第3話:ヘマトフィリア
既に時刻は14時を回っている。このスマートフォンの時間さえズレていなければの話だが。先ほど案内してもらった不動産の方へと戻り、迂回するように正面へ回り込むと、大通りに出た。旅人や冒険者、腕自慢で賑わう冒険街だ。空には飛竜に乗る冒険者の姿も見える。こうして人々を見てみると、獣人も人間も妖精も猫妖精も分け隔たり無く入り乱れている。どうやら、種族による価値観の違いなどの対立は、表向きは無い様子だ。親子連れの様子も見るに、異種での婚約もあるらしい。
そんな仲睦まじく見える種族を見ていると、心の内を読んだように隣のファルテが口を開く。
「三大大陸が同盟を結んでいるのもあって皆基本的に平等にはしているけれど、三大大陸で同盟種族になっていない者たちは迫害されているんだ。国王の加護も無いからね。」
「と、言うと?」
「非同盟種族はリザードマンとか、ヴァンパイアとか。リザードマンなんかは他種族と群れたくないからって理由で同盟を結んでいないだけで、割と協力的だからあまり迫害はされないんだけど。ヴァンパイアは個体数も少なくて敵対しているから迫害されてる。ほら。」
チラリと背後を一瞥すると、彼女は後ろを指差した。すると、二人の屈強な男が棒に紐で牙の生えた男の首を吊るしている。血は滴り落ち、その殺された瞬間の表情は絶望に満ちている。何ともグロテスクな光景だ。周りの者達は、その光景に耐えられぬ様で目を逸らしていた。ファルテの表情も曇っている。
「ふーん…」
その死体が通り過ぎるまで目を離さず、異世界特有の光景を眺めていた。弱肉強食、か。
ファルテは揺命の腕を軽く引き、歩くように促す。慌てて追従を再開した。
「揺命は別の世界では何をやっていたの?」
不意に言葉が投げかけられる。きっとただの話題作りの為の言葉なのだろうが、それは揺命に手痛いダメージを与えた。救世主という言葉に幻想を抱いているであろうこの世界の人々は、向こうの世界が平和で、今時戦いなんて行われない事も知らないだろう。
…揺命は一般家系に産まれた為その人生は平凡で、非日常と混じる事も無かった。剣道を習いもした。力は付いたが、武士道なんてものは求めるものとはかけ離れていて、すぐにやめてしまった。その後彼は引き籠り、ゲームの世界に熱中していった。それ以降彼はゲームしかやっていない。つまり、
「特に何もやってない」
そういう事になる。
「え~、何もやってないのに救世主になんかなれるのかなぁ。」
事実救世主になれてしまったのだ。思い当たる節も殆ど無い。
「それより、この辺りに世話になる店はあるのか。」
無理矢理自分の話から別の話へとすり替えつつ歩みを進める。するとファルテは辺りの店を指差し、丁寧に内装の良さから品揃えまで各種を紹介し始めた。
「それと銭湯なんだけど、家にはお風呂無いからここの使ってね。無料だし。」
無限に沸く水があるのなら、銭湯が無料なのも当然なのだろう。揺命が少し驚いたのは、ただの価値観の相違だ。現実世界とは何もかもが違う世界だ。
他にも、冒険街には能力書物店が立ち並び、魔術を使える様になる『魔術書』、秘技を使える様になる『秘伝書』の売買も行われているという。要するに、魔力や秘技を扱う素質とそれに事足りる技量・魔力量があれば誰にでも魔術や秘技を扱えるようになる魔法のアイテムだそうだ。ただし詠唱は覚えなくてはならないらしい。長ったらしい文章を詠むだけで体力を使いそうだ。
「ちなみに、フラトはどこか行きたい所あるの?」
くるりと方向転換し、ファルテに見つめられる。首を傾げるだけの仕草にもどこか惹かれてしまう。行き交う多種族の中で、エルフの美少女達にも負けず劣らずの美しさだ。視線を無意識に逸らしてしまう。
――そういわれてみれば、確か一つあったような気がする。神凪であるメロには、与えられたスキルを視る力は無かった。『この部屋を出た後にご確認ください』なんて言われたが、詳細は聞いていなかったな。
「なぁ、その――スキルが分かる店とかある?」
「ああ、鑑定士?そりゃあるよ、行こっか?」
鑑定士、か。なるほど、対象の鑑定をする事で儲けている人もいるのか。
ファルテに追従する形で、冒険街の奥へ。能力の鑑定に向かった。
歩いて数分。怪しげな店の風貌を気にもせず、ファルテは中へと入った。後から揺命も入る。
鑑定士はいかにも胡散臭そうな老爺だった。ウィザード、というやつだ。狭い一室の中、向かい合うように揺命は座り、その隣で壁に背を向けるファルテが先に鑑定士に声を掛ける。
「この子の能力の鑑定をお願い。」
「フ、金はしっかり用意してあるんだろうねぇ。」
胡散臭い話し方だ、と内心毒突きつつ、鑑定士に指図された通り顔を寄せる。額に指を当てられると、何かに内側を見つめられているような不快感を一瞬感じ、ゾクリと背筋を震わせる。
「…面白い能力だねぇ。流石救世主ってわけだ。」
面白い能力…?ユニークスキルとはやはりチート能力か、と瞳を輝かせる。身を乗り出し、期待に胸を膨らせながら鑑定士に尋ねる。
「どんな能力っスか」
「――能力付与『神凪/メロ・アプフェルヴァーム』。"異世界言語自由化" "異世界文字理解・翻訳" "パラメータ上昇・筋力" "パラメータ上昇・生命力" "パラメータ上昇・コミュニケーション能力"」
コミュ障心配してたのかよオイ!
