その7
炎で朽ち果てる家の中で目覚めた。
暑さも痛みも感じない仮想空間を体験してるかのように鮮明でリアル。
この記憶は……前世の続きだ。
死に体で火炎に潜り込み、力尽き激痛で発狂する少女の前で倒れた続き。
まだエピソードがあったのかと苦笑する。
――ぐちゃぐちゃぺちゃ。
不快な音が鼓膜を震わせる。
肉をすり潰すような気持ち悪い音。
ぐちゃぐちゃと音がする発生源を見やれば……少女が二の腕を食い千切り味わっていた。
涙を流し肉を喰らっていた。
悲しみに浸れながら人肉を喰らう少女の顔に見覚えがある。
――ティーレット・ソルシュバリエ。
確かフルネームはそうだったはず。
略称してティと呼んでいる。
前世でも出会っていたのか……皮肉だな。
今回も裏切られ、前回も裏切られる。
騙されまんまと自分の肉を提供しているのだ。
「美味しいです。 ター君」
炎で焼かれながらも肉体は超速再生する。
失った腕は新しい細胞で塞ぎ血も出ない。
破壊と再生が繰り返され惨たらしい身体が構築されている。
号泣しながらも喰って喰って生きようと必死だ。
……裏切ったはずのティはなぜ泣いているのか。
――――――――――――――
「ん……あが……」
強烈な光が目に差し込み起床する。
上体を起こし状況確認すると、どうやら天国ではないらしい。
白い布で遮られたカーテンを退かせば景色が移動している。
荷馬車のみたいだ。
「……生きてる」
寝てる間に襲われ抵抗もできずに意識を刈り取られたのに存命している。
見逃したのか。 無防備な俺を。
ティの発言通りなら殺してもおかしくなかった。
みすみす見逃す理由がわからない。
「こらこらまだ安静にしないといけない。 重度の魔力不足なんだから」
「……サーレ」
心配で駆け寄り声をかけた人物、国王でもあり勇者でもあるサーレだ。
いつもの銀の鎧と愛用の聖剣を携えている。
よく馬車内を見れば、仇敵であった茶髪の勇者ラルクに、清楚と勘違いされるロリっ子のキュレイピアがいた。
朝早いのもあってか眠っている。
「ほら魔水だ。 一時的に魔力を回復させ活性化させる。 魔力不足にはよく効く」
「ありがとう。 助かる」
「ただし魔法は使っちゃだめだよ。 使えば反動で身体がズタボロになるから絶対に一日安静ね」
「肝に銘じておくよ」
この有様じゃ英勇者とは戦えそうにない。
魔力を回復させても途中でガス欠するだろうし安静する。
魔水を飲みふとティのことが頭にかすめる。
寝込みを襲ったティは今どこにいるのだろうか。
駄目もとでサーレに伺ってみる。
「ティが見当たらないがどこにいる?」
「え、ティちゃんから聞いてないのかい? 要件を済ましてからそちらに向かって言ってたけど」
「聞いてない。 ……待て、ティと会話したのか? サーレが俺を救出したんじゃないのか」
「ん? ティちゃんが君を馬車まで運んで連れて来てくれたんだよ。 そりゃ会話するし……サクライさっきから変な質問ばかりだ」
殺意をまき散らしていたティが息の根を止めずご丁寧に安全地帯に運んだだと?
なんのために助けサーレに会ったのだ。
殺したほうが聖都ヴァルファルニアにとっても都合がいいはずだ。
巨大な戦力を削げるなら命を奪わない選択はしない。
ティの行動が不可解だ。
根本的になにかを見落としている。
あの一夜の出来事を思い返す。
【まーだわからないのですか。 頭が鈍いですね~。 そんな鈍感なあなたに答えてあげましょう。 私は聖都ヴァルファルニアの工作員ですよ】
工作員……にしては上手く出来過ぎだよ。
【毎日毎日笑いを堪えるのに必死でしたよ。 勇者は悪だの滅ぼすだのと、おままごとしているあなたに傑作でしたよ。 現実を知らない無能なあなたに心底くだらないと蔑み、勇敢な意思で向かう姿も滑稽でした。 でもこの役目も終わり。 楽しい楽しい日々は最高でしたよ】
嘘と本音が混ざっているじゃないか。
【これであなたは大英雄と戦えませんね】
そうか、そうだったのか。
ティお前は……………………
「バカ野郎があっ!」
馬車を飛び下り地面に着地する前に身体強化の魔法をかける。
省エネモードのギア一で来た道を逆戻りし、モダル・ヘルクへ向かって全力疾走する。
大英雄と戦わせないために魔力を吸い取り、デマを流し遠ざけた。
別行動をしている理由は見当がつく。
時間稼ぎに英勇者と対峙する気だ。
急がなければティの命はない。
絶対に死なせない。
せっかく助けた命を無駄にするなよ、ティ!