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6.~俺強すぎました~

 あれから二週間が経った。

 俺はいつものようにベッドに座っている。

 右隣には女がおり、俺に抱きつき頬ずりをしていた。

 柔らかな腕から心地よい体温が伝わり、その息でシャツを湿らせる。

 彼女がラグビー選手のように、ガッチリと深く、腰にしがみつくものだから、俺は身動きが取れない。

 素晴らしい状況ではあるが、ずっとこのままでは、さすがに困る。


「ちょっとトイレに行きたいんだけど?」


「うん!」


「えーと、手を緩めてくれる?」


「はーい!」


 良い返事をするが、なかなか実行に移してくれない。

 彼女の名は白雪、元々大きな白蛇の姿をしていた。

 しかし、事あるごとに巻き付いてくる彼女を、俺が拒絶したため、策を練り、見事に乗り切った。


 彼女は知能が高く、人の心を読み取る能力に長けている。

 女になれば俺が拒絶できないことなど、お見通しなのだろう。

 悔しいが、まぁ、悪くない気分だ。

 おかっぱの白髪、鋭い目つきに、まっ白い着物、成長した座敷わらし若しくは雪女を思わせる姿をしている。

 ほんとキュートで、マジに可愛い。

 しかも、ウズメと違って従順だ。


「アハハハ!! 何? この志村っての? 最高ね! 私の眷属にしようかしら?」


 左にはだらしない格好でテレビを見ながら大笑いしている女がいる、ウズメだ。

 彼女はバアルに匹敵する美貌の持ち主だ。

 白雪をつぼみとすると、彼女は満開の花、芳ばしい果実、欠けのない月といえた。

 柔らかな体を動かすと、マショマロのような胸がプルンと動く。

 見ているだけで下半身から力がこみ上げてくる。  

 今は、肩肘をつき、スナック菓子を食べながら、横になっている。

 彼女も、容姿だけを見れば、どこに出しても恥ずかしくない美女と言えるが、それ以外のマイナス要素が全てを相殺する稀有な存在でもあった。


「……いい加減、元いたところに帰れよ。いつまで俺の部屋にいるつもりだ」


 白雪から色々教えてもらった。

 当初はウズメに気を使っていたが、俺の力が上であることを確信するとお互いの立場は大きく変化した。

 今や、年の離れた妹のようにぞんざいに扱っている。


「何言ってんのよ? あんたを残して帰るわけないじゃない。せっかく苦労してあんたの両親も洗脳して住みやすくしたのに」


 滅茶苦茶しやがって……


「いくら側にいても、お前達のために働く気は無いぞ」


「いやいやいや、あんたも意外に頑固ねぇ。でも、大戦が始まれば敵は勝手に来るし、否応もないわよ?」


 もう、ウズメは俺をどうこうできないが、相変わらず好き勝手にやっている。

 仲間を使って両親を洗脳し、今では姉としてこの家に居座っている。

 力づくで追い出そうとも考えたが、ウズメのアホ面を見ると全てがバカバカしくなり、なかなか強行手段を取れずにいた。

 白雪は女体化以降、性格が軽くなったようで俺を『お兄ちゃん』と呼ぶ一方、世界の頂点に立つ者としてふさわしい教養を身に付けさせようと、しきりに俺を教育してくる。


「……お兄ちゃん、お客さんだよ! 悪魔のようだねぇ」


「バアルか!?」


 ウズメは鼻くそをほじる手を止める。

 汚物を丸め、指先で弾いた。

 ほんと帰れよ……

 急いでテレビを消し、姿勢を正すと彼女なりに威厳ある雰囲気を作った。

 バアルに対抗しようとしているのだろう。呆れを通り越している俺はもう何も言わない。

 白雪が返答するより早く女が現れた。

 バアルじゃない……誰だ?

