アイーダ3
「娘がとんでもない失礼を働いたようで、本当に申し訳ありません」とジェラールが謝ってくる。
「いや、誤解が解けたようでよかったですよ」とユーゴは苦笑いしながら答えた。
テーブルの向こうには、必死に謝るアイーダと、笑って受け答えしてるみゆきとカーク、それをニコニコ見守るグランとスクルトの姿があった。
「どうかあの子を悪く思わないで頂きたい、実は、あの子は血のつながった実の娘では無いのです、訳がありましてね」
とジュエラールが、ちょっと困ったような顔をしてユーゴに語りだした。
・・・・・・・・・・
少女は、体が震えるのを必死に我慢し、自分で作った子供でも操れるクロスボーを握りしめ身を潜めていた。
十歳ぐらいの少女の後ろには、数人、少女より歳の小さい子供たちが身を寄せ震えている。
「アイーダお姉ちゃん、私達どうなるの?、お父さん達、大丈夫?」と少女の服の端を握りしめた子が、泣くのを必死でこらえて聞いてくる。
「シッ、お父さん達が魔物を追っ払ってくれるわ、私たちは邪魔にならないようにここで隠れて無くちゃだめなのよ」
アイーダは、自分も泣きたい気持ちを必死に抑え、怯えている事を悟られないように小さな声で、それでも気丈に答えた。
収穫の終わったこの時期、山間の小さな村を、滅多に現れないオオカミ型の魔獣が襲って来た。
この村の住人は、生活用の魔道具を動かすくらいの魔力しかなく、オオカミ型魔獣に対して無力だった。
それでも、松明を掲げ、バリケードを張って、クワやスキで抵抗し、狩猟用の弓矢を放てば家畜を数頭襲うぐらいで、今までなら魔物達は退散していた。
しかし、この日の魔物は様子が違っていた、明らかに人間を狙って襲って来たのだ。
夕暮れ、最初の農夫が襲われたときには、すでに村は魔獣に囲まれていた、村人達は子供たちを納屋の奥に避難させ、自分たちは魔獣を追い払おうと立ち向かっていった。
何世代と暮らして来た自分たちの村を守るため、子供たちの命を守るため、村人達は必死に抵抗した。
納屋の奥で隠れてた子供達も、今日の魔物が普通と違っていたことは判っていた、物音を立てまいと必死に泣くのを堪えて辺りの様子を窺う。
何体とも知れぬ魔獣の唸り声、必死に抵抗する大人たちの怒鳴り声、・・・そして悲鳴、又悲鳴。
やがて、何も聞こえなくなる、高鳴る鼓動と広がる不安に必死に耐えながら子供達は身を潜める。
納屋の扉をガリガリと魔物が前足で削る音がする、そしてバン、バン、と体当たりでもしてる様な音に変わり、ガシャンと扉が外れる音がした。
目をぎゅっと絞り、抱き合う幼い子供たちの前で、アイーダは震えながらクロスボーを構える。
私に力があれば、私にもっと強い魔力があればこの子たちを守れるのに、今の私では何もできない、そう思いながらも必死にクロスボウを構える。
もう見つかってしまう、もう駄目か、そう思った時、
突然、「アイスカッター」という女性の声と共に氷の刃が魔物達を襲った、数人の男が納屋の中に入って来て獣たちに剣で切りつける。
不意を突かれた魔獣たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「誰かいるのか?、もう大丈夫だ、出て来なさい」凛とした女性の声が納屋の中に響いた。
子供たちは、中々動けなかった、少し時間を置いて、恐る恐る声の主の前に出て行った。
「怖かったね、もう大丈夫よ、魔物達は逃げていったわ」先ほどとは声色の違う優しい声で女の人が子供たちに話しかけた。
やっと安心した子供たちは嗚咽を上げて泣き始めた、アイーダも涙が零れるのを抑えられなかった。
だが、本当に子供たちが絶望の涙を流したのはその後だった。
納屋の外に出ると、何体かの魔物の死体と、そして村の大人たちの無数の死体。動く物は何一つなかった。
「私たちがもう少し早くここにたどり着けていれば、こんな事にはならなかったのに、ごめんなさいね」
三十歳前後と思われる、強さと優しさを併せ持った顔つきの女の人がすまなそうにアイーダに話しかける。
「いいえ、貴方たちのせいではないわ・・・・」アイーダはそう言うのが精一杯だった。
「私の名はイリス、冒険者よ、この地方に狂った魔物が出没してると聞いて近くまでやって来ていたの、この村の方で松明の火が見えたので急いでやって来たのだけれど、残念だわ」
そう言ってイリスと名乗る女性は、アイーダの肩を抱いた。
アイーダは、この人たちが来てくれてなければ、自分を含めた村の子供達も命は無かったのだからと、イリスに心から感謝していた。
魔物達が戻ってくると面倒だからと、イリスと一緒に来ていた男たちは、子供たちに馬と馬車のありかを聞いて、お父さんたちがせっかく収穫した作物なのだからなるべく持って行こうと、作物を積み始める。
子供たちに持って行きたい貴重品があるなら持って来なさいと一旦各家に戻らせると、残念だが遺体を埋葬する時間が無いと言って出発の準備を急いだ。
「私達も、あの魔物の群れからあなたたちを無傷で守るのは難しい、急いで大きな町まで行きましょう、そこに行けばあなたたちを保護してくれる所があるわ」イリスもそう言ってアイーダをせかした。