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 世界中、大混乱だった。インターネットの普及により情報の伝達が早くなったのと同時に、デマなどの流布が混乱に拍車をかけるなどと言った自体は何度も危惧されていた事なのだが、それが文字だけだったら問題は時間とともに収束していくものが、時には写真で、時には動画でと「敵」の姿が世界各所で一斉に目撃されれば歯止めのかかりようはない。


 ただ、各国政府は「敵」の出現には明確な「武力」で答えた。最初の襲撃において先進国の中で軍組織が直接手を下さなかったのは、型船が動いて撃退した日本ぐらいである。


 軍事行動として自衛隊が動くには内閣総理大臣の命令が必要だが、戦後半世紀以上経って初めての「武器を用いる」瞬発的な行動を開始するには、余りにも法律上の制約が多すぎた。


 これは自衛隊自体が悪い訳ではない。


 自衛隊は文民統制、即ち市民に選ばれた責任者の管理下に置かれる事を原則としている。これは他の民主国家も同じだが、直接戦争に関わる事が太平洋戦争後、殆ど無かった日本では現実を見れない位、軍事へのアレルギーが蔓延した。


 結局は、自衛隊をどう動かすかは政治家、ひいては彼らを選んでいる国民が責任を背負っているのだが、戦争が嫌なら何をすべきか、軍事衝突を回避する為に何が必要か、それを真剣に考えようとする人間が極端に減ってしまった。


 だが非難は自衛隊と政治家に及ぶ。他人に責任をおっ被せて自分は外野から野次を飛ばすのがいかにアホ丸出しか、小一時間問いつめたい。


 閑話休題。


 代表的な所では、米国、ロシア、中国では、現れた「敵」に対して現有の通常戦力で立ち向かった。巨大で得体の知れない相手とはいえ、その数は単機か、あるいは片手で数えるほど。


 撃った弾の半数が何故か当たらないという不確かさのある情報もあったものの、周辺被害はさておき、難なく撃退はできた。陸上に現れた「敵」に対しては、航空戦力による初動攻撃の後、陸上戦力の遠距離攻撃、最後は戦車の一斉攻撃と言った具合である。


 米軍に至っては、州軍戦力での撃退がされた。ある小国では国家総力戦のような戦力が必要だった。米国と敵対路線を取っていたその国が、米国の軍事力に戦慄して和平路線に舵を切ったのは致し方無い事だろう。



 さて、通常戦力での戦闘では、核攻撃はされなかった。未知の敵に対してどれだけ効果が見込めるのか不明であったのも理由だが、流石に初撃で核攻撃をするにはリスクが高すぎた。


 どこかの敵対国の攻撃と勘違いしたどこぞの国家の軍人が早まって核ミサイルの起動を開始しようとした事例もあったが、通信が分断されずに繰り返し中止命令が届いたのが不幸中の幸いだろう。


 各国保有の主力部隊の飽和攻撃に「敵」は撃退された。素早く動く、弾が何故か当たりづらいという強みも、的が型船と同程度の巨大目標である為か、攻撃は功を奏した。


 …ただ、問題なのは先に述べた通り航空戦力を含めかなりの攻撃を集中したにも関わらず「当たらない」弾が後で確認された事だ。


 ビルほどの大きさの物に、大隊規模の火力集中で当てられず、弾が無駄になる…。高価なミサイルだろうと、比較的安価な火砲の弾であろうと、概ね半数が何故かすり抜ける。これは各国の軍事関係者に不安を呼んでいた。


 週に数体、世界のどこかに鋼鉄の獣が出現する。形は初期に登場したそれらと同じだ。現有戦力での攻撃と撃退が、何度も繰り返された。日本では最初の襲撃以降、出現は確認されていないが厳戒態勢は維持されている。


 米軍は、世界の警察を標榜するだけに、出現が確認されると空母を含む大規模な軍事行動を繰り返している。


 世界の軍事関係者が、疲弊と綻びを危惧した。米軍ですら、初期戦闘と較べて明らかに疲弊が確認されてきたからだ。


 軍事力は、それを支える補給がモノを言う。米軍が世界最強と言われるのは、充実した兵站への努力と蓄積、そして膨大な予算によるものだ。


 実際の兵器自体の優秀さは、人の個々人の能力や学力に置き換えるなら「天才」や「鬼才」ではなく「秀才」レベルではあるが、それをいつでもどこでも継続的に発揮できる事が世界最強の名を支えている。


