はどこかへと飛ばされた。
人間がいなくなり、残された七人の代表の内の一人、ツノの生えた巨漢が口を開く。
「宇宙が滅びる、か。随分大層な事を言ったものだな」
クツクツと嗤う巨漢に口しかない顔の子供はその白髪を揺らし、やれやれといった雰囲気で巨漢に向き合う。
「事実です。我々が何もしなければ、宇宙は滅びるでしょう。彼ら人類も第八位の座に就いたのなら、奴らを掃除する義務があります」
その言葉に、今度は木彫りの身体を持つ人形が反応する。
「第八位、か。いったいどれだけの種族がその位階に登って、落ちたか。今回は本当の意味で八位が誕生するよう、僕は祈っとくよ」
そう言うや否や、頭に双葉を乗せた木彫りの人形のスポットライトが消えた。続くように他の五人が消え、最後に残った布を纏う透明の男は、薄く笑みを浮かべて消えた。