1話
大きめの窓から朝日の差し込む部屋の隅、ベッドの上で赤い目の黒猫を抱えた黒髪で黒目の少年は小さな声で話し始めた。
「今日は何をしようか、天気もいいし散歩に行こうか。」
ベッドと小さめの棚がポツンと置いてあるだけだからか広く感じる8畳ほどの部屋に少年の声は響くことなく消える。
「じゃあ準備するからちょっと待ってて。」
少年は猫をベッドに降ろすと部屋を出た。少しして戻ってきた少年はまた小さな声で話し始めた。
「今日は少し風が冷たいから。」
と小さな毛糸の帽子を猫にかぶせた。
「おばさん行ってきます。」
玄関でそう言うと気を付けてねという奥から聞こえる声に誰にも聞こえない更に小さな声でうんと返事をして家を出た。小さな町に背を向け緩やかな傾斜のある道を歩き出す。
「今日はちょっと川の方まで行ってみようか。」
だんだんと険しくなっていく道を細く小さな体で難なく歩きながら言った。30分ほど歩くと辺りは緑の荒れた木々に囲まれ薄暗く、道もかなり狭く荒れている。さらに奥へと足を進めていくと道はもう半身ほどに狭くなり、隣を寄り添うように歩いていた猫は少年の後ろを半歩ほど間を開けて歩くようになっていた。
「うわぁっ!」
急にバサバサッと音を立てて50cmはあろうかというかなり大きな黒い影が3つ飛び立つと、少年は今までの小さな声からは想像できない大きな声を出し足を踏み外す。
んっ・・・少年は目を覚まし頬を舐める猫をありがとうと軽く撫で起き上がり肘や膝を覗き込むように見る。そして顔を上げると目の前にはオレンジ色の映える見たことのない湖が広がっている。一瞬頭の中を駆け巡った疑問符を上書きするかのように目の前のきらきらとした景色が少年の瞳を輝かせる。
バサバサッ背後で音がすると少年はふと思い返すように記憶を辿る。焦点を周辺に定め見渡すと先ほどまで見えていなかった色々なことが見えて、少年の頭を4つか5つかの疑問符が浮かび上がってきた。湖の周りはかなり傾斜のある林が囲んでいる。少年は猫を左手で抱え上げ急に立ち上がると、草をかき分けたような10数cmほどの幅のある跡の方へ向かいつるを右手でかき分けながら傾斜を登り始める。