不幸の配達
初投稿作品です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
ジリリリリリリリリ──
ガシャンッ。
しまった…
また“経理係”に請求される。
ため息から始まる朝は、ちょっと早い。
僕の一日は、依頼書を探すところから始まる。
部屋中を探しても見当たらない。
もしかして──
嫌な予感ほど、よく当たる。
「今日は便器の中ですか…」
ビショビショになったそれをつまみ上げる。
「えーと、今日の依頼は…」
「……。」
「……………。」
滲んで読めない。
99日目の依頼は、3件。
1件目
22歳男性
動画を見ながらネクタイを結ぶも上手くいかず、電車を一本逃す。
入社説明会にはギリ間に合う。
──なんだこれ、地味だな。
2件目
50歳女性
出勤後、周囲の視線が気になり鏡を見る。
就寝中、唇を蚊に刺されていたことに気づく。
──これはちょっと同情する。
3件目
16歳男性
自転車で通学中に転倒。
保健委員の女子が──
──いや、続き気になるな。これ本当に不幸か?
依頼書を振ってみても、滲んだ文字は戻らない。
依頼は、いつもこんな感じだ。
どれも大したことはない。
けれど確実に、その人の一日を狂わせる。
……それが、僕の仕事だ。
配ったあとのことは、知らない。
その先を知るのは、“見届け係”の役目だ。
一度だけ、異動を願い出たことがある。
けれど、それは叶わなかった。
『不幸の配達を100日間続けること』
これが、僕に与えられた条件だ。
──そして明日が、その100日目。
仕事が終わる。
それだけのはずなのに、
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
“小さな不幸”にも、意味はある。
……たぶん。
とにかく僕は、
この仕事に疑問なんて抱いたことはなかった。
──このときまでは。
「…よし、終わった。」
もう二度とやりたくはないけど、
次は見届け係がいい。
──コンコン。
「失礼します。本日の配達終了しました。」
「ご苦労様です。」
“担当者“に、温度はない。
「えっと…明日で最後なのですが」
「承知しております。明日もよろしくお願い致します。」
……明日のことは何も聞けなかった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
ようやく終わる。
配達係は、他にもいるらしい。
……見たことはないけど。
最後くらい他の配達員に会ってみたかった。
──この世界のことは、最後までよく分からなかった。
みんな自分の為にやっている。
……それでいいんだと思う。
…………。
ん……。
!
しまった。
考え事をしていたら、そのまま寝てしまったらしい。
時計を見るが、いつもより少し早い。
コーヒーでも、淹れよう。
「……不幸の配達員、か」
コーヒーを一口飲んで、僕はいつも通り依頼書を探し始めた。
……なんだ。今日はドアのポストか。
昨日はあんなところだったのに。
思い出して、少しだけ笑う。
真っ黒な封筒。
いかにも不幸を運んできそうな見た目だ。
これを見るのも、今日で最後。
最終日の依頼内容は——
封を開ける。
その瞬間、
時が止まった。
カサッ。
依頼書が、手をすり抜けて床に落ちた。
「……違う」
──コンコン。
「あの、今日の依頼書……宛先、間違えてます」
「いいえ、合っています。封筒の裏に85番と記載がございます」
“85番“
たしかに、封筒にはそう書かれている。
「……じゃあ、中の依頼書が間違ってます」
鼓動が、速くなる。
「いいえ、合っています。まもなく仕事の時間です。準備をしてください」
“担当者”から目を逸らす。
「……こんなの、あんまりだ」
喉の奥が、少しだけ詰まる。
「僕の仕事は、小さな不幸を配ることのはず。」
「これも規定通り、“小さな不幸“です。」
——規定。
その言葉が胸に突き刺さる。
「それとも、契約を破棄しますか」
契約の破棄。
それはつまり——終わりを意味する。
「……それは、できません」
絞り出すように言う。
「少し……時間をください」
「では、依頼の時間までにご返答をお待ちしております」
僕は、“担当者”に初めて苛立ちを覚えた。
……いや、違う。
これは、苛立ちなんかじゃない。
部屋に戻り、頭を抱える。
鼓動だけが、やけにうるさかった。
これを配達すれば——
震える手でもう一度依頼書を見る。
【最終日 配達内容】
1件
36歳男性
出勤時、駅のホームの端を彷徨う酔っぱらいの腕を引くも逆上。激しく押され、線路に落ちると同時に電車と衝突。死亡。
──“死“だった。
これも『小さな不幸』というわけか。
……そうか。
だけど…僕は契約を破棄するわけにもいかない。
この為に不幸を配ってきた。
……36歳男性か。
──人物詳細は必要ありません。
──配達に影響を与える可能性があります。
──見届け係は、記録のために人物の背景を把握しています。
あのときの会話が、ふいに蘇る。
“見届け係“────
その人を知れば、迷う。
それは分かっている。
それでも——
独り身だったら。
少しでも、悪い人だったら。
僕は自身の行為に少しでも悔いの残らない情報が欲しかった。
“担当者”への返答まで残り1時間。
もう、手は震えていなかった。
“見届け係“に侵入して、記録を見る。
──それしかない。
廊下は、やけに静かだった。
足音が響くたびに、妙に現実味が薄れていく。
〈見届け係〉
その扉の前に立つのは、これが初めてだ。
ノブに手をかける。
……もし、誰かいたら。
一瞬だけ、躊躇した。
けれど。
覚悟は決めてきた。
ゆっくりと、扉を押した。
——開いてしまった。
中は、思っていたよりもずっと“普通”だった。
机が並び、棚があり、紙の束が整然と積まれている。
まるで、どこにでもある事務室みたいに。
ただひとつ違うのは、
誰もいないこと。
……いや。
本当に、誰もいないのか?
