7.つかの間の夢
7.つかの間の夢
僕と宮部はその後1週間、優希の店を手伝った。 その間、学校では午前中の授業はほとんど寝ていた。
テレビ放映のおかげで店も今まで以上に客が来るようになった。 二日目からは疲れて筋肉痛がする体を酷使して働かなくてはならなかった。 それでも、辛いと思ったことはなかった。 とはいえ、楽しかったかというと、そう感じるほどの余裕もなかったと思う。 1週間経ったころには体も慣れてきて、これからバンバン働けると思った矢先、優希の父親が退院し、店に出られるようになって戻って来た。
国語の授業は相変わらず退屈だ。 先生の前田は僕たちのクラスの担任でもある。 そして、前田の授業は話がまるで子守唄のように聞こえる。 授業が始まって10分もすると、僕は重たくなった瞼に抵抗することをあきらめてしまった。
あきらめた途端に、退屈だった授業は遠い世界へ飛んで行った。
そこはどこかのレストランだった。 しかも見覚えがある…。 優希の店だ。
見慣れた従業員たちがあわただしく動き回っている。 「店長、何ぼやっと突っ立っているんですか! 邪魔だからどいて下さい」 店長? 僕は辺りを見回してみた。 店長らしき人はどこにもいない…。 店長と言えば、優希の父親しか思い当たらないけれど、その姿はどこにもない。
僕は、頭を冷やそうと洗面所に向かった。 冷たい水で顔を洗ってふと鏡を見た。 そこに映っている僕の顔を見てハッとした。
バリっとしたスーツに身を包んで立派なひげを蓄えた中年の男がそこには立っていた。 僕は目をこすって、もう一度鏡を見た。 どうやらこれが今の自分の姿のようだ。
信じがたい気持ちをぬぐい切れぬまま、店の外に出た。 ちょうどそこへ黒塗りの車が店の前にとまった。 運転手が降りてきて後部座席のドアを開けた。 僕は更に驚いた。
その高級車の後部座席から降りてきたのは優希だった。 中年になった自分とは裏腹に、優希の姿は高校生の優希のままだった。 しかし、その姿はいつもの優希と違って、高級そうなドレスに身を包み、大人びたメイクをしたどこかのお嬢様といった感じだった。
「あなた、こんなところで何をしているの?」 口を半開きにしてポカンと突っ立っている僕を見て優希がそう言った。 確かに言った。 “あなた”と。
「もうすぐ閉店の時間よ。 早く行きましょう」 優希はそう言うと僕の腕を引っ張って店の中に入って行こうとする。 僕は何が何だか分からない。
「あら、忘れちゃったの? 今日は私たちの結婚記念日よ。 みんなが閉店後にお祝いをしてくれることになっていたでしょう」
「け、結婚記念日? 僕たちは結婚しているのか?」
「何をバカなことを言っているの? さあ、早く行くわよ」
店に入ると、宮部がクラッカーを鳴らして僕達を迎えてくれた。
「店長、奥様、20回目の結婚記念日おめでとうございます」と宮部。
「宮部? お前、ここで働いているのか?」 僕がそう言うと、宮部は不思議そうな顔をした。
「もう、25年も一緒に働いているのに今更冗談はやめて下さい」 宮部はそう言って僕の背中を叩いた。 相変わらず、加減を知らないやつだ。 叩かれた背中がひりひりする。
その宮部の後ろで照れ臭そうに隠れているのはヒトミさんだ。 その左手の薬指にはしっかりと指輪がはめられている。 僕はまさかと思って宮部の左手を見る。 同じ指輪が宮部の左手の薬指にもはめられていた。
「お前達、結婚したのか?」
「何を言っているんですか? 同じ日に同じ場所で式を挙げたじゃないですか!」 宮部はそう言うと僕に向かってでこピンをした。
「痛ってぇー…」 僕は思わずそう叫んで額を抑えた。 押さえた手を見ると、そこには白い粉が付いていた。
聞き覚えのある声に僕は我に返った。
「宮本、俺の授業はそんなに退屈か?」 そう言って折れたチョークを持って僕の前に立っていたのは国語の教師で担任の前田だった。