何でも屋には猫探しの仕事を
けたたましく鳴るチャイムの音で目を覚ます。確か次は昼飯だっただろうかと机に突っ伏したまま呑気に考えていたら、誰かに背中を思い切り叩かれた。それも何度も。めっちゃ痛い。
「早く屋上行こうぜ」
「わかったから叩くなバカ野郎」
「げぼっ!?」
振り向かないまま裏拳する。都合良く鳩尾に当たったので相手が咳き込んだ。
ああようやく頭がはっきりしてきた。カバンから弁当箱を取り出して、まだかがみ込んで呻いている親友に向き直る。
「飯食いに行くぞ、五十鈴」
「てめっ人の鳩尾にクリーンヒットさせやがって」
腹を抱えて蹲っている五十鈴が抗議の声を上げる。なんだ軟弱な奴だな。
「すまんな、寝起きが悪くて覚えてない」
「嘘付け!」
「おお、お前のトリ頭でよくわかったな」
「バカにしてるだろ」
「もちろん。さあ、早くに行かねえと終わっちまうぞ」
「待って、まだ動けない」
「じゃあ先行ってるぞ」
阿呆はほっといて教室をさっさと出て昇り階段に向かう。後ろから「薄情者ー!」と聞こえてきた気がしたがたぶん空耳だ。
俺たちが通っているこの桐生学園は珍しく屋上が開放されている。だからある程度人数のいるグループは屋上に集まって集団で昼食を取ることが多い。俺や五十鈴の属するグループも既に三人が屋上で待っていた。
「奏佑、五十鈴見てない?」
三人組の一人が不思議そうに聞いてくる。沙希は俺と五十鈴の小学校時代からの幼なじみだ。今は五十鈴と同じクラスのはずだし、あいつが俺のクラスに行ったことも知ってるんだろう。
「あれならうちの教室で倒れてる」
「何やったのよ」
「目には目を」
「つまり殴られたから殴り返したと。なんというか、君達は相変わらず仲が良いね」
「仲良くはねえだろ仲良くは」
長身でメガネの良一は試験を満点でクリアした天才だ。本人はそう言われるのが嫌いで、俺達も基本的にはそう言わないが。
「他は?」
逆に俺が聞き返すとさっきまでだんまりだった最後の一人、光陵白桜が口を開く。
「沼瀧君は生徒会の仕事。胡蝶峰《こちょうみね》さんは剣道部の昼練習。妃香はちょっと今連絡取れないかな」
「おいおい彼女のことくらい把握しとけよ」
「あははは」
茶化すと白桜は苦笑いを浮かべる。これがリア充の余裕って奴か腹が立つ。腹が立ったので軽く小突いておいた。
「痛いって」
「痛いか? それはな、全国四百万人の心の痛みだ」
「言っている意味がわからないよ」
「わからないのか? 彼女が出来ずに苦しんでいる二千万人の非モテの気持ちがっ!」
「増えてる!?」
「もういいから早くお弁当食べよう?」
白桜と茶番していたら沙希に呆れられてしまった。腕時計は残り二十分を指している。確かにそろそろ食べ始めないと授業に間に合わない。
「五十鈴ほっといて食い始めるか」
「そうしようか」
地べたに座って弁当箱を開ける。相変わらず美味そうだ。だけど、これを作っているのがあいつだと思うとなんとなく泣けてくる。
「今日もロキさんの弁当?」
「そうだよ」
沙希はいつもロキが作った弁当か聞いてくる。こいつも料理好きだし思うところがあるのか。
「ロキさん、って三条君の家の居候さんだっけ」
「だいたい合ってる」
良一の疑問に答えながら手始めに卵焼きを口に含む。口に広がるほのかな甘味。俺はしょっぱい方が好きだと何度も言っている筈なんだが嫌がらせか、ロキが異常に甘いのが好きなのか聞き入れられたことはない。さらにしょっぱい派の俺でも思わず美味いと思ってしまうような練度だからなおさらムカつく。
うるさい奴が居ないおかげでとても静かに食事が進んだ。流石に誰か喋れよ。俺は嫌だけど。ほんとに五十鈴は居れば居たでうるさいだけなのに、居ないと途端にしんとなっちまう。
「五十鈴はどこに行ったんだ?」
俺の独り言の答えは、トークアプリの着信を告げる振動が教えてくれた。
『猫探しの依頼来た。SSS放課後活動するぞ』
「あいつは何やってんだ・・・・・・!」
思わず頭を抱えた俺を誰が責められよう。五十鈴がライトノベルに影響されて設立された同好会。生徒活動促進のための支援同好会で略称SSS。まさか本当に活動するとは。
「部活、どうすっかなー」
休み時間の終了を告げるチャイムが響いた。
*
結局のところ活動開始は部活が終了してからになったようで、長かった日が沈んだ頃に集合がかかった。八人所属しているはずだが、集合場所にいるのは俺含めて四人だけ。俺と良一に五十鈴、そして良一の彼女の胡蝶峰漣。
「なんで集まんねーんだよ!」
「そりゃ当たり前だろ桐生。光陵のとこは家も厳しいし、黒金の家も兄が過保護だっていうしな。オレだって良一に止められたのを無理に来てるんだし」
光陵家と言えばかつては東の光陵、西の蒼御子なんて呼ばれていたほどの企業家だ。そんな御曹司が夜中に猫を探すなんて理由で外出できるはずもない。しかも白桜の姉と妃香の兄が恋人同士なんていうものだから危険度は段違い。リスクとリターンが完全に釣り合ってない。
「|漣の言う通りだね。風花さんも親御さんが心配するだろうし、沼瀧君が参加するとも思えないし」
良一からも宥められて五十鈴はおーんおんと嘆く。鬼かお前はとツッコミを入れるのも面倒だったのでスルーして本題に入る。
「で、どんな猫を探せばいいんだ?」
