05
扱いは災害と一緒。
悲鳴。轟音。鋼鉄がぶつかり合う音。大量の海水が巨大な質量を持った物にかきわけられ、うねりとなって陸に押し寄せる。
「えー、超巨大なゾイドもどきと、人型軍艦の貴重なガチンコシーンが…」
「言ってる場合ですか、逃げますよ部長!」
「どうしてこうなった! どうしてこうなった!」
「先輩が錯乱してる! おい、気絶させて引きずって来い!」
少年は目の前の光景に目を奪われたりせず、一瞬で意識を切り替え、立ち尽くす部活の面々を引きずったり叩いたりしながら、危険地帯となったポートタワーの公園から移動しようとしていた。
「まじでどうしてこうなった!?」
「知りませんよ!」
イベントで型船の歩行を見るだけだったのが、今や他の観客と同じく逃げ惑いながら、巨大な2つの鋼鉄の塊の闘いに巻き込まれないようにしていた。
片方は、国有かつ県委託で管理されていた型船の一体。もう片方は…、少年がかつて見た型船と同じく、突如として空から降ってきた。
それだけならまだマシ。型船に対し、もう片方、鋼鉄の獣といった風情のそれは型船に対して突撃をしてきたのだ。
比較的小型とはいえ50mを超す巨大な型船と同程度の鋼鉄の獣。それがぶつかり合う。
型船自体はほんの一部を除いて既存の技術でも再現可能というのは知られている。では、その鋼鉄の塊に同程度の鋼鉄の塊がぶつかったらどうなるか?
答えは明白。巨大な質量と質量のぶつかり合いに、構成される鋼鉄が悲鳴を上げ、ぶつかった余波は周囲にある海水やら何やらを巻き込んで、陸地に大きなさざなみを起こした。
見物していた客は最初はアトラクションか何かだと思っていたが、海水を全面に浴び、怪我人もでた事で今起きている事態に混乱しつつも理解が広がった。
「巻き込まれたら死ぬ!」
「当たり前です、逃げますよ!」
幼馴染は当初、頭が真っ白であったが、不気味なほどに冷静になった少年に頬を叩かれ自分を取り戻すなり、周囲に居る部活の面々を確認しつつ、移動を開始していた。
型船のブリッジ内部。主に国の機関で型船の研究をしている面々は、混乱の極みだった。オペレーターはわけも分からず、鋼鉄の獣からの攻撃に対処している状態。
「課長、体が重いッス、どうにかしてください!」
「ど、どど、どうしろってったって、あんなの知らないよ!?」
「襲って来てる以上、敵ですよ! いつもみたいに調べるにせよ、壊さないとこっちが…」
「きゃあああああ!」
国の研究成果の進展を示すべく、単に歩かせるだけという事で、千葉方面の研究室の課長と部下のオペレーター、あとは通信担当が一人だけ。
型船はオペレーターだけでは非常に動かしづらい代物である事はわかっていたが、予算の都合という悲しい理由で、今ここに居るのが全員だった。
「ぬうがああああ!」
一見、緩慢に見える型船と鋼鉄の獣の闘い。高速度撮影したものをスケールに合わせてゆっくり再生させるという特撮の撮影手法があるが、ここで起きているのは紛れもない現実だった。
「なんなんだ、あの鋼鉄の獣は」
「獣って…、胴体があって頭があって、足が4本なだけです」
「ぶっちゃけ虫っぽくもある?」
胴体は楕円形で葉巻型というかそんな風情。そこにばかでかいアゴと人間の足を複雑骨折させて前後に合計4本付けたような姿、実際の獣とは異なる関節構造である。
「どうするんですか!? 下はパニックですよ!?」
「ああ、私の中央復帰が…」
「今更何言ってんですか、地方に回された時点で出世コースから外れたと思えと!」
「あんたらバカ言ってないでどーにかしろぉ!」
緩慢にさえ見える巨人と獣のぶつかり合い。耳障りな鋼鉄音、腹を突き抜ける轟音。それにともなって引き起こる破壊の嵐は、現実感はあるのに現実味が無い異様な光景だった。
ぶつかり合いとは言っても、一方的に巨人…型船の方がなぶられているだけではあるのだが。
「課長! 課長! こうなったら自衛隊です!」
「え、えへへ…」
「現実逃避してやがる! どうにかなりませんか!?」
