その1
山脈に囲まれ、立地条件の良さに外敵も少ない。
敵が少なすぎるので防壁は設置されていない。
資源も豊富で食料も水も大量にある。 恵まれた王国。
王国の名はモダル・ヘルク。
と、ティから情報提供を受けた。
現在、モダル・ヘルクの間近にいる。
なぜ、王国に向かうことになったのかというと、遡ること三十分前の話。
――――――
「旅をするにも食料に足、衣服にその他もろもろいるなあ。 ティ、近くに町や村とかないのか?」
「北西に徒歩二時間で着く王国があります。 ですが、できれば立ち寄りたくありません」
「どうしてだ?」
「あそこが住処を奪われた場所ですから」
俯き、目を細めて悲しげな顔をする。
最近の出来事だったのか。 聞くのは軽率だった。
王国の人々に追い出され、苦い思い出のある所に二度と行きたくないだろう。
ティは死んでも赴きたくないだろうから、違う町や国を探すとしよう。
「わかった。 ティの意思を尊重して王国には行かない。 他にあたろう」
「いえ、私の意思は無視して構いません。 あなたの所有物なのですから、決定権はあなたにあります」
「所有物とか言うのやめろ。 俺はティのこと奴隷とか思ってない。 一人の人間として認識しているんだ。 ティが嫌なら行かない。 人の意思は尊重されるべきだから」
「…………特殊なお考えをお持ちのようで」
明後日の方向に目を背けて鼻息をふーと吹かす。
困りつつなにか考えごとをしてるようだ。
「お忘れのようですが、追い出した原因を作ったのは勇者です。 あなたが憎むべき勇者がそこにいるのですよ」
「そう……だったな。 勇者を野放しにするわけにはいかないな」
あなたの旅をする目的は全てお見通しですよってわけか。
ティのことより奴らをこの世から消す方が優先だよな。
すまないなティ。 ……ちょい待てい!
勇者の抹殺の話なんてしてないよな?
まるで知ってるかのような口ぶりだったし、当てずっぽ言ったわけではなさそうだし……まさか相手の記憶を読む能力を隠していたのか。
「思考を読み取る能力があるのか、ティ?」
「いいえ、有してません。 嘘か本当なのかわかる能力はありますが、それ以外に相手の奥底の感情を読み取る能力があるだけです。 読み取った結果、推測で勇者を殺害しようとしてるのでは? と思いまして提言しました」
「黒歴史まで読まれた泣いてたぞ。 ああ、ほっとした」
「あなたの恥辱めいた過去に興味はありませんが」
口を開けば開くほど消し去りたい思い出を掘り返される。
うむ、ティの前ではなるべく過去の話は持ち出さないようにしよう。
事実、恥辱ってばれてしまったし。
「こほん。 辛いだろうけどモダル・ヘルクに案内してくれ、ティ」
「はい、では先行しますので付いてきてください」
――で、今に至る。
しっかし、防壁がないとは無謀にもほどがある国なこと。
被害が限りなく少ないから危機感がないのかもしれない。
「兵士とかいないけど、勝手に侵入してもいいのか?」
「亜人や獣人。 人間なんでもウェルカムな国ですから入っても問題はありません」
「治安が悪そうだよなあ。 よそ者が犯罪して逃げたらどう対処するのやら」
「その点も心配ありませんよ。 国中全体に防犯用結界が張られています。 盗難、殺人、強姦と犯罪を起こした者には自動的にタゲが付けられ、警備兵に捕らえられ御用となります」
「便利な魔法もあるんだな」
特定の行為を実行した者にだけタゲが付与される魔法ね。
一日中監視されてるってわけか。
困ったな。 勇者を亡き者にしようというのに居場所が特定されてる。
食料に旅の必需品を調達後、勇者を始末して逃走する準備をしていた方がいいな。
長居はできない。
「入国するぞ、ティ」
無言のままコクリと頷き、モダル・ヘルムの領地に足を踏み入れた。
手入れされた芝生を抜けて、建造物の路地を歩き続けると大広場に出た。
中央には勇者らしき像の剣から水が飛び出し、噴水を囲い敬うように建物が並び立つ。
精緻された石畳にゴミも一切ない美しい国だ。
治安はちゃんと維持されてるようでなにより。
「思ったより良さそうな国だな」
「ええ、この場所は美しいですね……ほんと」
きゃっきゃ騒ぐ活発な子供たちをて羨ましそうに見つめるティ。
引っかかる物言いをする。 この場所は美しいってなんだよ。
他の地域は美しくないって解釈してしまうぞ。
「おい、ラルク! 待ちたまえ!」
平和な雰囲気をぶち壊す怒声が飛び交った。
ガシャリガシャリと金属音がうるさい方向に視線を逸らせると、白色のマントに銀色の鎧を纏った二人が睨み合っていた。
目に映った二人の男に俺はドックンと心臓が跳ねた。
血がざわざわと騒ぎ、頭が破裂しそうなくらい痛くなる。




