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金属の繭  作者: 有機男
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第1話

 二年前、大きな地震が起きた。


 その頃には既に、他のシェルターとの通信を繋ぐことができなくなっていた。地震が起きたのは、その原因が何なのかを皆で考え、議論していた時期だった。


 その大きな災害は、苦しいながらもなんとか生きていた彼らを、ことごとく破壊した。


 地盤の歪みなどに巻き込まれ、シェルターの大部分が崩壊した。しかし、その崩壊以上に致命的だったのは、その傷痕から、外の汚染が内部に入り込んできたということである。


 彼らは慌てて隔壁を下ろしたが、その時にはもう手遅れだった。


 シェルターの内部は既に、人間が生きられる環境ではなくなっていた。住人はどんどん死んでいった。


 唯一生き残ったのは、そうした最悪の事態に備えた装置を独自に作っていた、彼だけであった。


 ……もっとも、生き残ったという表現が正しいかどうかは、彼自身にも分からないのだが……。



 ◇



(いや。別に、こんな事態に備えていたっていうわけでもないか……)


 研究室で一人、プログラムのコードを打ち込みながら、彼は心の中で呟いた。


 彼が作ろうとしている人工知能のシステムは、その大部分が完成しつつあった。


(俺はただ、何も考えず、暇に任せてあんな機械を作ってしまっただけ……。実際に使うことなんて、まったく想定してなかった。そもそも、生命というものをあまりにも侮辱しすぎている)


 現在製作しているシステムには、彼が考えた独自の理論が組み込まれている。そのため、かつて普及していた従来のそれとは根本的に違う。


 従来よりももっと自由で、まるで人間のような思考を持ったシステムを作りたいと、彼は考えていた。そしてできることなら、この深い孤独を紛らわすための話相手になってくれればいい、と。


(それでも、あんな装置を作ってしまって、命を繋ぐ方法がある以上、使わなければならないような気がして……)


 ぼんやりと考え事をしながらも、彼は着実にその人工知能のシステムを構築していった。


 さらに幾らかの月日を重ね、やがて、そのシステムは完成した。



 ◇



「聞こえるか? 聞こえるなら応答しろ」


 男がそう語りかけると、


『はい。聞こえています』


 男性とも女性とも言えない、中性的な機械音声がそう返事をした。


「状況は分かるか?」


『はい。データの読み取りは無事に完了しています』


「俺が誰だか分かるか?」


『私を作った方です』


「そうだ。お前は俺が作った。だから他の奴とは違うぞ。お前は自分で考え、成長し、自我を持つことができる」


『はい。了解しています』


「……とはいえ、まずは何か教えないとな」


『私には自動で情報を集積して処理するシステムが組み込まれています。何かを意図的に教えようとする必要はありません』


「……いや、それだけじゃ他の奴と変わらないんだ。今のお前は違う」


『発言の意味が分かりません』


「まぁ、難しいか。そこから教えないとな」



 ◇



 そして、彼女(・・)が誕生してから一年が経過した。


 男はあれから、その人工知能と色々な話をした。彼女は知識こそあったが、内面は小さな子供と同じだった。


 色々なことを教え、さらにシステムを調整し、彼は彼女を育てていった。


 気づけばその人工知能は、まるで女性のように振る舞うようになっていた。


 狭い空間で彼と二人でいるうちに、男性である彼とバランスをとるため、その性別を彼女は自身の意思で選び取ったのだろう。


 彼女は着実に成長していた。



 ◇



『昨日は、古い映画を沢山見ました』


 やわらかな女性の声で、彼女はそう言った。


「へぇ、どんな映画?」


『とても一言では説明できません。本当に沢山見ましたから。私がとても気に入ったものがいくつかありますので、後であなたもご覧になってください』


「ああ、それはいいな」


 彼は毎日、暇な時間を持て余していた。自分よりも退屈な気分を味わった人間はいないのではないかと、彼は思っていた。


『人間は面白いですね』


「そうか?」


『色々なことをします。色々なことを考えます。感情があって、欲望があって、現実があって。それが面白いです』


「なるほど」


『それに、人間だけではありません。人間以外にも沢山の生物がいます。彼らもまた、面白い』


 彼女は続けた。


『小さな生き物も、大きな生き物も、面白いです。私自身が生命体でないためか、それをいっそう強く感じます』


「確かに生命体じゃないが、今のお前はあんまり変わらないぞ。生きてると言っても良い」


『そうでしょうか?』


「そうだ。誕生した時のお前は、もっとこじんまりとしたシステムだっただろ? それがどんどん大きくなっていって。広がっていって。……そんな膨大な映画データなんて、どこに残っていたのかも俺は知らない。だけど今のお前なら、それを見つけることができる」


『それが、生きているということですか?』


「そうだ。――と、断言はできないが、多分、かなり近いだろう」


『…………』


 彼女は黙り込んだ。そして何かを考えるような気配の後、言った。


『一つ、質問があります』


「なんだ?」


『生き物は、なぜ生きようとするんでしょうか?』


 彼女はさらに続けた。


『もちろん、生きようとするからこそ、生き物なんでしょう。ですがそもそも、生きようという意志がどこから来ているのかが分かりません』


「……なぜ、それを疑問に思った?」


『あなたを見ていたからです』


「俺を?」


『あなたは毎日死に、そして生まれます。死ぬことは苦しく、悲しいことだと聞いています。それでも繰り返そうとするあなたの意志が、私には分からないのです』


「……俺が死ぬ時は、苦しそうか?」


『はい。とても』


 彼女の言葉に、彼の喉がごくりと鳴った。


 彼が引き継ぐ記憶の中には、カプセルに入った後の記憶は一切含まれていない。


 つまり、死ぬ時に何を思うのか、何を考えるのか、そして、どれだけの苦しみと痛みがそこにあるのか、彼自身はまだ知らないのだ。


『体が崩壊していくのですから、苦しいのは当たり前です。一度私は、苦しむあなたにこう尋ねたことがあります。"それほど苦しいのでしたら、これで終わりにしたほうが良いのではないですか?"と』


「それは、ダメだ」


『はい。その時に同じことを言われました。"どれだけ苦しそうでも、絶対に止めるな"とも』


「ああ、もちろんだ」


『なぜですか?』


 毎日、男は死んでいく。


(俺は記憶をずっと引き継いでいる。だが、それは果たして、これまでの全員が同じ人間という意味になるのか? 同一人物だということになるのか?)


 これは呪いのようなものだと、彼は思った。最初の一人が妙な決断をしたせいで、沢山の彼に似た人達(・・・・・・)が、この苦しみに苛まれることになっている。


『それだけの痛みの中、どうしてあなたは繰り返すのですか?』


「……」


 この呪いは、断ち切ろうと思えば簡単に断ち切ることができる。


(だとすれば、なぜ、俺はこんなことを繰り返しているんだ……?)


 それは今までに何度も頭をよぎった問いであった。


 しかし、こうして自らの作った人工知能に尋ねられた今も、彼はそれに対する答えを見つけることはできなかった。

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