 ウエストがキュッとしまり、胸の部分が大きく膨らんだ漆黒の鎧。

 タイツのようにフィットし、身体のラインを強調する淫靡な鎧に身を包んだ彼女の姿は、黒ヒョウを連想させた。手には禍々しいオーラを放つ槍が握られている。

 うわぁ、あれ鎧かよ? 水着? スゴいのがきたな……

 女は俺達の姿を確認すると吐き捨てるように言い放った。


「私は雷帝バアル様が一番槍リリスだ! お前たちが、バアル様に無礼を働いた天使どもだな? その行い、万死に値する。よってお前たちを粛清する!」


 顔面を覆った兜を取り外すと彼女は大音声を上げた。

 あれを着けたままでは大声を出すことが難しいのだろう。

 ドスの効いた口上とは裏腹に、中からは艶っぽい男好きのする顔が現れた。

 ウズメは、バアルでないことを認めると気が抜けたようにため息をつき、俺の肩を叩いた。


「対応、よろしく。神の器さん」


 もちろん俺に戦う気はないが、白雪の助言が入る。


「良い機会だね、このザコで戦いの練習をしてみようよ。お兄ちゃんは最強だけど、いきなり強いのと戦うのは問題あるからね、今のうちに実戦経験を積もうよ!」


 俺に戦う気がなくても悪魔達にその気があれば、戦いは避けられない。

 現に今、喧嘩を売られている。

 白雪の言う通り、いきなり強い奴に挑まれても、今のままでは対処できないんじゃないか?


「俺は、ケンカすらしたことないけど、勝てるのか?」


「楽勝、楽勝、あんなのミジンコ以下だよ!」


 白雪の言葉で安心した。

 だが、相手はカワイイ女の子だ。

 とりあえず話し合ってみるか。


「おい、アンタ。バアルさんに非礼があったのなら、謝るよ。だから、許してくれないか? 俺は戦いたくないんだ」


「下等生物の分際でバアル様を名前で呼びやがって……肉片にしてくれるわ!」


 リリスと名乗る女は、怒りで肩を震わせる。

 より一層の憎悪が視線に宿った。

 なんで、こんなに怒っているんだ?


「いや……すいません。魔王さんには無礼を働いて申訳ありません……」


「死ね、自害しろ! ゴミ虫め!」


「いや、それはちょっと……」


 言葉が通じない。

 それにしてもおかしいな。

 俺には、バアルが刺客を送ってくるとは思えなかった。


「あの……これは魔王さんの意思なんですか?」


「う、うるさい! お前たちには関係のないことだ! もういい、成敗してくれるわ!」


(くるよ……)


 白雪がそっとささやく。

 考えている時間もなさそうだな……やるしかないか。

 俺が助言を受け入れることを告げると、彼女はサポート体制に入った。

 だが、殺すのは抵抗があるな。

 ヒィヒィ言わせるだけにとどめよう。


「じゃ、まずは、場所を変えるね?」


 そう言うと辺りの風景が溶けるように変化し、ウズメを除く俺達は、いきなり大草原に放り込まれた。


「次はコイツが逃げれないように退路を断ってと……」


 強力な結界が張られる。

 見えない壁が周囲を覆い、空気の流が止まった。

 自身よりも劣ると思っていた連中が、逃げもせず、逆に自分ごとリリスを閉じ込めようと檻を作っている。

 リリスは俺たちの意図が分からず警戒し、兜を被って身構える。

 こいつら、一体なにをしている? それにここはどこなんだ?


 どこまでも広がる大地と空……

 草原には俺たちの他に人影がなく、人工物も見えない。

 日本であることすら疑わしい。もしかすると、外国かもしれない。


「さて……ここなら、人間もいないし、問題ないよね? ザコも攻めてこないことだし、ゆっくりいこうかな?」


 俺に戦闘法のレクチャーを始める白雪。

 おお、何だこれは!?

 言葉では伝えることが出来ないスキル発動の感覚、白雪の情報伝達スキルで、それが直接、頭に伝わる。


「まずは《マインドレス》で恐怖心を消失させて、《クロックアップ》で思考速度を速めて。

 それから《ゴッドブレス》であらゆる即死系の攻撃を無効化しつつ、基本の防御結界を張って……」


 俺は、彼女の言葉に合わせてスキルを発動してみた。

 発動方法が脳に刷り込まれているため、言われただけで、体に染み付いた動きのように出来てしまう。

 すげー! すげー! おもしれー!

