第2話:疑似家族
歩いて二十分といったところか。建物と建物の間を縫うように、目的地へと案内される。
少しずつ日を遮る建造物は姿を減らし、人通りも少なくなる。先程の繁華街が嘘のように、賑わう声も薄れて行く。
「……フドウさん、まだっスか。」
「いやフドウさんって誰だよ。ああほら、見えてきたぞ。」
辺りに店は無く、家も無い。木と草しか無いような草原だ。うるさい都心から外れた過疎エリアに、一件、立派な二階建ての家がある。それをフドウさんは指差している。
――外装は完璧。外から見れば煉瓦をふんだんに使い、頑丈そうでかつ綺麗だ。煙突があるという事は、暖炉があるのだろう。内装も豪勢な中世仕様と見える。
――30万ウェンのシェアハウス。何やらこの物件は訳アリで50万ウェンの破格の値引きが成されているらしい。だが、彼は耐えられる気がしていた。何せこの辺りは可愛らしい鳥の声と爽やかな風の音以外は何も聞こえない場所だ。ニート生活に最適過ぎる。
「へぇ…良い物件じゃないスか」
思わず本音が漏れる。フドウさん、アンタ良い仕事ぶりだよ。
「ハハ、気に入ってくれたようで何よりだ。じゃあな、後は上手くやれよ。アイツとは仲良くな」
その家からまだ50メートル程ある位置で、フドウさんは踵を返す。そしてこちらには目もくれずに軽く手を振り、穏やかな表情で意味深な言葉を残して。そそくさと何かから逃げるように彼は、その場を後にした。その背中を見送り、街の方へ差し掛かった所で再度家へ向き直る。
――間違い無く何かある。彼のあの態度の変わりようは、これから起こり得る何かの想定をしているのだろう。
この時、揺命は分かってしまった。
簡単に言えば、揺命は利用されたのだ。何も知らない救世主をまんまとハメて、抱えていたこの"問題物件"を押し付ける――あの男、やり手の策士だったようだ。
ここで悩んでいても仕方が無い事は分かってはいるが、目の前の恐怖をいかにして回避するかを考える事は非常に大事だ。今後の異世界生活で何が起きるかも分からない。
問題点はなんだ。家に入った途端に霊に襲われるとか。今の住人が怖すぎるとか。
霊だったら、20万ウェン位使って専門家に退治してもらう。住人に難有りだったら、美味しい料理でも街でご馳走して機嫌を取る。もっと面倒なもので無いことを祈り、ドアノブに手を掛ける。
…恐る恐る、先ほど貰った鍵を使い――既に開いていた。少し重い扉を強く押せば、僅かに軋む音と同時にその中の空間が露わになる。
「すんません…」
返事は無い。もう少し扉を開け、中へと身を乗り出す。
玄関先には何もいない。正面にゆったりとした階段、右側に便座のマーク、つまりトイレ。左側には…リビングか。煙突が繋がっている暖炉は恐らくここだろう。やはり悪くない場所だ。
内装は木を中心に造られており、その香りが心地良い。寝るのにもうってつけなのだろう。改めて電波が通っていないのが悔やまれる。
「お邪魔します。」
やはり返事は無いようだ。
入った直後は安全という事が分かると、中へと侵入。先ほど鍵が開いていた事を踏まえると、この家の主は家内にいる可能性が高いだろう。突然の邂逅が無いよう慎重に進まないと。玄関で靴を脱ぐ必要は無いのもこの世界の文化か。現実世界でもそういう国は多い気がする。几帳面、というよりは心配性な揺命は鍵を掛ける。
「…え、誰?何の用なの?」
――女性の声。鍵を掛けた直後に、澄んだ声が聞こえた。まずい、ここでバッタリ遭遇するとは!
声的には恐怖心を煽られない優しい声だったが、声で判断してはいけない。人間には防衛機制が備わっており、酷く緊張した心を和らげる為に脳がおかしい信号を送っている可能性だってある。
それに、優しいお婆さんの声真似をした狼だって、赤ずきんを騙しているじゃないか。声だけでは相手を信じ難い。
恐る恐る、振り向く。その異様な光景に、揺命は目を見開いた。
特段別種族の特徴は無い。おそらくヒューマンだ。身長は自分とさほど変わらない、160センチ後半程度か。髪はハーフアップ、色はアッシュブロンドと呼ばれるやつだろう、アニメで見た事がある。瞳の色は明るい翠で、エルフの様に顔立ちが整っている。スタイルも抜群で、出る所を強く主張し、締まる所は締まっている。堕落した生活を送っておらず、運動を適度にしている事は目に見えて明らかだ。現実世界なら男共に毎日声を掛けられそうな、そんな美しい風貌をしている。
だが、この位は揺命も覚悟していた。救世主が可愛い女の子に出会わない筈が無い、と。本当に驚いたのは、彼女が『衣服を一切着ていなかった』事である。風呂上がりか?いや、彼女の身体は恐らく濡れていない。ピュア童貞には到底直視などできないが、横目で見ても彼女には水滴が付着していない。ならば、何故彼女は脱いでいる?
