幼い龍
出発して程なく、川の流れる森が見えてくると、ユイナが「あの辺りに龍が居るはずです」と指をさして言う。
「メルマ、わかるか」と聞くと、
(一時の方向に、巨大生物確認、近くに着陸します)と言って来た。
飛行艇はゆっくりスピードを緩め、やがて静止すると、垂直に高度を下げ静かに着陸した。
外に出てみると、まだ若い、というより幼い龍が大木の間で、身を潜めるようにして飛行艇を見て怯えていた、
「大丈夫よアダンテ、これは怖くないわ、あなたにはこの飛行艇を先導して谷に向かって欲しいの」そうユイナが言うと、ユイナの姿を見て安心したのかアダンテと呼ばれた幼い龍はコクっと首を縦に振った。
その様子を見ていたアイーダは、龍に触りたくてウズウズした様子でユイナに許しを得てアダンテに近づいて行く、
しかし、アダンテは想像以上の拒否反応をしめした、するとユイナが、
「アイーダ殿、どうもあなたの魔石銃の匂いが怖いらしい、いまは我慢してくれ、あとで言って聞かせるから」と困った顔でアダンテの顔をなでた。
「ううん、それは仕方ないわ、仲間がひどい目に会っているのだもの」とアイーダは少し寂しそうに言った。
「今に慣れてくれるわよ」とみゆきに慰められるアイーダ、武器は全部無限リュックにしまってある、それでも残るその匂いが龍を怯えさせるという事実が、かなりショックだったようだ。
そんな様子を見ながら、本当だったらあの龍でユイナさんと二人っきりで行くはずだったのに、と全く関係ない事を考えていたユーゴだった。
龍のスピードで、ほぼ一日の行程という事で、途中にあるという湖で昼の休憩を取ると打ち合わせて、再び出立した。
ユイナの乗る龍に、飛行艇は余裕で着いて行った。
初めはビクついていた幼い龍も、飛行艇に慣れると並走したり下に回ったりと、飛行艇を観察するように、次第に遊びに誘うかのように飛び始める、
しかし、ユイナに何か言われたのか、また、大人しく前方を飛び始める。
そんな幼い龍アダンテの様子を、飛行艇の中から目をキラキラさせてアイーダは見ていた。
お昼の休憩に寄った湖は、とても綺麗な湖だった。
みゆきを中心にお昼の準備をする、無限ポシェットから出てくる色々な道具にビックリしながら、興味深そうに覗くアダンテ。
そんなアダンテをなんとか触りたいアイーダは、何度かトライするが、アダンテの警戒はまだ解けていなかった。
「そう焦るな、本来、龍とは警戒心が強い生き物と聞く、この龍は、まだ人になつきやすい方だろう」そう言ってアイーダを慰めたのは無口のハンスだった。
この二人の関係は面白いな、とユーゴは横目でみていた。
夕方、何処までも続く山々が見えて来る。遠くには他の龍が飛ぶ姿も見られるようになり、一段と高い山の麓にアダンテが降りていく。
それに続いて飛行艇も静かに着陸した。
ユイナはアダンテに「ご苦労様」と顔をなで声を掛けると、「これを谷に」とアダンテに手紙を託して放した。
アダンテは、クォーっと一鳴きして飛び立っていく、アイーダは思いっきり手を振っていた。
「ここは、白竜の谷の麓の村クランテ、今日はここに一泊して明日谷に向かいましょう」ユイナはそう言って一同を先導して村に入っていった。
村の住人は、龍人とは違って普通の人々のようだった、ユイナの姿を見つけると皆深々とお辞儀をする。
他の家より大きな、集会所となっているであろう建物の前に、長老と思しき髭を蓄えた老人が立っていた、その老人に
「こちらが白竜様がお呼びになられたユーゴ殿、そしてお付きの皆さまです」とユイナが紹介する。
「遠い所を遥々ご苦労様です、私はこの村の長、キンナと申します。今日はこちらでごゆるりとお過ごしください」そう老人い言われ、
お付きの者の方が立派な格好をしてますが、と心の中で思いながら、
「ユーゴです、お世話になります」とユーゴは挨拶した。
建物の中に入ると、和式と同じように座布団が敷かれた食事の場が用意されていた。
上座を勧められ、恐縮しながら席に着くと、質素で素朴だが心のこもっている事が判る食事が次々運ばれてくる。
「このような歓迎、恐れ入ります、こんな人数で来るとは知らなかったでしょうに」とキンア老人にユーゴが言うと、
「いやいや、ユイナ様の隼の使いで判っておりましたよ、そんな事よりお口には合わんかもしれませんが」と濁り酒のような物を進めて来る。それを合図の様に数人が入って来て、民族舞踊を披露しはじめる。
思いがけない歓迎ぶりに、初めは戸惑っていた一行も、いつの間にか手拍子を取り、笑顔になっていた。
「龍というのは人語を話すと聞いていたが、今日の龍は話さなかったようだ、実際はどうなのだ?」とバースが酌をする村人に聞く、
「アダンテはまだ幼いので話せませんが、成龍は皆話せますゆえ、龍の前で滅多の事は話さない方がよろしゅうございますよ」と村人が冗談めかしに答える。
「そろそろアダンテも話せるようになってもよい頃なのですが」とユイナが心配げに言う、
「アダンテって何歳なの?」とアイーダがユイナに聞く、
「もう18歳になる、まあ龍が成龍と呼ばれるのは50歳過ぎてからだから、まだ幼いとはいえるんだが」との答えに
「げ、あたしより年上なのね」と複雑な表情のアイーダ、
「アイーダはいくつなの?」との問いに「17よ」と答えた。
「私は21、私が三つの時にアダンテが生まれて、一緒に育ってきたの、あの子は人一倍臆病で人見知りなのよ、もう少し時間を掛ければアイーダにも慣れると思うわ」とユイナが言うと、アイーダは嬉しそうに「うん」と答えた。
「龍は魔力が強いぞ、大丈夫なのか」とバースがアイーダをらかうように言うと、「フン、龍は大丈夫よ」とそっぽを向いて答えた。
アイーダの周りにいる人間は、皆、人並外れた魔力の持ち主だ、そんな連中と一緒に行動を共にしているアイーダを見て、ユーゴはもう安心かなと顔が緩んだ。
「私が一番年上か」とみゆきがボソっと呟いたのは、聞こえないふりをした。