入学当日
俺はしぶしぶペンダントを買い、あまりの出費にギルドに会員登録するのも忘れ、一度宿に戻ることにした。
買ったのは良いがこれで使い物にならなかったら俺は心が折れるかもしれない。
若干不安になりつつも俺は銀色に光るペンダントを前に置き、ギルドでハヅキからもらった取扱説明書を読む。
ステータスプレート(ペンダント)
この度はステータスプレートをお買い上げ頂きありがとうございます。このアイテムには次のような効果がついております。
1 自らの所持金をデータ化し、出し入れできる。
2 国境を渡る時のパスポートの役割を果たす。
3 自分のステータスを数値化し、表示できる。
···ペンダント型以外にも他に形があるようだ。
そう思いつつも、このペンダントは金貨20枚を出すに値すると分かり、安堵する。しかしこんなに簡単に国境を渡らせていいのだろうか?
まずは1からやってみよう。そう思い、説明書を読む。
所持金の出し入れについて
(所持金を入れる場合) まず、片方の手に収納したい金額の硬貨を持ちます。(収納したい金額が多く、片手に収まり切らない場合、袋に入れても構いません)次に、ステータスプレートのプレート部分に指で軽く触れ、「収納」と念じれば、所持金を収納できます。
(所持金を出す場合) ステータスプレートのプレート部分に指で軽く触れ、引き出したい金額と場所を念じ、その後「出現」と念じれば、所持金を引き出せます。(所持金の出現する場所には少々誤差があります。)
なるほど、とにもかくにも試そうと思い、俺は片手に銅貨1枚を乗せ、「収納」と念じる。すると手から硬貨の重みが消え手のひらには何もなくなっていた。プレート部分に
money 1peril
と表示されている。
次に、引き出せるかを調べるため、さっき入れた銅貨1枚分、「1ペリル」と念じる。すると、目の前の床に銅貨が一枚落ちた。俺は何とも言えない不思議な気分になりつつも、使い方を理解する。
とりあえず全額放り込んでおこう。
パスポートの件は調べようがないし、次はステータスの表示か。
俺はそう思い、再び説明書に目を向ける。
ステータスの表示について
ステータスとは人の能力を数値にして表したもので、
体力 HP
魔力量 MP
力、攻撃力 str
耐久力、生命力 vit
素早さ、隠密性 agi
魔術適性 int
運気、幸運値 luc
の7種類、そして
名前 name
種族 tribe
職業 job
称号 title
才能 skill
を合わせた計12種類からなります。(titleやskillは人によって表示されない場合があります。)
一般的な平均はHP、MPが120~150、その他は60~80です。
ステータスプレートに自らの血を一滴垂らせば自らのステータスがそれ以降常に表示されます。
ステータスは自らの成長や退化とともに変動しますが、一度血を着ければ常に現在のステータスを表示します。
なるほど、毎回血を垂らさなくても良いのか。俺はそう思いつつ、右の壁に立て掛けてあった剣に自らの指を当てて、ペンダントに血を着ける。するとステータスが表示された。
name Laiji
tribe human
job
title mixed blood
HP 210
MP 194
str 113
vit 60
agi 152
int 138
luc 27
skill magic gravity
職業欄が空欄なのはわかるが・・・。
「···運気低っ!?」
思わず俺はlucの横に浮かび上がった文字につっこんだ。
何か日頃の行いで悪い点があっただろうか?自分の過去を振り返り、そこまで悪いことはしていないと再度認識する。
それ以外は耐久力を除きすべて100をこえている。agiについては一般平均のおそらく称号「混血者」のせいだろう。そのおかげで重力魔法が発現しているが、あまり嬉しくない称号だ。誰だって自分の黒歴史を蒸し返されるのは嬉しくない。
だが、これなら厳しいと言われているラダマント王立学院でもやっていけそうだ。
ペンダントの使い方もわかったしそろそろ寝るか。
そう思って俺はベッドに入った。
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入学当日、いつも通り8時15分に起きた俺は、外へ出て朝食をとっていた。今食べているのはこの町の名物らしい、フィッシュバーガーだ。白身魚と少し甘辛いソースがすごくうまい。
うまいので、ソースがはいったビンも1本買った。赤いドロリとした液体の入った小瓶だ。
たまにレタスをこぼしながらもすべて食べ切る。
式が始まる10時、準備をするために部屋に戻るまでの9時半まで何をするか···。
パッと思いついたのは昨日あまりの出費にすっかり忘れてしまっていたギルドへの会員登録だ。
俺はこの時間に会員登録をするため、ギルドへ向かった。
ギルドについた俺は、大量の冒険者が過ぎ去った後だからだろうか?(冒険者は6~7時に仕事を始める。)
まだあわただしさの残るギルドのカウンターへ近づく。
昨日の様にベルを鳴らすと、茶色い髪の···昨日ハヅキを黙らせたハヅキの母親だ、が出てくる。
ハヅキはどうしているだろう、あいつ外見はいいんだけどな。
そう思いつつ、お決まりの言葉の「本日はどのようなご用でしょうか?」を待っていると、
「昨日の方ですよね!ハヅキを見ませんでしたか!?」
開口一番、慌て声でそう言われる。
俺は驚きつつも、冷静を装って
「どうかしたんでしゅか?」
···噛んだ。しかし、相手はそんなことはどうでもいいと言うように、一気にまくし立てる。
「ハヅキが誘拐されました!今日も沢山の冒険者さん達がクエストの受注に来て、私が受付わしている間に連れていかれたみたいなんです。」
···何だって?
