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      栄屋の秘密 其の三


「上野の笹屋でまつ」


安次郎からその知らせを受けてお園は浮き足立っていた。

笹屋は上野に多くある水茶屋の一つだ。

恋人たちはここで逢瀬をする。


お園は待ち合わせよりもずっと早く笹屋の部屋で待っていた。

自分の犯した悪戯がばれていることなど露程も知らずにただ浮かれていた。


日の当たりの悪く薄暗い茶屋の小さな一室で安次郎を待っていると、すっと後のふすまが開いた。


「安次郎様」

満面の笑みと期待をもって振り返った。

しかしお園の目に映ったのは安次郎だけではなかった。


「お手柔らかに頼む、な」

苦笑しながら、後ろにいた一真に手を合わせた。

その安次郎を後ろに押しやると一真がお園に迫った。


「よくも俺の友人をだましたな。貴様、自分の立場をわきまえずにでっち上げをして武士の身分を辱めてくれた。無礼打ちにしてもいいくらいだ」

そういって一真が鯉口を切った。


「ひっ」お園が短く悲鳴をあげた。


「お前の妊娠を嘘だと証言しているものがいるんだ。なおも妊娠していると言い張れるのであれば、今すぐ腹を裁いて確認してもいいぞ」

刀をすっと抜く。

その目には情も容赦もない殺意のみが浮かんでいた。


お園は全身を振るわせた。

「ご、ごめんなさいっ」

喘ぐようにお園は言った。

「ごめんなさい。全部嘘なんです。だって、おりんがいけないのよ。使用人の分際で安次郎様に手を出すから」


安次郎が傍によってお園に問いかけた。

「あの娘はおりんっていうのか。どういう娘なんだ。何故隠している」


お園は首を振った。

「わからない。でも9年前におっ母さんが連れてきたの。きっと、おっ父さんが自分の縫い物を全部おりんにさせていることが分かったら面目が立たないから隠してるんだわ。私はそのおりんが隠れて安次郎様と逢瀬をしているのが許せなかったの」

そういってお園は泣き出した。



3ヶ月前、お園は物音に目を覚ました。

すぐ上のおりんの部屋から声がする。

いぶかしんで庭に廻っておりんの部屋を見上げてみたら、円満屋の安次郎と二人で接吻をかわしていた。

星空を背にした二人の姿は一瞬見とれるくらい美しい図であった。

思わず部屋に駆け込み安次郎の気配が消えるまで息を殺していた。


しかし、後から湧いた感情はおりんに対する激しい嫉妬であった。


お園はおりんの部屋にかけこんだ。

「今夜のことは忘れなさい。安次郎様が逢瀬に来たのはお前ではない。私なの。日陰の身で男をたらしこんでるなんて知れたらあんただって唯じゃすまないわ。これはあんたにとってもいい話でしょ。だから、今日、安次郎様と逢瀬をしたのは私。あんたはそれを見ていただけ」

おりんは、なにもいわずただ首をたてに振った。


次の日早速お松におりんの部屋の下にいることが不満だと文句をつけ、おりんを隠す部屋を変えてもらった。


これで安次郎ともう会うことはないだろうと、お園はそう考えた。

そしてそれだけに飽き足らず今回の妊娠騒動を起こしたのだ。

丁稚が、安次郎が塀を越える様子を見ていたこともあってことのほかうまく進んだ。



「そこまでして俺と一緒になりたかったのかよ。腹も大きくならなきゃいけないんだし、いずれは分かることだろ。どうかしたら町方やってる清島の家も円満屋も敵に回してしまうんだぞ」

安次郎はあきれた。


「祝言さえすんでしまえばこっちのものだと思ってました。子供は結局だめだったと言おうと思ってました」

泣きじゃくりながら、ごめんなさいと繰り返すお園を安次郎は少しかわいそうだと思った。



水茶屋を出て安次郎は「刀を抜くのはやりすぎだ」と一真に言った。


「お前は女に甘すぎる。あれもこれもと、女を欲張るからそうなるんだ」

「欲張ってなんてないさ。でも、女に泣かれるのはどうも弱い」

安次郎が頭をかいた。


そんな安次郎の背中とバンと叩いた。

「しっかりしろよ。これからおりんという娘を洗うぞ。ひょっとしたら捕り物になるかもしれない」


「捕り物だって?」安次郎は驚いて聞きなおす。


「まず女衒を当たるぞ。どうせまともな口入屋に言ってもおりんなんて名前は出てこないだろう」

いぶかしむ安次郎を見て一真は涼しい顔で言う。


「女衒の美人を見出す目はすごいからな。美人なんだろ、その娘」



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