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現代精神医学版アルプスの少女ハイジ

作者: 慎君

 アルプスの山でお爺さんと幸せに暮らしていたハイジは、デーテ叔母さんになかば強引に連れ出され、フランクフルトのゼーゼマン家にやって来ました。

 ハイジはそこで、一人では歩くことも立つこともままならない少女、クララと出会います。ハイジとクララはお互いを慰め合うようにして仲良くなるのでした。

 しかし、ハイジのアルプスに山に帰りたいという思いは日増しに強くなり、ついにハイジは夢遊病になってしまいました。

 この物語はここから始まります。

 

 「ああ、ハイジが夢遊病になってしまうなんて。私のせいだ。お医者さん、どうすれば良いですか。」

 ゼーゼマンさんは頭を抱えながら、医者に訊ねました。

 「なに、心配することは無い。今は良い薬がある。睡眠薬と精神安定剤を出しておこう。きっと良くなるはずだ。」

 医者は事も無げに答えました。

 「それで、ハイジは本当に良くなりますか?」

 ゼーゼマンさんの質問に、医者は少しムッとして答えました。

 「私の判断に疑問を持つのかね?」

 「いや、そういう訳では。」

 ゼーゼマンさんは心のどこかに疑念を持ちながらも、自分を納得させるしかありませんでした。

 睡眠薬と精神安定剤の効果はすぐに現れました。ハイジはアルプスの山を思い出すことが少なくなり、夢遊病もピタリと止まったのです。

 「ハイジ、元気になったのね。」

 クララは嬉しそうにハイジに声をかけました。

 「そうなの。私、アルプスの山やお爺さんのこともあまり気になら無くなったわ。」

 ハイジはキッパリと言いました。

 「そう。」

 元気ながらも、依然と少し様子の違うハイジを見て、クララは短く答えました。

 「夜はちゃんと眠れているの?」

 「それが可笑しいの。たしかに眠れてはいるんだけど、あまり眠れている気がしないの。目を閉じて眠ったら、次の瞬間には朝になって目を覚ましているような感じなの。きっと、夢を見なくなったのよ。」

 「そう。」

 クララはまた、短く答えました。


 そうして、数カ月が経ったころ、ハイジの様子が再びおかしくなって来ました。睡眠薬を飲んでいるため、夢遊病にこそならないものの、昼間に不可解な言動が出るようになったのです。

 食事中でも勉強中でも、突然それは現れます。

 「山よ!アルプスの山だわ!お爺さーん!」

 ハイジは大声を上げて駆け出すのです。執事のセバスチャンやロッテンマイヤーが追いかけ、ハイジを押さえつけます。

 「ハイジ、ここはフランクフルトよ。しっかりして。」

 クララが懸命にハイジに呼びかけますが、ハイジは何事かブツブツとつぶやくばかりで、目もうつろです。

 セバスチャンがハイジを抱きかかえてベッドに運びます。しばらくベッドで眠ると、正気に戻ったようでした。

 「ハイジ、さっきはどうしたの?突然走り出して。」

 心配そうにクララが尋ねます。

 「ごめんなさい。私、私、何も覚えていないの。」

 ハイジは泣きながら答えました。

 そんなことが何日も続くようになりました。

 

 「薬を増やそう。」

 医者は言いました。

 「しかし、大丈夫かね。あんな小さな子にそんなに薬を飲ませて。」

 ゼーゼマンさんは流石にたまりかねて医者に聞きました。

 「大丈夫。今の薬は副作用が少なくなっているから。」

 医者は実のところ、複数の薬を使った場合の副作用については良く分からなかったのですが、ゼーゼマンさんの手前、自信を持った態度で答えました。

 「そうか。」

 自信たっぷりの医者を見て、ゼーゼマンさんも覚悟を決めました。

 薬を増やした当初、ハイジはあまり突飛な行動を取らなくなり、良くなったように見えました。しかし、日を追う毎に生気が無くなり、1ケ月後には一日中ボーっとしている様になりました。また、ボーっとしているかと思うと突然ケタケタと笑い出し、「ペーターとヤギが山の上!」とか、「お婆さん、お婆さんの白パン!白パン腐った!」などと叫び出すのです。

 「ハイジ!ハイジ!ごめんね!ハイジ!」

 どうすることも出来ないクララはハイジにしがみついて毎日泣いてばかりです。


「精神病院に入院させよう。」

 医者からの申し出に、ゼーゼマンさんも決断するしかありませんでした。医者の言うことなど無視して、ハイジをアルプスの山に帰してやるべきだったのかも知れない。ゼーゼマンさんは心の片隅で思いましたが、事ここに至っては、後の祭りです。ここまでの状態になってしまったハイジを、今更お爺さんの元へ帰す訳には行きませんでした。

 ついに、ハイジは精神病院に入院させられてしまいました。入院後、ますます異常な行動を見せるようになったハイジは次々と薬を増やされ、1ケ月も経たないうちに1日に10錠もの薬を飲むようになりました。しかし、ハイジの状態は悪くなる一方でした。そして、ハイジは一生、精神病院から出られなくなってしまったのです。

 ハイジはハイジンになりました。

 一方、クララは一生立つことも歩くことも出来ないままでしたし、アルプスのお爺さんは失意のまま憤死したとのことです。

 めでたしめでたし。

 何がめでたいかって?

 病院と製薬会社にとっては、最高の金ヅルが出来たからさ。文句あるか。

心の病が薬で治る訳ないじゃん。

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