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不幸の配達

作者: 空乃かな
掲載日:2026/04/15

初投稿作品です。

楽しんでいただけたら嬉しいです。



ジリリリリリリリリ──

ガシャンッ。



しまった…


また“経理係”に請求される。



ため息から始まる朝は、ちょっと早い。



僕の一日は、依頼書を探すところから始まる。



部屋中を探しても見当たらない。


もしかして──



嫌な予感ほど、よく当たる。



「今日は便器の中ですか…」



ビショビショになったそれをつまみ上げる。


 


「えーと、今日の依頼は…」



「……。」



「……………。」



滲んで読めない。




99日目の依頼は、3件。



1件目


22歳男性


動画を見ながらネクタイを結ぶも上手くいかず、電車を一本逃す。

入社説明会にはギリ間に合う。



──なんだこれ、地味だな。



2件目


50歳女性


出勤後、周囲の視線が気になり鏡を見る。

就寝中、唇を蚊に刺されていたことに気づく。



──これはちょっと同情する。



3件目


16歳男性


自転車で通学中に転倒。

保健委員の女子が──



──いや、続き気になるな。これ本当に不幸か?



依頼書を振ってみても、滲んだ文字は戻らない。



依頼は、いつもこんな感じだ。


どれも大したことはない。


けれど確実に、その人の一日を狂わせる。


 


……それが、僕の仕事だ。


 


配ったあとのことは、知らない。



その先を知るのは、“見届け係”の役目だ。


 


一度だけ、異動を願い出たことがある。



けれど、それは叶わなかった。


 


 


『不幸の配達を100日間続けること』


 


 


これが、僕に与えられた条件だ。


 


──そして明日が、その100日目。


 


 


仕事が終わる。


 


それだけのはずなのに、


胸の奥が、少しだけ落ち着かない。


 


“小さな不幸”にも、意味はある。


 


……たぶん。


 


とにかく僕は、


この仕事に疑問なんて抱いたことはなかった。


 


──このときまでは。




「…よし、終わった。」




もう二度とやりたくはないけど、

次は見届け係がいい。




──コンコン。



「失礼します。本日の配達終了しました。」



「ご苦労様です。」



“担当者“に、温度はない。




「えっと…明日で最後なのですが」



「承知しております。明日もよろしくお願い致します。」



……明日のことは何も聞けなかった。




部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。



ようやく終わる。



配達係は、他にもいるらしい。

……見たことはないけど。



最後くらい他の配達員に会ってみたかった。





──この世界のことは、最後までよく分からなかった。




みんな自分の為にやっている。



……それでいいんだと思う。




…………。


 


ん……。


 



 


しまった。

考え事をしていたら、そのまま寝てしまったらしい。


 

時計を見るが、いつもより少し早い。


コーヒーでも、淹れよう。

 




「……不幸の配達員、か」


 


コーヒーを一口飲んで、僕はいつも通り依頼書を探し始めた。



……なんだ。今日はドアのポストか。



昨日はあんなところだったのに。



思い出して、少しだけ笑う。


 


真っ黒な封筒。

いかにも不幸を運んできそうな見た目だ。



これを見るのも、今日で最後。


 




最終日の依頼内容は——





封を開ける。





その瞬間、


 



時が止まった。





カサッ。




依頼書が、手をすり抜けて床に落ちた。





「……違う」

 




──コンコン。





「あの、今日の依頼書……宛先、間違えてます」



「いいえ、合っています。封筒の裏に85番と記載がございます」



“85番“

 


たしかに、封筒にはそう書かれている。



「……じゃあ、中の依頼書が間違ってます」


 


鼓動が、速くなる。


 


「いいえ、合っています。まもなく仕事の時間です。準備をしてください」


 



“担当者”から目を逸らす。


 



「……こんなの、あんまりだ」





喉の奥が、少しだけ詰まる。


 



「僕の仕事は、小さな不幸を配ることのはず。」


 



「これも規定通り、“小さな不幸“です。」


 


 


——規定。






その言葉が胸に突き刺さる。


 


 


「それとも、契約を破棄しますか」


 


 


契約の破棄。


 


それはつまり——終わりを意味する。


 


 


「……それは、できません」


 


 


絞り出すように言う。



「少し……時間をください」



「では、依頼の時間までにご返答をお待ちしております」



僕は、“担当者”に初めて苛立ちを覚えた。


 


 


……いや、違う。



これは、苛立ちなんかじゃない。


 


 


部屋に戻り、頭を抱える。



鼓動だけが、やけにうるさかった。




これを配達すれば——




震える手でもう一度依頼書を見る。




【最終日 配達内容】


1件


36歳男性


出勤時、駅のホームの端を彷徨う酔っぱらいの腕を引くも逆上。激しく押され、線路に落ちると同時に電車と衝突。死亡。




──“死“だった。




これも『小さな不幸』というわけか。



……そうか。



だけど…僕は契約を破棄するわけにもいかない。



この為に不幸を配ってきた。




……36歳男性か。




──人物詳細は必要ありません。


──配達に影響を与える可能性があります。


 