 だがそれは、必要分の予算確保が前提。世界的には不景気の影がある中、財政再建のため予算が削られている現状では、いつかはジリ貧になる可能性がある。


 米軍ですら危機を覚える状況に、各国の軍事関係者は恐怖を覚えた。戦わなければならないのに、戦っても実入りが無いのだ、これに危機感を覚えないのは、声だけはでかい軍事アレルギーのバカだけである。



 水面下、様々な国で軍事関係者が接触を繰り返した。情報の精度を煮詰めて行くにつれ、日本が型船を運用して撃退した事実が確認されると、積極的にデータの開示を求められた。


 国際社会での地盤固めのチャンスと受け取った日本政府は、かの日の交戦情報を集めた上で、現在、関係悪化している国を除いての会議に乗り込む。


 日本から提示されたデータは、交戦した型船の稼働費用、修理費用、周囲での被害情報などなど。交戦時の内容はあまりにも行き当たりばったりだったのであえて提示していない。


 それは、米国が一回の交戦で撃ち放った弾薬の価格の、僅か5%程度であった。型船自体の稼働、補修費用との比率に至っては、周辺被害の見舞金、保証金の方が余程高い。


 戦車砲の弾は、最新鋭で希少金属を使用していても一〇〇万円程度。現行標準でいえば二桁前半に収まる。他の火砲も余程特殊でない限りは、そのくらいには収まる。


 しかし、ミサイル類については、鋼鉄の獣に有効打を与えられる火力を持った弾頭だと、最低でも一千万円以上する。ただの一発でその価格だ。米軍ですら弾薬不足に喘いでる中、他の国に至っては青息吐息である。一回の交戦ではそれを雨あられと打ち込んでやっと、撃破するせいだ。


 だが、日本は自国の戦力を動かさず(実際には動かす暇が無かっただけだが)、迷惑なあの鋼鉄の獣を撃退できた。


「早急に、迎撃戦力としての研究を進めるべきだ」


 実際には進めているが、これは各国も同じ。ただ、相手が通常戦力相手を前提として研究を進めるか、鋼鉄の獣を前提として進めるかの違いだ。


「歩行、移動や格闘については我が国でもデータが取れている。提供の用意がある」


 米国担当者は静かにそう言った。他国の出席者はどよめいた。専用であっても、あの役立たずと言われた巨人が戦力化できるのなら、予算の肥大化が防げるのだ。これは喜ばずにはいられない。


「その上で、過剰保有している比較的小型の”巨人”について、未保有国への譲渡、売却も計画中だ」


 国土の割に多すぎる型船が降ってきたイギリスの担当者は、売却、譲渡が可能な他の国家担当者と共に立ち上がる。この辺りは根回し済みなのが流石である。


 会議に参加している中、未保有の新興国は複雑な表情だが、大国の戦力頼みの現状を打破できるならそれに越した事は無い。


「かの”巨人”を保有するいくつかの(・・・・・)国からは残念ながら(・・・・・)会議参加も断られたのは残念な事だ」


 ロシアの代表者は、自国の国土並に関係が冷え込みつつあるとある国が今回参加していない事に触れる。いくつかの国の代表者は笑いを噛み殺している。


「我々は、この未知の危機に対して手を取り合い、共に乗り越えていく事を心から願う」


 会議場は、拍手に包まれた。



「大きいですねぇ…」


 呉にある大和ミュージアム近く、観光客の一人が海上に鎮座する型船を見てそう零した。

 視線の先には海上を航行する船舶を遥かに超える巨大な鋼鉄の巨人が、腰下を水面下に置きながら両腕をだらりと下げた姿で鎮座している。


 この型船は「人型落下物・沖縄2号」という名が一応政府により命名されているが、誰もその名で呼ぶことは無い。

 この型船は日本が確保した最大のもので推定263m、奇しくもあの大戦艦「大和」の全長と同じである事から「大和」と呼ばれている。


 一斉鳴動により海中から何体かの型船が浮上してきたが、大和が浮上してきたのは沖縄にほど近い場所だった。何年も海中に沈んでいたため表面には苔や貝などが付着していた。

 浮上するなり半ば身を起こさんと片膝をついたかのような姿になった「大和」は、ゆっくりと押し流されるように沖縄本島沿岸に着岸した。周囲住民の訴えもあり日本政府は試行錯誤の上、呉に移動させた上で係留する事となった。


