9.正夢
9.正夢
優希は転校してきた時のことを話し始めた。
父親と一緒に職員室で担任の話を聞いていた。 その向かい側で一人の男子生徒が教員と話をしていた。 優希は彼の顔を見た瞬間、ドキッとした。
ここに転向して来る前、優希には好きな男の子がいた。 相手は同級生。 同じクラスだった。 男勝りの優希は当然、告白など出来なかった。 彼にはクラス中の誰もが認める彼女がいたからだ。
そう。 詰まり、その彼と瓜二つだったのだ。
優希は信じられなかった。
転校したことをきっかけに女の子らしくしてみようとも思った。 しかし、無理だった。 父親がすぐに入院して、店の手伝いやら何やらで学校生活を楽しむ余裕すらなかったからだ。
優希は外見は美人だったからクラスや学校ですぐに評判になった。 ところが、ある日、些細なことで男子生徒を怒鳴りつけてしまった。 周りの者達は唖然とした表情で優希を見ていた。 それ以来、女の子っぽくするのはやめた。
あの男子生徒とは別のクラス。 そうそう顔を合わせることもなかった。 胸に付けていた学年章から同じ学年なのは分かっていた。
父親の見舞いで遅くなった翌日、うっかり寝坊をしてしまった。 朝食も足らずに、家を出た。 そして、ひたすら走った。
もうすぐ学校に着く。 どうやら遅刻はしないで済みそうだった。
そう思った瞬間、横を一台の自転車が通過していく。 一瞬、視界に入ったのはあの男子生徒の顔。 優希は思わず、自転車の荷台に手を掛けた。
「あの時は本当に悪いことをしたと思っていたんだ」
優希はそう言い、深々と頭を下げた。
「それで、そのそっくりさんはどうだったんだ?」
「どうって?」
「顔が同じでま中身は違うだろう?」
「うん、全く違った」
「じゃあ、僕はハズレだったわけだ」
「そうじゃない。 大当たりだ。 前のヤツと正直、話もしたことはなかったから、よくわからない」
「それなのに好きだったのか?」
「それもよくわからない。 ただ、職員室で片桐を見た時は本当にドキッとしたんだ」
「一目惚れってことかな?」
「そう言うのをそう呼ぶのならそうだ」
優希はその後、少し間をおいて続けた。
「片桐は嫌いか?」
僕は、優希の目を見て答えた。
「そう言うのをそう呼ぶのなら、僕だって一目惚れさ」
僕は高校を卒業すると、大学に進学した。
優希はそのまま父親の店を手伝った。
宮部は体育大への進学を希望したが、失敗し、優希の店にコックの見習いとして勤めることになった。
僕は大学に通いながら、時間があれば優希の店でバイトをした。 僕が大学を卒業するころには宮部はヒトミさんと付き合うようになっていた。
僕は大学を卒業すると、大手のレストランチェーンの会社に就職が決まった。 それを期に僕は優希にプロポーズした。
結婚式当日。
真っ白なウエディングドレスに身を包んだ優希を見て、思い出した。
「あっ! やっぱり正夢だったんだ」
僕は思わず、声にした。 それを聞いた優希は僕のそばに寄って来た。
「何が正夢なの?」
僕は、高校生の時に見た夢の話をした。
「私も見たのよ。 私は転校する前の日にね」
そう言って優希は微笑んだ。
二人は教会のテラスで唇を重ねた。 水平線に沈む太陽が二人をオレンジ色のヴェールで包んだ。