3.昨夜の出来事
3.昨夜の出来事
目覚ましが鳴って、僕はいつも通り目を覚ました。 頭がガンガンする。 ゆっくり着替えて居間へ降りる。 母親が居ないので朝食はあきらめよう。 少し早いけど、このまま学校へ行くか…。
玄関で靴を履こうとして気が付いた。 見慣れない靴が一足ある。 一回り小さなローファー。
「えっ!」 ボクはすぐに気が付いた。 彼女の靴だ。 そう思った瞬間、キッチンの方から声がした。
「おい! 朝飯も食わないで学校に行くのか?」 水原優希の声だ。 ボクは慌ててキッチンへ向かった。 どうやら、朝食の支度をしているらしい。
「な、何でいるんだ?」 驚いた顔の僕を見て、彼女はケロッと言ってのける。
「何言ってるんだ? 昨日、泊めてもらったじゃないか。 覚えてないのか?」
「と、泊った?」 なんで? どういうことだ?
「なんだ、覚えてないのか? そう言やあ、ブランデー一杯飲んだらすぐに酔っ払って寝ちまったもんな」 そう言って彼女はフライパンを持ち上げると、パンケーキをくるっと回転させて裏返した。 悔しいけど、そんな彼女を見て“可愛い”と思った。
彼女が作ったパンケーキはうまかった。 コーンポタージュスープはインスタントだったが、スクランブルエッグは僕が好きなトロッとした仕上がりに出来ていた。 味ももちろん文句なし。 ボクは食事をしながら、必死に思いだそうと努力した。 しかし、何も思いだせなかった。 食事を終えると、二人で学校へ行った。
二人並んで歩くことに照れくささを感じつつも、優越感に浸っていた。
「だけど、片桐って寝癖悪いな」 いきなり、彼女が言う。 僕はドキッとした。
「寝癖? 一緒に寝たのか?」 思わず、口走った。
「おい、それも覚えてないのか? もったいない! あんないいことしたのに」彼女は笑った。
「いいこと? 僕、君になんかしたのか?」 正直、僕はかなり焦っている。
「ヒ・ミ・ツ」 彼女はそう言うと僕の腕にしがみついてきた。 そして、僕に顔を近づけてこう言った。
「一夜を共にしたのに、“君”はないだろう! 優希と呼んでくれ」 僕は恥ずかしくて顔から火が出そうになったが、彼女の言葉に従うことにした。 正直、悪い気はしない。 どちらかといえば、かなり嬉しい。
学校に近づくにつれて、他の生徒たちも次第に増えて来た。 こんなところを知っているヤツに見られたらなんてからかわれるか…。
嫌な予感は的中するもの。 前歩の路地から宮部保がひょっこり顔を出した。 彼の家の方角からして当たり前なのだが、今日に限っていちばん会いたくないヤツに会ってしまった。
「あれれ? そこで美女と一緒に歩いているのは、俺の大親友の片桐光一じゃないかな?」 案の定、宮部は僕達にちょっかいを出してきた。
「美女だなんて、こいつは正直なヤツだなあ」 優希はそう言うと、スコーンと宮部の頭を引っ叩いた。
「なんだ! こいつ、いきなり…」 宮部は頭を抱えてうずくまった。
「おい、優希、やり過ぎだぞ」 そう言って僕は優希をたしなめたが、言ったそばから恥ずかしくて、つい、優希から目をそらしてしまった。
「お前ら、一体何なんだ? それにいつから付き合ってるんだ? こいつってば、隣のクラスに転校してきた噂の彼女だろう?」 宮部はボク達の前にまわりこんで僕と優希をジロジロ見る。
「あとで説明するから、早く学校へ行こう。 遅刻するぞ」 僕は何とかごまかそうとして話をそらした。
「分かった。 絶対だぞ」 宮部はそう言うと、先に走って行った。
僕達は、結局学校の靴箱まで腕を組んだまま歩いて行った。
「なあ、昨日のこと。 あとでちゃんと聞かせてくれよ」 僕は優希にそう言って靴を履き替えた。 優希は聞こえたのか聞こえていないのか分からないが、手を振りながら教室の方へ消えて行った。