まぁ、その能力付与が無ければ俺はファルテとも話せなかっただろう。メロに感謝しつつ、メロと会話した時にも聞いたスキルを念の為確認しておく。
"異世界言語自由化" ――異世界の言葉を完璧に理解できる能力。戦闘には使えないが、非常に重要だ。
"異世界文字理解・翻訳" ――異世界の文字が理解でき、現実世界の言葉で書いても自動的に翻訳される。
"パラメータ上昇" ――筋力は剣をマトモに振れる程度には強化したらしい。生命力は寒暑に強く耐えられるようになり、水や食料の心配が薄れるが、寒いのは寒いし暑いのは暑く、腹が減り喉が渇くのは変わらない。死までが遠くなっただけだ。…コミュ力は言わずもがな。
だが、これらがユニークスキルでは無いのだろう。本命を急かすように鑑定士に顔を近付ける。
「急かすな急かすな。今教えてやろう。
――能力付与『救世主特権』。能力名"ヘマトフィリア「血垂らしの悦楽」"」
揺命は目を見開く――なるほど、異世界に召喚された理由はそれか、と数度頷き把握する。
ヘマトフィリア…その意味は『血液嗜好症』。血を求めるようになる異常性癖の一つだ。事実、揺命はヘマトフィリアだ。色々あった結果がそれだ。デメリットでしか無いと感じていたためそれをステータスに反映されるとは思いもよらなかっただろう。
「それはどんな能力なの?」
ヘマトフィリアの意味を知らないファルテは首を傾げ尋ねる。彼女も救世主特権の能力には興味があるようだ。
「ヘマトフィリアは自らの血に酔う能力じゃ。失血状態が続くと能力が発動し、痛覚が抑制される。」
――え、弱くね。ファルテも同じ感想を持ったらしく二人で顔を見合わせてしまう。
要するに攻撃に対する耐性であり、攻撃のスキルではない。少なくとも救世主が持つようなスキルでは無いし、痛覚が抑制される事により継戦能力は高まるだろうが死ににくくなる訳ではないし、まず死ぬまで抑制されていたら死が近付いている事にも気付けまい。継戦能力を高めて死亡確定とか、どこの特攻隊だよ。
「つまり、フラトは血が好きってこと?」
「あー、まぁ否定はしないが。なんで好きだと思ったんだ。」
ファルテはいちいち的確な気がする。相当勘が良いと見た。
「だってさっき、ヴァンパイアの生首見ても何も感じて無かったじゃない。ジロジロ見てたのキミ位だよ。」
――確かに揺命はその生首から血が溢れ、零れる様子、そして苦しげな、絶望的な表情に何の嫌悪感も抱かなかった。見慣れるものではないが、彼はその手の光景に滅法強い。
「それだけじゃないぞ。失血状態になると冷静な戦況分析が出来るようになる。要するに"パラメータ高上昇・判断力" "痛覚抑制" が痛みで発動するという事じゃな」
言葉を挟むように自らの白い無精髭を撫でながら鑑定士が述べる。
最初からそっちのスキルをくれ、と揺命は心の底から思った。血が出る痛みを感じないのは良い事ではあるが、恐らく血の出ない殴打などは相当痛いのだろう。
「…まぁ、使い道はありそうだよね」
フォローになっていないぞその言葉。そう呟きつつ机上に5000ウェンを乱雑に置き、足早にその場を後にしようと試みた。
「おっと、まだ能力はあるぞ。致死量まで血を零せば――」
いるか!と心の底から叫び、話も聞かずに部屋から出て行く。致死量まで失血?有り得ない。死ぬリスクは絶対に避けてやる、何を犠牲にしようとも。使わない、使えない能力をどーも有難う。
腐った言葉を心で投げかけた。とんでもない貧乏くじを引いたものだ、と彼は溜息を漏らす。
情報開示:『吸血鬼』
その昔、最強の一族と恐れられていた。その為ヴァンパイアは人々と対立しその地位を確立していたが、ヴァンパイアはその弱点が露呈して以降討伐が容易になり、気を付ければ簡単に倒せる存在となってしまった。
人間の生き血をその糧とするヴァンパイアは、ある司祭の言葉を元に糾弾され、ほとんどが無海に突き落とされ処刑されてしまう。今なお生息はしており、迫害も薄くなってこそいるが、少しでも人類に悪影響を及ぼす懸念が現れた場合即刻の確保が許可されている。更に、抵抗の意思があった場合殺害もやむを得ずとされており、ヒューマンが主力となった世界では下等種族のレッテルを張られ続けている。
幼い内に教育を受けさせるという名目で強制的に奴隷にさせるという残虐な行為も裏社会では横行していて、ヴァンパイアの母数は減少傾向にある。