「課長はさておき、通信機は使えないというか自衛隊用の回線なんか知らん!」
「ならどうしたら!?」
悲鳴じみた声を上げるオペレーター。だが通信担当は半ばやけくそぎみに叫ぶ。
「携帯電話で! 自衛官だって、演習だとこっそり使ってるからな!」
「まじで!?」
冗談のような話だが本当の話。普及以前は特定小電力無線がメインで使われていた。傍受や妨害がし放題である。暗号通信の意味では携帯電話の方がまだ有用だろうか。
それはさておき、オペレーターは重たい手足をどうにか振り回し、鋼鉄の獣の攻撃を防ぎ続けている。
一方的に殴られるだけなのが癪に障ったのか、動きに段々と慣れてきた今は、海側に向かって逸らしたり、背後から蹴り飛ばしたりと、反骨精神がもたげてくるのが、オペレーター自身にもわかった。
「こうなりゃとことん暴れてやる!」
海辺の公園を挟んで、遠くから鋼鉄の巨人と獣のぶつかり合いを見つめる少年。周囲には避難してきた人々が、ある人は携帯電話で何かを叫び、ある人は呆然と事の成り行きを見守っている。
巨大なだけに遠目には緩慢な動き。型船の方は殊更に緩慢な動きで防戦一方。獣の方は、何かに憑かれたように体当たり、蹴手繰りを繰り返す。
「動きが変わった?」
何もできず立つことだけに腐心していた型船側が、獣が勢い余って東京湾の側に突っ込み距離が離れたのを境に、立ち向かう姿勢を見せた。
巨大な両腕を上げて、ボクサーか空手家のようなファイティングポーズを取る。やや前傾姿勢で身構えている。
獣が再び突っ込んできた。型船は慎重な動きで腕を後ろに、そして獣の頭部目掛けて突きを繰り出した。
「惜しい!」
かすった。獣の胴体側面を豪快に擦り、耳障りな音が火花と共に響く。獣がはじめて、よろめいた。まだこの光景を見ている人々が思わず感嘆の声を漏らす。
「くぉんのぉおおおおお!」
型船の中、オペレーターは全身にウェイトを付けられたような状態で懸命に攻撃の糸口を探していた。人間の感覚では間に合う状況でも、動きの遅さからある程度の先読みをしながらでないと当たらない事はこの数合で理解できた。
動作を先行入力して、結果を受けるもどかしさにヤキモキしつつ、オペレーターは懸命に操作を続けている。
「習志野がいい! そう、そう! もう情報流れてんだろ! ああそうだよ、頼むから戦車でも何でも」
隣では通信担当が怒号とも悲鳴ともつかない感じで携帯電話に叫んでいる。オペレーターは動きを先行入力して待ち受ける間、通信担当の会話を聞く。
「あれなかったっけ! そうアパッチ! あ? ……いえ、コブラでいいです、ごめんなさい」
何か悲しい話でも聞いたのだろうか。
「とにかく! 市民も居てやばいんだ、早くあれを止めないと!」
獣が向きを変えて、型船に向かって加速する。もしも獣が見た目通りの材質で同じような質量を備えているとするなら、二桁半ばの長さの船か潜水艦が、加速して突貫してくるようなものだろう。
型船側はそれにあわせたのか、やや腰を落とす。
獣は奇怪な足を動かして、はじめはゆっくり、そして暴力的な質量を加速させ、型船に突っ込んできた。
破裂とも爆発とも言えるような、これまで以上の轟音が響く。巨大な音に少年は一瞬目を閉じた。再び開く。
「頭を潰せた……のか?」
獣はその勢いのまま、待ち構えている型船の拳に飛び込んで、頭どころか胴体の半ばまでがぐしゃぐしゃにつぶれていた。型船はと言えば、こちらも左腕が半壊している。
双方動かない。決着がついたかのように見えた。
いや違う。獣は胴体半ばまで屑鉄と化しつつも、昆虫のような四肢をわきわきと動かしはじめていた。探るような動きで型船の腕に四肢を寄せると、耳障りな音を立てながら自身を引き抜きにかかる。
「なんだよあれぇ!?」
オペレーターは腕にフィードバックされた奇妙な感触に叫び声を上げる。獣は潰れたプロセスを逆回転させたフィルムのように形を戻した。いや、ただ戻しただけではない、腕の数が1対増え、頭部もまた更に異様な形に変形していたのだ。
