プロローグ
男が目を覚まして最初にやることは、自分の死体を処理することである。
とはいえ、その死体は既に人間大のカプセルの中に入っているため、彼がやることといえば、それを分解するように機器を操作するだけである。
彼は既に何度も、自分の死体が細かく砕け、構成物質に還元されていくのを見てきた。しかし今となってもまだ、それはひどく気分の悪くなる光景だった。
やがて死体が無事に分解されたことを確認した後、彼はシェルター内の点検に取り掛かった。
研究室のモニターで確認した限りでは、昨日と比べて特に何の変化もない。彼は部屋を出て、直接シェルター内を見て回ることにする。
かつてこの場所には、万単位の人間が生活していた。しかし今となってはその面影は一切無い。このシェルターの90%は既に崩壊し、通路も絶たれ、移動することさえできなくなっている。
彼は一人、シェルター内の点検を続けていく。ここで生きているのは、今は彼一人だけであった。
◇
『こちらはJP-C-00023。JP-C-00023です。聞こえた方は通信をお願いします。こちらの個別コードは――――』
世界中のあらゆる言語に翻訳し、他との通信を試みる。
しかし、それに対する返答は今までに一度もない。通信設備が機能していないのか、あるいは応答する人が誰もいないのか、それは彼にも分からない。彼にできることはただ、毎日同じ時間に通信をし、そして落胆することだけであった。
やがて、全ての日課を済ませれば、一日の残りは彼の自由時間だ。
彼はその時間を利用し、プログラムのコードを書き、あるものの製作を行っていた。
それはいわゆる、人工知能というものである。
現在、彼はたった一人でこのシェルターの管理を行っている。しかし当然ながら、彼一人ではどうしても管理しきれない部分もある。そのため、自分をサポートするシステムが欲しいと、彼は思ったのだ。
かつて、彼は天才エンジニアなどと呼ばれていたことがある。
そう呼んでいた人々が死に絶えた今となっても、彼にとって、何かを製作することはそれ自体が一つの喜びだった。
◇
そして、一日が終わる。
男は頭に装置を装着し、自らの記憶を脳から引き出し、それをデータとして媒体に保存する。無事に記憶のコピーができたならば、彼のやるべきことはあと一つだけである。
彼は、朝に自分の死体が入っていたカプセルの中に、そっと足を入れた。
ひどく息が苦しかった。心臓の鼓動はとても速い。それがこれから死ぬことへの恐怖によるものなのか、あるいは体を蝕む汚染によるものなのか、彼には分からなかった。
カプセルの中に入ると、その入り口は自動的に閉じられた。
震える体を両腕で抱えながら、男は目を閉じた。
彼はこれから、死ぬのだ。
◇
カプセルに入ってから三時間後、彼はその生命活動を終えた。
と同時に、そのカプセルの横にある大きな装置が稼働し始める。それは、かつては禁忌とされていた、人間の手で生命体を作る機械である。
今から数時間かけて、この装置は男の体を複製する。装置の中には、彼が健康だった時の身体の設計図が克明に記録されている。
体を複製し、そこに今日の記憶を埋め込み、翌日、彼は目を覚ます。
翌日の彼が目を覚まして最初にやることは、この日の彼の死体を分解し、未来の自分の体を構成するための材料にすることである。
そして彼もまた、日をまたぐ頃には絶命し、次へと記憶を継承する。
――生まれて。死んで。生まれて。死んで。ただ、繰り返す。
男がその生死の循環を始めてから、既に二年が経過していた。