 警戒して距離を取っていたリリスであったが、どんどん強化されていく俺を見て、これ以上、ほっておくことは出来ないと判断し、槍を構え距離を詰めて来た。


「やばい! きたぞ! どうすればいい?」


「大丈夫、よく見て躱してみて」


「はあああ?」


 想定外のざっくりとしたアドバイスに、文句をいう間もない。

 リリスは、間合いに入ると、人間の視力では到底捉えることが出来ないスピードで突きを放つ。

 しかし、俺は、クロックアップによって脳内の情報伝達速度が飛躍的に向上している。

 あれ? 以外に遅い? なんか避けれるかも。  

 俺は不恰好ながらも槍をかわす、その横で白雪が新たな指示を出そうとしている。

 なんとも不思議な光景だ。


「白雪! 早く次の指示を! どうすれば良いんだ?」


「じゃ次は、コイツの情報をお兄ちゃんに直接送り込むから、それを元に戦術を組み立ててみてね」


「ちょっ、もう応用かよ。こっちはかわすので精一杯だぞ!」


「じゃ、グランドマスターで……」


 俺の言葉を受けて白雪から新たな指示が飛ぶ、《グランドマスター》のスキルを発動すると達人のような身のこなしで楽に攻撃を回避できるのようになった。

 ホッとすると同時にリリスの情報が脳内に直接送り込まれた。

 おおお、これは!! 身長、体重、年齢、保有スキル、基本戦術、スリーサイズ、好きなもの、嫌いなもの、今日のパンツ、大量の情報が脳に送り込まれる。

 うほっ! これってヤバくね!?


「ははは! すごいな! 白雪、こんな事もできるのか?」


「いやぁ、ババアのシモベだった頃は、こんなこと出来なかったけど、お兄ちゃんから溢れる力の恩恵を受けて、私も強化されたみたいだよ!」


 ちなみにババアとはウズメのことである。

 さすがにウズメの前では言わないが、目の届かないところではこの有様だ。

 当初はウンコであったが、連呼されて気持ち悪くなったので改めさせた。

 褒められて嬉しそうな白雪の声。

 いつも絡み付くのも、その溢れる力とやらの恩恵を受けるためかと、勝手に納得した俺は、槍を躱しつつリリスの情報を吟味する。


「ふむふむ、この子はサキュバスか、どおりで艶のある顔をしているわけだ……戦士特化型……闇系のスキルを使いだしたら要注意、闇の力を槍に纏わせて必殺の一撃を狙ってくる……今日のパンツは黒、へぇ~サキュバスって戦士系統の種族なの?」


 秘匿する情報を暴露されたリリスはギョッとする。どれだけ高度なスキャン能力だ、信じられない。


「いやいや、サキュバスの戦士特化はレアだよ、でも良く鍛えられているねぇ、ババアではとても太刀打ち出来ないと思うよ。お兄ちゃんの敵じゃないけどね!」


 よく分からないが神の器は本当に凄いようだ。

 白雪も、とてつもない力という事は分かっているが、なぜそうなるのか、力の仕組みについては理解していないらしい。

 バアルなら何か知っているだろうか?

 攻撃が当たらないリリスはかなりイラついている。


 なぜ、全く当たらない?

 私の攻撃は防御に徹したくらいで躱し切れるものではないぞ。

 だいたい人を横につけて喋りながらの戦闘とは……私を侮辱しているのか? 本当に忌々しい。

 不意に怒りの矛先が白雪に向き、穂先が彼女を襲った。

 急転直下した槍の軌道に反応できる者はいない、そう思えた。


「な・ん・だ・と!?」


 正也が槍を受け止める。

 右手で軌道を変え、そのまま柄を掴んで離さない。見事のほかに言いようがない動きだ。

 本来なら、攻撃を避けつつ、回り込んでの制圧が、セオリーのようだが、殴りつけるのも躊躇われたので、武器を封じるだけに留めた。

 無論これも《グランドマスター》のスキルが成せる技だが。


「まぁ、お優しい、私のお兄ちゃん」


 白雪は頬を染め、両手でそれを隠す。

 演技だと分かっているが、俺の胸は高鳴る。


「離れていろ、どうせテレパシーみたいなやり取りが出来るんだろ?」


 うん、と元気よく答えた白雪は周りの風景に溶け込んだ。

 俺は槍を離す。練習再開だ。

 頭の中で白雪の声が聞こえる。俺は自分なりにリリスの情報を解釈し、彼女の助言を仰ぐ。


(この子は純粋な戦士タイプのようだから、物理系の防御重視でいいのかな? 闇系も気をつけた方が良いのか?)


(そうだね、まっ正解だよ。コイツは弱すぎるからこれ以上のバフは必要無いけどね。もっと多様な攻撃手段を持った奴が相手なら弱くても色々練習出来たのだけど、単純な戦士タイプだからねぇ。もう殺しちゃう?)