ずるずると後退し、体を再生させた獣。対して、型船側は目の前に起きた獣の再生に戦慄したかのように(実際しているが)固まっている。奇妙な対立の図。
獣側は再生と変形を終えると、二度三度と頭を振って自身の動きを確かめるように足を動かした。
「きもい! 主に動きがきもい!」
艦橋の窓から見える、巨大な獣の異形。というかもう獣というより虫である。メキメキと音を立てて胴部の後ろが膨らんでいくと、もう巨大な昆虫にしか見えない。
ただ、このままではヤバイというのはオペレーターと通信担当、両方の一致した思いだった。
「せんてぇ、ひっしょぉおおお!」
既に汗だくでシャツが体に張り付いている状態で気持ち悪い。疲れもあるがオペレーターは気力を振り絞って腕を振り上げ、目の前の元獣、現昆虫に叩きつけようとする。
が、外れる。昆虫は変態を終えて、かつては上顎と下顎の1対だった口と頭をがくんと下げて、攻撃をかわした。
少年は目の前で起きている獣の変態に目を奪われ、次に型船の大振りを目の当たりにして、それで巻き起こされた風と埃で思わず目を一瞬閉じた。その瞬間、轟音が響き、型船が…、
「やっばい!?」
昆虫の一撃を食らい、もんどり打って倒れてくる。エーテルのお陰か、その倒れる速度は緩慢そのものであったが、それを差し引いても巨大な鋼鉄の塊が倒れてくる光景は、固唾を呑んで見守っていた野次馬達を更なる恐慌に叩き落とす。
幸いにして人の上には倒れては来なかったが、あと30m程近ければぺしゃんこであったろう。
「…」
少年は何かわけの分からない感情に突き動かされ、目の前の型船に走っていく。幼馴染が何かを叫んでいるが、少年は止まらない。少年は型船の艦橋脇にある扉に苦労して飛びつき、その中に飛び込んでいった。
「い、いたた、一体何が…」
大きな衝撃に意識が少し飛んでいたらしい。頭を振って、オペレーターは艦橋の中を見渡す。上司は妙な格好で床に倒れている。頭でも打ったのだろうか、早く病院に連れ込まないと危険かもしれない。通信担当は体を固定したか何かにしがみついていたかで意識もあって無事なようだが。
「さっきより断然早いです、アシスト無いともう無理です!」
「アシストって、あれは役立たずだし、あんたとこっちしか居ないし…」
「せめて後一人、詳しいのが居れば…」
上司は計器や機材の知識は豊富だが、それを有機的に運用するにはまったく向いていない。今も気絶してて役立たずだ。若干なり型船の運用や調査に携わった人間が居れば違う動きもできるかもしれないが、そんな貴重な人材なんて中央でも一握りだろう。
周囲に居る市民に何かを手伝わせるわけにもいかないし、あんな化け物相手と先程まで殴り合っていた型船に乗り込んでくる貴重なバカでなおかつ型船の知識がある人間なんて、それこそ天文学的な確率の奇跡である。
が、天文学的な確率の奇跡が起きた。
「大丈夫ですか!?」
見た目は若いというか多分、高校生位だろう。先程まで居なかった異分子が横倒しになった艦橋の中に居る。
「な、なんなの君、ここは危ないから…!」
「そんな事は十分承知です! でも、あれどうにかしないと、生き残る気がしないから!」
少年が艦橋の窓の外を見る。昆虫は自身の動きを確かめるように型船へにじり寄る素振りを見せている。
「あーもうどうにでもなれ! てか、役に立つつもりで来たんだよね!?」
「その積りです! この型の動作管制端末は!?」
「多分それ! どうにか立たせるだけでもできる!?」
「やります!」
少年はこの型船の動作管制端末に座ると、赤い警告灯を見るなりエーテルブローの動作を行う。流出した型船マニュアルにある共通操作の一つだ。倒れた際、バランス用に入れていたエーテルが邪魔をするとある。
潜水艦であれば緊急ブローに近い危険な動作だが、目の前に迫る昆虫に倒れたままで襲われるよりは幾分マシであるとオペレーターは思った。
