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8.〜みんなでお風呂はいいもんだ〜

「もっとじっくり考えても良かったな」


 誰に話しかけるでもなく呟いた。


 ふああ~、それにしてもいい湯だ。俺は両手でお湯をすくい顔にかける。

 宮殿内に大浴場まであるとは……。

 必要なものが何でもあり、それら全てが高い水準にあるから驚きだ。

 この大浴場も天然の大理石で出来ており、流れるようなマーブル模様に重厚感のある見事な造りとなっている。

 魔界は春らしい陽気だが、真夏の地上から来た俺の服装では肌寒かった。

 少し冷えてしまった体を、熱めのお湯がたっぷり入った湯船に浸けると、全身の筋肉が緩み、思わずため息が漏れる。

 欲をいえば、檜の風呂も欲しかったな。

 腕を伸ばしながら、そんなことを考えた。


 そして、少し前まで居た庭園のことを思い出す。

 ガーデンチェアに座るバアルを確認した俺は、侍女に導かれて彼女の元に行きつくと、勧められるままに席にすわった。

 テーブルをはさんで対面する形となり、彼女がほどよく視界に収まった。

 太陽からの柔らかい光を受けて、芝生が青々と茂っている。

 木陰が直接日光を遮って、落ち着いた雰囲気を作り出していた。


「部屋にいるのが勿体無いほどの良い天気だね」


「ああ、魔界の空がこんなに綺麗だとは思わなかったよ。俺のいる世界より空が高いように感じるが、気のせいかな?」


 俺が精一杯キザなセリフを吐くと、バアルは頷き、返答する。

 妙に気をつかう。前とは違いプライベートでの会話だ。

 二人になれたのは、うれしいが、何を話せば良いのやら……

 一度、意識してしまうと言葉が出なくなり、自分のダメさ加減に嫌になった。


 侍女は、テーブルの上に飲み物を残して何処かに消えてしまっている。

 天気がどうだの、部屋がどうだの、大した会話はなかったが、彼女と過ごす時間は早い。

 気づけば、太陽も、傾き始めていた。

 ……今は何時だ? ウズメたちも、さすがに自室に戻ってそうだな。

 バアルが何かを話そうとして、ためらっている……しばらく沈黙が流れた。


「……君にお願いしたいことがある」


 バアルは、意を決したようだ。

 伏せていた目を上げ、潤んだような瞳で俺を見つめた。


 ――俺は、バアルから、化け物退治の依頼をされ、あっさり了承してしまった。

 だって、あんな顔をされたら……受けるしかないだろ!?

 まあ、俺は最強だし、楽勝でしょ! 

 それに、天使に対する忠誠心もゼロなので、全然OKだわ!

 むしろ、あいつらのマイナス要因になりたいくらいだし!

 もちろん無償というわけではないしな。

 しかし、ウズメたちにはどう言おうか? 

 反対するだろうなあ、まっなんとかなるか!


「どうしたの、お兄ちゃん? うかない顔をして」


 考えごとをしていたため、白雪に気付かなかった。

 彼女は例のごとく俺の腕に絡みついている。

 普段でも胸はよく当たっているが、今は風呂場で彼女は裸だ。

 おっぱいが……ちょくで当たっている……

 俺のキノコの山が戦争の準備を始めた。

 もうこれ誘っているだろ? 蛇でも良いじゃないか! かわいいし! でもやったら天使側確定にならないか?

 様々な思いが交差する。

 よ、よし、さりげなく、乳首を触って様子をみよう……いや、揉んだ方がいいのか?

