聖者の言葉
次の日、バルデン王国の王都にある大聖堂に、教会の幹部が勢ぞろいして祈りの儀式が行われようとしていた。
王国内外からの招待客には各国の王族も数多く列席している、大富豪や著名人もいた。
大聖堂の周りには、熱心な信者が集まっていて、祈りの儀式が始まるの今か今かと待っていた。
庶民の中には、聖者復活の噂を聞き、何かあるんじゃないかと期待している者もいた。
その大聖堂の高い天井にある、鷲の像の上に光学迷彩ポンチョを着たユーゴは潜んでいた。
「さて、いよいよだな、メルマぬかりは無いな」とメルマに声を掛ける、
(準備は完了しています)いつも通り、メルマは淡々と答えた。
イアンの影響であろう、前の世界によく似た祭壇の前に大司祭と思われる人物が立つ、うやうやしく所作を行った後、祈りを捧げはじめた、会場にいる人々は手を胸の前で組み、頭を下げて一緒に祈りを捧げている。
かなり長い祈りの言葉が終わり、人々が頭を上げた時、
「今だ」
ユーゴがメルマに指示する、
すると、祭壇の上空に光り輝く人影が現れ始めた、人々のどよめきが湧く、
その人影は、通常の人間の三倍もあり、立派な司祭服をきて、静かに地上に降りて来る、
下にいた大司祭は、怖れおののき、祭壇のステージの下まで転げ落ちてしまった。
これは、メルマによる事前に撮影した映像をCG加工した聖者イアンの立体映像だった、
祭壇の脇にある、聖者イアン像にそっくりで、人の三倍もある人物が、光り輝きながら天から降りてきたのだ、人々はその場にひざまずき、さっきまでの祈り以上に一心不乱に祈り始めた。
だが、この場には、かなりの魔力の持ち主が沢山いた、彼らにとって魔力のオーラを感じない唯の立体映像は脅威とはならなかった、
彼らは、まず、誰か侵入者による幻影魔法を疑り、周りを見渡し侵入者を探しだした、
そろそろまずいな、とユーゴは瞬間移動で祭壇の裏側に場所を移した、そして亜空間の通路を開く、
「ここで、飛び入りゲストの出番ですよ」
本来の計画では、ここでユーゴ自身が魔力を解放してオーラを作り出すつもりだった、
だが、急遽強力な助っ人が参戦してきてくれた訳だ。
亜空間から出てきたのは、満を喫した黒龍と赤龍の人型だった、
黒褐色の肌に豊かな黒髪をなびかせた黒龍は、金色に輝く鎧を見に付け、頭には金のティアラをしていた。
赤龍は対照的に色白で、輝く紅い髪は、まるで炎の様に見えた、こちらは銀色の鎧に銀のティアラを付けている。
二人共、威厳と脅威と美しさを合わせ待った、まさに天界の女騎士そのものだった。
その二人が祭壇の前に出ると、なんと人の三倍もあるイアンの立体映像より大きくなった。
「ありゃりゃ、主役食っちゃだめでしょ」とユーゴが困った顔をする。
そんな事を全く意に介さない二人は、立体映像の前に出ると、
「控えろ」
「どなたの御前と思っている」
と、超が付くド迫力で、侵入者を探していた司祭達に、手に持った槍を指し一括した。
司祭たちは、思わず腰を抜かし、その場にひれ伏した。
「この助さん角さんは最強だな、誰も逆らえない」とユーゴは感心していた。
何しろ彼女たちの魔力のオーラは、先日現れた魔族の実質の長、ベゴールに匹敵するものだった、
しかもそれが二人、紛れもない本物だ、この迫力に逆らえるのは、神以外いないだろうと思われた。
聖堂の中が静まるのを確かめた二人は、立体映像のイアンの後ろに下がった、
それを見たユーゴは「よし」とメルマに指示する、
すると、立体映像のイアンは静かに語り始めた。
この立体映像は、大聖堂の中だけでは無かった、
大聖堂の前に集まっていた民衆の前にも表れていた、人々は跪き手を胸の前に組んで、聖者の言葉に耳を傾けた。
それだけでは無い、西側諸国の各教会で行われてる祈りの儀式にも表れた、どんな僻地の教会にもだ、
城や、兵士たちの宿舎、大きな町の広場にも表れた。
そして、奴隷商の建物や奴隷を所有してる貴族の邸宅の前にも表れていた。
これらの映像は、ユーゴが、ブルーとオレンジに頼んで作ってもらった、蜂型の立体映像照射ロボットによるものだった、
何百という蜂の形をした小型のロボットが、メルマの指示で聖者イアンの説教を映し出していたのだ。
聖者イアンは言う、
今の経典は自分が書いた物とは違う、書き換えられた経典を元にもどせと、
そして、他の神々にも尊敬と畏怖の念を持てと、
他民族や他宗教の民を奴隷にする行為は、全ての民を愛する神への冒涜だと、
イアンの静かだが、心からの訴えは、民衆の心の中に刻まれていった。
もし、このような事が繰り返されれば、天罰が下るであろう。
最後の言葉が終わると、聖者イアンの姿は光が散るように消えていった。
残った黒龍と赤龍は、
「今のお言葉、よくと聞いたか」「これからは龍の山脈の白竜様もよく敬うのだぞ」と言った。
「いや、それ、今いう事じゃ無いから」ユーゴはやれやれと首を振った後、早く消えろと祭壇の裏で手を振っていた、
黒龍と赤龍は満足した顔で、亜空間の中に消えていく、
「ふー、後はみんな上手くやってくれてるかな」と独り言を言ってユーゴも亜空間に戻った。
亜空間の魔法訓練所に戻ると、黒龍と赤龍がテーブルに腰かけ、ブルーが運んできたお茶を飲んでいる、
「いやあ、面白かったぞユーゴ殿」「どうだこの衣装は、白竜様が選んでくれた」とご機嫌で話しかけて来る。
ユーゴは、この二人もイメージが変わったな、と思いながら、
「ご苦労様でした、助かりました」とお礼を言う、
「いつでも呼んでくれ、実はあれ以来ヒマでな、アハハハ」と豪快に笑う二人、
ユーゴは心の中で、みんな早く帰って来てくれと願っていた。




