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7.~ドキドキ魔界村~




 ――転移室、パンデモニウムにある部屋の一つ。

 悪魔たちは、魔界の厳しい生存競争を生き抜くため、攻撃系のスキルに特化している者が多い。

 従って空間移動のスキルを保有する者は少なく、独力で地上まで転移できる者となるとさらに限られてくる。

 悪魔たちが地上に行くためには、この転移装置を使用することが必須といえた。

 特殊な魔法陣が敷かれた床。剥き出しで何の飾りもない壁。

 パンデモニウムでは珍しい質素な造りで、奥の小屋には守衛が待機している。


 ちなみに魔界内では転移移動が難しい。

 容易にそれが出来れば防衛上大きな問題が生じるため、至る所に妨害の魔法陣が敷かれている。

 そのため、この装置は、専ら地上との行き来に使用されているが、バアルの許可が必要ということもあって滅多に使われることはない。


 守衛は椅子に座り、腕を組みながら、うとうとしている。

 テーブルの上には、読みかけの本がそのまま伏せられていた。

 突然、魔方陣が光り出し、転移を知らせる警報器が鳴り響く。

 何かあればこの大音量だ、彼が安心して居眠りしていたのも、このためだろう。

 あやうくテーブルを蹴飛ばしそうになりながらも、立ち上がり、転移装置に目を移す。

 異常があれば、仲間に知らせる手筈だが、今までの経験から危険がない事は分かっていたし、誰が戻って来たかも想像がついた。

 確認して終わり、ただの作業だ。


「はえっ!?」


 しかし、リリスが現れると、彼の顔色がさっと変わった。

 寝起きの足をもたつかせながら、小屋を飛び出し、なんとか彼女に駆け寄ると、挨拶もなしにまくしたて始めた。


「ちょっと、リリス様、困りますよ! 雷帝様に内緒で使っているだけでもヤバイんですよ? なんですかその人たちは?」


「ふん、気にするな。この者達は雷帝様への捧げ物だ」


「捧げ物? 地上から人を連れて来るなんて……それは人間ですか? 天使ですか? 雷帝様はご存知なんですか?」


「雷帝様は、きっとお喜びになる。お前の働きも報告してやるから気にするな」


「はあ……」


 質問の答えになっていない。

 リリスが勝手にやったことではないのか? 彼は、直感的に感じた。

 だが、彼女は、バアルから信頼される側近の一人だ。

 そして仲間内では、狂犬と呼ばれている。

 ただの守衛がこれ以上、追及することは出来ない。

 しかし、巻き込まれるのはごめんだ。

 彼は、大きく深呼吸すると、自分はこの件に無関係だと伝え、念を入れた。

 とても大丈夫だとは思えないが、これが彼に出来る精一杯のことだ。あとは無理矢理、自分を納得させるしかない。

 最後に「ほどほどにして下さいよ」と言い残し、頭を抱えながら小屋に戻った。


「ふん、意気地のないやつ!」


 吐き捨てるリリス。

 あいつも大変そうだな。二人のやりとりを見て、なんとなく察した俺は、守衛に同情した。


「ほら、さっさと歩け!」


 俺たちは、リリスに急かされて転移室を後にすると、馬鹿でかい廊下に出た。

 巨人も通れそうなほど広く、奥行きもある。

 まばらに行き交う使用人たちを見て、無駄に大きな空間と思えたが、魔王の威厳を損なわないためにも、これくらいの事は必要なのかもしれない。


 廊下の窓からは、春の日差しのような、柔らかい光が入り込んでいる。

 外には手入れの行き届いた芝生も見えた。

 人の住めない、瘴気溢れる世界を想像していた俺は、暖かな日差しを浴び、ほっと胸をなで下ろした。

 だが、この広さだ。バアルの所に着くのは、骨が折れそうだな。


(これが魔界の空気……こんな所にいたら、私の純潔が汚されてしまうわ。早くなんとかしなさいよ。あんた神の器なんでしょ?)


(うわ~、魔界に来ちゃったよ。でも、なかな良い屋敷だね? お兄ちゃん?)


(やべ、もっといい服着てくれば良かった。でもここに合いそうな服なんて持ってないな……)


「黙って歩け! クソども!」


 リリスは、ヒソヒソと小声で話す俺たちが気に入らないようだ。

 俺たちの顔に絶望の色はなく、白雪に至っては声を明るく弾ませている。

 リリスが苛立っている原因だ。


(なんだ、こいつらは、自分の置かれている状況が分かってないのか? バカなのか?)


