入学前日
···ひどい夢を見た。
それは俺の覚えている中でも最も古い記憶、山奥の実験施設に居たときの記憶だった。
あの後、俺はシンというオッサンに助けられ、山奥の小屋で育てられた。
シンは一人で山の中に住んでいたらしく、俺に剣術と魔法、勉強や家事まで何もかもを教えてくれた。
しかし、シンは俺が17才の誕生日を迎えたときに、
「お前ももう17だ。この国では17才になると自分の職業を決めなくてはならない。それにお前はまだ社会を知らない。これからは一人で生きろ。」
と言った。俺は山奥の小屋でシンと生活するのが楽しかったからシンからの言葉を断った。
しかし、シンに頑なに外で生きろと言われた。話を聞く内に段々興味がわいてきたのだろう。
17才の時の5月、俺は山を出た。
「今日で目的地か···。」
誰に言うでもなく独り言をつぶやく。
今レイジがいるのは3日間お世話になった寝台列車の中。
終点のラダマント王立学園が目指す目的地だ。
黒い髪は寝癖でボサボサ、同じく黒い目の下にあるくまの原因は木の椅子に布をかけた簡素なベッドで寝たせいか、はたまた、
となりの部屋のバカップルが夜な夜な矯声をあげていたせいか。
固いベッドに寝たせいで痛む身体を無理矢理持ち上げ、服を着替える。
机の上においた懐中時計を見るともう8時15分。到着まであと45分だ。
俺は昨日食堂車で買っておいたサンドイッチを手早く食べて、荷物を片付け始めた。
列車の外からは暖かい風が吹き込み、冬は終わった事を知らせてくれる。
天気が良いので気分も良い。明日の入学式に向けて準備せねば。
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「高っ!」
無事終点についたレイジは近くにある宿を探していた。···のだが、
おいおい、想像の10倍は違うぞ。これで一番安いとかマジかよ···。
そう、宿泊代がレイジの予想をはるかに上回る額だったのである。
「あんた、1泊あたり銅貨5枚っていつの時代なのさ。銀貨5枚でも安い方だよ?」
この宿の女将、コロナさんが呆れ顔で言ってくる。
いや、確かに今までの中では一番安いがシンの言っていた価格と全然違うじゃねえか。シンが山にこもっていた間にそんなに上がったのか!?
「というかあんた、ペンダント持ってないのかい?この辺で生活するなら必須アイテムだよ。」
「ペンダント?それは何に使うんだ?」
「さてはあんた、かなりの田舎からきたね。他のひとが使っているの見たことないかい?二つほど機能があって、自分の職業やステータス、特に便利なのが金を自由に出し入れできる機能だよ。この辺で生活するならいろんなところで必要になるから持っといた方がいいよ。」
「それはどこでもらえるんだ?」
近場ならいいなと思いつつ言うと、
「もらうんじゃなくて買うんだよ、一番近いのはギルドだね。ここから北に600レートほど離れた場所にあったと思うよ。」
ギルドか、シンが金に困ったら行けと言ってた場所だな。行きなり使うことになるとは。近いし早めにいっておこう。
「ありがとうございます。とりあえず1月泊めさせてください。」
「はいよ、先払いで金貨15枚ね。」
ハア、これは結構すぐに資金が底をつくことになりそうだ。
困ったことになったなと思いつつレイジはギルドへと向かった。
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アレリス国ラダマント、この町は海に接していて古くから海外との貿易で栄えて来た
国内でも比較的大きな港町だ。海外から様々な文化や食料が入って来て、国内で一度は行ってみたい場所第一位に選ばれたくらいだ。そんな場所なら外は怪しい店が立ち並ぶギルドも中は当然ホテルのような·····
とにもかくにも面倒な場所じゃありませんように。そう思って扉を開けた俺は驚いた、数秒後やっぱりか、とも思ったのだが。
見事に予想を裏切ったギルドは昼間だというのに薄暗く、小さな電灯が所々についているだけだった。木でで来た床は所々に穴が開き、ヒビが入りまくってむしろ何で壊れないんだろう?と思ってしまう大理石のテーブルには昼間から酒を飲む浮浪sy···冒険者たち。チラッと見たらギロッと睨まれた。
絶句。
まさに俺はその状態に陥っていた。
しかしこれからよく通うことになるだろう···慣れたくねえなあ。とにかくペンダントを受け取り、会員になっておこう。
そう思い、俺はカウンターに進み出た。カウンターには誰もいない。おそらく客の少ない昼は中で書類仕事でもやっているのだろう。レイジは置いてあったベルを鳴らす。
「はーい!ちょっと待ってくださいねー。」
可愛い声が聞こえて白いワンピース···制服なのだろうか?を着た水色の髪をしたショートカットの俺と同い年くらいの少女が出てくる、可愛い。正直このギルドには似合わない。
「すいません、この町に来たばっかりで、ここでペンダントを買えると聞いたんですが。」
「とっとと帰れよ田舎から来たガキが。」
···あぁ?聞き間違えだろうかと思ってしまう。俺がいきなりの攻撃に硬直していると、
「おいチビ、ここはテメーが来るような場所じゃないんだわ、おうちに帰りな。」
「···あんたの方がチビじゃねえか、ブーメラン投げてんじゃねえよ。」
「あ、そんなこと言ったらペンダント売ってあげないよー?」
···おちょくってやがる。おいおい、前言撤回だ。こいつ顔だけ可愛くて性格ブスな奴だ。やべえ、アンタこのギルドすげえ似合ってるよ。次何か気に障る事言ったら切りつけてやろうか。思わず腰に吊った剣に手をかけると、
「こらハヅキ、お客さんいじめちゃダメでしょ。」
後ろから声がして振り向くと、果物の入った袋を抱いた茶色い髪を長く伸ばした30代位の女性がたっていた。
「ごっ、ごめんなさいお母さ···ハッ!?」
···母親かよ、条件反射で言ってしまったのだろう。ハヅキという少女は真っ赤になってうつむいた。しかし、その母親が戻って行くと、
「何かしら?ペンダントの件だったわね。」
どうやらなかったことにしたいらしい。まあどうでもいいので、そこまで追求しない。
「ああ、1つ欲しい。」
「金貨20枚よ。」
はいはい、20枚ですね、20枚20まいっと···?
「高っか!?ハア!?金貨20枚!?」
思わず叫ぶ。俺の一月の宿泊費より多いじゃねえか、あの銀の板一枚に何が入ってるんだよ。何より20枚も払うと俺の所持金が残り金貨17枚になってしまう。食費の事を考えると残り1ヶ月で一文無しになる。なんてこったい···。
「おいおい、冗談だろ?」
「ハッ、マジよ、大マジ。何?国が決めた適正価格に文句ある?」
バカにしくさった顔でそう言われる。なるほど、この国の財政はかなり潤っていると言われるが、その理由を垣間見た気がした。
···やばい、ラダマントに来て1日目にして俺は自分の懐が羽毛布団のように軽く、ドライアイスのように冷たくなっていくのを感じた。
見てくれてありがとう。出来れば次も見てくれると嬉しいです。