強面くんのラブソング
私には忘れられない歌がある。
好きな人を諦める、そんな勇気を与えてくれた歌。私はその歌に、その声に耳を奪われた。
でもなんでだろう?
歌ってる人の顔を思いだせないの。
もう一度だけ、あなたの歌を……。
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私には、好きな人がいた。
優しくて、穏やかで優柔不断な人。
からかう、そんな言葉が似合わないそんな人だ。そんな彼が私は、とても好きでしょうがなかった。
だけどね、彼は私を選ばなかったの。
でも、しょうがないよね。
……それが彼の幼馴染であったがための私の定めなのだから。
だってそうでしょ、彼は私のずっと側にいて、私以上に私のことを知っていて、末っ子な私はお兄ちゃん気質な彼にずっと甘えてた。
そんな私を妹のようにしか思えなくなるなんて、ありきたりな王道な展開に持っていってしまったのは、誰でもない私なのだから。
だから、言わないよ。
……君が好きでした、なんてね。
死んでも言ってやんないんだから!
そう決意したけど。
幼馴染は、相変わらず私中心に構い倒して、彼女よりも私最優先。
そんなの、彼女が納得する訳がない。
よくぞ、今の今まで耐えたと関心する。
「あなた、彼の何なの⁉︎」
言いたいことはよくわかります。
私はただの幼馴染。あなたは彼女。
なのに、常に優先されるのは私。
私が遠慮しても、彼は気づかない。
彼女がどうしてと何度も彼に訴えかけても、理解して貰えない。
だから、こうするしかなかったんだよね?
気の優しいあなただから、私は幼馴染のことをすんなりと諦めようと思えたの。
だから、甘んじて受けるよ。
あなたの不満を。八つ当たりを。
「私はただの幼馴染だよ」
だから、ただ一言そう言うだけ。
彼女もわかってるはず、私が悪いんじゃなくて幼馴染の態度がいけないんだって。
それでも止められない。
……一番じゃないからこその嫉妬心。
「それはわかってる!わかってるけど!
止められないの!あなたへの嫉妬が!
どうしたらいいの! 私はどうしたらいいの……。彼が大好きなのに、そのはずなのに! 気づいてくれない彼が憎くて憎くてたまらないの!」
気の優しい彼女が見せた初めての憎しみと言う感情。涙と同時に、たくさん溢れ出す。
たくさんの憎しみに満ちた言葉が、毒となる瞬間を私は見てしまったの。
それほど、彼女は追い詰められていて。
馬鹿な人、逃げてしまえばいいのに。
私を責めていいんだよ?
悪いのは、彼なのだから。
あなたが私を責めるくらいに追い詰められたのは、彼があなたの言葉を理解しようとしなかったせいだって、私は味方をするから。
だから、私を責めていいんだよ?
あなたがいなければ、私は彼の中で一番な存在だったのに! ってさ、言っていいんだよ?
それが出来たらどんなに楽だろうね。
あなたは優しいからそれが出来ない。
それ、私わかってるよ。
私のことも、友人として好いていてくれてること知っているからさ。
だから、完全に責められないんだよね?
非道になりきれないんだよね?
わかってるよ、まだ良心が残っていて私を本当は責めたくないって言うその気持ち。
憎しみをぶつけられなくて、気の優しい彼女はただ泣き崩れることしか出来てない。
この場面を見てくれれば、私は悪役になれるのに、なんてタイミングの悪い男なのだ。
好きな人を泣かせるなんて馬鹿な人。
……私なんて放っておけばいいのに。
そう考えながら、好きな人を想って泣き崩れる彼女のことをただ抱きしめた。
「私、知ってた! 君ちゃんが和くんのこと好きだって! だから、責められると思ってた!
なのに、君ちゃんは私を受け入れてくれて、優しくしてくれて、気持ちを押し殺してくれて。
それがなきゃ、躊躇いなく君ちゃんのことを責められてたのに、優しさに満ちた君ちゃんのこと……、責められる訳がないじゃない!
我慢していてくれているのに、君ちゃんのこと! 責めることなんて出来ないよぅ……!」
ごめんね、追い詰めてごめんね。
私、小夜ちゃんのことも大好きだから、幸せになって欲しかったの。
自分の気持ちを押し殺してでも、好きな人と幸せになって欲しかったの……!
「わかってるよ、小夜ちゃん……!
小夜ちゃんが私を責められるような子じゃないってこと……。だから、たくさん泣いて。
泣き終わるまで側にいるから……」
私はただ小夜ちゃんを抱きしめた。
だから、気づいてなかったの。
……これを見られてたってこと。
だけど、小夜ちゃんは気づいてたみたい。私が気づかなかった、視線の持ち主に。
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君は俺を見ていなかった。
正しくは、俺の先にいるクラスメイトを眺めていて、俺を見えていないようだった。
それで良い、そう思ってた。
思ってたけど……、あんな場面見ちゃって、まだそんなのんきなこと言える訳がない。
俺は強面。だから、勘違いされること覚悟で、俺は君を泣かせたクラスメイトと話をする。
それで、君に嫌われても良い。
だけど、いつか気づいてほしい。
俺は、君の味方なんだって。
「いつまでそう気づいてないふりをするんだ? 白川和樹、お前はあの二人が思っているほど鈍感な奴ではないんだろう?
