第4話:第五救世主
鑑定士の店前にファルテが姿を見せたのは、揺命が外へと出て数分後の事である。キョロキョロとあたりを見回し揺命を見つけると、手を振りつつ駆け寄ってきた。
「お待たせお待たせ!待っててくれたんだね、優しいねぇ」
「何してたんだよ。」
ファルテが出てくるのを近くのベンチに座り待っていた揺命は、数枚の写真をスマートフォンで撮影しながら、噴水を中心に円状に拡がる広場の、種族に関係無く子供達やその親の遊ぶ様子を眺めている。彼が撮影に耽る程に、異世界の雰囲気は現実とはかけ離れている。
「鑑定士に色々私の事も聞いてたの。それはともかく、」
ファルテは微笑みかけつつ揺命の隣に座る。さりげなく肩に顔を寄せ、持っている小型の画面を覗き込む。距離が近く、微量にスマートフォンに触れている指に吐息が当たり、身体を震わせた。割と幸せですハイ。
「…これ何?」
まぁ、異世界なら当然の反応である。お決まりの展開、というやつだ。テンプレで返そう。
相手の目の前で親指を動かしてみせる。広場の風景を一枚撮影。その後その写真単体を見せつけ、電源ボタンに触れスリープモードへ移行。一連の流れを見つめていたファルテは、「おおっ」と驚きの声を漏らし瞳を輝かせていた。
「まぁ、俺の世界の魔法のアイテムだ」
「へぇ。フラトの世界から普及したのって、衣服とか銃くらいだもんね。こっちの科学力じゃそれは無理かぁ」
衣服は辺りのヒューマンをはじめとした、どの種族もTシャツなどを着ているから理解できる。冒険街には鎧、旅のマントなんかが多かったのは、皆冒険者であるからだ。戦闘用の服と、日常用の服を使い分けているという事だろう。普段は確かに外の世界の衣服を使った方が何かと便利に思える。吸湿性とか、省スペース化とか。見れば分かるが、現実世界のものと見栄えは変わらないが、部分部分を無理にくっつけた様な印象を受ける。恐らくは魔法の力だ。俺のこの趣味の悪いTシャツが言及されなかったのも、コイツらの服に書いてある「ヴァル腹」とか「エクス狩りバー」とかと同じだろう。何のブームだ。
にしても、銃をこちらの世界に取り入れていたのには驚いた。主に使うとすれば、ヒューマンやエルフ辺りだろうか。剣と魔法の世界に銃を取り入れるとは、分かっていない救世主様もいたものだ。
「さて、と。興味津々のとこ悪いけど、俺はもう少し案内を頼みたい」
ベンチから立ち上がり、隣のアッシュブロンドウーマンを見下ろしては軽く片手で頼む、のポーズ。その手を掴みファルテは次いで立ち上がり、請け負ったと胸を張る。
「じゃあ、ギルド案内しよっか。キミも自力で稼がないとね」
…ああ、そうか。自給自足か。
その時、揺命は初めて異世界に来たことを悔やみ膝を折るのだった。
ギルドに辿り着いた。冒険街からまっすぐ、先程の広場を通り過ぎた先にある。家から歩いて十五分、といった所だ。見た目は普通の住宅の二倍ほど大きく、頑丈そうだ。ファルテに次いで、ゆっくりと中へ入る事とする。
「やっほ、シュトローマン。」
ファルテが声を掛けたシュトローマンという男性は、自分より一回りも大きい男で、筋肉が付いた屈強そうな男だ。タンクトップ姿がよく似合っている。
「あらファルテちゃぁん♡お久しぶりねぇ、今日は何の用事?」
女口調の野太い声は、初めて見る揺命が戦慄するには十分過ぎる。
身体をクネクネと動かしながら満面の笑みでファルテと会話するシュトローマン。
「この子、新しくギルドに入りたいんだって。名前はオウバフラト。シュトローマン、カード発行してあげて」
「あら、珍しいじゃない。ボーイフレンド?可愛い顔立ちしちゃってぇ」
ボーイフレンド、という響きに擽ったさを感じる。ファルテは否定をする事も無く、両手を腰の後ろで組みながら、こちらを見てはにっこり、歯を見せ笑いかけるファルテ。畜生、可愛いなぁオイ。そういう間柄じゃねぇから意識させるな。
赤面する揺命を見て同様ににっこりと笑うシュトローマン。お前は引っ込んでてくれ!と思いつつ引き攣った笑みを向けた。
「じゃあ、可愛い彼の為に作ってあげちゃう。え~い!」
ただの白紙に指を押し付ける大男は、特に詠唱も無しにその白紙を世界唯一のカードに仕立てた。オウバフラトのギルドカードが作られる。
「そのカードを持っているとギルドメンバーとして色々と無料になるし、掲示板の依頼を受けられるようになるわよ」
無論ゲームの世界ではないので、ここに各戦闘能力の数値が現れる訳ではない。ギルドカードを手渡されると、それをポケットに乱雑にしまう。
「どーも。今後よろしくお願いします」
「あら、律儀ねぇ!よろしく、フラトちゃん♡」
軽く頭を下げただけだが、片手を無理矢理捕まれ強引に握手。更に出会いのキスも、とせがまれるがそれは首を振り全力で否定させて貰う。シュトローマンは頬を膨らませぷりぷり怒っていたが、お前がそれやっても可愛くねーんだよ!
