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失血の第七救世主  作者: 烏野 点滴
1章『異世界召喚編』
6/9

第5話:二度目の初対面

―――(グッドモーニング)


小鳥のさえずりと清々しい風の音、そして街を囲うように造られた水道を水が流れる音――自然音のみが聞こえるその世界での目覚めは、現実世界の臭い匂いと酔っ払いの鼻歌、そして車の通る歌とお隣の騒音の中で暮らす現実世界よりも遥かに良いものだった。

上体を起こし軽く伸びをして瞼を擦ると、揺命は布団を取り除きベッドから降りる。そして朝の日差しを浴びるべく、カーテンを開け窓を開放。新鮮な自然界の空気を肺に大量に取り入れる。異世界に来て、初めての朝日だ。雲はちょっとある位の晴天である。


昨夜、防具を買い外に出ると、既にかなり暗くなっていた。急遽銭湯に入り身体を清めた揺命は、その湯に感動したものだ。何せ、身体のそこから気力が湧いてくる。『神の泉』だから、という訳ではなく、何か神聖な魔法が掛けられているようで、魔力が回復し身体が自然と解れる。これが無料だというのだから、異世界の素晴らしさに感嘆符の一つや二つ、普通に出るものだろう。

隣の女湯からファルテが話しかけてきたが、恥ずかしかったので無視した事も覚えている。


どうやら家畜の概念もあるらしく、風呂上がりの牛乳を飲む事も出来た。現実世界のそれに味で劣る事は無いといえよう。


その後、夕食は豪勢にオークの肉を食べた。最初は気が引けたが、食べてみるとこれが物凄く美味しいのだ。オークにはあまり良いイメージの無い揺命だったが、改めてオークを評価した瞬間である。


その後、揺命のスマートフォンで遊ぶファルテと共に帰路に着いた。他者には渡したくないが、土下座レベルに頭を下げられお願いされては断れない。無邪気に喜んだ彼女はオフライン用に購入したパズルゲームを何度も繰り返し遊んでいたが、一向に上達しなかった。ゲームオーバーになる度に涙を目尻に溜める表情は、童貞の心を揺さぶったものだ。


家に帰ると、電気が通っていないのでランプにファルテの魔法(イーグニス)で火をつけて、それを灯りにした。部屋を分けてもらい、3室の空き部屋の内一つを借りる。購入した魔術書と秘伝書に書かれている輪の中心に手を当てると、その詠唱が頭の中へと入ってくる。その時の自分の勇者してる感は凄かったものだ。満足すると、その能力覚醒に体力を使ったのか、それとも昼間の時点で疲れていたのか――ベッドに転がり込み、寝息を立てるまで数分もかからなかった。


昨日買った用品を一通り確認し、整理して並べる。こう見えて揺命の得意分野は掃除で、自らの部屋、あるいは家を徹底的に綺麗にしないと気が済まない体質なのだ。タンスに日常の衣服を、ハンガーに冒険服を、そして机上に各本を、最後に壁に剣を立てかける。我ながら完璧と自分を褒め、先日ハーゼから頂戴した黒いYシャツを着用し、適当なジーパンを履く。新しい服を着ると、なんかこう、気持ちが爽やかになるよね。


部屋を出るべくドアノブに手を触れようとしたが、唐突に扉が開いた。


「おはよー弟くん!!気持ち良い朝だね、まだ寝てるのー?」


思わぬ扉の動きに反応できず、額を思い切りドアにぶつける、よろけた拍子に右脚の小指を机にぶつけ、声にならない悲鳴を上げては床にドサリ、と倒れこむ。痛みにヒリヒリする体。どうやらやはり血が出ていないと痛覚は抑制されないようだ。瞳に大粒の涙をため込みつつ、立ち上がる。


「起きてたんだね…って一人でなにやってるの?」

「お前のせいだよ偽姉貴!!」






二人は朝食を済ませる為、再度街へ向かう。両者ともに食事を作ることは出来ないので、朝昼夜と、三度街へと赴かなくてはならない訳だ。朝食は奢っていただけるらしいので、感謝の意を込めつつ『いただきます』と述べる。異世界にそれを言う文化は無い様で、興味津々にファルテはその言葉の意味を尋ねてきたが、説明が面倒だったので無視した。頬を膨らせるファルテ。


