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06


 世界各地で観測された、型船と同規模の数多くの敵の出現(そう、敵である)。人類というよりは型船を目の敵にしたかのような、奇妙な姿のアンノウン達。


 少年が間近にし、あまつさえ型船に乗り込んで撃退の手伝いをしたこの事件は、型船の敵が世界中に襲来し始める幕開けとなった。


 頭と腹を揺らす重低音。横倒しの巨大な鉄の人形の脇に、遠近感を狂わせる巨大でまるで冗談のような”ビースト”が居る。


「今だ! あいつのケツを蹴り上げろ!」


 ヘリ上でインカムに向かって怒鳴る男。一応、ヘリにはM134ガトリングガンが備えられているが、そんなものは目の前の質量の暴力には歯が立たず、今は弾切れになった銃身が、キンキンと内部の熱で歪む音が響く。


 再度、轟音。友軍の戦車が平野向こうから砲撃を加え”ビースト”の、文字通りというか頭の反対側がもしも尻なら、その部位に続けて着弾した。


 損害確認。4度の戦車砲の攻撃で、目の前のアイアンビーストは悲鳴とも咆哮ともつかない叫び声をあげ、後ろ脚がもげている。この分ならあの巫山戯た化物を鉄屑に変える事ができるだろうが、SFやコミックの世界から飛び出してきたようなあの”ビースト”が、そんな簡単に屈するとは到底思えなかった。


「動きは止まって無い! 完全に鉄屑にするまで撃て撃て撃て!」


 世界中の一斉鳴動から、型船を移動させる任務が彼らの国で行われていた。何かの予感か、それとも担当者に予知能力でも備わっていたのか、観測担当のヘリが数機と平野を進む改修前戦車が数両という構成だ。


(今はその慧眼に敬意を払う)

「大尉! ”ジャイアント”の中の連中と連絡取れました!」


 地面に無様な格好で倒れている型船。”ビースト”の攻撃で横倒しにされ、鋼鉄のアゴで足を食いちぎられた巨人。その中には確か、搬送担当として何人かのオペレーター達が乗り込んでいたはず。100mを超すビルが倒れて中の人間たちが無事な筈は無いが、不思議なほどゆっくりと倒れた巨人の動きがそれを可能としたらしい。


「”ジャイアント”から逃げるか、その無様な鉄人形を遠ざけろと伝えておけ!」

「りょ、了解!」


 平野向こうで再度、発砲煙。轟音が響き、”ビースト”の体が踊る。頭部は半ば壊れ、後ろ脚は千切れ、滑らかだった胴体も無数の穴が空き、端々から煙と火花が散る。


 だが、まだ動いている。動いて”ジャイアント”に齧り付こうとずりずりと這う。まるでゾンビ映画のようだ、とパイロットは片手で十字を切った。


「あ!? オーケー、手が早い! こっちを掠めてもいい、あのデカブツにたらふくプレゼント頼む!」


 男は焦りの表所から一転、満面の笑みでパイロットに指示を出す。


「俺が発煙筒を奴の頭に投げる! 掠めて翔べ! イノシシ寄せだ!」

「噛み付かれてもしりませんよ!?」


 半ば悲鳴気味にパイロットは答え、ぐんと上空に上がった後に”ビースト”に向かって飛ぶ。加速、加速、男は発煙筒を取り出して点火、力一杯なげつける。


 ヘリは”ビースト”の頭上を掠めて飛び、残されたのは派手な色の発煙筒をの煙。広範囲に広がる煙であったが、大きさの差から冗談のような煙の量だ。


「あの世で偉大なブラザーに飼って貰え!」


 見事に煙のアフロを被ったような”ビースト”今も戦車砲が着弾し、右に左に無様なダンスを踊る。


「ハッハー! ブラザーソウルが宿ったか!」

「友軍来ます!」


 ヘリの音の中でも聞き分けられた、頼もしいエンジン音。聞いたのは新兵の頃のイラクだったか。つんざくような音と共に、曳光弾混じりの30mm砲弾が”ビースト”の頭を体を蜂の巣にしていく。とどめは戦車砲。脆くなった胴体がえぐり取られた。対戦車榴弾にでもしたのだろうか。


