その7
「起きろロリっ子! 緊急事態だ!」
「………………貴重な睡眠を妨げてまでなに用?」
「ティにシャワーの使い方を伝授してやってくれ。 男が教えるのは……その……いろいろとマズいだろ。 世間的にも道徳的にも」
「知らね。 おやすみー」
「うおおい!」
再び就寝タイムに突入し夢を見ようとするがそうはいかない。
なんとしてもロリっ子を出向かせないと。
「お願いだから寝ないでくれ! 一生のお願いだ」
「うるさいなぁ。 手助けは今回限りって説明したよね? なにより奴隷の身の回りは主人の務めでしょうが。 己でケツを拭きなよ、では」
「ああ…………」
布団の中に潜り込み丸まって会話はもうしないと断固拒否を示す。
マジかマジかマジか。 歳も近いであろうすっぽんぽんの女性と狭い部屋で手取り足取り説明する。
理性が保つ気がしない。 もしくは頭が爆発して側頭するかもしれない。
仕方ない。 不本意だが教えるしかあるまい。
視界に映すのはアウトなので目隠しとなるタオルを巻いて風呂場に向かおう。
よし、バッチリだ。 真っ暗で光も通してない。
鼓動が高鳴ってるが平然を装って悟られないようにしよう。
「待たせたな、ティ。 キュレイピアは爆睡中だから俺が代わりに使い方を伝授する」
「……」
壁伝いで風呂場に到着した俺はドアを開けてティに話しかけた。
返事がない。
「ティ?」
「すみません。 おかしな格好で現れたので言葉が詰まっていました」
「男の事情ってもんがあるんだよ」
すごく険しそうなティの顔が脳裏に浮かんでくる。
俺だったら「奇行なやつ」と思ってしまう。
「えーと、あー、あった。 まずはこいつを持って頭に向ける。 で、ドアノブみたいのを捻ると水が出でてくる」
排水溝であろう向きにシャワーを噴出させ、水が出ているのをティに見せつける。
温水かどうか調べるため一瞬手を触れて確認。 冷たかった。
右のノブを回したので、左が温水だと判明。
「左の方の捻ると暖かい水が出てくるから使い分けるといい。 ではこれにて」
「すみません。 わがままですが身体も洗っていただけませんか? なにぶん不自由なもので」
「ちょっ! え? なんで!?」
予期せぬ言葉に声が裏返ってパニックになる。
元奴隷だからといって女性は女性だ。
洗う行為は胸もおしりもあそこも……だ。
絶対無理無理無理。
洗うのが困難だろうが断らせてもらう。
健全な青少年にはきつ過ぎる試練だよ。
「片腕だとやりにくいので」
「こればかりは勘弁させてくれ。 自分を抑えきれなくなる」
「……了承しました」
理解してくれて良かった。
頑なに拒否されたらどうしようもなかったぞ。
ふう、どっと疲れが押し寄せてきた。 精神的に。
免疫ない俺にとって刺激が強すぎた。
◆
一週間ぶりの風呂に入り身を清めてさっぱりしたのち、脱衣所で塗れたベージュ色の髪をタオルで拭う片腕の少女がいた。
薄っすらと頬を赤らみながら自分でやった行為を思い返していた。
「……傷だらけの体に欲情するなんて」
全身がほぼ火傷の痕で健康な肌なぞほとんど残っていないのに、欲情する主人が不思議で仕方なかった。
誰一人も性的な目で向けるものなど金輪際存在しなかった。
醜い体だというのに、初々しい反応をする変人……なのは知っている。
彼のことはよく知っているとも。 奥底の深層を覗いたので何者かは存じ上げている。
あの町でただ一人まともに接してくれた恩人なのだから。
「包帯をストックがなくなった。 あとで主人に買ってくれるよう頼もう」
火傷を隠すために巻いていた包帯の在庫が底をついてしまった。
彼は優しい。 必ずやお願いすると買ってくれるだろう。
「服乾いてない。 乾くまでタオルで代用しよう」
胸元までタオルを巻いて体を覆い隠す。
塗れた髪のままで主人がいるであろうベッドルームに向かうが、そこにいたのは金髪ロングヘアーのちっこい少女。
愛玩動物みたく可愛い外見をしてるが、中身はおぞましくどす黒い。
心をある程度読み取れるティだからこそわかる、底知れない悪意の塊の化身。
主人には真相を話していない。 否、話せなかったが正しい。
「やあ、小綺麗になったね。 久しぶりの風呂はどうだった?」
「………それよりあなたの目的はなんなのですか。 嘘と悪意ばかりのオンパレードで、主人に語れば殺すと、私だけに話しかけ主人には教えないように仕向けるわけをお聞かせください」
「答える義理はないね。 我は、我の目的があって彼を利用する」
両者ともども鋭く突き刺さる殺気が放たれ、睨み合い合戦が生じる。
一時の間が過ぎ、先に口が開いたのはティだった。
「彼が私と出会うように仕向けたのも、彼と私の過去も全て知ってることも、裏で大きな動きをしてることも…………あなたは危険すぎます。 あなたの思い通りに主人を利用させません。 利用させれば最悪の結果が彼に待っているかもしれません。 なので二度も助けて貰った命をかけても、主人をいえ、ター君を必ず死守します」
「そうかいそうかい。 できるものなら成し遂げてみろ」
獲物を狩るような目つきで見下ろすティと、寝転びながら二へっと笑うキュレイピアが、主人が不在の合間に起こっていた。
彼は知らずにトイレに引きこもっているのであった。