栄屋の秘密 其の二
翌日、兵庫は店の裏の路地に立っていた。
表はにぎやかで繁盛しているが、裏に回れば通夜のように静かだった。
時折、塀の向こうから厳しい命令や激しい叱責が聞こえてくる。
「こりゃあ、逃げ出したくなるわけだ」
兵庫がそう思うほど暴力的な口調だった。
なおも兵庫が苦い顔をして腕を組んでいると、裏口から若い女が泣きながら木戸を開けた。
小さな荷物を背中に背負い小走りに店を出て行く。
兵庫はその尋常じゃない泣き方に思わず声をかけた。
「もし。いかがなされた」
兵庫の人懐っこい狸顔が、女に優しく響いたようだ。
「今しがた、奉公先を首になったのです」
女はぽろぽろ涙をこぼしながらそういった。
兵庫は茶屋の縁台に腰掛けて、おたみというお針子に団子を奢ってやった。
「何で首になったのさ」
「お園さんが、自分の着物のほころびをお客さんの繕い物より優先しろって聞かなくって。
だけどそれを断ったら怒ってしまってお松さんに告げ口されて首。ひどいでしょ。でも、首にならなくてもあんな店もう耐えられないけど」
鼻水をすすりながらおたみは言った。
「お針はおたみさんだけなのかい?」
兵庫は聞いた。
「私と通いのおばあさんが一人いるわ。それだけよ」
おたみは、団子をほおばり答えた。
「その、首を繋がれた垂髪のお針なぞはいない?」
思い切って聞いてみた。
「何それ、お化け?」
おたみは怪訝な顔で一蹴した。
「私たちだけじゃ受けきれない分は、旦那様がやってくれるわ。さすがに長く呉服屋をやっているだけあって早いしそれは上手なの」
でもねえ、と付け加えた。
「あのお松とお園はそこのところは点でだめね。人を使うこと、金を稼ぐことは旦那様以上だけど。特にお園。安次郎様に見初められたなんて絶対嘘。あんな性悪が安次郎様にほれられるはずがないわ」
茶で酔ったのかと思うくらい、おたみは憎まれ口を叩いた。
「それにお園は妊娠なんてしていない。でっち上げてるの。月のものだってちゃんと来てるのよ。私、知ってるんだから」
そういったところでおたみは、自分が人知れず恥ずかしい話をしていることに気付いてハッと顔を赤らめた。
そんな様子を兵庫は笑顔でうんうんと相槌をうつ。
しかし内心は思わぬ情報に、えええーっと驚いていた。