 物騒なことを言う奴だ。テンションが下がるじゃないか。

 リリスから学ぶことはもうないと言ってるけど、早すぎだろ。

 ふっ、だが、俺が強すぎたということか。

 しかし、殺すのは嫌だなー。この人、どうやってたら帰ってくれるんだろ?

 見ると、リリスのボルテージは最高潮に達しているようだ。

 消耗し、肩で息をしているが、眼力に衰えはない。

 眉をつり上げ、増悪のこもった視線を投げつけてくる。


「とうとう、私を本気で怒らせたようだな!? よかろう、我が必殺の一撃を見せてやろう!」


 彼女は、がむしゃらに攻撃していたわけではなかった。

 俺の注意を槍に引きつけて密かに魔法陣を張っていたのだ。

 俺の周りに隠蔽されていたそれが姿を現す。

 魔法陣から無数の手が現れて俺の動きを封じる。それに合わせるように彼女の槍に闇の力が集中していく……。

 絶対絶命とも思える状況の中、俺は余裕で白雪と会話していた。


(まぁ、受けても、避けても、スキルで対処しても良いけど、どうしようかお兄ちゃん?)


(う~ん、殺すのも気が進まないし、負けたフリしたら帰ってくれないかな?)


 白雪は呆れたような声を出すが、俺の意思を動かすことは出来ないと悟ると承諾し、確率を高めるための策を授けてくれた。

 策に従いスキル《ミフネ/名演》を発動した。

 ウズメ固有のクソスキルだ。ひたすら演技が上手くなるという良く分からないスキルだ。

 俺は体に纏わり付く闇の手を振り払おうとするが、とても振り払えない、そんな演技を始めた。


「ウオオォォォォ!!! はなせぇぇぇぇ、まずい、まずいぞぉぉ、何だこれは!!!」


 とんだ猿芝居だ……

 そんな俺の姿を見てリリスはご満悦だ。


「ホホホ、ドラゴンさえ一撃で屠る我が必殺の槍! とくと味わうがいい!」


 闇の力が集中し、槍からは不気味なうめき声が聞こえてくる。

 槍を突き出したリリスの体が閃光となった。

 瞬きする間も無く、目の前に現れるリリス。究極の突進力と深淵なる闇の力が槍の先に結集し、心臓めがけて襲いかかる。


「ウガガガガガォォォ!!! これがドラゴンを屠る力……か、勝てるわけがない、ガク……」


 う~ん、これなら今までの攻撃もかわす必要なかったのでは……

 とりあえず死んだフリをしてみる。

 リリスは仰向けになった俺を槍の石突でひっくり返すと、生死を確認する。

 クソ、用心深い女だな、もう帰れよ……

 俺は大ダメージを受けたような演技をし、バアルに対する非礼(たぶん俺は関係ないが)を詫びた。

 神をも欺く迫真の演技にすっかり騙されたリリスは、邪悪な笑みを浮かべながら、石突で俺を小突く。俺は憐れみを誘う声で、ひたすら許しを乞う。


「ホホホ、どうしてやろうかしら、すぐに殺してやろうかとも思ったけど、コイツの哀れな顔といったら、もったいないわね。そうだ、良いことを思いついたわ!」


(この野郎……どうするつもりだ?)


「フフフ、こいつらを連行してバアル様に献上しましょう! きっと喜んでくださるはずだわ! もしかしたらご褒美が貰えるかも? ウフフ、手を出しなさい」


(どうやら魔界に連れて行きたいみたいだね。私は行ったことないけど、面白そう! どうする?)


 白雪は楽しそうに無邪気に答える。こんな奴だったっけ?

 まぁ、バアルに会えるのなら俺もまんざらでもない、行ってみようかな?


(一応、聞くけど、行って戻ることは可能なのか? 帰れなくなるなんてことはないのか?)


(大丈夫だよ! コイツの情報をスキャンしたときに魔界から地上に戻るルートも手に入れたし! 空間移動は私の十八番だからね! 嫌になればすぐに帰れるよ!)


(ひゃっほう! 抜かりねぇ、さすが白雪さん!)


 リリスは魔界へ戻る前に、ウズメを捕獲することを忘れなかった。

 家に現れたリリスを見て、ウズメは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていた。

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