 途中、謎の獣の襲来を受けたが、その際は周囲を固めていた護衛艦による攻撃で対処した。比較的小型の獣であった事からCIWSまで艦砲射撃に投入し、これを撃破した。既に世界各地で襲撃は起こっていたため、念の為にと護衛艦2隻を随伴させていたのだった。


 呉に係留する事になったのも、まだ型船が謎の獣の対処に使用できる事が判明する前だったため、海上に放置し、周辺を航行する船舶に矛先が向かうよりは、すぐに海上自衛隊による対処ができるようにと周辺の反対を押し切って決定された。



 さて、型船の頭頂部までの高さは100m以上あるのだが、これが単なるビルや建造物なら兎も角、型船は立ち上がった状態では常に何かに浮かぶようにゆったりと揺れている。

 見るからに不安定な巨大物体が前後左右に揺れている状態は、周辺住民にとって大層よろしくない。


 そのため型船の係留方法は色々考案されたが、最も安定している横たえた姿では、如何せん大きすぎて邪魔である事から正座したような姿で係留するのが一般的になっている。


 そうする事である程度は安定し、また日照権やらなにやらで揉める事もある程度は軽減できるという事情もある。


 ただそれでも大和は巨大で、100m近い部分が海上に露出している。政府や地方自治体も航行上の妨げになるため対応に苦慮していたが、それ以上に今は周囲の観光名所となりかけていた。表面を覆っていた海藻の類はここ数ヶ月の間に風雨に晒されて剥げ落ち、下からは真新しい鋼鉄の装甲が覗いている。


「大きいですねぇ…」


 観光客は何度繰り返したか分からない言葉を零しつつ、飽きること無く海上の大和を眺め続けていた。



 米国西海岸沿岸。


「まるでカイジューと戦うイェーガーのようだ」


 報道規制が解かれ、遠距離からなら撮影が許可された鋼鉄の「ビースト」「獣」と、人型をした巨大な物体との戦い。それをファインダー越しに見た撮影クルーは思わず呟いた。


 日本の怪獣映画とロボットアニメなどに多大な影響を受けたという映画のシーンを、そのまま現実に取り出したかのような光景。それが、遠雷のような音を何度も響かせつつ、海上で繰り広げられている。


 大抵が100m以上の巨大な鋼鉄の巨人。ゆったりと動くように見えて、その実、繰り出される格闘攻撃は数千トン近い質量がぶつかり合う。


 ビーストは一部一部を見れば工業機械のように見えつつも、全体から見ると混沌としかいいようがない部品の塊である事がわかっている。どうやって意思を持って動いているのかはまだ不明ではあるが、パラパラと散らばる部品1つの大きさは数十から数百キロの様々な金属だ。遠いからこそ埃や塵のように見えるだけで、近くであれば落下するそれらは危険極まりない死の雨となるだろう。


「ワンツー! ワンツー!」


 コメントも忘れ、リポーターはビーストの胴体に拳を叩き込む型船、USR(USSの最後をRobotにしただけの簡易呼称)フレッチャーを応援している。

 フレッチャー型は、比較的戦力化が早かった米国所有の型船の中で、最も数が多く、他国への貸与運用も視野に様々な場所に配備されたものの一体だ。名前は、かつての米国海軍の駆逐艦、その中の一番艦の名を付けた。


 戦力化、整備にあたって、かつて同名同級の駆逐艦建造に携わった技術者や兵士が集められたのは、確証も証言も無いがこのフレッチャーが「我々とは異なる世界から流れ着いた同じ名を持つ存在」だと確信していたからかもしれない。


「ゴーゴー! ビーストをぶったおせ!」


 型船という巨大な戦力が自国のものである…それは、個々人の差異はあれど何かしらの感慨深い感情を呼び起こすものらしい。それが、自分達のために戦ってくれる姿は、熱狂するには十分なものだった。


