2.彼女っていったい…
2.彼女っていったい…
いったいどこへ行くんだろう? かなり走った。 我ながら、こんなに持久力があるとは驚いた。
大きな通りの交差点に差し掛かった時、ちょうど信号が赤に変わった。 彼女も自転車を止めた。 追い付くチャンスだ。 そう思った瞬間、彼女は信号が青になっている方へ右折した。 僕が交差点にたどり着いた時に、その信号が赤に変わった。 僕はそのまま横断歩道を駆け抜けようとしたが、走り出した車にさえぎられた。 そして彼女を見失った。
ヘトヘトになって家までたどりついた。 僕はそのまま部屋のベッドに転がった。 少し、ウトウトして目が覚めたら、外はもう暗くなっていた。 急に腹が減った。 父親は一昨日から海外出張。 そして、母親も婦人会の旅行。 今夜は一人だ。
「あっ!」 急に目の前の現実に気が付いた。
「今夜のメシはどうすりゃいいんだ?」 冷蔵庫を覗いてみた。 食材はいっぱい詰まっている。 しかし、そのまますぐに食べられそうなものは入っていない。 料理なんてやったこともない。 財布の中には千円札が1枚。
「出前でも取るか…」
そば・中華・すし・宅配のピザ…。 何にしよう…。 そんなことで悩んでいると呼び鈴が鳴った。
インターホンの画面に映っていたのは彼女だった。 僕はとっさに呟いた。
「な、なんで!」 すると、スピーカーから彼女の声。 「自転車返しに来た」 僕は玄関のドアを開けて外に出た。
彼女の料理の腕前はなかなかだった。 冷蔵庫の材料で生姜焼きとポテトサラダ。 そして、卵スープをあっという間に作ってくれた。 どれも、その辺のファミレスで食べるより美味かった。
「さて、本題に入ろうか…。 聞きたいことが山ほどある」 食べ終わった僕は、台所で洗い物をしている彼女に向かって言った。
「どうぞ。 何でも聞いてくれ」彼女は洗い物の手を休めずに答えた。 さて、何から聞こうか…。
「名前は?」
「水原優希」
「みずはらゆうき?」なんか聞いたことがあるなあ…。 僕がそう思っていると間髪いれずに彼女が付け加えた。
「昔の野球漫画の主人公じゃないよ。 字が違うんだ。 あっちは勇気のゆうき、私は優勝の優に希望の希。 野球好きのオヤジが字を間違えて付けた」
そういえば、おやじの書斎にその漫画あったなあ。 ガキの頃読んだ覚えがある。 それで覚えてたんだなあ。
「次は?」彼女が聞いた。 「次は何が聞きたいんだ?」そう繰り返して、手を拭きながら僕が居るダイニングの方へやってきた。 洗い物が終わったようだ。
「ありがとう」 僕は取り合えず、料理とあと片付けまでしてくれたことに対して礼を言った…。 つもりだった。 すると、彼女は「そうか。 じゃあ、帰るな」 そう言ってカバンを取って出ようとした。
「ちょ、ちょっと待てよ」 僕は慌てて彼女の手を掴んだ。 はずみで彼女が僕の方によろけた。 そのまま二人はソファに倒れ込んだ。 その瞬間、彼女の平手が僕の頬にとんできた。
「何するんだ! このスケベ野郎」 そして、彼女はそのまま、僕の胸ぐらをつかんで続けた。 「親が居ないのをいいことに女を連れ込んで乱暴しようなんざ男の風上にも置けねえな」
何という誤解だ。 それに、この気の短さはなんなんだ。 どこからこうなった? 連れ込んだ? 冗談じゃない! 勝手に上がり込んだのは彼女の方だ。 出前のメニューを見て何か作ると言ったのは彼女の方だ。 僕は何も頼んでいないし、乱暴しようだなんて…。 僕は彼女に睨みつけられながら考えた。 そもそも、彼女のおせっかいから始まったんだ。 そして、ぼくは食事のことでお礼を言ったのに、彼女は質問が終わったんだと思ったに違いない。 だいたいちょっと考えれば分かるだろう。 あの時点で、まだ名前しか聞いてないじゃないか。
僕は事の成り行きを彼女に説明した。 とても、彼女が納得するとは思えなかったが。 しかし、彼女は素直に謝った。
「わりぃ! どぉも、おやじに似たようで、気が短くて。 取り合えず、事情は分かったから、早く続きをやろうぜ。 私もどうせ、今日は家に帰っても一人だからゆっくり付き合ってやるぜ。 メシも食わせてもらったしな」
彼女の切り返しの早さと、急展開に僕は全くついていけない。 いったい、どうなるんだ?