その4
本音を伝えると初々そうに微笑み背筋を伸ばし瞼を閉じた。
一方魔女はというと真剣な顔つきで眉をひそめている。
頬からは汗を流し呼吸は静かだ。 かなり集中している。
「……分析完了。 今から片耳を復元するので君は後ろを向きたまえ。 企業秘密ってやつさ」
額から垂れた汗を裾で拭い、ティの耳にそっと手を添えた。
魔女の指示に従い回れ右をし、治療が終わるまで振り向かない。
なにもすることがない俺は不気味な色した液体を眺める。 ゆらゆらと動いては輝き、生き物が飲んだら卒倒しそうな危険さを感じる。
薬系統以外があるのか見渡しても家具しかない。 魔女なら魔導書みたいな本を積み上げているもんだと思い込んでいたがなんもない。
読書する趣味がないのかもしれないな。
「復元終わり。 どうだい私の美しい声は聞こえるかい?」
「美しくはないですが聞こえます」
毒づいた発言で魔女に言葉を返していた。
治療が終わったのを理解した俺はティに頭を向ける。
「治った感想は?」
「見た目通りにゲスい声をお持ちのようでほっとしました」
「第一声おかしくないか」
手で口を覆い隠し小刻みに震えて笑っていた。
ティと出会ってから初めて笑ってる姿を拝見した。
決して笑わず感情を押し殺しているティが腹を抱えて笑っているのだ。
音のある世界が戻ったおかげか感情も帰還したのかもしれない。
にべもないより笑顔が良く似合う。
「感謝してもしきれません。 あなたは優しすぎますよ」
「え、え、ちょ。 泣かせることした!?」
「私が涙……もう枯れ果てたはずですが」
ぽろぽろと水滴を落とし本人でさえ涙を流しているのに驚いている。
躓きそうになりながらもティのもとにより、無事なのか確認する。
潤んだ瞳以外異常はなさそうだ。 精神的にまいっているならどうしようかと混乱してしまった。
とりあえずポケットからハンカチを取り出し、ティの流した涙を拭き取る。
着席させしばらくの間は放置することに決めティか離れることにし、退屈そうに窓から空を眺める魔女に近寄る。
再生屋には質問したいことがあるからだ。
「おおお騒がしてすみませんでした。 えーと……なんて呼べばいいでしょうか?」
「いいのいいの。 よく感情を表に出す客はごまんと見てるから気にしないよ。 魔女ってのは呼ばれてあまりいい気分じゃないから、私のことはマルドとでも呼んでくれ」
「マルドさんですね。 ではさっそく聞きたいここと、があります」
「答えれる範囲なら話そう」
「鬼と魔女についてです。 鬼とま、魔女ってどういう生き物なんですか?」
ある程度の種族はキュレイピアから情報提供を受けてはいるが、鬼と魔女の単語はまだ聞いたことはない。
異世界では定番なはずの魔女の話題を一切口にはしなかった。 故意で口を閉ざしていたのか、あるいは魔女という種族がいないと思い込みで、質疑応答していたのか二択に絞られるが神のぞみ知ること。
ふぅ、無駄な思考は止めてマルドさんの話を聞こう。
「再生の魔法を探ろうとしてたわけじゃないのね。 鬼と魔女の生態ならいくらでも教えてあげよう。 まずは鬼から。 二本の角を額から生やし姿形は人間そのもので、生息地は山奥や洞窟。 能力は他者の邪心をあばき、怪力で二本の角で突き刺した相手の魔力を吸い取るドレイン機能。 あとは人を喰らうことで肉体を活性化し超速再生ができる。 人間にとっては敵対したくない生き物さ」
「……ティには角がなかったな。 どうしてだろう」
「純粋な鬼ではないからね、ティちゃんは。 角がないのは半分しか能力を受け継がなかったせいかもしれないが、隠している可能性もある」
「か、隠している……て?」
「鬼の角ってのはね、体内移動が可能なんだよ。 別に額に生やす必要はないし、身体の外に出さなくてもいい。 ポリシーなのか、アイデンティティーなのか、鬼は額から角を出して見せびらかすのが好きらしいってだけさ。 この事実を知るのは極少数だがね」
「勉強になります」
鬼っていう感じがない理由がよくわかった。
怪力なんてつい先ほど知ったばっかだし、角を持ってるかは不明だけど隠せるなら外見は人と変わりない。
邪な感情を読める能力も親譲りってわけね。 でも、もう半分はなんだろうか。
マルドさんも理解していないニュアンスで発言していたし、聞いたところで意味ないだろう。
「お次は魔女について。 膨大な魔力を身に付け人間を超えた存在を魔女と呼ぶのさ」
「てことは人間なんですね」
「元は人間が正解だね。 魔女になるとね、寿命の概念はなくなり老衰しなくなる点から人間とは異なる。 生体組織も人間とは違うし、見た目だけ人ってのが特徴。 で、ティちゃんが災厄をまき散らす化け物と悪口を言ってたのは、長生きすると魔法の研究をしたくなるわけ。 それも卑劣で非道な実験も軽々やっちゃう。 狂ったサイエンティストなの。 私もそうだよ。 だから人間から悪魔だの化け物と呼ばれてしまうの」
追求し続ける研究者って言葉がしっくりくる。
自分の欲求のためならどんな犠牲でも問わないって感覚なのだろうか。
魔女はたしかに人間ではないな。