 こうして「敵」は、この国の流儀で撃破された。跡形も無く。数は揃っていなくとも世界の警察と火力は伊達ではなかった。



 鋼鉄のけものは、合計で10体が世界で確認された。国力に寄るが、その対処に多大な労力を費やした。


「あの映画のカイジュウかよ…」


 個人用のHDカムを構えて撮影をし続けていた青年はそう評した。国の特徴出来な建物脇で、膨大な量の海水を跳ね上げながら、国軍の攻勢を受け続けている鋼鉄の”カイジュウ”の迫力は、遠くにいて巨大で、現実感を喪失したかのような光景だった。


 最も間近で撮影していた青年の映像は、国のメディアに提供されるや否や、戦闘部分を抜き出したものがYouTubeにアップされ、数分の間に万単位で再生数が伸びていった。

 その後、世界各所での目撃証言も瞬く間に広がった。写真、動画、色々なメディアに、様々な形の鋼鉄の獣がアップされた。


 尚、数多くの国が通常戦力で対処した中、日本のみ唯一、型船で撃退した事が伝わると、


『あの国だから仕方ない』


 などと、総じて言われたのは何の因果だろうか。搭乗員の詳細についてはかなりの情報統制が敷かれた事もあり、謎のヒーロー達についての憶測は各方面で虚実入り乱れて語られ、中には声と顔を隠して自分が乗っていたなどと言う輩も出る始末であった。


「私、あんな腹肉じゃないし、二の腕とかぜんっぜん違うんですけど!」


 千葉某所にある築30年近い雑居ビルの中、実際に(・・・)ポートタワー近くで型船を操っていた面々はTV報道を胡乱げな目で見ながらそう呟いた。


「声変わってるけど男みたいだしねー、売名したかったんじゃ」

「…メディアに露出するとか、身動き取れなくなるのにありえない」


 所長とだけ手書きで書かれた名札を付けた女は、ぐったりとした様子で机に突っ伏す。容姿は整っていて童顔寄り、だが化粧っ気も無い上に、乱雑に編んだ髪は所々はねている。グラマラスな体つきではあるがそれ以上に草臥れた雰囲気のせいで、角度によってはアラサーにも見えるかもしれない。


「誰がアラサーか!」

「誰も言ってませんよそんな事は」


 …鋭い。

 それはさておきあの日、型船で操船をしていたもう一人の女は、鉄アレイを置いて流れた汗をタオルで拭いた。髪型はショートボブで、健康的な肌色をしている。背は高めで、線の太い美人といった所だ。ここでは研究員という肩書である。


「太って無いから! 腹筋とか筋肉とか!」

「…幻聴でも聞こえたんですか?」


 …なんでや。

 最後に奥の給湯室から出てきたのは、シャープな線の女だ。一応は事務担当である。珍しいお姫様カットの髪型に綺麗にまとめたロングヘア。全体的に細いがそれは背の高さがあるせいでもあり、身体のラインは十分なほど女性を示している。ただまあ、シャープと言ったのは…、


「72か言いましたか!?」

「おい、何の話だよ」


 …ちょ。

 あーうん、まあ、72も語る所は無い。大丈夫、72以上は確実にある。だがパッド入りだ。おいちょっとまて、なんで睨む、というかなんだか話と描写が変な方向に行きそうなので、身のある話を開始した所で視点を再度、彼女たちに戻すとしよう。


 因みに、この雑居ビルの一室には仰々しい肩書が付く。


『独立行政法人・”人型落下物”研究センター千葉研究所』


 そして、彼女たち3人がその職員全員である。


 役立たずである事が判明した後、全国に落下した”人型落下物”こと型船に関して、対処にあたって国からの予算が地方自治体に出されることが決まったのだが、審査は杜撰で細かい取り決めが一切されず、中央からの人員が入れる箱が用意されればいいというだけの代物だった。


 赤字体質に喘いでいた地方自治体はこれ幸いとプレハブ、庁舎の一室、あるいは雑居ビルの一室とバリエーションに富んだ「閑職」用の入れ物を用意して予算を引っ張った。


 各省庁から様々な「厄介払い」として、主に使い勝手が悪い人員を地方に飛ばし、それが嫌なら…うん、まったくもってブラックである。彼女達は防衛省関連の研究施設の職員だったのだが、少々エキセントリックな性格だったためこの千葉研究所という雑居ビルの一室に放り込まれたのである。