──見届け係は、記録のために人物の背景を把握しています。


 


あのときの会話が、ふいに蘇る。




“見届け係“────




その人を知れば、迷う。

それは分かっている。


 


それでも——


 


独り身だったら。

少しでも、悪い人だったら。





僕は自身の行為に少しでも悔いの残らない情報が欲しかった。





“担当者”への返答まで残り1時間。





もう、手は震えていなかった。





“見届け係“に侵入して、記録を見る。






──それしかない。






廊下は、やけに静かだった。



足音が響くたびに、妙に現実味が薄れていく。




〈見届け係〉


 


その扉の前に立つのは、これが初めてだ。


 


 


ノブに手をかける。



……もし、誰かいたら。



一瞬だけ、躊躇した。


 


けれど。



覚悟は決めてきた。


 

ゆっくりと、扉を押した。


 


——開いてしまった。


 


中は、思っていたよりもずっと“普通”だった。



机が並び、棚があり、紙の束が整然と積まれている。



まるで、どこにでもある事務室みたいに。


 


 


ただひとつ違うのは、


 


 


誰もいないこと。


 


 


……いや。



本当に、誰もいないのか?


 


背中に、うっすらとした気配を感じる。


 


 


振り返るのは、やめた。


 



棚に目を向ける。


番号ごとに整理されたファイル。



無機質に並んでいる。


 


指先が、ひとつの番号の前で止まる。


 



——85。



僕に振り分けられた100日の配達記録。



喉が、鳴る。




これを開けば、


もう戻れない気がした。


 



……それでも、手は止まらなかった。


 

ゆっくりと、85番のファイルを引き抜く。



紙の擦れる音が、やけに大きく響いた。


 



ページを、めくる。


 


そこには、


 


淡々と、並んでいた。



【配達 No.100】



--配達先--



谷山大輔(36)



--同居人--



谷山ゆい(32)


谷山あや(5)


谷山りく(3)


※胎児あり



--重要事項--



翌月 新居完成



───以下 配達後



〈反応〉





〈変化〉





〈影響〉








僕の求めた情報は──なかった。







指が勝手にページをめくる。




【配達 No.99-①】



--配達先--



竹田勇太郎(22)



--同居人--



竹田和子(49)


竹田よし美(75)




──昨日の、あれだ。




--重要事項--



ボランティア活動 9年(現行


祖母 認知症 ヤングケアラー



───以下 配達後



〈反応〉


焦り 緊張 不安


〈変化〉


電車に人事担当乗り合わせる


〈影響〉


乗車中視覚障害者をサポート


人事担当が目撃


採用通知





【配達 No.99-②】



--配達先--



斎藤孝子(50)



--同居人--



斎藤義満(50)



--重要事項--



特段なし



───以下 配達後



〈反応〉


羞恥


〈変化〉


呼び名


〈影響〉


退職



───追記


内職成功 「初心者の編物」 出版





………。




──僕は何気なく1ページ目を開いた。






【DATA No.85】



--所属 配達係--



森山蒼太(33)



--同居人--



森山美雨(32)


森山奈那(6)



--重要事項--



交通事故


植物人間



--覚醒条件--



100日配達継続

※100日目 “死“ の配達 必須



───以下 現状



〈反応〉


妻 愕然


子 泣く


〈変化〉


妻 病院寝泊まり 失業


子 祖母との生活


〈影響〉


妻 憔悴


子 心因性失声症



───以下 覚醒後



〈反応〉





〈変化〉





〈影響〉






視線が、そこから動かなかった。








僕は──







“依頼書“を、閉じた。


 



手には、“ファイル“が残っていた。







────コンコン。




「お待たせしました。」




「まもなく“配達“の時間です。いかがなさいますか。」





──




─────




──────────







パパっ!





聞き慣れた心地よい声





おいで





差し出された手を取る





……温度が、分からなかった





蒼太さん、今日なに食べたい?





うーん、なんでもいいかな





もぉ〜なんでもいいが1番困るのに





なな、オムライスがいい!





いいね、そうしようか





テーブルに温かい食事が並ぶ





どこか懐かしい匂いだ





僕は目の前の幸せな日常を噛みしめながら





テーブルについた





どれだけ時間が経っても、料理は冷めなかった





最後まで読んでいただきありがとうございます。

この物語の結末は、読み手の解釈に委ねています。

もしよければ、どんな結末に感じたか教えていただけたら嬉しいです。

面白いと感じていただけたら、評価やブックマークも励みになります。

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