その2
近くにあった木製の椅子に腰を下ろしテーブルに肘を付く。
怪しげな薬を観察してると湯気が立つ黒い液体がテーブルに置かれた。
魔女の子であるルルが気を利かせて飲み物を持ってきてくれたようだ。
「これは?」
「コーヒーです。 大人のお兄ちゃんにピッタリの飲み物です」
苦くて美味しいさがわからない子供舌だから好きじゃないのだけれど、せっかく用意してくれて飲まないってのも失礼だし頂こう。
マグカップに口を添えてグビッと舌を通り喉に流し込む。
「砂糖ってないかな。 飲むのがきつくて……」
「はい、どうぞ」
苦笑しながらも角砂糖が入った容器を受け取り、四粒ほどホカホカのコーヒーに落とす。
ティースプーンでよくかき混ぜ砂糖が完全に溶けきったところで一口。
甘くて美味しい。
これなら飲める。
「ママなら砂糖なしで飲んでましたけど、サクライさんは意外と子供ですね」
「ブラックの味がどうしても慣れなくてな。 味の良さってのがいまいち理解しかねる」
ずずずと啜りながら甘いコーヒーを飲み干し空になった。
「ご馳走になった」とお礼をし治療が終わる頃合いだと予想し、ティのもとへ歩む。
数歩いけばティは耳が聞こえるかテストしている最中だった。
指を弾いて鳴らし確かめている。
「耳は両方とも聞こえるか?」
「良好で不具合もないようです。 魔女の治癒魔法の技術力には驚かれされますね」
拒絶反応もなく元の形に復元する腕には称賛するばかりだ。
異物が身体に侵入すればなにかしら異常が起きる。
人体を破壊したり合併症を引き起こすのもあり得るが一切それがない。
どれほどの研鑽を積んだのだろうと素直に関心する。
「貸し借りはこれでプラマイゼロ。 今度会った時はお金をがっぽり頂くからね」
「あはは、その時は値引きしてくださいよ」
「お客はみな公平で扱ってるからお断りだね」
いつかは来店するであろうマルドさんの懐柔は失敗に終える。
まだティの片腕に全身の火傷は治せてない。
ああそれを考えるとお金が沢山いる。
生きるのに最低な金額しか持ち合わせておらず、貯めれる目途が立っていない。
ティを健全なの肉体に戻すにはまだまだ先になるな。
「さあ帰った帰った。 これからお客さんが入る予定なんだ。 またのご来店を」
「おわわ……ありがとうございました」
「お世話になりました」
半ば強制的に背中を押されて二階から追い出された。
一階に下りればルルが玄関の前で待っており、「また来るよ」とお別れの挨拶をし外へと出る。
魔女ハウスから出れば快晴で少し蒸し暑かった。
「用事も片付いたしなにしよう……」
「ギルドでお金を稼ぎましょう、私のために」
「その言い方やめないか。 奴隷としても自覚はどこにいったのやら」
「奴隷の私は死にました。 今はサクライが奴隷で私が主人です」
「立場が逆転した覚えないのだけれど」
冗談を通り越して従主関係が入れ替わっている。
また一段と陽気になり生意気な口を言えるようになったようだ。
治癒するたびに本来の自分を表に出せてるのは微笑ましい。
相当ティにとっては気負いしていたのが伺える。
心を全開にしたティと会いたいのでいっちょ頑張るか。
道のりは険しく長いけどやりがいがある目標だ。
「ギルドに出発しますよ」
「手を引っ張らなくても逃げないって」
逃げ防止のため手首を掴まれ転倒しそうになるのもお構いなしに、ギルドに連れていかれるのであった。
◆
ギルドに来るや否や人だかりができていた。
幾度の死線潜り抜けたであろう戦士に魔法使いとクエスト掲示板に集まり睨めっこしていた。
おかげで掲示板になにが貼ってあるのか見えないし、取りに行くのもできない。
困ったなぁ。 待っていては日が暮れそうだ。
「邪魔ですね。 蹴散らしに行ってください」
「順番待ちがこのギルドのルールだろ。 んな野蛮なことしないわ」
「勇者の特権を使って退かせばいいのですよ。 『俺がルールだ! どけ虫けら共』と叫びながら突撃しましょう」
「さっきからなに言ってんの!」
どうも片耳が復元した辺りからティの態度がおかしい。
こんな乱暴な言い方をする子じゃなかったけど…………ときどきあったな。
それは置いといて、言動が目について仕方ない。
ギルドに行く道中でも下品な言葉を使用していた。
……まさか治療した際の後遺症か?
脳にダメージが入り性格が歪んでしまったのだとすれば、数々の言葉遣いの悪さは納得できる。
ここにいてはティが誰かに危害を加えてしまうかもしれない。
早々に立ち去り王城に閉じ込めよう。
「ティこっちに来い」
「どうしたのですか急に?」
「いいからこっちに」
「――!」
子連れのように手を引っ張り踵を返した。
ギルドに出てからは無言で歩いていく。
ティの言葉を聞き入れず前に突き進む。