背中から倒れていた型船が、何かの冗談のように逆戻しで立ち上がる。まるで人形をヒモやワイヤーで引っ張り上げるかのような動き。エーテルがブローされた事で浮力が発生したのだ。
「次、簡易アシスト入りますよ!」
昆虫は型船の動きに気づいて、距離を話してから顔というかアゴを向け、突進の構え。立ち上がった型船の艦橋の中では、オペレーターが重い手足を…いや、重たくない。一部一部ではあるが、体を押されるような、支えられるような感覚が来る。
「…上司が少しでも手伝ってくれりゃ、こんなに楽なのか」
「文句は後にしましょう。少年、もっと何かできる!?」
「今の所は少し楽にしてもらうので手一杯です!」
「いや、ぜーたく言わない、それで十分! さっきよりマシだからアシストお願い!」
抵抗の多い粘性のある水の中を、手足に重しを付けて動く感覚。それはデモンストレーションの時のいつもの感覚だったが、動くだけで筋トレ状態で先程までの打ち合いだけで汗だくで足も笑い始めていた。
だがどうだ、少年が動作管制端末でエーテルの所作を手伝っただけで、体が軽い。
「こんな気持で…」
「いやそれ死亡フラグ! 来ますよ!」
昆虫のあの大顎で艦橋を食われたらやばい。
「腕じゃなくて足を食らわせてやりたい、いける!?」
「前蹴りがせいぜいです!」
「上等! 当たると同時に重くして!」
前蹴りというより足裏を食らわせるケンカキック。昆虫の姿勢が低いのも幸いし、型船の足裏は斜めのベクトルで昆虫の頭部と胴体に炸裂する。と同時に、姿勢制御用のスラスターがさらに足をめり込ませるべく動き、そしてさらにエイテルを十分吸い込みながら重量を増した型船の足が昆虫の体を押しつぶし、ひしゃげさせる。
「どぉっせぇええい!」
昆虫の突進、アシストのある型船の斜め上からの押しつぶし。最初の時は胴体半ばまで壊されたにも関わらず再生した昆虫であったが、アゴ兼頭と胴体を真正面から平らにのされ、ようやく、奇妙な姿の敵は動作を停止したのであった。
その数時間後。
なんでこんな所に居るんだろうかと、少年は型船に居たときの妙なテンションが一気に冷めているのを感じていた。
ここは警察署である。ただ、目の前に居る人物は県警の人では無いらしい。部屋に入ってこれまで、長々と手に持った書類の内容を読み上げていた。
「…以上の事から、緊急避難という結論に達し、一切の違法行為については不問と致します」
「ただし、本件については国家機密事項として審議中のため、結論が出るまでは口外しない事を制約して頂きます」
そう言って、背広姿の男は少年に書類を渡した。1項目につき長々と説明されているが、内容は先ほどまで男が言っていた内容と一緒である。
端的にまとめるとこうだ。
・結果的に人的被害は出なかった。
・混乱の最中、少年が避難行為として型船に偶然乗り込んだ。
・避難なのと、特に邪魔などはしてなかった事が証言された。
・謎の襲撃「物」については調査中(少年にかまってる暇無い)。
・見聞きした事を口外しなければおk
少年は十分読んだ上で、誓約書に署名する。男は転写紙で写った側を確認した上で少年に渡す。直筆の方は男が手元に収めた。
「理解の早い事で助かるよ。怪我は無かったかい?」
先ほどまでの事務的な口調はどこへやら。男は心底ほっとした顔で少年に微笑みかける。
「怪我は無いです。手すり持ってベルトで固定してましたし」
「そうか、ならよかった。偶然とはいえ、乗り込んだ挙句怪我や、場合によっては亡くなっていたらと思うとね」
(人死にが出たら面倒なのはよくわかるからなー)
「さて、話とお願いはここまで。今日は帰りなさい、タクシーを手配してある。場合によってはまた呼び出す羽目になるかもしれないが…」
「いいっすよ、お兄さんも色々大変でしょうし」
背広の男はお兄さんと言われた事にちょっと嬉しそうにしている。ただ、何かの立場にある人ではあるのだろうが、腹芸が苦手な部類の人かもしれないと少年は思った。
恐らく、もう会うことは無い…はず。
そんな思いとは裏腹に、少年は何度と無くこの背広の男と会う羽目になる。