出発
その日の夜、急な呼び出しにも関わらず、蝙蝠の羽の親父三人組は機嫌がよかった。
アイーダの報を聞いてバーバラの夢魔法の館に集まった三人は、白竜の谷に行くと聞いて大喜びしていたのだ。
「おまえは知らないだろうが、龍の谷に入るにはいろいろ決まりがあってな、普通は何回も通わないと中に入れてもらえないんだ」
とバースがユーゴに言う。
「谷の守人である龍人が認めた、腕と人格の持ち主だけが入場出来る、武人にとっていわば聖域なんだよ」とコイルも言って来る。
「今回はユイナ嬢の特別な計らいとはいえ、名誉な事だ」と珍しくハンスまで嬉しそうに話す。
ユーゴは、白竜に名指しで呼び出されるというのは、とんでもなく名誉な事なのだろうかと困惑気味だった。
「おまえは、本物の神様にあった事があるようだから実感がわかないかも知れないが、白竜というのはこの世界では神様に準ずる存在、いわば現実にいる生物の中で、一番尊い存在といえるんだ、そんな存在に呼ばれたんだ、普通の人間なら腰を抜かすわ」
そう、バースが解説する。
「まあ、俺達もお前の話を聞いてから、あまり驚かなくなったがな」と笑う。
「だとしたら、魔石砲で龍を狩ろうとしてる連中と言うのは、どういう連中なんだ?」とユーゴは素朴な疑問を聞いた。
「それはな、西の連中の中には、自分達の神様以外は邪神という連中がいてな、そいつらには実在する白竜でさえ邪神になるらしい、それでも今までは、龍の実力を知っていたから龍を狩ろうなんて連中はいなかったし、武人の間では龍は尊敬する存在だったはずなんだがな」とバースが答える、
「あいつらは自分たちの神様の教えがすべてなのさ、妖精だろうが精霊だろうが邪悪な存在だというんだから始末に悪い」コイルもうんざりした顔で言う。
なるほどねえ、宗教観の違いなのか。
これは結構めんどくさい問題だな、とユーゴは頭を掻きながら考えていた。
次の日の朝、前日の言葉を裏付けるように、ユーゴを省く蝙蝠の羽のメンバーの衣装はいつもと違っていた、
いつものラフな感じの戦闘服では無く、彼らにとっての正装と言えるものであり、品格を感じさせるものだった。
「ええ~、なんだよ、そういう感じじゃ無いとまずいのか、俺、そんなの持ってないよ」とユーゴが困惑してると
「まあ、おまえは存在そのものが特別だ、いつものその格好でいいんじゃないのか」とバースが言った。
だが、女性三人組が表れると、ユーゴはさらに困惑度を増した、
アイーダも小綺麗な戦闘服をきている、ユイナは昨日と変わらないが、なんと、みゆきまでがいつもと違う服装だったのだ。
「バーバラさんに、白竜の谷に行くと言ったら、この服を貸して下さったんですよ」とちょっと恥ずかしそうにしているみゆきの服は、前合わせで少し和服を思わせる、藤色を基調に濃い紫の模様が入った格調漂よう戦闘服だった。そして、メガネをはずし、いつもはお下げにしてる髪を降ろしたその黒髪に、とても似合っていた。
う~、なんか疎外感を感じるな、と、ちょっと憮然とするユーゴに、
「こういう時は、女性を褒めないと」と小声で言って来たのは見送りに出てきたジェラールだった。
ジャステスとカークも見送りに来ている、それぞれ女性陣を見るとニコニコしていた。
「じゃ、出発しますか、ユイナさんも途中の龍の所までこれで送りますから乗って下さい」そうユーゴが言って飛行艇に乗り込む、
中に入ると、スッとメルマが表れ、アイーダが取り付けたというメルマ用のポッドに納まる。
内装は急こしらえの割にはしっかり出来ていた、天井は低く装飾品は流石に一切ないが、深めの椅子が金具でしっかり取り付けてあり、安全ベルトは無いものの揺れたときに捕まれるように、鉄でできた取っ手が取り付けてあり、問題は無さそうだった。
テスト無しの、ぶっつけ本番のフライトだが、メンバーのメルマに対する信頼はなぜか絶大だった。
「よし、じゃメルマ頼むぞ」そうユーゴは言って、メルマに魔力を流し始める、
機体から飛び出た四つの風の魔石を取り付けた噴射口から、風が出始める、軽い機体の安定感を増す為か上下両方向に出てた風が、下方向の方が強くなり、中に居ると気が付かない程静かに浮上し始めた。
機体の外では見送りに来てた三人が、握手し、拍手を送って喜んでいる。
「え、もうこんなに高く飛んでいるの?」アイーダが外の景色にビックリしてると、他のメンバーも驚きを次々に口にしていた。
ユーゴも想像以上の安定感と乗り心地にビックリしていた。
この飛行艇は、前の世界で言うドローンの巨大番だ、しかも、重力魔石を組み込み、プロペラでは無く魔石による風噴射で動いている、かなりの安定感だろうと想像はしていたが、まさかこれほど静かに飛ぶとは思っていなかった。
この世界では、こんな簡単な仕組みでこんな便利なものが出来てしまう、メルマの調整機能があるとはいえ、ちょっとした魔力の持ち主なら少しの練習で同じように飛ばす事はできるだろう、これはこの世界に革命的転換をもたらすかもしれない、ユーゴはそう思っていた。
何も空を高く飛ぶだけではない、重力魔石があればホバークラフトのような水陸両用車だって簡単に作れてしまうだろう、先日見たトロッコを利用すれば、高速鉄道だって出来てしまう、それは実に便利な事だ。
だが、とユーゴは思う。
簡単にできてしまうが故、科学の基礎知識の発展には寄与しない、おそらくはいつまでたっても魔石頼りの機械しか出来ないだろう、そこに、この世界に初めから生まれていたら感じないであろう、異世界人だからこその違和感があった、そしてそれは、ユーゴには何者かの意図があるように思えてしまうのだった。
そんなユーゴの思慮とは関係無く、レトロな風合いと近未来的なデザインの両方を併せ持つ、実験用飛行艇、もとい小型飛行艇はインターキの街を後に軽快に空を進んでいった。