 俺は、心を落ち着けて、行動に移そうとする。


「わぁ~! 大きなお風呂、プールみたーい!」


 ウズメが全力ダッシュで風呂に飛び込んできた。

 ザブーンと豪快な音を立てて、お湯が飛び散る。

 彼女はお湯から顔を出し、俺に気づくが平気なようだ。

 よく見ると水着をきている。なぜ、俺がいると分かったのだろうか。

 バカのくせに……ともかく残念でならない。

 ウズメは俺との距離をつめると衣装室の素晴らしさについて語り出した。

 聞きたくないが、顔を背けると、もみ上げを引っ張り、向き直される。

 話がひと段落すると、俺がどこに居たのかを聞いてくるが、あの事は、バアルも交えて話した方がいいだろう。俺一人で丸め込めると思えない。適当にお茶を濁した。


 ウズメと下らない話をしているうちに白雪が風呂を出てしまう。

 彼女は熱い湯に長時間つかることが苦手なようで、真っ赤な顔をして何も言わず、更衣室に行ってしまった。

 ウズメも追いかけるように風呂から上がる。

 うう、結局、何も出来なかった……

 俺は肩まで湯につかると大きな溜息をもらす。

 そして、フラフラになるまで風呂から上がることはなかった。


 ――応接間に戻るとウズメたちに長湯の文句を言われた。

 どうやら晩餐会の準備が出来たようだ。

 ウズメは白のフォーマルドレスに身を包み、いつもの子供じみた雰囲気はない。

 喋らなければどこかの国のお姫様のようだ。

 白雪は、いつもの着物だが、さりげなく化粧をして種々のアクセサリーを身に付けている。

 今日は一段と可愛い。

 彼女たちをパーティに連れていけば羨望の眼差しを受けることは間違いないだろう。


 準備万全の彼女らに待たせたことを謝って、さっそく会場に向かおうとするも、白雪が侍女に指示を出して、嫌がる俺に無理やりタキシードを着せた。

 服に着られるとはこのことか、ブカブカの礼服が七五三を思わせる。オールバックにセットされた頭が一層、アンバランス感を出していた。

 なんだよ? これは……

 うなだれた俺は、彼女たちに手を引かれながら会場に向かった。


 会場に着くと、バアルは既に着席していた。

 周りの侍女たちは、おどおどして落ち着かない。

 なんせ彼女をここまで待たせる客など初めてのことだ。

 だが、バアルに不機嫌さもないため、俺たちがどういう存在なのか計りかねて困惑しているようだ。

 ウズメは、かしこまる様子もなく悠々と案内された席に座る。白雪と俺もそれに続く。

 侍女たちは、いつ雷が落ちるのかと不安げだ。

 だが、バアルは俺たちの無礼な行いを、咎める素振りはない。


「やぁ、準備に時間がかかってしまい、すまなかったね。待っている間は退屈ではなかったかい?」


 彼女はくだけた調子で俺たちに語りかけた。口調からは好意的なものが感じられる。

 侍女たちの緊張は緩むが、俺たちに対する謎は、ますます深まったようだ。


 ここでは良い時間を過ごさせてもらった。ウズメや白雪も同様だろう。無論、言葉には出さないが。

 俺がもてなしに礼を言うと、バアルは良かったと満足したようだ。

 一通りの挨拶が終わると料理が運ばれてきた。

 俺たち四人では大きすぎるテーブルに、見たこともない料理が並べられていく。


 晩餐会が始まった。

 美しい絵画や彫刻、見事な食器、芳しい香りが満ち溢れ、可憐な侍女たちが料理を運んでくる。

 ウズメは、落ちそうになるほっぺたを押さえながら、休むことなく目の前の料理を片付けていく。侍女たちが、戦場のように忙しく動き回り、お代わりを持ってくる。

 白雪は熱心に料理の説明を聞きながら、ウンウンと頷いて、美味しいと思ったものを俺に勧めてくる。

 俺は作法が分からず白雪を真似てナイフやフォークを使う、困ったら小声で白雪に助言を頼む。


「くぅ~! 何この肉? デカ!」 


 噛みしめると、ジュワッと口の中に肉汁が広がり、芳しい香りが鼻腔をくすぐりまわす。


「うめぇぇぇ! 柔らかくてジューシィィィ!」


「本当に、モグモグ、みっともない、モグモグ、黙って食べなさい、モグモグ、モグモグ、うめぇぇ!!」


 俺たちは、次々と並べられる料理を楽しんでいた。

 ウズメは酒も進み、ふわふわと良い心地になって、流れてくる旋律に身を委ねている。


「う~、もうお腹いっぱい! これ以上は食べれないわ」


 侍女が次はデザートであることを告げると、ウズメは嬉しそうにスプーンを構えた。

 さっきの言葉はなんだったんだ……甘い物は別腹ってやつか?

 ともかく晩餐会は佳境に近づいたようだ。

 デザートが終われば、さて帰ろうかとなるだろう。

 よし、ウズメも上機嫌だし、今が頃合いだ。ようやく、俺はバアルの件を切り出すことにした。


「なぁ、最初は文句ばかり言っていたけど、ここに来て良かったな? 最高の待遇だし、飯もうまい」


「そうね、思ったより楽しめたわ。これでテレビがあれば、もう何も言うことはないわね」


「素晴らしい書庫だったよ! 読みきれないくらいの書物……久しぶりに時間を忘れて読書したよ!」


 俺はうんうんと頷きながら、核心に入る。


「実は、しばらくここにいたいんだけど?」


「アハハ、確かに良いかもね? 大戦が始まるまで、ここで楽しくやるのも悪くないわね」

 ウズメは冗談と受けとって軽く返してくる。


「いや、実は……」


 俺はバアルから化け物退治の依頼を受けたことを話すと、ウズメたちの酔いは一気にさめたようだ。


「お兄ちゃんは一人に出来ないねぇ。バアルに取り込まれちゃったみたいだよ。バカウズメ、ちゃんと見てなさいよ!」


「何言ってんのよ、シモベのくせに正也をほったらかしにして! お前がしっかり側についていないのが悪いのよ、お前が責任取りなさい! 本当にないわ~、大体、伝説のリッチ討伐ってなによ? 伝説のリッチ? 超金持ちなの? そんなやつ聞いたことないわよ、白雪どうなの?」


