その5
松明を持った人が近づいたことで全貌が明らかになる。
小柄で顔つきは女性っぽい、全身に包帯をぐるぐるに巻いた人が現れた。
ベージュ色の髪にショートヘア。
女性ぽいが男の娘という可能性も捨てきれない。
性別は今はどうでもいい。
なにしにやって来たのかが重要である。
「爆発音が東の方向から聞こえたと伺い参りました。 音の原因はあなたですか?」
「……あ……ああ。 そそそそうだ」
ああ、もう嫌だな。
人前で喋る時だけ、どもってしまうのは治らないね。 やっぱり。
――吃音。 あがり症、またはどもり症と呼ばれるもの。
発達障害の一種、先天性の症候群とか言われてるっけ。
どうせならロリっ子が治してくれたら良かったのに……はぁ。
さっきのどもりで変に思われていないだろうか?
「ですと、あなたは勇者ですか?」
「違う。 あんな偽善と一緒にするな」
勇者の単語が出た途端に心は真っ黒に支配された。
憎くて憎くて、どもりのことなんて忘れるほど感情が闇で満ちている。
激怒してる場合や、なにかに夢中になってる時には饒舌になるのは、以前と変わらないようだ。
「……独特な服装に、不吉を呼ぶ黒髪は勇者だと決めつけてましたが違いましたか。 でしたら好都合です。 皆にも無害だと説明できます」
「無害?」
「付いてきてください。 行く当てのないあなたをご招待します」
「ん、ああ。 お言葉に甘えて」
身寄りがないとなぜわかったし。
マインドスキャンの能力でもあるのか?
……いや、行く当てのないなんて少し思考をこらせば答えに至るか。
食料、水、荷物と手ぶらの人が、樹海の湖付近に旅しているわけがないな。
必然的に転生または転移された勇者だと断定されたわけね。
「置いていきますよ」
「すまない。 すぐ向かう」
感情の一つもない真っ白な瞳で見つめられ、歩いてくるのを確認したら前進し始めた。
変な気分だ。 まるで興味どころか眼中にないって目だな。
あれほど心がこもってない直視は初めてだ。
「なあ、行った先に……は……誰がいるんだ?」
「……」
「声が小さかったかな? おーい、い行った先には……誰がいるんだ?」
「……」
少しどもりつつも、聞こえる声量で話しかけているのに、振り返る動作もなく前に進んでいる。
あれ……もしかして……もしかすると……気色悪いからとかの理由で無視されているのか?
偉そうな口調のせいで嫌われたかもしれない。
初対面でため口はダメだよな。 いくら異世界といえど礼儀はあるんだ。
失礼な態度をとればそりゃ怒る。
よし、即刻謝ろう。 誠意を込めて謝罪をすれば許してくれる……はずだ。
「あの……」
「ひゃっ!」
肩を叩くとビクッと身体を跳ね上がらせ、鋭い眼差しで睨みつけてくる。
え、ボディタッチはアウトでしたか?
「なにか御用ですか?」
「えーと、さっきから……行った先にに……は誰がいるんだって、話しかけているんだけど……」
「……その用だけでしたか。 身の事情を話していませんでしたね。 私、耳が聞こえないんです」
「それは……いつから?」
「……左腕を失った日ですね」
裾をギュッと握りしめ悲しい表情をする。
軽率だった。 君にとっては振り替えたくない過去の記憶を掘り下げてしまった。
辛かっただろう。 苦しかっただろう。
腕は無くなり、耳は聞こえず、不自由な生活を送ってきた人生は想像を絶する。
なにもかも奪われた経験をしているはずなのに、君のことをなにも考えず質問してしまった。
誠意を込めて謝ろう。
「ごめんなさい。 思い出したくないこと聞いてしまって」
「いえ、お気になさらずに。 昔のことですから」
深々と頭を下げて謝る。
頬を緩めて笑みを浮かべながらも罪悪感にかられる。
「……また会えたね」
「なにか、言いましたか?」
「……そーいえば、行った先に誰がいるのか、まだ答えてませんでしたね。 奴隷がいるのですよ、私のような奴隷たちが」
話を逸らされた気がするけど……。
奴隷ね。 人の自由や権利もなく、ただ馬車馬のように働かさせる都合のいいロボットというイメージがある。
行く先の人たちはどんな扱いををされているのだろうか?
それに、なぜ同じ奴隷であるこの子だけに音の発生源に向かわせたのか気になるな。
危険も承知なのに。
「なんん……度も問い合わせで悪いが……君一人でここに……来たのはなんでだ? へへ下手したら、
命の危険もあるの……に」
「足手まといで、なんの役にも立たない私は、偵察ぐらいしか貢献できないんです。 たとえ、それで死んでもいいんです。 不良品である私は、いてもいなくても日常は変わらないんです」
なんてことだ。 同じ境遇である者なのに優劣の関係ができあがっているなんて……。
奴隷なら苦痛を分かち合ってるものだと思っていた。
助け合いもなく、体のいい駒として扱っているのだろうか。