第8話:エルフ
暫く日が空いてしまいました。
「フラト、水」
「俺は水じゃねぇ。それが主人に対する態度か」
この怠い作業を始めて何時間だろうか。
スィネフォの雑草は元の世界のそれよりも遥かに根が強く、非力な揺命では渾身の力を込めないと抜く事が出来ない。その上、日光が照り付け体力を奪い、額から汗が零れる。作業ゲーは得意だと意気込んでいた揺命だが、己の体力を酷使するとなれば話は別だ。彼の体力は、救世主とはいえ人並みなのだから無理も無い。
熱に弱いヴァンパイアの肌は、このカンカン照りの中でも白く透き通り、焼ける事は無いのだろう。隣の首から上だけが露出している(彼女の黒いインナーはほぼ身体のラインを表しているのだが)ストレアの白い素肌は何となく涼しさを感じさせるので、つい目をそちらへ向けてしまう。
「何見てるの」
彼女は至って健全な反応を示す。どうやらその辺りはヴァンパイアも変わらないらしい。無表情のまま自身の胸を隠すように両手を当て、屈む様はどこか滑稽だ。肩を竦め適当に流しつつ、真剣に雑草を抜く。何で救世主なのに雑草抜きをしているんだろう、と自身の軽率な選択を後悔するが、時間は巻き戻らないので仕方なく作業を継続する。
「なんだこれ、抜けねぇな」
他のものよりも根が強いものがあった。揺命の力ではびくともしない。
「おいストレア、これ抜けるか」
「ん」
短絡的な言葉を返し、ストレアは揺命に近寄る。手で退かすと、その根をグイ、と引っ張った。やはり人間と彼女の力はかけ離れているようで、少し身体を反らすだけですぽっと簡単に抜けてしまった。その光景に、人間との明確な違いを感じては若干の恐怖を抱く。通常の反応だろう。
「サンキュ…って、これマンドラゴラじゃねぇか!!」
抜かれた根は小さな人型を模しており、その虚ろな瞳がギョロリと揺命を覗いた。次の瞬間、その叫び声が響き渡る。鼓膜を破くような音に、二人は思わず耳を塞ぐ。だが時は既に遅く、揺命とストレアはその生命力をジリジリと奪われていく。
声を出す事も出来ず、苦しげに揺命は呻きその場に倒れ込む。ストレアも同様に、瞳の焦点が合わずに喉を抑え苦痛に悶えるように身体を地に伏せた。
「あっ…く…」
助けを呼びたいが、その苦しさで二人はピクリとも動く事が出来ず、声を張り上げる力も残っていない。喉からは苦痛に満ちた喘ぎだけが出てくる。
空気を肺に溜め込む事も出来ず、考える余裕も無いままに、揺命は意識を失った。
次に目を覚ましたのは、少し太陽が西へ傾いた頃だ。ゆっくり瞳を開けると、淡い灰色の風に靡く髪が確認できる。目の前には耳の尖った――要するにエルフの、揺命と近い年齢に見える女性がしゃがみこちらを覗いていた。
「良かったです、まだ死んでなくて。」
彼女は安堵したように静かに言葉を掛ける。笛の音のような、落ち着く声の主を数秒見つめた後、揺命は重要な事に気付く。顔を真っ青にして、目の前の状況を理解しているであろう女性に顔を近付け必死に尋ねる。
「す、ストレアは大丈夫なんスか!?ああストレアっつーのは小さい女の子で――」
彼女は慌てふためく揺命を宥めるように、唇に指を当てて微笑んだ。
「彼女は幼いので、貴方より早く毒が回ってしまったようです。しかし、命に別状はありません。念のため治癒しておきましたが、彼女の異常な回復力があれば、助力は必要ありませんでしたね。今は眠っています」
エルフの女性は
揺命は胸を撫で下ろした。身体から力が抜け、再度地面に身体が倒れそうになるも、両手を地べたに付け何とか堪える。
「あの、助けてくれてあざす」
照れ臭さに瞳を逸らしながら、首を垂れ礼を述べる。自分とストレアにとっての救済者である彼女に、不慣れながら感謝の気持ちを述べる。
「いえ、良いんですよ。ヴァンパイアと一緒に労働している滑稽な様に興味が湧きますし、人助けをすると対価を請求できますから」
彼女は僅かに会釈をしながら、正直な言葉を述べた。その白い瞳は揺命を見つめ、如何にも興味ありげな様子で。
「いつからアイツがヴァンパイアだって分かってたんスか」
「ずっと」
「…最初から?」
彼女は薄い笑みを零す。その瞳からは病的な何かすら感じ取ることが出来、思わず身震いする。どうやら、二人の作業している光景を初めの方から覗いていたようだ。若干薄気味が悪いが、二人を助けてくれた辺り、どうやら敵対者では無いらしい。妙な不快感を感じつつも、どこか嫌悪しきる事は出来ない。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はマーニャ・カーネイション。貴方達のギルドにおける先輩、でしょうか」
そういうと、彼女は旅人特有の装備である緑の布へ手を差し入れ、懐から自身のギルドカードを見せる。カラーが金色という事は、相当の実力者である事は間違いない。
「…何か見返りが必要ですよね」
彼女は先程言った。対価を請求できる、と。つまり、彼女は何かを求めているのだろう。金だろうか、或いは労働だろうか。
「いえ、どうしてヴァンパイアと一緒にいるのか聞きたいだけですよ」
彼女には特に裏がある様子も無い。何か真意を隠しているのかもしれないが、少なくともそれをこの場で公にする気は無いのだろう。ただの簡単な質問を投げかけられた揺命は、特に深く考えるでも無く応えた。
「奴隷っスよ。俺が主人」
「――。フフ、アハハ」
そのままを伝えたハズなのだが、彼女は驚いたように双瞳を丸め、そしてお腹を抱え笑い出した。何がおかしいんだ、と首を傾げマーニャを見つめる。
「――こほん、失敬。奴隷に対して、あの心配の仕方。随分と仲良くしておりますね。救世主様は、面白い方ばかりの様子ですが、貴方には特別に興味が湧きました」
ストレアを一瞥したマーニャは、身体を寄せ揺命の瞳を覗き込む。そして唇を寄せ、その距離を零距離まで近付け、揺命の緊張し同時に動揺する反応を楽しみながら、それからこう述べた。
「ファルテの気持ちも分かった気がします。くれぐれもマンドラゴラにはお気を付けて」
軽く揺命の頬を指先で撫でると、彼女は背を向けその場から立ち去って行った。不可解な女性だ、と彼女の背中を眺めつつ感じながらも、揺命は重要な事に気付いた。
「――まだ終わってねぇじゃん。おいストレア」
隣でうつ伏せの状態で眠るストレアを軽く揺さぶるが、反応は無い。彼女に無理をさせる訳にはいかないので、途方に暮れつつも、時間は待ってくれないのだ。揺命は覚悟を決め、雑草抜きを再開した。
因みにこの後、時間がかかりすぎという事で報酬を大幅に減らされたのは別の話である。
情報開示:『マンドラゴラ』
この世界のマンドラゴラは、引っこ抜かれると奇妙な叫び声を上げて半径5m以内の人物を発熱、発作、細胞破壊、呼吸困難にし、殆どの生物を殺す怪物である。抜かないと雑草と見分けがつかず、市街地にも潜伏しているため非常に厄介。その叫び声で近くの仲間を守り、己の命を犠牲とするが、その時に大抵近くの仲間も死ぬので大して意味は無い。




