その8
山脈に囲まれた辺境地であるモダル・ヘルクには一か所だけ通れる道がある。
山を越えずに馬車も通れる場所。
縦に割れた裂け目を超えた先に一人佇んでいる。
華奢な身体をした黒髪の少女が立っている。
その黒髪は地毛ではなくカツラだった。
魔物から採取した毛を加工し被っているのである。
「時間を一秒でも稼がなくちゃ」
片腕無き少女ことティがぼそりとひとり言。
二度も救ってくれた恩義を返すべく五十人の勇者相手に時間稼ぎをしに死にに来たのだ。
死ぬのは怖くない。 もとより生かされた身。 ならば彼のために命を有効活用しようとここにいる。
少しでも勇者たちを足止めすれば十分だろう。
その頃には追いつけない距離にいるはずだとティは考えていた。
「……来ましたね」
一本道の先から人影が多数映る。
武装した集団がティに距離を詰めてくる。
精鋭中の精鋭。 異端中の異端。 頂点中の頂点。
そんな末恐ろしい存在が五十人が広間にいるのだ。
「報告通りの黒髪。 例の勇者が出たぞ」
勇者の中でも下っ端だろうか。
他の人の装備を見る限り貧相だ。 それでもモダル・ヘルクにいた勇者より数段上の武具を備えている。
「大人しく道を譲れば危害は加えない。 邪魔立てするなら排除する」
「お断りします。 あなたたちはここで抹殺します」
「頭がおかしいのか? この数を相手に勝てるとでも?」
「でなければ表に出ませんよ」
怖気ず相手を挑発をする。
戦闘は免れないと判断したのか右手を上げ攻撃の合図を取る勇者の軍団。
「念のために戦力を整えて良かったよ。 強すぎるお前はここで数の暴力で沈んでもらう」
魔法陣がいくつも生成され一斉射撃する気満々だ。
くらえば即死。 回避も不可能。 明確な死が頭によぎる。
「……まあ、ちょっとは足止めになったでしょう」
逃げる気力もなくただ棒立ちして死を受け入れる準備をしていた。
悔いはない。 二度も出会えただけでも奇跡で、充実した数週間だったから。
「撃てええええええ!!」
一斉に放たれる煌びやかな光線の数々。
確実にあの世いきだ。
「……さよなら……ター君」
瞼を閉じようとした瞬間、人影が横切った。
着弾するはずだった魔法は数歩先で爆発し四散する。
砂煙が立ちこもりティはゴホゴホと咳を二回繰り返す。
一体なにがあったのか前方を見れば解決した。
「せっかく新調した衣服が使い物にならなくなったな。 高くつくぞ、ティ」
魔力切れで動けないはずのサクライが魔法を掻き消したのだ。
ティはしばらく言葉が出なかった。
――――――――――――――――
ギリギリ間に合いティを救うことが叶った。
道中で話し声が聞こえたので、ギアを一つ上げて移動速度をアップしたおかげで助けれた。
現場に着けば多種多様の魔法が飛び交っていた所、一蹴りで弾き今に至る。
ティの横を通る際に黒髪のカツラを被っているのが目に入った……偽装までして身代わりするなんて大馬鹿野郎だ。
他の人に命を捧げる行為はあってはならない。
群がる勇者共を片付けたらお説教だな。
「なんで……なんで来ちゃったのですか。 あなたを死なせないために遠ざけたのに」
「こんのアホ」
「うきゅ! ……叩くことないじゃないですか!」
「二回も助けた命を軽々しく捨てようとするドアホを叩きたくもなるだろうが! もっと命を大事にしやがれ」
「……一度しか助けてもらってないですけど」
「転生前の俺が大火事の中で救っただろう。 愛称がター君だろ?」
「え……てことは記憶も全部思い――」
「――すまないが赤髪の勇者に襲われた所から、ティに人肉を喰わせた辺りしか記憶がないんだ。 その他は記憶に残っていない」
「それは好都合です。 全部思い出されたら恥ずかしくて死にたくなりますし」
「ふふ……さてと……だべってる間にお相手さんがお怒りのようだ。 ティは下がってろ。 絶対に前にも出るな。 援護も不要だ」
「仰せのままに」
煙幕の役割をしていた砂煙がそよ風で飛ばされ、勇者がすぐ近くにいるのに関わらず無視して会話をする姿に怒りを募らせてる。
殺気がピリピリと肌に伝わりワクワクしてきた。
こんなに大勢の勇者を葬れるのだから……だがその前に己が決めたルールを実行する。
「本物はお前で、そこの女は影武者だったか。 小細工を。 話が変わるが勇者らを前にコミュニケーション取るとは随分余裕だな……生かしては帰さんぞ。 勇者殺しをする異世界のガン細胞よ」
「お前たちがどう認識しようがどうでもいいが一つ問いをさせてくれ。 戦闘を交える前に聞くようにしている」
「遺言か。 いいだろう話せ」
「改心して世界に貢献する活動をしないか?」