「じゃあフラト、冒険用のアイテム買おうか。武器、魔術書、秘伝書、防具、アイテム辺り。」
「おう。あ、シュトローマンさんまた後で」
一応手を振りギルドを出た。
ファルテは各々の店によく顔が売れているらしく、ファルテを誰もが歓迎した。店によっては割引すらしてくれるようだ。その後の流れはかなりスムーズだった。勿論金は全額俺が払う。
「フラト、武器はどうしたい?」
「まぁ剣で。特に防御にも使えるロングソードが…ああこれこれ。女性向けで」
「フラト、魔術と秘技は?」
「魔術は回復系とジャンプ系、あと隠密系。秘技はコレ、落とし穴とワイヤーの製造」
「フラト、アイテムどーする?」
「薬草とポーション多め。マジックポーションも装備して、それから煙幕と火炎瓶」
ハルマゲDONで学んだ冒険の心得を元に、即決で各アイテムを揃えていく。
――初心者はロングソード。重量を抑えよ。
――魔法は回復とバフ、そして機動能力を向上させるもの。それでいて消耗が薄いもの。
――回復アイテムは余分に。そして戦闘から逃げるためのアイテムも準備。
今になってこれが役に立つとは。案外俺の引き籠もりライフも良いものだな。そう思う事で自分のロクデナシ人生を否定しつつ、防具店へと向かう。
――防具には一番金をかけるべし。軽く強靭なものを選べ。
残額はまだ60万も残っている。最後の防具は10万相当のものを買ってやろう。
正直に言うと、自分がこの世界に入ってしまった以上、戦闘で良い動きが出来るとはとても思えない。故に、非常に心許ないが、最初は雑魚狩りをしてお金を稼ぐべきだ。欲を抑えるのが最も大事なジョブだ、と星屑ギルド団長にも言われたしな。
「さ、ここが私の服もある日常服と冒険服を取り扱う店『イナバラビッツ』だよ」
ファルテは看板を両手で指差しココ、と示す。両手に抱えた重い荷物…デートでいうと荷物係のような光景の揺命はその看板の内容に数秒絶句した。
…イナバラビッツ。因幡というのは日本の神話に出てくる大国主命を尊敬してやまない白兎の事だろうか。
だとすれば、この店の経営者は一体―――。
腕を組み思考する揺命を置き去りにして中へと入ってしまうファルテ。慌てて彼女の背中を追う。
脇でいらっしゃいませ、と一人の店員がお辞儀をする。広い店だ、落ち着かない。その奥には高身長な女性が立っており、扉を開けると同時にこちらへ振り向いた。反射的に一礼した揺命は、その女性が派手な服装と雰囲気からしてこの店のオーナーであると理解出来た。
「いらっしゃいファルテ――と、同業者さん」
「ハーゼ、元気そうだね」
双者は穏やかに笑いあう。
ハーゼと呼ばれたこの女性は、自らの美しい赤色のポニーテールを撫で、グラサンを持ち上げてニヤリと笑う。健康的な体つきだが、いかんせん胸の柔らかさが足りな…そちらに目をやっていたらなんか凄い睨まれているからその話は置いといて。
「同業者ってどういう事っスか」
「あーもっと砕けて良いよ。タメロでよろよろ」
間違い無い。コイツ、救世主だ。だってタメロとかいう奴異世界にいないだろ。
「…何やってんの、アンタ救世主だろ。」
と、自分の思想を語れば間髪入れずに投げかけられるであろう言葉を相手に浴びせる。
「まぁウチは一般人だし?他の救世主様に任せて、ウチは自分の得意分野でも広めよーかなぁと。」
ポジティヴに考えるのは良い事なのだろうが、死に直面する一大事なのだが。いやまぁ俺も同じか、と揺命は溜息を零す。彼も他の救世主に任せようとしていたのだ、もし全員こういう思想だったらと思うとゾッとしてしまう。