背中に、うっすらとした気配を感じる。
振り返るのは、やめた。
棚に目を向ける。
番号ごとに整理されたファイル。
無機質に並んでいる。
指先が、ひとつの番号の前で止まる。
——85。
僕に振り分けられた100日の配達記録。
喉が、鳴る。
これを開けば、
もう戻れない気がした。
……それでも、手は止まらなかった。
ゆっくりと、85番のファイルを引き抜く。
紙の擦れる音が、やけに大きく響いた。
ページを、めくる。
そこには、
淡々と、並んでいた。
【配達 No.100】
--配達先--
谷山大輔(36)
--同居人--
谷山ゆい(32)
谷山あや(5)
谷山りく(3)
※胎児あり
--重要事項--
翌月 新居完成
───以下 配達後
〈反応〉
〈変化〉
〈影響〉
僕の求めた情報は──なかった。
指が勝手にページをめくる。
【配達 No.99-①】
--配達先--
竹田勇太郎(22)
--同居人--
竹田和子(49)
竹田よし美(75)
──昨日の、あれだ。
--重要事項--
ボランティア活動 9年(現行
祖母 認知症 ヤングケアラー
───以下 配達後
〈反応〉
焦り 緊張 不安
〈変化〉
電車に人事担当乗り合わせる
〈影響〉
乗車中視覚障害者をサポート
人事担当が目撃
採用通知
【配達 No.99-②】
--配達先--
斎藤孝子(50)
--同居人--
斎藤義満(50)
--重要事項--
特段なし
───以下 配達後
〈反応〉
羞恥
〈変化〉
呼び名
〈影響〉
退職
───追記
内職成功 「初心者の編物」 出版
………。
──僕は何気なく1ページ目を開いた。
【DATA No.85】
--所属 配達係--
森山蒼太(33)
--同居人--
森山美雨(32)
森山奈那(6)
--重要事項--
交通事故
植物人間
--覚醒条件--
100日配達継続
※100日目 “死“ の配達 必須
───以下 現状
〈反応〉
妻 愕然
子 泣く
〈変化〉
妻 病院寝泊まり 失業
子 祖母との生活
〈影響〉
妻 憔悴
子 心因性失声症
───以下 覚醒後
〈反応〉
〈変化〉
〈影響〉
視線が、そこから動かなかった。
僕は──
“依頼書“を、閉じた。
手には、“ファイル“が残っていた。
────コンコン。
「お待たせしました。」
「まもなく“配達“の時間です。いかがなさいますか。」
──
─────
──────────
パパっ!
聞き慣れた心地よい声
おいで
差し出された手を取る
……温度が、分からなかった
蒼太さん、今日なに食べたい?
うーん、なんでもいいかな
もぉ〜なんでもいいが1番困るのに
なな、オムライスがいい!
いいね、そうしようか
テーブルに温かい食事が並ぶ
どこか懐かしい匂いだ
僕は目の前の幸せな日常を噛みしめながら
テーブルについた
どれだけ時間が経っても、料理は冷めなかった
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この物語の結末は、読み手の解釈に委ねています。
もしよければ、どんな結末に感じたか教えていただけたら嬉しいです。
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