「どこかへ行っただけという可能性は?」
ただの母親の勘違いという平和な事態を考えたのだが、
「そんなことはありません!だってあの子今日は行くところがあるんです。時間には遅れた事がなくて。」
なるほど、これ以上疑っても仕方がない。
「居なくなったのは何時からですか?」
誘拐は時間との勝負だ。逃げた相手が雲隠れする前に見つけ出さなければならない。
時計を見る、今は9時35分だ。
「1時間前です、他にも4人が捜してくれてますが全然見つからなくて。これだけ経っても見つからないなら誘拐だろうって。」
もう1時間経ってしまっている。無事に見つかるかわからないが、捜すしかないだろう。
そういえば、
「すいません、ギルドに会員登録していないんですが?」
「後にしてください!」
「···はい。」
俺は追い出されるようにしてギルドをでた。
とにかくまずするべきことは情報収集だ。話から目のつく所にいたらしいので、ギルド周辺から聞き込む。
近くの壁に寄りかかっている人に話を聞こうとすると、トントン、と肩をつつかれた。
振り向くと、背後に赤い髪をポニーテールにして結んだ女の人が立っていた。
「サーベルの人、もしかしてハヅキっていう娘を捜してます?」
「そうですが、あなたは?」
見たところ、冒険者の様だ。ベルトに様々な形の短剣をさしている。
「イレラと言います。私もその娘を捜してるんです、場所もわかっているんですが、一人だと不足の事態に対応できないじゃないですか、なので手伝ってくれる二人目を捜してたんです。」
なるほど、短剣のみで戦う奇襲タイプの装備だ。奇襲する側だから奇襲されるときの恐ろしさを熟知しているのだろう。
「分かりました、自分の名前はレイジです。誘拐されてから時間が経っています、急ぎましょう。」
そういって俺たちはハヅキが捕まっている場所へ走って向かう。
「そう言えば、誘拐になったんですね。私が聞いたときは迷子だったんですが、」
「はい。時間が経っても戻ってこないらしいので。」
ほどなくして、俺たちはハヅキが捕まっているという場所へたどり着いた。
そこは商店街の横道にひっそりとたたずむ小さな小屋だった。
「下です。」
そう言われ、俺たちは小屋の扉を静かに開けて、地下へと続く階段を降りた。
階段の先には扉がある。
イレラに背後を警戒させつつ、俺は腰に吊った剣を抜き、扉を足で蹴って中へ入る。
部屋の中は以外に広い。これなら剣を振り回しても問題なさそうだ。
はたして中にいたのは3人の男たち。
横には手と足をロープで縛られ、口をテープで塞がれたハヅキ。魔術が使えないように呪符まで貼ってある。
奥には、これまでにここにたどり着いて返り討ちにあったと思われる冒険者達が計4人、
後ろ姿で縛られていた。
俺は4人の内1人に目を向け、俺の勝算が非常に少ないことを悟る。
縛られた内の一人は甲冑をつけたいかにも強そうな騎士だったのだ。
···なぜ人探しをしていたのかはわからないが、首筋のアザからみて、後ろ首を強く打たれたのだろう。
ここで注目すべきは、仮にも騎士が首筋を強く打たれ、殺すよりも難しい気絶をさせられているのだ。
これはこの中に手練が混じっていることを証明している。
「おいおい、また来たぜお嬢ちゃん。全く、今回は大漁だなあ?」
「ああ、だがいつになったら挿入させてくれるんだ?」
「ばっか、お前処女の方が高く売れんだからいれねえよ。しかも美人だから今回は期待できるぜ。」
「ムー!ムーー!」
ハヅキは必死で何かを訴えようとしているが、何を言っているのかわからない。
「これは危険です。騎士が気絶を、あの3人の中に手練れがいます。」
「ああ、わかってる。」
しかし俺は、敵が剣を構えているのに抜剣もしない余裕顔の男たちを見て、冷や汗をたらしながらも、
妙な違和感を感じていた。
いくら手練がいるといってもこれじゃあ斬ってくれと言っているようなものだ。
それにまるで見世物でも見ているようなこの面白がるような視線。
何かがおかしい、何だ?この違和感の正体は?