「じゃあ今日のスケジュールの確認をする。ファルテはどうするんだ?」


朝のサンドイッチを頬張りつつ、首を傾げファルテに問いかける。昨日からスマートフォンを絶賛独占中の彼女は、パズルゲームを中断させると揺命へ向き直り言葉を返した。


「今日は護衛団の友達と一緒に討伐依頼行ってくる。心配しなくて良いよ、そんな強い敵じゃないし。夜には帰ってくるからね」

「心配してねーよ」


即座に冷たい言葉を反射的に返すと、彼女はえー、と不満そうに声を漏らす。適当に手を振りあしらうと、次は念の為自分のスケジュールを確認する。


「…今日は街の散策だな。残りの金を使えそうな所も探そう」


ホットミルクを飲みつつ独り言をぼやくと、今度はファルテが尋ねてきた。


「散策って、どの辺り行くの?」

「そりゃ適当にブラブラと」

「ダメダメ、この街は光と闇が深いんだから。それに広いし、迷子になったらもう帰ってこれないかもよ」


どうやら茶化している訳では無いらしい。人差し指でバツマークを作ると彼女は続いてお節介を焼き続ける。


「まず、この街は大きく分類して5つのエリアがあるの。冒険者で賑わう冒険街。魚や野菜の市場があり、生活を潤わせる住民街。ああ、王宮もここにあるね。それと、お酒呑みとかダーツとかが楽しめる娯楽街、闇商人が横行している危険なスラム街、最後に一般人の立ち入りが禁止されている上層街。」


――ふむ、つまり散策するべきは娯楽街辺りだろうか。腕を組み考え込む揺命に、ズイっとファルテは顔を近付ける。


「あー、娯楽街は楽しいところだけど、フラトみたいな子供が行くとダメだよ。お酒は飲めないんだろうし、危ない店…エッチな店も一杯あるんだから」


そんな情報を聞かされては行くしかないじゃないか。期待に胸を膨らませながら、揺命は満面の笑みで了承したと首を縦に振る。


「まぁ、本屋とか行けば色々この世界の事わかるだろうし行ってみたら?」


魅力的な提案だが、それはまた次の機会にしておこう。揺命は娯楽街に行く気で満々だった。ホットミルクを飲み終えると、食事を終えたので両手を合わせて「ご馳走様」と呟く。


「ふふ、友達きたしそろそろ私は行くね。勘定は済ませてあるから。フラト、じゃあね。ゴチソウサマ」


同じように手を合わせ言葉を告げると軽く揺命の髪を撫で、机上にスマートフォンを置き店の外へと歩き出した。外ではエルフの女性と、ヒューマンの男性がファルテを待っている。三人は軽く言葉を交わし、街門へと歩き出した。揺命はその後姿を見送ると、立ち上がった。


「…待ってろよ娯楽街、待ってろよサキュバス!この救世主・揺命様が、今金を貢いでやるからな!」






…と、意気込み娯楽街へと向かったは良いものの。どちらに進めば良いのか分からず、揺命はしばらく迷っていた。やっとの思いでサキュバスハウスなる店に辿り着いた揺命。しかし、


「……閉店、か。あー、分かった。ここスラム街だ」


そう、そこは娯楽街では無く廃れ潰れた店が集う街、スラム街。ここの住人は皆隠れるように小屋や店の中にいる。雑草は茂り、すれ違う人々は怪しげな者ばかり。昼の12時から酒に酔い辺りを睨みながら歩いている住民から、思わず目を背ける。この服装では目立ってしまうだろう、ボロボロの不衛生な衣服に身を包む者たちは、その過半数が揺命を見ているようにも感じられる。


…早くこんな所抜け出したい。ここに居たらいつ盗賊に殺されるか分かったものじゃない。こっちは家に剣を置いてきたので丸腰だ、いくら魔術が使えようとも数体VS単体であれば勝ち目は薄い気がする。両手をポケットに突っ込みながら、肩を落とす。


人の気配も疎らになってきた。随分と外れまで来てしまったようだ。


「オラ、さっさと歩け下等種族!」


何だ、人身売買…闇商売か。縄を引き奴隷を無理矢理歩かせている。怖いなぁ、この街は。とっとと逃げてサキュバスと逢いに行こう――、そう、思った時だった。




彼女と出逢ったのは。


低い身長――揺命より頭一つ分以上小さい彼女の種族はすぐに分かった。金と紅の混じる艶やかな髪、そして大きく蒼い、サファイアのように美しい瞳。――ヴァンパイア。

ストリゴイと呼ばれるヴァンパイアの種族は青い瞳が印象的だったとされているので、この色に何ら不自然は無い。更に、ヴァンパイアには昼は本気を出せないだけで焼け死なない個体が多い事も知っている。

その身体は奴隷という身分の為にボロ布のマントで覆われているだけだが、その顔色や足元の肌の白さは、薄い茶色にあまりに似合わない。本来の力を使えない何かが為されていると考えて間違いないだろう、いくら子供でもただの闇商人にヴァンパイアが負けるわけは無いのだから。


少女の瞳が、こちらを覗く。何を思ったか、その少女の瞳は大きく見開かれた。怯え切り震える瞳を覗き込めず、視線を逸らす。


彼は瞳を合わせる事が出来なかった。彼女が助けを求めたから何だというのだろう。奴隷となるヴァンパイアがどうなろうと、揺命の知った事ではない。異世界では波風立てずに生きていくのが一番だ。面倒事は御免被る。――そもそも彼女とは初対面で、自分が助ける必要など―――


