第二話
「赤ん坊の忘れ物?迷子じゃなくて?」
「そう。備品倉庫のごみ箱の横に置いてあったんだ。何かの手違いで置いて行ってしまったのかもしれない。ここで預かってもらえないか?」
「その…赤ん坊以外になにか入ってなかったのか?たとえば手紙とか」
「ああ、『親切な方へ』って書かれた手紙が入ってた」
「そりゃあ、もう忘れられたんじゃなくて、捨てられたんだよその子は」
「…やっぱりそうか。そうだよな」
警備室で拾った赤ん坊を抱きながら、ベィーラは若い警備スタッフとデスク越しに会話している。
遺失物届を出しかけて、警備スタッフは書類を元の棚に戻した。
きっと捨てられたんだろうと思いながら、もしかしたらと話してみたがやはり捨てられたのは間違いなさそうだ。
「どうした」
奥から別の年輩の警備スタッフが会話に入ってきた。何かのトラブルだと思ったようだ。
「いえ、赤ん坊の忘れ物というか、捨て子らしいんですが」
「捨て子か…、それはまたかわいそうに…」
「ここでは、財布とか、カバンとか、通信機器類とか、買ったものとかそういうたぐいは当然預かるんだけどね」
と年輩警備スタッフ。
「赤ん坊はダメか」
とベィーラ。
「迷子の子供とかさ、そういうのは別だけど、この子の場合はもう事件レベルだからうちじゃ対処しきれないよ」
「そうですね、マニュアルにも書いてなかったですね」
と、若い警備員も続く。
「じゃあ、警察尋ねたほうがいいか…」
「そうだね。あくまで警備室としては忘れ物の対応くらいしかできないよ。申し訳ないけど」
「わかった。ありがとう」
「すまんね」
チラりと年配の警備員がべィーラの腕に抱かれている赤ん坊を見た。その目からは感情は読み取れなかった。
赤ん坊を片手に抱えて、そっとドアを開け、警備室を出たベィーラは一旦掃除スタッフの詰め所に戻ることにした。
仕事が全部片付いたわけではないので、その報告をするためだ。ふっと赤ん坊を見つめてみたが、まだ寝息を立てている。
「まったく全然動じてないんだな、すごい子だ」
ベィーラは、赤ん坊を起こさないように、両手に抱えなおして丁寧に駆け出した。
掃除スタッフの詰め所は商業施設の一番端にあり、スタッフのためのロッカーなどが設置されていて、休憩中のスタッフが談笑する場としても使われている。ちょうどベィーラが向った時も、4名ほどのスタッフが談笑していた。
「おう、べィーラ、お疲れさん……」
一人の掃除スタッフがべィーラに気づき、声をかけたが、その腕に抱かれた赤ん坊にも気づいた。
「おつかれさん」
と、べィーラ。
「おい、べィーラ、その、赤ん坊?は一体どうした?」
「え?赤ん坊?」
赤ん坊という言葉に、ぼーっと雑誌をめくっていた他のスタッフも驚いて入り口を振り返る。
「ああ、備品倉庫で見つけてしまったんだ。これから警察に行って届けようと思っている。だから仕事を切り上げさせて欲しいと…」
「おいおいマジかよ…」
「ちょっと、見せて見せて!」
女性スタッフのラームイだ。彼女は地球人と三つ目系宇宙人のハーフで、この掃除スタッフとしてはまだ経験が浅い。しかし、スタッフ内に女性が少ないこともあるが非常に人懐こい性格ですっかりスタッフとして馴染んでいる。ちなみに未婚である。
べィーラは抱えている赤ん坊をラームイに差し出した。
「落とすなよ」
「落とさないわよ。わぁ…かわいい。男の子?女の子?」
ラームイは優しく赤ん坊を受け取り、まだ寝息を立てている顔を覗いて言った。上から横から寝顔を眺めている。
「手紙が入っていて、女の子だと書かれていた」
「へぇ~女の子。小さいわねぇ」
「どれ、俺にも見せてくれよ」
同僚のワッツだ。彼は地球人のスタッフで、このスタッフ内では一番の古株だ。
「おやおや、かわいいもんだ」
ラームイに抱かれている赤ん坊を横から見つめている。
「俺も俺も…」他のスタッフもラームイの周りに集まってきた。
「ちょっと、汚い手で触っちゃダメよ!」
「ちぇっ、さっき洗ったよ!」
「で、べィーラこの子を警察に持っていくのか」
ワッツがスタッフの輪から出てきてべィーラに声をかける。
「最初は警備室に持っていったんだけど、そこじゃ預かれないって話でね。警察に行くしかないようなんだ」
「そうか、まぁそうなるか。迷子とかなら預かれるんだろうな」
「そう、まったく同じことを警備員に言われたよ」
「ねぇべィーラ!この子警察に持って行く前にお姉ちゃんの店に行って見せてもいいかしら」
「え?」