その2
荒れ果てた大地に朽ち果てた木製の建物の間を突き進んでいる。
地図の案内通りに徒歩しているがスラム街から抜け出す道筋ではないようだ。
辺りを見渡して歩けど心が痛んでいく。
食事も十分に取れてないであろう老人、子供、青年、少女、と壁にへたりながら座っている。
肉は皆無でほぼ皮と骨の身体。 これが豊かな国といわれる現状だ。
表面上だけ見繕っているだけ。 嘘っぱちの国だな、ほんと。
「ピンをさしている場所だとここのはずだけど……キノコハウス?」
黄緑に斑点が黒と随分と特徴的な家である。 猛烈に引き返したくなった。
キノコの家に棲んでいる依頼主だぞ。 足を踏み入れたらキノコの苗床にされるかもしれない。
とはいえ、恩を返したい人の気持ちを無下にはできない。
気乗りしないけど。
「ごめんくださーい」
木製のドアを三回ノックし呼んでみるが、シーンとし足音一つもたてない。
ドアに耳を澄ませて中を探るがやはり物音一つもしない。
とここで呼び鈴が設置されてるのに気づいた。 指ではじくとキノコハウスから鈴の音が反響した。
てっきりはじいた鈴が鳴ると予想していたが。
「反応なしと。 出かけてるかもしれないな」
「明け方にですか? まだ寝ているかもしれませんよ」
「なら数回試してみるか。 それで出てこなかったら後日あらためよう」
ピンと一回はじく。 反応なし。
ピンピンと二回はじく。 音沙汰なし。
ピンピンピンと連続で鳴らす。 全速力で誰かが走る音が聞こえた。
「朝早くから私様の眠りを妨げるとはいい度胸だ。 氷漬けにされたいか、火あぶりにされたいか、どちらか選ばせてあげるわ」
般若の面で見下ろす巨乳のお姉さんがキノコハウスから出てきた。
闇に吸い込まれそうなローブに長髪の紫。 魔法使いみたいだ。
「黒髪に漆黒の瞳……勇者か。 私はすこぶるほど機嫌が悪い。 用があるなら夕方以降に出直してきな」
「あ、う」
緊張してるわけでもないのに首の筋肉が喉を締め上げて声が出なくなった。
サーレに行けと言われて来たと伝えたいのに発声器官が閉じてしまっている。
俺のことを奇異な目で見ない人、勇者以外と会話するのは久々で忘れていた。
治ってないのだ、吃音が。 上手く言葉が出せない……ツライ。
「なんだい。 言いたいことがあるなら早く喋ってくれないか」
「ああの、その」
「勇者サーレから手紙を預かってます。 あと行けと言われて参りました」
「金ボンが?」
必死に声を出そうとしてる所にティからフォローが入り代弁してくれた。
知らぬ間に手紙を懐から抜かれ不機嫌なお姉さんに渡していた。
はぁ、ティが居てくれて助かったよ。 誰とでも話せると過信していたのが誤りだな。
そう簡単に治るもんじゃないのを頭に置いていなかった。 一生治らないかもしれないが。
「ふんふんふん。 お前たちが金ボンに協力した一味か。 悪態吐いてすまなかったねぇ。 最高のおもてなしをしようじゃないか。 さあ、上がりまえ」
不機嫌から上機嫌に転換され家に招き入れる。
玄関で靴を脱ぎ螺旋に伸びる階段を上がると、薬品の匂いが鼻腔をくすぐった。
色とりどり液体にガラスビンが棚に鎮座され、怪しさ満点を醸し出している。
「空いてる席へどうぞ」
部屋の中心に、円角のこげ茶色のテーブルに固定された椅子にお姉さんはいた。
言葉に甘えて椅子に座るが落ち着かない。
物体Xの液体がそこら中にあるのを目撃してしまうと、実験されたりしないだろうかと被害妄想が膨らむ。
「ようこそかの有名な再生屋こと、マルダルク・エシュタニアの根城に」
「さ、さいせいや?」
「再生屋をご存じない?」
紫色の双眸で見つめられ首で縦に振り答えた。
「ここいらじゃ有名なのに」と呟き落胆していた。
「再生屋ってのは生き物の肉体ならなんでも治療でき、復元させる魔法使いのことさ。 長年苦しむ障害も治せるし、千切れた失った腕も戻すのもできる。 それが再生屋」
「なんでも……か」
喉ぼとけに指を当てて吃音で苦しんだ過去を振り返った。
普通に話せないのが苦痛で、同世代からも変人扱いされる日々。
ずっと悩み治す努力はしたが改善は一度もしなかった。
治るなら大金をはたいてでも治したい。
「先祖代々から受け継がれた竜を守ってくれたお礼だ。 本来なら莫大な金額を請求するところだが無料で再生させてやろう。 黒髪か包帯女かどちらだ」
「お……」
俺を治してくれと答えようとしたが脳裏にティが映った。
いつもいつも恥辱をし心痛が解放される。 ケラケラと笑われ嫌な思いをたくさんした、なのにティが頭から離れない。
お前は苦しみから解放されたくないのかと問いかけるが、俺よりティの方が大事だと思ってしまう。
横目でティを見て決意した。 ティを治すと。




