その6
……なんだか心が痛むな。
言い表せない感情が渦巻き心が晴れないでいた。
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歯がゆさを残したまま案内人に着いていていくこと約十分。
複数の明かりが照らされている密集地帯に赴いた。
そこには狼の姿をした人や、尻尾を生やした人と、獣人というやつだろうか。
ケモナーがいたら卒倒しそうだ。
「おいおいおいおい! 勇者を連れてくんじゃねえよ! 俺たちがされた仕打ちを忘れたわけじゃないだろ!」
「ご安心ください。 一応彼は勇者の部類には当たりますが、勇者を超絶に憎む転生者です」
「……なんじゃそりゃ」
リーダー格っぽい狼男がキョトンとしている。
最初から勇者が嫌いです、と転生してくるやつなんていない。
当然の反応だ。
それより勇者のことを相当毛嫌いしているようだ。
さっそく英勇者絡みの事件か。
「ふう、コイツの言うことだけは正しいからな。 まあいい、兄ちゃんが勇者を嫌うならここに居てくれていい」
「助かります。 ……どうして勇者を拒絶しているのですか?」
「居場所を奪われたからだよ」
狼男の発言を聞いた瞬間、最悪なフラッシュバックが映し出される。
鮮血が飛び交う業火の光景が。
また、地獄が繰り返されてしまったのか。
「俺たちはよ……奴隷として生きていた。 誰もやりたくない仕事を嫌でもこなした。 けっして幸せとは言えないかもしれない。 けどな、飢えに苦しむもなく生きていけた。 それだけで幸福だった。 なのに……あの勇者は! 主人を奴隷を卑下に扱う悪だと決めつけては、問答無用で斬り殺し。 一瞥したと思えば、美人な奴隷だけを連れていき、俺たちは放置された。 住処も用意されないおかげで俺たちは路頭にさまよい、挙句の果てには国のやつらから追放されたんだ! 行く場もない俺たちから奪っただけなんだよ。 勇者ってやつは!」
ひどい目にあった出来事を語る狼男は瞳は血走り、怒り心頭だ。
仕えていた主人が殺された挙句、その後の処理もしない……自己満足なI勇者だ。
しかも美人な奴隷だけ連れていくね。
ハーレムでも作りたい願望で他は放置か。
悪か正義がも不明な状態で、実行する勇者はやはり害悪だ。
勇者によって引き起こされた悲劇だ。
「あんたの怒りに憎しみは、よくわかるよ。 俺も似たような惨劇をされた過去があるからな」
「なるほどな……だから今にでも誰かを殺そうとしている瞳をしてるわけだ。 勇者嫌いも納得できる」
「えっ?」
顔に出しているつもりはなかったが、内なる感情が表に出ていたようだ。
鏡でもあったらどんな表情をしているか見てみたい。
「勇者が憎い同士、分かち合える人と巡り合えたパーティでもしたいところだが……すまないな。 あいにく食料も水もねえんだ。 光源もない真っ暗闇だ。 夜目も利かねえから寝て明日に備えるだけになるがいいか、兄ちゃん?」
「もともと飯にたかるつもりはないさ。 寝よう」
敬語じゃなくなってるのに今さら気づく。
勇者関連のネタだと性格も変わるみたいだ。
寝ようと言いつつも、異世界にやってきたばっかで眠くないんだよな。
どうせ森の中なら魔物やら危険生物もいるだろう。
眠ることができない俺は、護衛ってことで夜の間は奴隷らを守ろう。
「ん? ……おい、血の匂いがそこら中からするぞ!」
突然、狼男が叫びだしたと思えば、毛を逆立てて爪を伸ばし戦闘態勢に入っている。
ただ事ではないようだ。
「とんでもねえ奴が来るぞ、兄ちゃん。 気を抜くなよ」
狼男からの険しい表情は事態の深刻さを物語っていた。
なにか危険な者が迫っているのだけは理解できる。
眩かった一面が暗闇に支配されていた。
松明が消えているのだ。
おそらく、遠くにいた奴隷たちはもう…………考えるのはやめよう。
今、生存している人たちでも救おう。
「――身体強化」
俺は極点魔法の呪文を呟く。
ギア一に設定し、相手の強さによってはギアを解放していく。
効力が絶大なゆえに制限を設けておく。
奴隷たちを巻き込むかもしれないからだ。
「う……うそだろ! なんでA級の熊蛇獣がこんな場所にいんだよ!」
先ほどまでやる気満々だった狼男は、子犬のようにプルプル震えて縮こまっていた。
彼の反応から見ると相当やばい生き物らしい。
A級てのも、どの基準の強さなのかわからんが……どのみち俺の敵ではないだろう。
「魔女の怪物がなぜここに……無理だ、叶わない。 全滅だ」
「恐れるな。 絶対に死なせたりしない」
「転生したばかりの勇者が倒せるレベルじゃないんだよ。 ……無為に希望を与えるのはやめてくれ」
地面に尻餅をついてへたり込み、狼男は諦めモードに。
覚えたての知識に魔法では討伐は叶わない強敵か。
なぜ勇者が序盤に倒せない、魔女の怪物やらがいるのか疑問だが、今はいい。
守り抜くことに専念しよう。