「リッチは、魔法使い系のアンデットのことだよ! でも、伝説のリッチなんて知らないなあ。バアルの敵対勢力でそんな奴はいなかったはず。報酬として神の器の仕組みを教えてもらえるのは興味深いけど、討伐とそれが見合っているとは思えないよね」


 バアルは、報酬としてウズメたちに神の器の仕組みを教えると言う。

 白雪はバアルに尋ねる。本当に神の器の仕組みを知っているのか? そもそも伝説のリッチとは何者か? 

 バアルは侍女たちを退出させている。白雪の問いに答えた。


「伝説のリッチの真名は誰も知らない。私たちが勝手にそう呼んでいるだけだ。ただ分かっていることは奴が始まりの神魔の一人だということだ」


 始まりの神魔とは創造主が最初に生み出した悪魔と天使のことだ。

 彼らは、その後に生み出された者たちとは隔絶された強さを誇っていたが、神魔大戦という壮絶な戦いを引き起こして、みんな滅んだと言われている。


 白雪はあっけにとられた。

 始まりの神魔のことは知っているが、神の器と同様におとぎ話だと思っていた。

 だが、神の器の存在する以上、始まりの神魔がいても不思議ではない。

 バアルの言を笑い話と一蹴することはできない。

 見てみたい、という興味は湧くが戦う気などは全く起こらない。


「なんでそんな奴が……今まで誰にも知られずにどこにいたの?」


「まぁ、奴は死んでいたんだ、最近までね。だが信じられないことに死んでも強力な力を有していた。だから周りに強力な結界を張って誰も近づけないようにしていたのだが……」


 伝説のリッチが動きだした詳しい原因は不明のようだ。

 分かっていることは非常事態ということだ。


「なぜ、そいつを滅ぼすの? そんなのがいれば来るべき大戦で役に立つんじゃないの?」


「生前を知っているわけではないが、今の奴は正気じゃない。まるで言葉が通じないんだ。話そうとしても視界に入る者を見境なく殺してしまう。思考のないただの殺人マシーンになっているようだ」


「どうして?」


「分からないな……だが、ほっておけば天使との戦いの前にこちらが大損害を受けてしまうだろう。私と配下の魔王全員で当たればなんとかなると思うが、色々問題もあってね」


 白雪は考える。正也を最強だと信じているが、それは現在の天使と悪魔の中での話だ。

 神話の存在ともなると話は違う。もう想像できる範疇を超えている。

 いや、それ以前に助けてやる理由などない。悪魔同士で勝手に殺し合えばいい。


「神の器の仕組みは知りたいけど、そんなリスクの高い話を受けるには無理だね。あなた達で解決しなさいな」


「えっ、まじか? 俺、最強なのにヤバいの?」


「まじまじ、激ヤバだよ!」


 え~? やっぱ断ろうかな……

 よく考えたら、魔王が頼んでくるほどの相手だ。ヤバイに決まっている。

 白雪の目も真剣だし。俺は簡単に依頼を受けてしまったことを後悔し始めた。


「警戒するのは分かる、当然だ。だが奴は、ただの力の残骸。おそらく正也なら対抗出来るだろう。もちろん私は協力するし、お前達にも礼をするつもりだ」


 おそらくってアンタ……最強の俺なら余裕だと思っていたのに……

 バアルは、さらに追加の報酬を提示した。

 大戦が始まるまで白雪には自由に書庫を閲覧することを、ウズメは衣装室を好きに使用して良いと言う。バアルの依頼が、どれほどのものかを理解していないウズメは、これを聞くと態度をひるがえす。


「ふっ、悪魔といえども困っている者は見逃せない、私って損な性格だわ」


 依頼を受けようとするウズメを白雪が慌てて止めた。


「ちょっと、何言っているのよ? 始まりの神魔だよ? 分かっているの?」


「どうせ、正也なら簡単に倒せるんでしょ? 別にいいじゃん」


 ちゃんと話を聞いていたのか?

 ことの重大性を説明するが、欲に目がくらんだアホのウズメは、理解できないようだ。

 白雪も最初は渋っていたが、実際のところ話に興味がある。伝説のリッチとやらを見てみたい。


「ヤバい相手だと分かったら、約束はなかったことにしてもらうよ! その条件を飲めるなら……」


 白雪が俺の思っていたことを代弁してくれた。頼りになる奴だぜ。

 ナイス白雪! 今さら俺が言うとなんかカッコ悪いしな。助かったぜ!


「いいだろう……」


 かくして、俺たちは伝説のリッチを討伐することになった。






 



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