第三幕 捕り物 其の一
栄屋の暖簾を三人の同心が十手を携えてくぐったのは夕暮れ六ツである。
「ど、どうなさいましたか」
店を閉める準備を始めていた太郎衛門はその物々しい姿に驚いた。
その声を無視し、先頭に立っていた安次郎がずかずかと上がりこむ。
「おりん、どこだ!」
太郎衛門が後を追いすがろうとしたのを一真が止めた。
「直、奉行所のほうから与力も着く。おりんがこちらにいることはわかっているんだ。大事な証言者だからこちらにお引き渡しいただこう」
「ですから、おりんなんてうちにはいませんよ」
太郎衛門を上目づかいに見ながら兵庫が言った。
「九年前に女衒屋から子供を一人買っただろ。奴さん言っていたよ、花魁になれるくらいの上玉だったのに呉服屋なんぞに売っちまった、ってね。どうだい、弁解できるかい?」
太郎衛門の顔はさあっと青ざめた。
「あ・・・」
「何ですか、この騒ぎは」
奥からお松とお園も出てきた。
お園は先日の証言からこの捕り物になったことを悟り、倒れそうなくらい真っ青になっていた。
「いくらお役人様でもこれはあんまりでしょう。勝手にずけずけと上がりこんで押込みみたいなことをして」
お松は甲高い声で叱責をした。
「探されるとまずいことでもおありか。おりんという娘がいないというのであれば存分に探しても差し支えないでしょう。それともお内儀には別のやましいことでもおありなのか」
一真の言葉にお松はぎりぎりと歯軋りした。
そしてお松は家中に聞こえるような声で叫んだ。
「ようございましょ、存分にお調べなさいませ!けれど、おりんなんてものはおりませんよ。呼びかけても誰も返事などいたしませぬから」
影から見守っている奉公人たちがびくりと怯えるのが見えた。
この声で、この家の恐怖政治を行っているのだ。
一真は内心苦い顔をした。
お松のこの言葉でおりんは安次郎の声を無視するかもしれない。
長く監禁が続けば、恐怖に支配された主従関係は逆に強くなるからだ。
一真は、十手をお松の首に当てた。
「これ以上、声をあげることは許さんぞ」
その眼力の強さに射すくめられたかのようにお松は押し黙った。
一方、安次郎は十手を手に、部屋という部屋を探し回っていた。
物置や納屋、地下にある納戸も探した。しかし古い鎖の後はいくつかあるもののいずれも空振りであった。
しかも、先ほどのお松の声が家中にとおっている。
その声に牽制されてか、これだけ呼びまわっているというのに声も上げてくれない。
「おりん」安次郎はもう一度叫ぶ。
安次郎は主人夫妻の寝所に入った。
「おりん、俺だ。安次郎だ。声を上げてくれ」
一声でいい、頼むから返事をしてくれ。
安次郎は願った。
そのとき、じゃらりと鎖の音がした。
「ここでございます」
か細い声が壁の中から聞こえてくる。
「おりんは、ここでございます」
安次郎は、壁に耳を当てた。そして鏡台でふさがれている扉を見つけた。
「隠し部屋か」
鏡台をずらして壁の扉をこじ開けた。
そこには小さな天窓から入る薄明かりに照らされた、あの垂髪のおりんが座っていた。
「おひさしぶりです」
おりんは少し笑みを浮かべて言った。
安次郎は、おりんの手を取っていった。
「おりん。お願いだ。あんたの証言が必要なんだ。十年前の栄屋の跡継ぎが死んだ日、その日のことを教えてくれ。じゃないと俺たちが罰せられる」
実は大見得きって乗り込んだはいいが全くの無謀であったのだ。
古い事件で証拠が少ない上に既に解決済みの事件である。
掘り起こして奉行所に無理を押して今回の捕り物の手配をしたのであった。
「あんたを助けにきたはずなのにそれとは別の事件をみつけたんだ。もう一度、あの夜のことを証言してくれ」
頼む、と頭を下げた。
おりんはこれを聞いて真っ青になった。
「だめっ。そんなことをしたら、栄屋がつぶれてしまう」
「義理立てするような店か、あんたを監禁してるんだぞ」
おりんは自分の両肩を抱えうつむいて押し黙った。
恐怖しているようにも迷っているようにも見えた。
「約束する。俺が護ってやるから。あんたを解放したいんだ」
安次郎はおりんの顔を覗き込んだ。
まっすぐに見つめる視線におりんは、視線を逸らして身を硬くした。
しかしやがて安次郎に向き直った。
「わかりました。でも太郎衛門様はお咎めなさらないと約束ください」
おりんはそういって立ち上がった。
壁に打ち付けてある鎖が引き抜かれると、おりんは自らの足で主人たちのいる店先へと歩んだ。