 彼女がキビキビ歩けと頭を小突いてくる。

 手を出されると、さすがにムカつく。

 やっぱり、ボコボコにしておけば良かったか?

 ムッとしたが、せっかくここまで来たのだからと我慢した。


 それにしてもなんて豪華さだ。こんな所にバアルは住んでいるのか?

 なんとなく身分の違いは感じていたが、実際に目の当たりにすると少し萎縮してしまうな。

 リリスが立ち止まった。目的の場所に到着したようだ。

 バアルの部屋だろうか?


「リリスだ、雷帝様に御目通り願いたい」


 返答はない……だがリリスはピンと背筋を伸ばして微動すらしない。

 しばらくすると室内から侍女の声が聞こえた。


 入れ。


 ドアが開くと、俺たちを部屋に放りこみ、リリスは得意満面な様子で入室する。

 顔が映るほどに磨き抜かれた大理石の床に、転がされ、天井を見上げとると、シャンデリアが静かにきらめいていた。

 湖底にさす、一筋の光。美しくも冷たい世界がそこに広がっていた。

 部屋の最奥、壇上に座し、俺たちを見下ろすたバアル。


 今日の装いは魔王そのものだ。

 黒い素地に、赤と金の糸を使ったヘビの刺繍、複雑に重ねられた衣服が、束帯のような威厳を漂わせている。


「雷帝様、捧げ物を持って参りました!」


 俺たちをバアルの前に引きずりだすと、さっと跪き、顔を上げる。

 ……しかし、バアルの様子がおかしい。


 俺たちには分からないが、長年侍女として仕えているリリスには分かった。

 バアルはこれ以上ないほど怒っている……

 リリスの顔から血の気が引き、少し前までの得意ヅラは消えてなくなった。


「……リリスよ、なぜ、言いつけを守らない? 私の言葉が理解出来なかったのか?」


「い、いえ、滅相もありません。ただ、雷帝様に喜んで頂こうと……」


 バアルは深いため息をつくと、早急に手錠を外すようにリリスに命令する。

 正也の力を知らない彼女は、バアルが激怒する理由が分からなかった。

 なぜだ!? 喜んでもらえると思っていたのに……。

 しかし、命令違反を犯したのは事実である。頭を下げる以外ない。


「お前には失望したぞ! 下がれ! 追って沙汰を下す。それまで自室で謹慎しておけ……早くいけ!」


 リリスは肩を落とし、幽鬼のようにフラフラしている。部屋に来た時とはまるで別人だ。


「や~い! 怒られてやんの!」


 ウズメが、ニヤニヤした顔で追い打ちをかける。

 相手を逆上させるような腹立たしい顔だ。

 今まで、さんざん小突かれたが、やっと復讐の時がきたのだ。

 よし、もっと、やってやれ。

 俺もムカついていた。心の中で、ひそかにウズメを応援する。

 ウズメは挑発を繰り返すが、リリスは手が出せない。悔しそうに歯軋りしながら退室した。

 いい気味だ。

 続いて侍女たちも退室を命じられ、彼女たちは訳も分からぬまま外に出された。


「配下の者が勝手にやったこととはいえ、迷惑をかけたことをお詫びしたい。そしてリリスを殺さないでくれたことをありがたく思う」


 バアルが深々と頭を下げる。

 ここに侍女たちが残っていれば、目の玉が飛び出したかもしれない。


「あんたねぇ、本当に迷惑してるわよ! あのバカサキュバス。部下の管理くらいちゃんとしなさいよ!」


 ウズメは本当にブレない。

 相手が下手にでた今がチャンスとグイグイくる。

 最高のクレーマーだ。


「本当にねぇ、お兄ちゃんは優しいから殺さなかったけど、それも分かってないサキュバスには参っちゃうよね?」


「いや、別に良いんだ……どうやらバアルの言っていた通り俺は強いようだし、全然大丈夫だよ。まぁ、急なことで驚いたけど。それよりこれからは悪魔たちが俺に挑まないように取り計らってくれると助かる」