 ビーストの出現は唐突で理不尽だ。突発的で予測のできない自然災害のようで、それ自体は人類やその建造物、被造物へ明確な悪意を持って襲ってくる。少なからず人的被害も発生している。自然に対しては何かしら諦めと祈りしかないが、ビーストは殴れば倒れる。その点、米国民は地震や台風よりは与し易いという認識のようだった。


 フレッチャーの腕が大きく後ろに振りかぶられ、弧を描き直上からビーストの脳天にたたきつけられる。水柱が立ち、爆発的な水煙がフレッチャーとビーストの姿を覆い隠した。テレビ局の撮影クルーと、海岸線に居る物好きな野次馬達は、静まり返っている。


 やがて水煙が途切れ、フレッチャーの姿が見えた。ビーストは頭部を打ち砕かれ、ゆっくりと波間に倒ていく。


「イェッフー!! やりました! ビーストは今、討ち果たされました!」


 海岸線に集まっている野次馬も、歓声を上げている。



 鋼鉄の獣の襲来がある意味、日常となりはじめて数年が経過した。


 地球上、世界中で数日に一度、落ちてくる巨大な敵意の塊。人の被造物とアイアン・ジャイアント…日本風に言えば「型船」を目の敵にするビースト達は、世界中の軍事関係者にとって大きな頭痛の種だ。数カ月前から試験的に、これまで鉄屑か観光資源でしかなかったジャイアント達を戦力として運用し初めてからは費用面ではなんとか許容できる範囲ながら、被害面では後手に回らざるをえない。


 即応性が無いのだ。丁度、近所に落ちてくれば対応も早いが、未だ法則性が見いだせない。確認から迎撃にあたって通常戦力を向かわせて足止めし、その間に近くに配備された型船を移動させるのがセオリーになりつつはあるが、型船というハードウェアの運用に長けた軍隊なんぞ、この世界中のどこにも無い。どんぐりの背比べである。


 日本の事例を発端に、世界中で型船の防衛戦力化が進む。ただ、所有権を巡りいざこざはある。これについては米国とロシアが先手を打ち、各型船に残されていた所属記載を元に配分が行う事を確認した。


 ある意味困ったのは日本である。型船がどうやら我々の世界に似て異なる世界から来たもの、というのは確証は無いが認識されている。概ね、船と人型兵器という違いはあれど、太平洋戦争までの流れは同一のようで、そこまでに作られた多数の型船がこちら側に落ちてきた。


 となれば…、当時は世界有数の艦艇を持っていた大日本帝国海軍と同じ数の型船達。それの所有権が来るとなると、あまりにも膨大な数だ。同じような理由で、財政再建中のイギリスもかなり困った事態になっている。アメリカに至っては、比較的中型から小型の余剰分を中心に、型船を所有しない中小国への売却や貸与を真っ先に推し進めた。イギリスはその流れを組んで幾つかを残して売却交渉に乗る。


 日本はと言えば、型船を兵器扱いするか否かで揉めに揉め、気付いた時には売却先は中国位という有り様である。無論、鋼鉄の獣以外に用いる気満々の相手に売る訳には行かず、国連での治安維持協力という名目で、型船を購入する事ができない小国相手にリースする事となる。特定アジアと暗喩される国々を除き、リースにあたっては交渉はスムースに進んだのはまだマシな方かもしれない。


 そして、リースだけでは運用方法や整備方法に問題が出てくるのは当たり前。半ば泥縄的に運用指導する為の人員を派遣することになるが、ここでも揉める。型船を戦力として期待する以上、兵器として扱う事から自衛隊から人員を抽出すると集団的自衛権がどうのと国会で紛糾。かといって民間人の派遣では獣との戦いに一般人を巻き込むのかとこれまた紛糾。


 世界中に現れる、人類共通の敵の襲来。まるでフィクションの世界の話だ。今までありえない事態だけに前例もへったくれもない。


 折衷案として時限立法的に、獣の襲来終息までと明言した上で自衛官と半ば公務員扱いの民間人でチームを編成し、リース先の各国に派遣する事となる。


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