考えろ、考えるんだ、脳内で幾つもの出来事を思い出す。
1時間前です。 他にも4人が捜していますが、
ここまで見つからないなら誘拐だろうって
場所は分かってるんですが、
一人だと不足の事態に対応できないじゃないですか。
首筋を強く打たれたのだろう 手練がまじっている
仮にも騎士が殺すよりも難しい
気絶を
敵が剣を構えているのに抜剣もしない
「あの3人の中に手練れがいます。」
ッツ!!!!!
まさか!?
頭の中に電撃の様にとある予想が駆け抜ける。
その予想が当たっているのかを考えるよりも先に上半身を右に反らし、自分の持っていた剣、(サーベル)を左後ろ、今まで首があった場所に持っていく。瞬間!
カァァァァァン!!
予想は確信に変わる!
自分でもビックリするような大きな音をたてて、サーベルの護拳部分に
イレラの肘が命中した。
当たった瞬間イレラは驚いた様な顔をし、バックステップで後ろへ飛び退く。
「あーあ、ばれちったかー。」
「おいイレラー引っ張りすぎだぞー」
「いや、でも初めてバレたな。」
男たち3人の緊張感のない声が響いた。
「よく分かったですね。初めてバレました、なぜ分かったのですか?」
そう言ってイレラはベルトにさした短剣を2本抜き取る。
男たちも、腰に吊った片手剣、壁に立て掛けてあったレイピア、背に背負った斧をそれぞれ手に取る。
「考えてみりゃいろいろあったぜ?騎士と闘って無傷の状態、手練がいるとも思ったが、それにしてもこの部屋はキレイすぎた。剣の跡が残っててもいい。」
なるほど、うまくできている。最初に目的を捕らえ、その後追ってくる冒険者に協力するふりをして背後からだまし打つ。という作戦な訳だ。
騙し討ちをした冒険者も奴隷として売るつもりだったんだろう。
「···他には?」
「お前らの仕草だ、敵を前に平然とし過ぎている。それとイレラさん、あんたは五人目の受注者だ。」
「五人目とは?」
「ギルドの受付に聞いたら4人が捜しているらしいという情報があった。1人多い。
それにこの捜索はトントン拍子に進みすぎだ。普通もっと時間がかかるもんだぜ。自称手練さん?」
この依頼を受注した他の冒険者が全員ソロで助かった。
複数居たならば、こいつはそのパーティーをこの場所に連れてこなかった事だろう。
「なるほど、確かに矛盾していますね。ですが···」
後ろから迫っていた男が斧を叩きつける!俺は横に跳んで回避する。
「謎を解いて終わりとは思わないことです!」
残っていた男2人も散開し、俺を取り囲む。後ろの男はすでに斧を抜いて再び構えている。
マズイ!
そう思った瞬間、右から片手剣を持った男が斬りかかってきた。
周りに注意しつつ、俺は重心を右に反らし、サーベルを上から下に構えて攻撃をいなす。
シャリイイイイ!
澄んだ音をたてて片手剣がサーベルの湾曲部を滑る。
このままサーベルを片手剣にひっかけて溜めを作り、前の男を袈裟斬りにしようとすると、
後ろからレイピアの刺突が入る。右に転がって避ける。
起き上がった瞬間、上から斧が降ってくる。後ろへ飛び退く!
ガァンンンンン!