 そして白雪に小声で言いつける。

 バアルの前で『お兄ちゃん』はやめろと。


「そう言ってもらえると助かるよ。だが、リリスを相手に全然問題ないか……やはり私の思った通りだったな。ともかくこのまま帰しては私の気がすまない、お詫びのしるしに君たちを歓待させてもらいたい」


 怪しいと、ウズメは早く帰りたがったが、少しくらい良いじゃないかと説得したところ、以外と簡単に納得した。

 魔王の歓待に、少なからず興味があるのだろう。

 バアルは俺たちの意思を確認すると使用人を呼び出し、応接室まで案内させた。

 準備ができるまでそこで待つようだ。


「うわ、ひっろ~! 俺の家何軒分だよ?」


「ふわぁ、良い匂いだねぇ~、お兄ちゃんの部屋と違って、イカ臭くないよ!」


「この茶菓子おいしー、あんたの分も食べて良い?」


 一般庶民が超超高級旅館に泊まったらこんな感じだろう。

 とにかくみんな大はしゃぎだ。

 ウズメは備え付けの飲み物を何杯もお代りしてお腹がパンパンで、白雪は全てのアロマキャンドルに火を灯し、溶けそうな程うっとりとした顔をしている。

 俺は高級ソファで横になって、これを家に持って帰れないかと算段していた。

 時間もたち皆が落ち着きを取り戻した頃、ウズメが他の部屋も見に行きたいと言い出した。


「こんな良いところに住んでるなんて、あいつ相当悪どいことやってるわね。ちょっと他の部屋も見てやりましょうよ?」


「興味はあるな、でも勝手に部屋を出ていいのか?」


 俺たちの給仕をしている使用人を見ると、構わないと言う。


「要望があれば案内するように言付けられております。室外に出られますか? ……では私が案内させて頂きます」


 最初、俺たちは書庫に連れて行かれた。

 書庫? と思ったが、白雪は興味しんしんだ。

 膨大な数の貴重な書物が保管されているという説明を受け、目がキラキラ輝いている。

 こんな彼女を見るのは初めてのことだ。

 書庫に着くと、白雪は信じられないという表情を浮かべて本棚に駆け寄り、なめまわすように見回すが、本には触れようとしない。 


「ここの本をぜひ拝見させて頂きたいのですが、良いでしょうか?」


 これほど貴重な本であれば観賞用で中身の閲覧は無理かもしれない。

 閲覧を許されたとしても本を傷つけないように相当な注意が必要だろう。

 それを理解している白雪は本を手に取れずにいた。そして祈るような気持で閲覧許可を願い出た。


「AからY区の本であればご自由に閲覧して頂いて結構です。ただしZ区については立入禁止となっております、もちろん閲覧は出来ませんのでご注意下さい」


 司書が答えると、白雪はこの上ない喜びに身を震わしながら丁寧に本を手に取り、貪るように読み始めた。

 次の部屋に向かう段になっても、本を離さず動かないので彼女を置いて部屋を後にした。


 次は衣装室に連れて行かれた。

 ここではウズメが大暴れだ。

 許可をとるまでもなく部屋中の衣装に手をつけて鏡の前でポーズを決める。部屋付きのスタイリストも良い具合に持ち上げるのでウズメは益々気分を良くする。


「みてみて! この服すっごくカワイイ~! 何この素材? デザインも最高ね!」


「まぁ、お綺麗! まるで魂が奪われそうな美しさですよ! よろしければあちらのお召し物もいかがでしょうか? きっと良く似合いますよ!」


「えへへ~!」


 俺にとっては退屈な部屋であり早く出たいが、ウズメが言うことを聞かない。

 聞こえているくせに、呼んでも返事をしない。

 とうとう耐えられなくなって部屋を出ると、使用人が待っていたように外に控えていた。


 俺がくつろげる場所はないかと尋ねると、彼女は微笑し、進むべき方向に手を向けて案内を始めた。


(こっちは来た道じゃないか、手際が悪いな……)


 彼女に従って歩くと建物の外に出てしまった。

 戻ろうかとも考えたが、かわいい使用人が微笑して手招きをするものだから、ついつい引き寄せられる。


 芝生を進んでいくと、美しい庭園にたどり着く。

 規則正しく花壇が並び色とりどりの花が咲き乱れている。

 俺は万華鏡の世界に迷い込んだかのような心持ちになった。


 園内には小高い丘があり、そこに目を向けると、ガーデンチェアに座って心地よい風に身を任せているバアルがいた。



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