因幡ハーゼは本名では無い。所謂ニックネームというやつだ。第五の救世主として、彼女は2年前にこの世界へとやってきた。天才肌で、現実世界でも全国に店を持っていたそうだ。つまり、この世界に外の世界の洋服を流行らせたのは彼女である。…そんな彼女も恐らく、普通の人とは違う何かを、持っているのだろう。
「はは、まぁ異能力らしいのは持ってるんだけど、戦闘向きじゃないしなぁ」
「それ共感できるわ。救世主呼ぶなら戦闘向けにしろってな」
「おお、アンタも?良かったわぁ、私だけじゃなくて」
二人で意気投合する。全く理不尽な世界だよなぁ、と。一人両者を見ては困惑するファルテを横目に、二人は熱く愚痴を語り合うのだった。
本題に入ろう。冒険用の衣服を購入したいと言ったら、日常用のものも幾つかプレゼントしてくれるらしい。有難い話だ。やはり持つべきものは同世界出身の救世主だよなぁ。
しかし、直後に衝撃の内容を知らされる。
「ウチの店はブランドショップだからちょっち高いよ。揺命にオススメの服はコレだけど…安く見積もって30万かなぁ」
少し予算をオーバーしすぎている気がする。確かにそのハーゼの持つ服は魅力的だ。どう見ても素材は軽く、黒の服に赤のライン。排熱性や保温性に優れているらしく、ファスナーがついている為脱ぐのも容易だ。黒いプレートが最小限ついているがこれらも良質素材を使っており重さはほとんど変わらず、それでいて傷を防いでくれる。
…だが、格好良いし、どうしても今必要なものだ。欲しい、欲しい欲しい欲しい――だから、
「ハーゼ様、20万ツケでお願いしま」
「だぁめ♡」
ウィンクしつつ、願おうと重ねた両手をガッツリ掴まれ言葉を遮られる。力は引き篭もりの揺命よりは明らかに強く、腕が痛みで震えた。顔は笑っているが、それ故に相当怖い。
「ハーゼ、私が払うから。」
隣にいたファルテが心配してくれたようで簡単に大金である20万ウェンを提示してしまった。驚きつつも非常にありがたさを感じる――金はあるが、今はまだ使うべきでは無いから払わないという"良く言えば"慎重な揺命は、彼女に感謝する他無かった。緩んだ握り手を解き自らも10万ウェンを渡す。
「ふぅん…ファルテがそう言うのも珍しいねぇ。何、どうしちゃった?恋?」
「まぁ、一目惚れには変わんないかもね。ほら、お願い」
適当に流しているのか事実なのか分からない。どちらにせよ童貞には刺激の強すぎる嬉しいお言葉である。頬を掻き照れを隠す揺命を、ハーゼはニヤニヤと眺めている。慌てて睨むと、彼女はおどけてみせた。
「…まぁいいよ?ただし、ちゃんとファルテにはお金返しなさいな」
「わぁってるよ、流石にそこまで腐ってねぇ」
30万をその場で自身の札束塗れの財布に入れたハーゼは、適当な衣服もついでに詰めて紙袋を重くし手渡した。重い――ファルテに持たせるわけにはいかないので、何とか両足に踏ん張りをつけて持ち上げる。ファルテは心配そうに見つめるが、にこやかな笑顔――少々引き攣ってはいるが、それを返す。そして揺命は振り向くともう一人の救世主に、
「……じゃあ、また」
「はいよ、頑張ってな。」
軽く手を振る見送りを背中に感じ、揺命はファルテに追従する形で歩き出した。
残り金額、50万ウェン(一部ツケ有)。
情報開示:『アイテム・装備』
大抵は冒険街で揃うよう設計されているアイテムと各種装備。武器は既存の物を扱う者がほとんどで、オーダーメイド制のものをドワーフに頼むのは稀。そもそも特に優れた鍛冶屋…ハイドワーフ達は大都市には生活せず、山奥でヒッソリと暮らし、真に求めるものを待っている事が多い。神凪の特例で、冒険用品は冒険者たちには割と安めに販売するように義務付けられている。