斧は床を砕いて地面に突き刺さる。
チャンス!
俺は思い切り男の腕を切りつける。肘から肩に真っ直ぐ入った斬撃が、俺を血で濡らす。
「残り3人!」
これで男は戦闘不能になった。男は悲鳴をあげている。
前から短剣が飛んでくる!
避けられないと感じた俺は、悲鳴をあげて座り込む男を無理やり持ち上げてガードした。
ザクッ!
男の胸に短剣が突き刺さる。男は悲鳴をあげるのを止め、あお向けに倒れた。殺してしまった!
そう思いつつも、残り3人!心の中で復唱する。
左から男が片手剣を横から切りつける!
とっさに後ろへ回避する、と同時にレイピアを構えていた男にサーベルを振るう。
イィィィィィィン!
レイピアとは刺すため刀身が細い武器だ。横から切るための武器であるサーベルを切りつければ当然、
斬れる!
半ばから折れた刃はクルクル回って木の天井に突き刺さる。
レイピアの男はもう一方の切れ端を捨てて扉の外へと逃げる。
「残り二人!」
斬りかって来た片手剣の男と斬り合いになる。右上から降りおろされる斬撃を右に避け、前に進み、すれ違いざまに腹を切ろうとするが、左にかわされる。そのまま右に一回転し、もう一度横から撫でる様に斬る。
キィィィィィィン!
また防がれる。こいつ、強い!
一度お互いに下がる。何か、何かないのか!
ふと、視界の隅に男の死体が見える。しめた!あれを使おう。
もう一度斬り合いになる。上からの斬撃を再びいなし、片手剣との引っ掛かりを利用して頭に斬りつける。
男はしゃがんでかわし、前に転がる。
俺も男とは逆の方向に転がり、静かにそれを抜き取って、腰の後ろのベルトにはさむ。
男は気付かない。
みたび、にらみ合いになる。
俺は左手を体の後ろにかくし、ベルトにはさんだそれを抜き取る。
男が斬りかかってくる。俺は右に一回転し、左手の短剣を投げつけた。
男は目を見張り、とっさにそれを剣で弾いてしまう。
勝った!
俺は勢いそのままに近づいてきた男の足首を切り裂いた。しかし、
ザクッ
と、音がして、左肩に短剣が突き刺さった。
しまった!もう一人いた!
じわじわと、眠気が俺を襲ってくる。
「どうです?睡眠薬をつけた短剣は?」
イレラが俺に睡眠薬をつけた短剣を投げて来たらしい。
「ハッ、これっぽっちも効かないね!」
そう言って俺はウエストポーチから赤い液体の入った小瓶を取りだし、イレラが投げた短剣をサーベルで弾きつつ、それを飲む。
ドロリとした液体が、口に甘辛い味を運んでくる。・・・旨い。
「チッ、それは・・・」
ベルトから短剣を抜きつつイレラが呟く。
「ああ、対睡眠作用のある解毒薬だ。冒険者なら持ってて当然だろ?」
イレラが扉の方をチラリと一瞥する。
しめた!
「なあ、今日はもう疲れたんだ。悪いがそこの足首を怪我したやつを連れて出ていってくれないか?」
「そうしたいですが、あなたが嘘を吐かないとは限りません。」
「吐かない。約束するよ。」
・・・信じてくれ。心の底から思ったことは通じたようで、
「良いでしょう。エイブラハム、いきますよ。」
そう言ってイレラは足首を怪我した男をかかえて出ていった。
まだやることがある。
俺はサーベルを持ってハヅキの方へ行き、ハヅキの口に貼ってあるテープをはがす。
「ぷはっ、あの、ありがとうございますっ。」
なんだ、案外素直じゃないか。
「別にいいよ、これも仕事だし。」
冒険者にはなっていないが。
そう思いながらも俺はハヅキの手足に巻かれた縄を切る。
「あの、すごいですね!冒険者って。」
けっこう口数が多いんだな。
そう思いつつ、
「そう、その事だけど、俺、冒険者じゃ、ないんだわ。
だから、あとのことは、よろしく頼む。
・・・はたして俺の言葉は最後まで聞こえただろうか?
なぜなら俺はこのときすでに、睡眠薬によって眠ってしまっていたのだから。
・・・どうでしょうか?
けっこう頑張ったつもりです。
おもしろければどうぞごひいきに。