……いや、違う。揺命は以前、どこかで"彼女と出逢っている"。それはいつなのか、どこなのか。そんな事は今はどうでも良かった。彼にとって今最も大事なのは、間違い無く"彼女を助ける事"。そう脳が揺命の全身に訴えてくる。


――今助けないと、お前は何も救えないままに終わる。そんな声が聞こえた。本能は、彼女の事を知っている。理性はそれを否定している。運命だと、そんなはずはないと、もう一度のチャンスだと、絶対に有り得ないと、双方が入り交じりゴチャゴチャになり、彼は考える事を放棄する。今は、何をすべきか――それは、きっと自分自身が語ってくれる。



「なぁ、おっさん」


彼女を縄で引いていた悪人ズラの男に、揺命は声をかける。怖い。怖くて溜まらないと、精神は叫んでいるのに。面倒は嫌だと、思考が嘆いているのに。


「その女の子、俺に売ってくれ」

「残念だが、先客がいるんでね。ヴァンパイアに25万も大金を注ぎ込んでくれた神様だよ。本来は15万支払うので精一杯だろうが、この額は別格だ。さ、いったいった」


その男は、この25万のチャンスを逃せる訳が無いと下品に笑う。更に悪人らしさが増す。


「…なら、俺は30万ウェンを払おう」

「さ、30万!?兄ちゃん、おい、どういう――」


その動く口を抑えるように、30枚の札を見せつける。そしてその男を一瞥すると、ニヤリと不敵に笑った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。兄ちゃん、元の主に確認を――」


彼はついてこいと揺命を誘う。その表情は期待に膨らんだものだった。しかし、揺命はその誘いには乗らなかった。これ以上の大金を積まれたら勝ち目が無い。先に詰みにさせてもらう。


「そうか、金が足りないのか…分かった。50万払う。その子を今すぐ俺に渡してくれ。即決以外のこの交渉は無しだ。忘れてくれ」


彼は、持つ全財産を天秤に掛けた。この男の動揺を誘うためだ。かけられた金額の二倍の額――これに、大概の人間は気を惹かれる筈だ。


「――よぉし分かった!50万で確かに即決だ!向こうの交渉人には俺から言っておくぜ!あんがとよ!」


金の量が増えると途端に調子良くなり、揺命と軽く握手すれば50万ウェンを手から抜き取り走り去っていく。揺命は彼が去るまで笑顔で見送るも、その後ろ姿が遠くなるや、


「――触るな犯罪者。」


嫌悪感丸出しでその悪に言葉を投げつける。軽く手を服で拭い、目の前でこちらを見つめ続けている少女に近付き縄を解く。異常な大金に、あるいはその言動に驚き、半開きになった唇からは牙が覗いている。八重歯のようで可愛らしい。


「…よ、ヴァンパイア。別に俺はお前を飼うつもりは無いから、好きに生きたら良いんじゃねーの」


先程までの葛藤は消えていた。己の中には満足感のみが残っている。彼女を救えて良かったと、何故か本能が安堵している。胸を撫で下ろすと、彼女に手を振りその場を後にしようと去ろうとした。既に彼女にあった既視感と違和感は、どこかへ消えている。


「――フラト」


呼び捨てにされ、身体が跳ねる。なぜ、コイツが俺の名前を知っているんだろう。驚きつつも振り向き、彼女の顔を覗く。


「…私は、ストレア。家は無くなったし、お金も無い。私はアナタの物になった。だから、アナタに飼ってほしい。アナタが必要」


その言葉は、現実世界で彼がついぞ縁のなかった『彼を求める』言葉。揺命は瞳を見開き、彼女の言葉に声を失う。ストレアと名乗る少女は揺命に近づき、僅かに微笑んだ。対し救世主は、何も言わず、ただ首を縦に振り、肯定を示した。


「――どこかで、会った様な気がするの」


そう、語り掛ける声に。


「…ああ、奇遇だな。俺もだ」


救世主は、目を逸らしつつ言葉を返す。



それは、二人の初めての"二度目の出逢い"だった。

情報開示:『上位(ハイ)血族・交種(ハーフ)血族』


ハイドワーフ、ハイエルフ、ハイウィッチといった上位種族は、ごく一部の血の流れの生まれであり、他の同種族よりも特化した能力や特殊な魔法・秘技を扱う事ができる。その数は非常に少なく、それぞれが他の者に疎まれ単体や数体程度で生活する事が多い。そのため、都市部にはほとんどその類いのものはいない。

交種種族は、その母数を増やす傾向にある。一般的に人間の血が入っている者は亜人(デミヒューマン)と呼ばれる。双方の種族の力をバランスよく受け継ぐ場合と片方の力に特化する場合があり、その見た目もどちらかの特徴を多く取り入れたものや、両方の特徴を得ている個体も存在する。ちなみに、下等種族の血を半分でも引いている場合、その血は下等種族となる。

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