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失血の第七救世主  作者: 烏野 点滴
1章『異世界召喚編』
2/9

第1話:曇の世界

―――本当に、異世界。現実に怠惰しきっていた揺命は、その世界に幾度も憧れていた。

耳の尖り麗しい美男美女ばかりのエルフ。同じく、褐色のダークエルフ。猫耳の生えたケット・シーに犬耳のクー・シー。背が低い小人のようなドワーフ、そしていかにもという出で立ちのウィッチ…ああ、これだ、と楽しそうに彼は口元を緩める。MMORPGなんかで見た異種族同棲型の世界。3年間の怠惰な生活以上にこっちの1年間の方が遥かに楽しめそうだ。まぁ、コミュ障だから彼らとはなかなか話せないが。

先程の部屋から外に出て、下の階へと階段伝いに降りるとそこが、メロの言う通り王宮の中であることは明白だった。巨大な鷲の像やら女神の像、そして噴水が醸すゴージャスな雰囲気はその建物の威厳を伝えてくれる。神凪はどうやら国家公認で間違い無いらしい。

彼女の言う通りに住民権を獲得し、まずは本拠地となる家を探し始める。生憎揺命は冒険などするつもりは無い。この辺りの家で十分だ。人が多いエリアは惰眠を貪るのに適していないから嫌だが。


先程の部屋でのその後。あそこは神凪が神と交信し、『紅い月』が昇るその日にのみ、大量のマナを糧に異世界と交信し、異世界人を呼ぶ儀式を行う場所。いわば召喚室だ。…召喚の儀でこの世界へ呼び出された揺命は、勇者――この世界(異世界)風に言えば救世主(セイヴァー)候補の一人として、250日…こっちの世界の1年ちょいの時間の内に世界滅亡の原因を突き止め阻止しろ、との事。


結論から言おう。彼は自分には絶対に無理だと、そう考えている。


理由は二つ。まず、彼個人はごく普通の一般人である事。桜庭揺命の人生を語るのは極薄い内容となる。生まれも普通、育ちも普通。学校での成績は、一番最近のもので中の下くらいだ。運動は並程度にしか出来ず、本人は動く事が嫌いである。――強いて言えば少し裕福で、早めに父親が死んだ事。そしてとある事情で引き籠りになった事。それが他者とは違うだろうか。少なくとも、これらの事象は彼個人の能力には一切関係が無い筈だ。また、年齢が重なるに連れ、世界の平和を守るヒーローへの憧れも消え行く。今の彼には正義感がまるで無い。人生に怠惰している揺命にとって、現実世界でこのまま社会に順応できず死に行く事は是非も無い事であり、だからこそ1年後に異世界で死ぬ事も許容できる。人生に何も無いが故に、突然の異世界召喚も受け入れられた――或いは、これはただの夢だと、未だに思っているのか。どちらにせよ、その薄く中身の無い、月夜の蟹の如き人生経験では、世界滅亡など想像する事は出来ない。彼は非常に落ち着き現状を受け止めていた。


話を戻そう。二つ目の理由は、自身を呼んだのは『神では無い』という点だ。神凪というのは、神の声を聴き特別な術を使う者――巫女やら聖職者がそれに近いだろうか。とどのつまり、彼女はこの世界に組み込まれたピースであり、パズルの作者では無い。何が言いたいかと言うと、この世界のパワーバランスを乱す様な"凶悪なチートスキル"及び"最強のチート武器"を、彼女に召喚された自分含め勇者達は持っていないという可能性が高いという事だ。少なくとも揺命は、特段貰うことは無かった。つまり。


「力になれるわけ無いだろ。」


つい、待遇の悪い世界に愚痴を零してしまう。因みに先程、エクスカリバーは?と尋ねようとした所、


「何の事か分かりませんが。もしかして聖剣カリバーンでしょうか。だとしたらダンジョンに有るとの噂があります。」


そう切り返された。カリバーンも有名な聖剣だが、まさかダンジョンに行かないとゲットできないというのか。救世主呼ぶなら用意しておけよ―――おっと、それはワガママか。


「パトリオティスへようこそ!」


そんな女性の声が聞こえる。綺麗な女性が角の生えた男性にお辞儀をして建物を案内しているようだ。

自分の風貌は珍しいものだが、どうやら救世主の存在は公認されているらしい。黒髪というだけで判別しているらしく、救世主様、今晩どうですか?とお姉さん系の女性の酒場への勧誘の言葉が響く。未成年だし、一応やんわりと否定する。


…世界滅亡まで250日。なんて短い時間なのだろう。この世界が滅亡するならそれまで、この世界が存続するならそれ以降もこの異世界で生きるだけだ。向こう側(現実世界)より遥かにしがらみが無く楽しそうな世界で死のうが生きようが、揺命にはデメリットが何一つ存在しない。


「―――精々頑張れよ、救世主共」


自分より先に来ていたであろう救世主に、揺命は客観し切った言葉を漏らした。


中世の街、如何にもファンタジーの様な街並みを散策する。どうやらこのエリアは世界有数の大都市のようだ。RPGが城から始まる事を考えれば、こういう場所からのスタートも有りだろう。