「三毛猫」
「他は?」
「忘れた」
「おまっいい加減にしろよ!? 三毛猫だけの情報でどうやって見つけ出せってんだよ!」
俺もサボればよかったか。よく考えればこいつがその手の話をまともに聞いてこれるはずがなかった。千々梨さんが如何に上手くこいつの手綱の握っていたかが良く分かる。あの人じゃなけりゃこんな弟を制御することなんてできないだろう。
既に家を出てしまった我らが兄貴分に現実逃避していると、良一がわざとらしい咳払いを一つして「そんな気がしたから俺が代わりに聞いてきたよ」と言った。
「流石学年トップ!」
思わず叫んだ。近所迷惑であることはわかっていたが叫ばずにはいられなかった。
「なんか最近俺への信頼が日に日に減っているような気がする」
大丈夫だ、安心しろ五十鈴。そんなもんは最初からない。
「んで、どんな猫なんだ?」
「えっとね、名前はミケ。メスの四歳で鈴の付いた赤い首輪をしているらしい」
「なんだオスじゃないのか」
「アホか。そこら辺にオスが居てたまるか」
「オスって確か何千万円もするんだよな。手が届きそうにないよ」
「でも、桐生君や光陵君辺りなら買えそうだよね」
父親が嫌いらしいから言わないが、お前も買えるだろうが医者の息子。ちなみに五十鈴は我らが桐生学園の理事長様のドラ息子である。桐生の家柄も多種多様な業界へ渡っているから、社会的な影響力は実は無視できない。現に金持ちの子供は桐生学園に多い。それだけの実績があるということだ。
話を戻して、猫の特徴は有りきたりのようで案外少ないという探しやすい部類だ。手分けして探せば、運が良ければ見つかるだろう。
「見つけたら各自連絡。十時くらいまでは粘ろうぜ。解散!」
「おー」
「ってお前が仕切ってんじゃねえ!」
最後の声は気にしないことにした。
しかし、分かり易い特徴だからといって見つけやすいとは限らない。そもそも動物にはあまり好かれない俺は猫を探すことすら困難だ。良一と漣のとこは猫を飼っているらしいからそういう心配はないのだろうが。
「あっ」
塀の上に座っている猫を見つけたが、俺を見るなり踵を返して奥に消えてしまった。止まってすらくれないとは心が傷付く。赤トラだったから目当ての猫では無かった事が不幸中の幸いか。
SSSのグループトークを見てもまだ発見の報告は出ていないようだ。時刻は既に九時半を回っている。これは明日以降に持ち越しになりそうだ。
その後も探しにあちこちうろついたが、猫の影すら見つからず。十時に四人が最初の集合場所に集まった時も猫を連れてきた奴は居なかった。
「明日以降に持ち越しか」
「んがー、なんで見つかんねーんだ」
どうやらこいつの中では簡単に見つかるものだったらしい。相変わらずのお花畑でなんというか安心する。
「明日もこの四人でかな?」
「せめて王真はこっちに引き込みたいよな」と漣が提案する。
「あれがそんな簡単に協力するとは思えないがな」
沼瀧王真は集団行動が大嫌いだ。生徒会の仕事だって誰かと一緒に活動することはないっていう位だから相当な一匹狼だろう。むしろそんな奴がSSSに席を置いていることの方がおかしい。
「ま、協力はしてくれないだろうけどね」
「そうだな、一緒に探しちゃくれないだろ」
俺も良一も言いたいことは同じなようだ。笑いを抑えられない俺らをなぜか五十鈴と漣が変なものを見るような目で見ていた。
*
他三人と別れた帰り道。月明かりと街灯のおかげで真っ暗闇ではない。
道を曲がった辺りで俺は見慣れて人影を見つけた。
「よお、偶然だな」
「・・・・・・ああ、全くの偶然だ」
そこに居たのは、右手に赤い首輪をした猫を抱え、左手にコンビニのレジ袋を携えた王真だった。右頬には引っかかれたような痕がある。
「猫なんて飼ってたっけか?」
「お前らが探してた猫だよ。コンビニで買い物してたらたまたま見かけて捕まえただけだ」
「成程、それは運が良い」
引っかき傷付けた顔で言っても説得力ねーぞ。そもそもお前んちは二、三駅向こうだろうが。
沼瀧王真という男は実はなんだかんだでバカが付くほどのお人好しだ。誰かと一緒に居るのは嫌いなのに困ってる人をほっとけない。いつも陰で泥を被っているような人間だ。たぶんそれは中学校時代に育まれた物だろう。噂で伝え聞いたものだが、ハードな学園生活だったようだ。
俺はあえてそれは指摘しないようにして、猫をどうするのか聞いた。
「どうするもねーよ。ウチは猫ダメなんだ。お前が世話しろ」
猫を無理矢理に俺に預けると、そのまま去っていってしまう。ぶっきらぼうな言い方は相手を選ばないと要らぬ誤解を受けるぞ。
俺は王真の後ろ姿を見送りながら、三人に猫が見つかったことを伝えた。明日には引き渡すそうだ。
必死に俺の腕から逃れようとしている猫はロキに任せることにしよう。
・・・・・・なんというか、俺も王真のことをあまり笑ってられないような気がしてきた。
さて初めましての方は初めまして、氷砂糖と申します。
この作品の登場人物は以前別サイト様で書いていた作品から流用しているものも多いので見覚えのある方ももしかしたらいらっしゃるかもしれません。
こんな感じで学園のことも、今回出ていないそれ以外の人達の話も書いていけたらと思ってますので暖かい目で見守ってやってください。