恐らくは暑いからだ。暑いと服を脱ぎたくなる事もある。あるいは、この世界は家の中では脱ぐ事が常識なのか…?
難しい顔で思案している揺命を見て、目前の美女は声を掛ける。
「取り敢えず、上がったら?」
「と、取り敢えず、服着てください。」
―――――さて。リビングのソファへと移動し、テーブルを挟んで対面に座った。
服を着て貰ったわけだが、彼女のお気に入りの服はどうやら現実世界の文化を取り入れているもののようだ。ミニスカート、そしてYシャツというスタイルなのだが、Yシャツの前面のボタンを外しているが為に、黒い下着が見えてしまっている。際どすぎる服装。要するに目のやり場に困る。もしかすると、服を着ていない時以上に。
「へぇ、じゃあキミが新しい"疑似家族"で"救世主"のフラト君なんだね。ああ、敬語崩していいよ。」
そんな反応を楽しんでいる様に見えるアッシュブロンドウーマンは、自らの髪を撫でつつもう片手で頬杖を突きながら話を聞いている。
先程服を何も着ていなかったのは、所謂開放感を得る為らしい。一人暮らししている分には良いが、今後はしないようにと注意しておいた。童貞は繊細なのである。
「…そろそろ、名前を教えて欲しいんだけど」
これから共に住むことになるんだ、相手の事も知らなくちゃならない。
「私はヒューマンのアガフェス・ファルテ・ウィスティリア。長い名前だよね、自分でも言いたく無いもの。お姉ちゃんって呼んでね、よろしく!」
「こっちこそよろしくお姉…」
流れるような会話の流れに思わず相手を姉と呼ぼうとしてしまった。
ナチュラルに血縁関係上の姉になろうとしたよこの人。やはり相当危ない人なのでは。
「ちょっとそれは俺には厳しいんで、ファルテって呼ぶ。」
否定の言葉を述べるとファルテはいかにもつまらなさそうに頬杖を突いていない方の頬を膨らせる。
「えー、弟みたいなもんでしょ。」
いや、初対面の相手に弟みたいなもんって凄い考え方だね。大人びて見えるが、恐らくそうは年齢は変わらないだろう。外人は大人に見えるらしいし髪の色的にそういう事なのかもしれない。
「んと、私は基本的に護衛団の仕事で忙しいから、基本的には一人暮らしになっちゃうだろうけど。」
マジか。勿論何の問題もない。美女と話す時間は一週間に二日だけで良い。
だが、それはそれ。今は彼女の事を知るべきだ。
「護衛団って何だ?」
「パトリオティスを守る為の自衛集団…憲兵、かな。街の近くに来た魔物を狩ったり、外から来る人の検査をしたり、時折遠方に遠征に行ったり。」
憲兵か、そいつは忙しそうだ。さてと、次の質問に移ろうか。
「この家、30万で買えたんだけどなんで?」
「曰く付きの屋敷なんだよ。強い亡霊が出てたからさ。まぁ、私がついこの間狩ったんだけどね」
なるほど、憑かれていて住人にも難があったわけか。そりゃ安くなるわな。
しかし、彼女はかなり強いだろう。素直にそう思った。亡霊を狩るのは並の人間に出来る事では無く、専門家が出動するものというのがファンタジーの常だ。それを単身で狩るとは、彼女はなかなかの戦闘能力、あるいは才能を持っているようだ。
「じゃあ、街中案内してあげようか」
自分から言おうとしていた言葉を先に言われてしまった。ここでこう言われなければ「街中の案内お願い」と言っていただろう。まずはこの街を知り、稼ぐ手段を知る。冒険者ならば当然だ。
「んじゃあお願いします。」
「勿論!お姉ちゃんに任せなさ」
「だから血縁関係無いっての!」
遮るように言葉を返した。不服そうなファルテは頬を膨らませ分かりやすい反応を示す。
二人はリビングのソファーから立ち上がると、片方は意気揚々と、もう片方は気怠げに玄関へと向かった。
情報開示:『神凪』
神の声を聴き、世界を導く者。一世代に一人しか存在できない神凪には代々神の血が混じっており、その血は神秘により4分の1以下に薄められる事は無い。
彼女達が崇める神は世界の扉を繋ぐ役割を担っており、その為に異世界との交信が可能である。
神凪はその祈りの力で、三大陸全域にテレパシーによる意思の送信が可能である。
曇の世界には紅い月が時折登り、それが異世界との扉が繋がる日だ。人体に影響は無いが大気のマナは濃くなり、神凪はその時にのみ異世界と交信し救世主を呼ぶ事が出来るという。