暑い日光を恨みながら、彼は前進する。この世界は、三つの同盟を組んだ大陸が円状に繋がり、文字通り空に浮いている世界、(スィネフォ)。中央、そして大陸の外側には無海と呼ばれる全面が空の空間があり、そこを幾つもの"方舟(ノア)"が行き来して大量の物資を輸出入している。どうやら大陸から落ちると"永遠に落ち続ける生き地獄"となるらしく、死罪の中でも罪が重い者は中央の無海から落とされ永遠に落ち続けるという。ここは、方舟以外が飛行しようとすると重力が歪んでいて飛行する事は出来ない。勿論落ちた後に戻ったものはいない為、嘘か真かの判断をつけるのは不可能だそうだが、この世界では常識なのだという。昔一人飛び降り自殺した救世主がいるとの事で、自殺するなら大陸から出ないようにと心配されたが、そこじゃないだろ普通。救世主の自殺は全力で阻止するべきでは無いのだろうか。


食料は基本的に無限では無いが強い生命力を持った各種食材が揃い、故に沢山の生物が住んでいる為心配は無用。水の方は無限だそうだ。此方は神の恩恵で、この大陸と隣の大陸を跨ぐ山の上から際限無く流れ落ちてくる。魚も無限製造されるらしいので、いざとなれば魚を喰らう毎日だ。ケット・シー辺りはきっと好物なのだろう。

住処だが、これは木材と煉瓦が中心だ。コンクリートもある。中世の街並みは、実際に見た事の無い者でも感嘆符を漏らす程に美しいものだった。

唯一、衣食住について彼が驚いたのは、衣服だった。勿論ファンタジーらしい冒険者の服やら踊り子の様な服、狩人が着そうな服などいかにもといったものは多いが、現実世界で着る様なポロシャツ風のものやらも多い。恐らく救世主の一人が広めたものだろう、と直感的に考える。その手の服が売っている店もあるらしい。無地のTシャツをダークエルフが着ているのを見たときは、思わぬシュールさに笑ってしまったものだ。



世界の暮らしとその情景を想像しながら歩みを進めている内に、不動産会社に辿り着いた。不動産会社という言葉を使うのは異世界の形式上好ましくないのかも知れないが、何でも貴族の運営する物件の売買らしいので、コレは不動産会社で間違い無いだろう。


念の為自分の持ち物を確認する。


まずスマートフォン。当たり前のように電波は通っていないので使えない。

次に右ポケットを確認する。小型のモバイルバッテリー。昨日から入れたままにしていたものだ。これ一つで十回分の充電ができるので、まぁ暫くは困らないだろう。そもそもスマートフォンを使う機会が殆ど無いだろうが。

そして左ポケット。あったあった、現金100万ウェン。救世主としての前資金らしい。家の購入は50万程度に抑えられると良いのだが。


「すみません…」


暫く会話もしていなかった揺命は、小さなニート・チキンボイスで謝罪の言葉を述べつつ建物内へ入る。木のドアが軋む音が、まるで西洋の酒場のようで新鮮だ。


「応よ兄ちゃん、その出で立ち…数百年後に来る世界滅亡の調査に来たってトコロかい?わざわざ異世界からご苦労様。」


まぁ何ともコミュ力の高い事で。目の前の爽やかな金髪のお兄さんは、サラリと髪を撫で上げ手を振る。

爽やかなイメージを見るだけで何とも吐き気がする。自分がこんなに腐ったのは何時以来だろうか、と自分にも嫌気がさす。

さて、数百年後…つまり、神と神凪、おそらくはこの国の王を含めたごく一部の人間は、世界滅亡の予言を隠しているのだろう。考えられるのは、混乱を防ぐ為だ。確かに一見平和そのものに見えるこの世界は、一年後に滅亡するなんて考える事も出来ない。不用意に公言しない方が良さそうだ。


「あの、えっと。家、借りたいんスけど。」


不愛想に、必要な事だけ。店内の綺麗な花の方向へ目を逸らしつつ、言葉を返す。


「ハハ、兄さん悪いねぇ。先日大量のサキュバス・インキュバスの方々からの予約があってね、空いている物件は初回払い一つ120万だ。」


確かに先ほどもイケメンの悪魔の集団を見かけたな。サキュバスをまだ見れていないのは非常に残念だ。

…しかし120万か。となると、諦めるしか無い。現状を受け止め落胆する揺命は、退散を試みる。


「ちょっと待ってくれ。一つ良い物件がある。シェアハウスになるけど、良いかい?初回30万」


――孤独とは離れ切った世界、シェアハウス。何てこった、リア充らしい生活とかやってらんねーぞ。彼は愚痴を頭の中で零す。脳内なら何を言うも自由だ。

…だが、この世界の文化を知る先輩と出会えるのなら悪くないかもしれない。自分の異世界ライフも捗るというものだ。それに――30万なら、殆どを他のものの購入に費やせる。しばらくシェアハウスで、後々新しい家を買えば良いだろう。金を貯める為だ、その空間で暮らせない程腐ったわけじゃない。


「…じゃあそれで。」


「毎度!」


そして、揺命は家を購入した。残り金額、70万。

情報開示:『ハルマゲDON』


世間を沸き立たせている、半年足らずでユーザー1000万人を超えたMMORPG。

各プレイヤーはギルドを組み、対人戦闘、対CPU戦闘を繰り返しレベルを上げ、ランキングを競い合う。

揺命が選んだジョブはセイバー。所謂近接重視の剣士で、初心者から上級者まで幅広く愛用されている中二病御用達ジョブ。さらに、彼が副団長を務めるギルドの名は『★星屑の城スターダスト・カストロ☆』という割と恥ずかしい名前で、団長の趣味全開である。団員達は本気のようで、レベル538の世界一位に対し団長レベル520、揺命レベル511、その他も500前後と、人生を棒に振る高校生~社会人が募っている。

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