「防衛省とか警察庁のお偉いさんに事情聴取の嵐だったてーのにほんとありえないわー、萎えるわー」

「まだ愚痴ってるんですか所長」

「そらそーよ、あの日、私はまーったく役立たなかったけどあんたたち二人はエライ! 頑張った! なのに…」


 目線は、声換えでインタビューを受ける”男の”姿が映るTVに向いている。


「ありえねー、なーにがぴーかぶーブロックだよ、お前の腹がブーだよ、雷様かよ」

「古いですねー、だからアラサーとか言われるんですよ」

「るっさい!」

「実際の型船運用というか、操舵を一度でもした事あるなら、あんな体型じゃ無理ですもんねー、物理的に」


 そう言って、鉄アレイを片手で取ってフンと持ち上げる。


 型船の中央操作用のマスタースレーブ式の(便宜上の呼称として)操舵は、体全体を固定する。特に腰回りは重要で、腹部も含めて各所を固定具で締め付ける必要があり、その場合、多少は許されるだろうが、明らかに画面先の男の腹では許容オーバーであった。


「しかも型船に関する知識が穴ばっかり。スラスターとかも知らないし、バラストについての言及も無し、姿勢制御系の”腰”の重要性も知らない、どうしてお前出てきたよと」


 TVを操作して、Twitterに流れている同番組の話題の流れもチェックすると、予想通り嘲笑やツッコミの嵐が巻き起こり始めていた。2chなどでは、既に特定班がかなりの所まで突き詰めているらしい。


 だが、ここの職員とあの少年の事はどこにも話題が出ていない。


「そうだ、あの少年だよ!」


 所長ががばっと動いて顔を上げた。


「あの少年、何なんだあの子は」

「ほとぼりが冷めるまでは接触しないように言われてますけど…」

「ちっ、あの内閣府の名刺もった黒服か。くー! 根掘り葉掘りじっくりねっとり手取り足取り腰取り、少年にべったりと聞く所なのに!」

「どうどう所長、どうどう…」

「後でセッティングはしてくれるそうですよ」


 爆弾投下である。所長と研究員は、事務担当の爆弾発言に思わず立ち上がってしまった。


「まじで!? どっどどど、どうしよう、スーツは最近着てないから入らないし、ドレス!? いや、お嬢様っぽく…」

「そ、それより筋肉とか苦手とか言われたらどうしよう、ああ、最近女の子らしい服装してないし…!」

「合コンの話じゃないんですから…」


 呆れた顔で事務員が言う。


「後であの黒服の人が連絡くれるそうです。少年はまあ学生さんだってお話だったので、土日祝ってなるそうですけどね」


 彼女もあの少年と会う機会については、満更でもないという表情だ。既に脳内では、着ていく服装のチョイスについて頭がフル回転していた。


 少々テンパり気味の三人だが、思いは概ね共通していた。

 なんだか獲物を虎視眈々と狙う獣というか、久方ぶりに火の着いた肉食系女子の状態である。…型船に関しての研究員という事をすっかり忘れているのは気のせいでは無いだろう。



「…うっ!?」

「どしたよ、冷や汗なんぞかいて?」


 帰宅前のホームルームに出席していた少年は、背筋に走った物凄い悪寒に身体を震わせていた。


「なんていうか、酒呑んで絡んできたお前んとこのねーちゃんに巻きつかれてた時みたいな感じでさ…」

「…わかったようなわからないような」


 幼馴染は微妙な表情をする。最近で覚えてるのは、男と別れた直後で酒をしこたま呑んで帰ってきた時、たまたま少年と幼馴染がゲームをしている時に居合わせた事だろうか。


 その時は、なんというか少年に思いっきり絡んだ後、時間も遅いということで少年が帰った後に自分が絡まれ続けて身体を押し付けられた事だろうか。そのまますかーっと寝入った挙句、寝ゲロをやらかしたのも思い出す。


(無いよなー、今一応ねーちゃん、男いるし)


 幼馴染は思い至った考えを頭を振って忘れようとした。

 だが、ある意味正解だった。

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