石寺小夜のことも確かに好きなんだろうが、お前はいつまで遠藤をお前の領域に縛り付けておくつもりなんだ!
お前は、石寺のことも好きだ。同時に、遠藤のことも手離せないくらいに好きなんだろう?
だが、それは間違っている。好きな人を、お前が苦しめて傷つけてどうするんだ!」
だから、今は嫌われてもいい。
いつか気づいてくれるなら。
この思いが空回ってもいい。
君が幸せになってくれるなら。
君のためなら俺は……。
望んで悪役になってやる。
「君には関係ないでしょう、僕が二人に対してどう思っているなんて」
関係なくなんてない。
俺は……、俺は……。
「遠藤のことが好きなんだ。
叶わないなんてわかってる。
だけど、遠藤には幸せになって欲しい。
例え、そんな未来で、遠藤の隣にいることが出来なくても良い。遠藤が幸せな未来を歩んでくれることが何よりも俺が望むことなんだ」
そう言った途端、彼は顔色を変えた。
まるで人形のようなぎこちなさがある笑みを浮かべて、羨ましそうに……。
「君は、家族に愛されて育てられたんだね」
そう言った彼の声はとても悲しそうだった。
だから、それ以上、俺は彼に何も言うことが出来なかったのである。
教室に戻れば、俺に向けられた視線は針のように鋭かった。博愛主義者で、愛想も良くて、クラスの中心人物な彼なのだから、こうなることは覚悟の上で、そんな視線にも耐えられた。
……いいんだ、これでいい。
俺は諦めるように笑うことしか出来なかった。これが、不器用な俺と器用な彼の違いなのだから。
……いつか、君に気づいてもらえれば、俺はどんなことにだって耐えられる。
そう、考えていた。
だけど、予想外のことが起きた。そんな俺を意外な人物が庇ってくれたのである。
……白川の、彼女だった。
「悪いのは和くんで、佐藤くんではないの! 佐藤くんは、私達が泣いてるのを見て、和くんを説得してくれただけなの!
何も聞かないで、和くんだけの話を聞いて、佐藤くんのことを責めないで!
私は知ってる、私が一人で泣いてた時も何も言わずに聞かずにハンカチだけ置いていってくれたこと! 私は和くんのことが一番好きだけど、悪いことをしているのを見逃せるほど、盲目な恋はしてない!
和くんはいつだって嘘つきよ!
でも、それでも私は和くんのことが好きなの! どんな狂気を持っていたって、私は……。
私の好きな人は和くんだけだから!
だからこそ、好きな人が犯したことを叱るべきだと思ったの! いい加減信じてよ、私は意外と一途で、私がずっとずっと側にいたいって思ったのは和くんだけなんだってこと!」
まさか、俺を庇うなんて思ってなかった。
遠藤もそう思っていたようだ。
とても驚いている。
「佐藤くんは優しいの、誰に対しても。ただ、不器用だからその優しさに気づいてもらえないだけなの。見た目が、怖いとそう思わせているだけなの!
だから、私は佐藤くんの味方する!
佐藤くんは、何もしてない! 和くんを傷つけるようなこと、何一つしていないの!」
泣いて、そう皆に訴えかけてくれた。
そんな彼女に、感謝しきれなかった。
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佐藤一馬くん。
強面で、取っつきにくい人だと思っていた。
小夜ちゃんは彼を庇った。
……どうして?
小夜ちゃん、なんで彼を庇うの。
……どうして……!
「いつか、いつか気づいてくれれば良い。今は俺を悪だと思ってくれて構わない。
俺はただ、君を助けたかっただけなんだ。それだけは、覚えておいて欲しいんだ」
彼は、悲しそうに笑った。
その笑顔が一瞬、過去の記憶に存在する、私が一番会いたいと望んでいた人と重なった。
声しか覚えてないのに、どうしてだろう?
そして同時に……。
その瞬間、盲目になっていたのは、小夜ちゃんでも、和樹でもなく、遠藤紗季である私なんだとそう気づいたの……。
「佐藤! どうして……、どうして私のことをそこまで助けてくれるの?
私、佐藤に何もしてないのに!」
叫ぶように言った。
嘆くように言った。
まるで、悲鳴かのように。
彼は目を見開いて、そしてにっこりと笑う。
そして、優しく穏やかな声で……。
「してくれたよ。君は覚えてないかもしれないけど、俺歌手を目指してて、路上ライブとかしてたんだ。誰も止まってくれなくて、歌手向いてないんじゃないかなって思って、諦めようって思っていたんだ。
その時、君だけが止まってくれて。
綺麗な涙を流しながら聴いてくれたことを、良く覚えていて、忘れることが出来なかった」
その時、初めて重なった。
……この人が私が会いたくて仕方がない、と望んでいた人の顔と。
「なら! どうして、歌うのをやめたの? 私は、あの日からずっとずっとあの場所に行って、あなたのことを探していたのに、どうして!」
責任転嫁だとはわかってる。
だけど、そう言うことしか出来なかった。
どうしても、聴きたかったから。
彼の穏やかで、それでも力強い、そして花のあるあの声で歌うあの歌を。
「君のためにしか、歌を書けなくなってしまったから。君のためにしか、歌えなくなったから」
遠回しの「好きだ」と言うあなたの言葉に、高鳴る鼓動を緩やかにする手段を私は知らなかった。