5.微笑みの答え
5.微笑みの答え
ホームルームが終わると、優希が教室まで迎えにきた。 早速、宮部がからかいにきた。
「色男は大変だなあ。 毎日彼女の送り向かいかよ」 そんな宮地には目もくれず、優希は僕の腕を引っ張って教室を出る。
「おい、無視するなよ。 俺とお前の仲じゃないか」 確かに宮部と僕は幼稚園からの腐れ縁だ。 そうはいっても“親友”と呼べるほどの付き合いはない。 教室を出たところで優希が立ち止まった。 一目散に宮部の方へ歩いて行く。 思わず宮部は頭を覆う。 僕もてっきり勇気が宮部を引っ叩くと主思った。 ところが、優希は宮部の腕を引っ張って連れて来た。
「手伝いは一人よりも二人の方がいい」 そう言うと、両手に花ならぬ片手にイケメン、片手に野獣よろしく二人の男を両脇に抱えて歩きだした。 もちろん、イケメンの方が僕だ。
宮部は小学校から柔道をやっているだけあって、ガタイがデカくて、いかつい感じの男だ。 幼稚園の頃はいじめられているヤツがいると、どこからか飛んできて助けてやっていた。 そういう意味では正義感の強いヤツだ。
僕も、宮部ほどではないが体力には自信がある。 宮部との決定的な違いは勉強ができるかどうかと、顔が女の子ウケするかどうかということだろう。 宮部はどちらからといえば体育会系で男にモテるタイプだ。 自慢じゃないが、学級委員長を務める僕は優等生。
校門を出ると優希はタクシーを拾った。
「おい、大丈夫なのか? 俺は金なんか持ってないぜ」 宮部が不安そうに言う。
「大丈夫だよ。 これから働いてもらうのに、体力は温存しておかなきゃならないからな」
「いったい何を手伝わせるつもりだ?」 僕は昼休みに屋上で見た優希の悪魔のような微笑みを思い出して急に不安になった。
優希がタクシーを止めたのは駅前の商店街だった。 料金を払うとタクシーを降りて、『ついて来い』という優希の合図に従って商店街に入って行った。 しばらく歩くと、優希が立ち止まり振り向いた。
「ここ、オヤジの店なんだ」 そこは、最近、開店したばかりのレストランだった。
優希の父親はそれまで努めていたホテルを辞めて、この春、ここに店を出した。 二階と三階が住まいになっている三階建ての建物だ。 ようやく軌道に乗ってきた矢先に持病の心臓病が悪化して入院するはめになった。
店に入ると、コックらしい若い男が二人で下拵えをしていた。
「あっ! お嬢さんお帰りなさい」 そう言って深々と頭を下げた。
「今日はバイトを連れて来たから、こき使ってやっていいぞ」 優希はそう言うと僕達の方を見てニヤリと笑った。
「とりあえず、これに着替えろ」 そう言って店の制服を二人に渡した。 渡された服を眺めて宮部が僕に文句を言った。
「どう見たってこれはおかしいだろう」 宮部の服はコックの服だった。 そして僕の服はウエイターの服。
「そうか?」 僕は苦笑いしながら話をはぐらかした。
「だいたい、なんで俺が手伝わなきゃなんないんだ? 手伝うなんて一言も言ってないぞ」
「いいじゃないか。 昔から人助けは好きだろう?」
「まあ、困ってるヤツを見たら黙っちゃいられないが…」
「なら、いいじゃないか。 早く着替えろ」
僕と宮部が制服に着替えて厨房に行くと、優希は若いコックに調理の仕方を指図していた。 僕達に気付くと、そばに寄って来た。
「なかなか似合うじゃないか。 もう予想はついていると思うが、デカイのには厨房を手伝ってもらう。 片桐はフロアな」
開店時間が近づくと、Tシャツにジーンズ姿の女性がやってきた。 20代の後半だろうか…。 彼女は優希に挨拶すると、僕をなめるように見て更衣室の方へ向かった。
厨房では宮部がジャガイモの皮を必死で剥いていた。 柔道部の合宿では毎回大量のカレーを作っているだけあって、意外とうまくこなしている。 既に汗びっしょりだ。 僕はフロアの掃除とテーブルのセッティングを優希に指示されながらこなしていく。 というより、はたかれながら覚えさせられている。 さっき来た女性の従業員もフロアに出て来た。 制服を着ると意外と美人に見える。
「さあ! 店を開けるわよ」 優希が言うと、従業員たちは「はい!」と声を揃えて言った。 僕は何だか急に緊張してきた。